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開戦

 意識が覚醒する。

 背中に感じる感触的に俺は地面に横になっているのだろう。

「……」

 目を開けると、暖かい木漏れ日が俺を包んでいてどこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「兄さん、起きましたか?」

 上半身を起こして未だに止まっている思考を動かそうとしていると、森の奥から凍華が歩いてきた。

 どうして、森の奥なんかに?

「ああ……ここは、俺が入った街道付近の森か」

 過去の記憶を探ってスキルを習得しようとしていたんだっけ?

 若干、記憶が曖昧だ。

「はい。兄さんはそのまま寝てしまっていたので周りの安全を確認していました」

 そういう事だったのか。

 てか、俺は記憶を探っていて寝ていたのか?

 何か、凄く大事な事があった気がするんだが……。

「ダメだ、思い出せない」

 どれだけ考えようと、そこだけ空白になってしまったかのように思い出すことは出来なかった。

 まぁ、覚えていないという事はそれほど大事な事でもなかったんだろう。

「兄さん、目覚めたばかりで申し訳ないのですが……」

 俺が考え事をしていると、凍華がこちらに声を掛けてくる。

 その表情はどこかこわばっていて、余裕がなさそうだ。

「何かあったのか?」

「はい。ここからしばらく進んだ先に魔王軍と思わしき軍隊が集結しているのを発見しました」

 なんだって?

 思わず、自分の耳を疑うレベルの事だ。

「ここは王都の目と鼻の先だろ? 普通、気づくんじゃないか?」

 流石に、国の周りを無警戒にするようなザル警備ではないだろう。

 もし、そうだったとしたら流石に危機感が無さすぎる。

 俺の考えを読んだのか、凍華は頷いてから口を開いた。

「まず、私たちが向かっていた王都は魔界からかなり離れています……所謂、最前線とは程遠い後方国家ですね。そのため国の本当に近くしか警戒していないのでしょう。それに、魔王軍は転送陣を使って転移してきているため、未だに発見する事が出来ていないのかと。魔力の感覚的に、転送陣にも隠蔽が施されており、王都からでは魔力を察知する事も難しいと思われます」

 淡々と説明してくれる凍華。

 つまり、王都は未だに魔王軍が近くに居ると気づかずにいるのか。

 そこまで考えて、俺は自然と口を開く。

「規模は? 多いのか?」

「確認した限りでは、おおよそ50万程かと。その中に騎兵も確認しました」

 騎兵……俺の記憶(前世)が正しければ、ワイバーンなどに乗った魔族だ。

 竜種は数多く存在し、中には知能を持ったやつらも居るがその中でもワイバーンは下級中の下級だ。

 知能なんて持ち合わせていないし、簡単に使役されてしまう……らしい。

「厄介だな……だが、やれなくはないか」

 凍華から聞かされた戦力。通常ならば単騎で挑む事などないし、挑むことになったとしたら、自殺行為でしかない。

 だが、俺は自然とやれると思った。

 あれ? おかしくないか?

 俺はこの世界に召喚されてまだ一日も経ってないのに、なんでこんなに自信に満ち溢れているんだ?

 大体、命のやり取りなんてしたことないのに、どうしてやれると思える?

