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魔力を扱うということ①

 立ち上がって少し歩き、地面に転がる心刀しんとうを拾い上げるのと新たな気配が二つ現れるのはほぼ同時だった。


「してやられたわ……」


 俺の背後に空間を割って少し疲れた顔で現れたのは星の精霊。

 彼女と沙織は一緒に居たはずだが、その表情から察するにどうやらあの老紳士の襲撃時にどこかに閉じ込められていたらしい。


「やぁ、久しぶりだね」

「……アルドルノ」


 そして、入口から姿を現したのは剣聖アルドルノだった。

 水の王都エスティアで正式採用されている騎士服とは違う純白の騎士服に身を包んだ優男は俺に向けて右手をひらひらと振るう。

 腰には黒と白の剣を二本差しているのにも関わらず、左腕は俺が斬り落とした時と同じで存在していない。


「君とは色々と話したい事があるけど、その前に火急の知らせをシエル姫に伝えないとね」

「アルドルノ……上で何かあったのですか?」

「ええ。我々……というよりもあなた達にとって最悪の知らせです。国王様が勇者達の出撃を正式に決定しました。日時は明朝です」

「なっ―――!?」


 シエル姫が息を飲む気配が空気を伝って俺へと届く。

 どうやら、何かしらの手段を使って勇者達を魔王の元へ出撃させないようにしていたらしい。


「なるほど……宰相の仕業ですね……」

「正確には宰相一派ですね。彼らは魔王を討伐して各国が弱っている内に勇者達を使って周辺諸国を吸収したいでしょうから」

「愚かな事です……いえ、愚かなのは私もですね…………」


 数秒沈黙がその場を支配するが、すぐにシエル姫が立ち上がる気配を感じた。

 振り返ってみれば、そこには俺を真っすぐに見つめるシエル姫の姿がある。先ほどまでの死を望む囚人とは大違いだ。


「ユウさん申し訳ないのですが私の命はしばらく保留にしておいてください。勇者様達を魔王城へ―――いえ、これ以上戦場に出すわけにはいきません」

「何故だ? 国を考えれば勇者達を使った方がいいんじゃないか?」

「……私は彼らを召喚した責任があります。これ以上、彼らに犠牲を出すわけにはいかないんです」

「……一つ、聞かせてくれ」

「なんでしょう?」

「仮に俺がこの世界を救うという選択を取らなかったら……それでも、勇者達を使わなかったのか?」


 俺の質問にシエル姫は困ったように笑みを浮かべた。

 その表情から何を考えているのかを察する事は出来ない。ただ、彼女の中で様々な思考が回っているのだろう。


「その時はその時です。もし、そうなったのであれば私は責任を持って最前線へ立つでしょう。ですが……私は……いえ、私たちは確信があったのです」

「確信?」

「ええ。“貴方は全てを知った時、この世界を必ず救うという選択肢を取る”という確信です」

「……そんな直感とも言える物を信じたのか?」

「私だけの直感ならば信じなかったでしょう。ですが『あの子は必ずこの世界を救ってくれる』という遺言でしたから」

「……そうか」


 そっと目を閉じてから右手に持った心刀を左腰へ差し直す。


「残念だ。この刀は生身の人間を斬れるようには出来ていない。だから、今ここでお前を斬る事は出来そうにない」

「そうですか。では、私は幸運だったという事にしておきます」


 シエル姫はそう言って早足にこの場を去る。

 きっと、今から何かしらの対策を打つのだろう。


「……」


 俺もこの場を去るために一歩踏み出す。

 沙織が連れ去られてしまった以上、予定よりも急ぐ必要がある。もし、仮に彼女の身に何かがあってからでは遅い。


「僕は、ずっと君が来るのを待っていた。魔王の城へ向かうのなら西側の荒野から行くといい。君が大暴れした爪痕のせいであそこには人類も魔族も少数の監視しか置いていないからね」

「……そうか」


 すれ違い様に言われた言葉を聞きながら俺はその場を後にした。



◇ ◇ ◇



 誰にも見つかる事なく城を脱出した頃にはあれほど活気があった城下町も静けさの方が大半を占めるようになっていた。

 その事から恐らく今は深夜だろう。シエル姫は持てる手段を全て使ってくれるだろうが、勇者達の出撃を阻止する事は出来ないと思っている。だから、勇者達が魔王城に辿り着く前に俺が到着している必要がある。


「ここに来るのは久しぶりだな」

「強力な結界で守られた塔ね。こんな芸当が出来るのは今の世界には三人と居ないわ」


 だが、その前に行かなければならない場所があった。

 目の前に聳え立つのは頂上が見えないほどに高いレンガを積んで作られた塔。その塔は星の精霊が言うように強力な結界で守られている。


 だが、そんな事はどうでもよかった。


 重要なのはこの場所が“俺の始まりの場所”という事ときっと“彼女”も到着しているだろうという事だ。


「……」


 この世界で目を覚まして約半年。

 既に薄れかかっている記憶を辿りに塔の入口へと向かい、その近くに置いてある長方形の岩を一瞥した後に中へと入る。

 塔の中は螺旋階段が上へと続いているだけだ。


「行こう。もう、来ているみたいだ」


 階段へと足を進めて俺たちは登り始めた。

 この階段は見た目ほど長くはない。資格なき者が登ろうとすれば永遠に目的地に辿り着く事は出来ないだろうが、逆に資格があるのであれば一瞬で着く。

 だから、体感にして十段。

 それだけで俺の目の前にはどこかで見た大扉があった。あの時は見つける事も出来なかったこの部屋への出入り口だ。


「……」


 扉を軽く押してみれば全く抵抗を感じずにゆっくりと開く。

 部屋を真横に横断するように存在している窓から差し込むのは月の光。だが、その光は凡そ月光と言うには眩しい。

 そして、そんな光に照らされるように存在しているのは中央に置かれた四角いテーブルと背もたれがない椅子。

 それなのにこの部屋に漂っているのは緑茶の香りであり、家具と匂い。それに景色があまりにもバランスが取れていない。


 だが、普通に考えれば違和感しかないであろうそのアンバランスさが不思議と気にならないのは椅子に座る女性が原因だろう。

 白地に青い花の模様が入った和服を着こみ、白く長い髪を月光の元へ惜しげもなく晒している彼女は俺が入ってきた事に気づくとニコリと笑った。


「こんばんは、兄さん」


 まるで本当の兄妹のように、彼女は親しみを込めて俺をそう呼ぶ。

 あの時、突き放して捨てたのにも関わらずその笑みは初めて会った時から変わる事はない。


「いえ、お久しぶりです、という方がこの場合は正しいのでしょうか?」

「……凍華」

「とりあえず、お互いに積もる話もあるでしょうし、こちらでお茶でも飲みながらお話しませんか?」


 そう言って凍華は目の前に置かれている椅子を指さす。


「……ああ、そうだな。そうしよう」


 凍華と話す必要はあるから反対する理由はない。

 椅子に座った俺の前に湯呑がそっと置かれる。


「……この味は知っている味だ」


 一口だけ飲んで、そんな感想が口から出てくる。

 つい最近、あの場所で飲んだここで目覚めた時には知らなかった味。


「お口にあったようで良かったです」


 微笑む凍華を一瞥し、ゆっくりと息を吐く。

 数秒考えていた事を脳内で整理し、会話をするために口を開く。


 いや、コレは会話なんかじゃない。

 彼女と俺の答え合わせだ。

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