魔力を扱うということ③
大扉を開いた先に居たのは眠っている寝華を抱えている翠華だった。
「しばらく見ないうちに大分姿が変わったみたいですね」
「翠華……俺としてはそこまで変わったつもりはないんだけどな」
「そうですか? 凡そ、人と呼べる生き物ではなくなってしまっていますよ」
「……それは、そうかもな」
翠華は肩を竦め、寝華を抱えなおした後に真っすぐ俺を見つめる。
その目から感じ取れる感情は心配だろうか。
「どうしてそこまで?」
「――……約束があるからな」
「……わかりました。私も、この子も最期までお付き合いします」
「深くは聞かないのか?」
「気にならないと言えば嘘になります。でも、聞いても聞かなくても私たちの答えは変わらないでしょうね。貴方にとっては私たちは替えの効く一振りの剣でしょう。ですが、私たちにとって貴方は替えの効かないただ一人の所有者ですから」
先ほどの表情とは打って変わって微笑みを浮かべた翠華はそう言って言葉を続ける。
「持ち主が果てるその時まで共に戦うというのは、武器としてこれ以上ない程に光栄な事だと思いませんか?」
「どうだろな。俺には理解できない事だ……でも、助かるよ」
そこで会話をやめて翠華の隣を通って階段を下りる。
行きと同じように瞬きをする頃には最下層まで辿り着いていて、その足で外へ出る。
「はぁ……」
緑の匂いを吸って吐き、覚悟を決めて振り返る。
この邂逅は避ける事は出来ない。逃げる事は決して許されない。
まぁ、元から逃げるつもりなんて無かった。それでも……過去の罪と向き合う時に時間が必要なように、こうして対峙するにはどうしても覚悟を決める時間が必要だった。
「パパ……」
「……」
振り返った先――入口の隣に置かれた長方形の岩。そのまた隣に立っていた黒い和服を身に纏った少女がそう俺を呼ぶ。
黒い髪に紅い瞳。
別れた時以上に俺と似た見た目の少女に掛ける言葉が見つからない。
いや……言葉は思いつくのだが、その全てが間違っているような気がしてならない。
「…………」
言葉を見つける時間が必要だった。
俺は置かれている岩の前まで歩き、そこで膝を着く。
「……何を言っているのかわからないと思うけどさ」
凍華から受け取った一輪の赤い花を岩の前に置く。
現実時間で考えたら数千年ぶりの墓参りだ。
「ここには、俺にとって大切な人が眠っているんだ」
「……」
「一回目は何もわからなくて、流れに身を任せた結果何をする事も出来なかった。二回目は色々とやってみたけど結局は僅かな時間を作る事しか出来なかった」
「パパ……」
「もう戻る事が出来ない過去の話だ。どれだけ後悔したとしてもやり直す事は出来ない」
立ち上がって桜花と目を合わせる。
しばらく見ないうちに成長したような気がする。この子の身長はこんなに高かっただろうか?
「知ってるよ。全部、見てたから」
「え……?」
桜花の口から紡がれた言葉が理解できなくて間抜けな声が口から漏れた。
そんな俺を気にしたような様子もなく、桜花の右手が伸びて左腰に差してある心刀にそっと指先が触れた。
「……!?」
鈴の音がした。
甲高く、静かにどこまでも広がっていくような……どこか切ない鈴の音だ。
「パパは私を凍華お姉ちゃん達と同じ魔刀だと思ってるかもしれないけど、それは違うよ」
「なら……お前は一体なんだ?」
「……パパは意地悪だね。もうわかってるのに私の口から言わせるんだ」
それはあってはならない事だからだ。
可能性の一つとしては確かに思いついた。だが、そうだとするのなら俺はこの子に「どうして」と尋ねなければならなくなる。
ソレは命綱無しで細いロープの上を歩くようなものだ。もしも、一歩でも踏み外してしまったのなら二度と戦う事は出来ない。
「パパが知っての通り、魔刀は一人の女性が自分の魂を砕いた欠片。その数は全部で五個で、凍華お姉ちゃん、翠華さん、寝華ちゃん、白華ちゃん……そして、パパが斬った椿さん」
「――――――」
「そう。私もそうだったとしたら一人多くなっちゃうよね。だから、私は違うの」
「桜花、お前は……俺の―――――」
桜花はようやく欲しかった答えを聞けたとばかりにニコリと笑みを浮かべた。
「「心刀―――――――」」
俺達の声が重なった。
「どうして……何故、もっと早く言ってくれなかったんだ。もしも、もっと早く言ってくれたなら……!!」
「無理だよ、パパ。私の記憶も経験も全てパパが心刀を手に入れないと活性化しないから。仮に最初から持っていたとしても心刀を持たないパパにはどうする事も出来なかったよ」
無慈悲に言い切った桜花は俺の左腰から心刀を引き抜き、大事そうにその胸に抱えた。
「この刀は私。そして、パパの魂。でもソレは正しくて間違いだよ。パパは知ってるよね? この世界が何回もやり直してるって事」
「……ああ」
「その全てがパパにとっては未来の事。そして、私はその全て。違う世界線でそれぞれの生き方をしたパパが持っていた心刀そのもの。身に覚えがあるでしょう?」
言われて思い浮かぶのは無数に星が煌めく世界。
桜花に連れられて数回行った事があるあの場所は、確かに違う世界線の俺が生きた経験が詰まっていた。
「アレはその一片。道半ばで倒れたパパ達がこの世界のパパに願いを託した証」
「俺に、どうしろって言うんだ」
「それはパパがよく知ってるでしょう? 舞台は整ってる。魔刀を集めて、力も蓄えた。人間である事を辞めて神の座に手を掛けた。あとは儀式を完遂するだけだよ」
心刀を胸に抱いた桜花が真っすぐに俺を見つめてくる。
「後は、パパがどうするか決める事だよ」
「俺は……」
ふと、呼ばれてる気がして腰裏に差していた黒い心刀を抜く。
右手に持ったソレは小さく脈動を繰り返し、何かを訴えているようだった。
「コレもお前なのか?」
「……そうだね。でも、その私は別の世界線に託すのを嫌がったみたい。本来ここにあるはずがない心刀だよ」
黒い心刀を見つめる。
小さく脈動する心刀からは「やめたいなら止めてもいい」と伝わってきている気がする。
「……」
俺の手によって散った男との会話を思い出す。
そうだ。覚悟はあの時に決めた。桜花の雰囲気に飲まれてその事を忘れていた自分を恥じた。
「そう……そうだね。パパはそういう人だよね」
「桜花……」
「本当は、少しでも諦めてくれればって思ってた。私が本当の事を話せば、敵意を持って砕いてくれるんじゃないかって……でも、ダメだよね。私たちはそうは生きられないもん」
桜花は一度だけ強く心刀を抱きしめると、心刀を両手で横に持って俺へと差し出した。
「パパ……取って」
紅い瞳と視線が交差した後、俺は左手で差し出された心刀を握った。