「……」

 そこまで考えても、俺の内側に居る何かは『やれる』『奴等を殺せ』と囁いてくる。

「くそっ!!」

 それを自覚した瞬間、俺は自分が怖くなった。

 こんなのは、俺ではない。

 俺の本来の思考ではない。

 まるで誰かに思考を浸食されている気分だ。

「兄さん……」

 心配そうにこちらを見てくる凍華に問題ないと伝えて、俺はこれからの事を冷静に勤めて自分の意志で思考できるように考えた。

 まず、どこかに逃げる。

 コレは王都に人が沢山いるという事実があるから却下だ。

 誰かを見殺しにして平気で居られるほど、達観していない。

 次に一人で立ち向かう。

 コレも出来れば却下したい。

 俺の内側に居る何かは出来ると言ってくるが、本当に出来る保証なんてない。

 何より、命のやり取りなんてできればしたくはない。

 次に王都に助けを呼びに行く。

 コレはありかもしれない。

 だが、王都にいきなり言って伝手もなにもない状態で俺が『魔王軍が来ている!』なんて言ったとしても誰も信じてくれないだろう。

 それどころか、精神異常者としてこの世界にあるかどうかもわからないが病院かどっかに送られる可能性さえある。

 運よくクラスメイトと会えるなんて事もないだろうしな……。

「さて、どうするか……」

 こうしている間にも魔王軍は着々と王都襲撃の準備を始めているだろう。

 気が乗らないけど、仕方ない。

「凍華、案内してくれ……奇襲を仕掛ける」

「わかりました。こちらです」

 いまだに心配そうな顔でこちらを見ていた凍華だったが、俺が決断した意見には逆らう気はないようで背中を見せて森の奥へと歩いていく。

 未だに俺の中で囁くコレの正体はわからないが、今だけは信じてせいぜい死なないように頑張ろうと心に決意しつつ、俺は凍華を居った。




 凍華に案内されて歩くこと数十分。

 目的の場所は森を抜けた先にある平原だった。

 そこには、凍華の報告通りにかなりの数の魔物や魔人が溢れかえっており、各自武器の手入れやら何やらをしている所だった。

 てか、魔物って俺が想像していたのとなんだか違うな?

「緑の肌をした小さいのはゴブリンか……? だとしたら、鎧を着た豚は……オーク?」

「その通りです。そして、肌が浅黒く角が生えた人間らしく生物が魔人ですね。魔物はそこそこの知能こそありますが物事を深く考える事はありません。ですが、魔人は人間と同じレベルの知能を持っているので気を付けてください」

 凍華の説明を聞きながら、俺は目的の生物を探して目を凝らす。

「……なぁ、こういうのって相手の指揮官を打ち取ったら勝ちみたいな感じになるよな? だけど、アイツは……」

 そして、目的の生物……相手の指揮官を見つけて俺は凍華に話しかける。

「アイツ、既に首ないんだけど?」

「アレはデュラハンですね。あと、魔物との戦いでの勝利は全滅か魔王の討伐しかありませんよ」

 俺たちはガッシリとした黒金色の鎧を着こみ、右手に大振りの大剣、左手に大楯を装備したデュラハンを指さしながら話す。

「マジか……てことは、あそこに奇襲を仕掛けたら全滅させるまで止まらないのか」

 話を聞いて急に帰りたくなってきた。

 帰る方法ないけど。

「兄さんなら出来ると思いますよ」

 凍華さんのその信頼は一体どこから来てるんですかね?

 こちとら、召喚初日で命のやり取りとかやった事ないんだけど。

「そうか……桜花は?」

 そういえば、俺が起きてから桜花の反応がない。

「まだ寝ていますね……まぁ、呼べば起きると思いますけど、どうしますか?」

「やめておこう。凍華一人でさえ扱いきれる気がしないのに桜花までとなると流石にキャパオーバーな気がしてならないし」

 二刀流とかやってみたい気はするけど、流石にぶっつけ本番でやるのはヤバいでしょ。

 もしこの戦いで生き残れる事が出来たら、練習しよう。

「……よし、覚悟はあんまし出来ていないけど時間もなさそうだし……行くか」

 俺がそう言って手を出すと、凍華はしっかりとその手を握る。

「兄さんなら出来ます。ただ、自分を見失わないでください」

「……?」

 凍華はそれだけ言って刀化する。

 きっと、戦闘で錯乱するなって事だろう。

「よし……!」

 凍華を腰に差し、左手で少しだけ鯉口を切る。

 そのまま姿勢を低くしつつ集団の側面を取るように移動して、一匹のゴブリンに狙いを定める。

 初めて、生き物の……それも人型の生物を殺すのに全身が震えるが戦闘に入ってしまえばアドレナリンとか分泌されてどうにかなると信じて、俺は縮地で一気にゴブリンに近づく。

「シッ!!」

 一閃。

 あくびをしていたゴブリンの首を刎ねる。

 飛んだゴブリンの表情は何が起きたのかわからないと言った感じだったが無視。

「……アレ?」

 俺の思考は呆けていたが、身体はほぼオートで動く。

 近くに居た違うゴブリンの首を斬り飛ばし、それを横目で確認しながら違うゴブリンの首も飛ばす。

 まるで作業だ。

 てか、俺は生き物を殺したのに何も感じない。

 噴水のように血を噴き出して倒れる死体や生首を見ても何も思わない。

 吐き気さえない。

 嫌悪感さえない。

「あぶねっ!」

 突き出された槍を避けて、凍華で槍を半ばから断ち切りそのまま距離を詰めて首を飛ばし大きく後ろに跳んで大軍と少し距離を置く。

 身体は俺の意志とは関係なく動く。

「敵襲ーーっ!!」

 魔族の一人が大声で叫び、俺に多くの視線が突き刺さる。

 俺は軽く凍華を振って付着していた血を振り落とす。

「俺、どうなっちゃったんだ……?」

 大軍を相手に右手で凍華を構え――


 ――いつの間にか笑っていた口元を左手で触りながら、俺は呟いた。

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