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魔力を扱うということ②

 お茶が入ったカップを見つめた後、視線を目の前に座る凍華とうかへと向ける。

 月光に照らされて優雅にお茶を飲む彼女と一切の光に照らされる事がなく、ただカップを手に持つ事しか出来ない俺。その対比に内心で苦笑を零す。


「兄さんと別れて一か月と少し経ちましたね」

「もうそんなになるか」

「はい。でも、不思議な物ですね」


 凍華が視線を合わせてくる。

 彼女にとって俺がした事は酷い裏切りだっただろう。それなのにその瞳からは黒い感情を一切感じなかった。


「間違いなくあの瞬間に別れ、今日まで会う事がなかったはずなのに……今の兄さんとはつい最近まで一緒に居たような気がします」

「……」

「兄さん。私にとってあの瞬間までの貴方は知らない人でした。顔も声も同じなのに私が知っている人とは別の人……でも、今の貴方は――――」


 凍華はそこで言葉を切って微笑んだ。

 懐かしむように。親愛を捧げるように浮かべられた笑みはとても綺麗だ。


「―――私がよく知っている兄さんです。あの時、私たちを救ってくれた……父と会話をする時間をくれた兄さんです」

「……“ユキ”」

「ふふ、その名前で呼ばれるのも久しぶりです」


 確信はあったが、本人の口から言われるのとでは全く別の話だ。

 俺がつい最近まで居た過去の世界。そこで出会った氷の国の姫、ユキ。あの少女は成長して目の前に座る凍華となったのだ。


「あの後、どうなったんだ?」

「……私たちの国は十年耐えました」

「そうか……」


 つまり、十年耐えてその後は滅亡したのだろう。


「なんで魔刀なんかになったんだ」

「兄さんも知っていると思いますけど、魔刀は皆、元は一人の少女です。彼女が死に際に自らの魂を分割させ、ソレが肉体を持ち、人生を歩んだ果てに資格があればなるのです。私は心剣しんけんを保持していましたから適正は抜群によかったんです」


 あとは―――と凍華は言葉を続ける。

 彼女はどこか恥ずかしそうに視線を俺の左腰へと向ける。


「綺麗、だと思ったんです」

心刀しんとうが?」

「はい。幼い頃の記憶だったとしても目を閉じれば今でも鮮明に思い出す事が出来るほどに」


 資格があり、過去に見た心刀を綺麗だと思ったから。

 そんな理由で彼女は人を辞めてしまったのか。


「バカげてるな」

「そうでしょうか?」

「ああ。拒否する事だって出来たんじゃないのか?」

「きっと出来たと思います。でも、兄さん。私はあの人生を無かった事にはしたくなかったんです」

「……生まれ変わったとしても、無かった事にはならない」

「いいえ。なります。記憶はきっと消えてしまいますから。あの国で生きていた人々、兄上、父上……そして、貴方の事を詳細に覚えていられるのは私しか居ない。そんな私が忘れてしまったら存在しないのと同じなんです」


 確かに、どの歴史書を振り返ってみてもそこまで細かく記されている物はないだろう。

 彼女が言う記憶の中には恐らく彼女しか知らない物もある。ソレら全てを……いや、ユキとして歩んだ人生そのものを凍華は愛しているのだろう。


「……そうか」

「ええ、そうです。そんな事ばかり言っているとサオリさんに怒られてしまいますよ?」


 そう言って凍華は肩を竦める。


「沙織は……」

「“また出会った場所で会おう”」


 俺の言葉を遮って凍華が発した言葉。

 ソレは別れ際に俺がユキへと言ったものだった。細かい事に、そのイントネーションや微妙な声真似さえ入っている。


「覚えていたのか」

「一度も忘れた事はないですよ。幼い頃はよく兄さんと出会った場所に行ったんですよ?」

「それは……すまん」

「いいんです。長年の疑問がようやく解決できましたから。さて、サオリさんが連れ去らわれてしまったのは私の方でも把握しています。魔力が移動してましたからね」


 凍華はそう言って立ち上がり、俺の背後に黙って立っていた星の精霊の前に移動する。

 その後、ニコリと微笑んで彼女が持っている白華しろかを指さした。


「預かってもいいですか? お寝坊さんを起こさないといけないので」

「ええ。同じ魔刀である貴女の方が適任でしょうしね」


 白華を受け取った凍華は俺の方に身体を向けた。

 今の白華は特殊な鞘という事もあって相当な重さになっているはずだが、彼女はそれを右手一本で持ち、左手で鞘を撫でる。


「兄さんとの急な契約解除で反動が来てますね。あとは……魔力不足で仮眠状態になっているんだと思います」

「凍華たちは大丈夫だったのか?」

「私たちは魔刀になって長いですから。契約解除も二度目なので対処法を知っていました」


 そういえば、彼女たちは俺の前世―――いや、一ノ瀬 裕の前世である男と契約して戦った事があった。

 彼は道半ばで死んだ。ならば、それに対処する方法を知っているのは道理だ。


「魔力は私の方で補充します。今の兄さんには荷が重いですから」

「気づいていたのか」

「私は“意思を持つ武器”ですよ? 他人の魔力を見る事くらい出来ます」


 それもそうか、と返事をしてから後回しにしていた事を聞く事にした。

 あの日、彼女たちと共に置いてきてしまった人のことを。


「佐々木はどうした?」

「ササキさんならここに到着した際に水の国まで送り届けましたよ。なんでも、勇者達の方から招集が掛かったとか」

「そうか」


 凍華たちがどのタイミングでここに到着していたのかはわからないが、恐らくその時から勇者の出撃は決まっていたのだろう。

 佐々木は医療系のスキルを持っているし、戦場に赴くのであれば手を貸してほしい存在だろう。


「心配ですか?」

「勇者達の傍に居るのであれば大丈夫だろう。それに……勇者達を倒せるであろう魔族は俺が全部―――」


 その先は口にせずとも凍華には伝わっただろう。

 凍華は白華をテーブルに置くと、何もない空間から一輪の赤い花を取り出して手渡してきた。


「久しぶりに顔を見せに行ってあげてはくれませんか?」

「……」

「きっと、会いたがってると思いますので」


 そこで俺たちの会話は終わった。

 凍華が椅子に座って白華へ魔力注入を始めたからだ。


「……そうだな」


 赤い花を右手に持ち、立ち上がって大扉の前まで行く。

 この塔に着いた時に感じた物は間違いではなかったんだな、と心の中で呟いて。

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