再会と花
崩壊する世界の中で見つけた扉を潜った裕は長い階段を上がっていた。仄かに白く輝く階段はどこまでも上へと続いている。
周囲に目を向けてみても暗闇が広がるばかり。後ろを振り返ってみれば自分が通った扉が崩れ去るのが小さく見えた。
「後戻りは出来ない、か……まぁ、元から戻るつもりなんてないけどさ」
この階段がどこに続いているのかを裕は直感的に感じ取っていた。いや、状況を整理してみればこの状況で自らを誘う存在など一人しか心当たりがない。
終わりがないとさえ感じられた階段は唐突に終わりを告げ、目の前に花のレリーフがあしらわれた扉が現れる。そっと手で押してみれば大した力も必要とせずにゆっくりと開く。
「―――」
日の光が裕の目を焦がし、その後に鼻腔を花の匂いが通り抜ける。全身を包む陽気は先ほどまで居た場所とは比べ物にならないくらいに暖かくそれが―――――裕にとっては忌々しかった。
「やっぱり、あんただったか」
扉を潜り抜けた先に現れたのは庭園。
色とりどりの花に囲まれた幻想的な空間。およそ、人の手には作る事が出来ない程に完成された日の祝福を受けた場所。
そんな中にポツンと置かれている丸テーブル。その上には分厚いハードカバーの本が山積みされており、その本に隠れるように裕を呼んだ人物は備え付けられた椅子に座っていた。
「そろそろいらっしゃる頃だと思っていました」
黄金に輝く腰まで届く程に長い髪を持ち、その存在自体が幻想なのでは? と疑ってしまうくらいに整った容姿を持った女性――運命の女神はそう言って微笑んだ。
「ソレもそこにある本に書いてあったのか? 確か、抱えている本には俺の前世についての記録が書かれてるんだったか?」
裕がテーブルの上に置かれている本に目を向けた後に運命の女神が大事そうに抱えている本を指さして言うと、彼女はゆっくりと首を振った。
「今の貴方は既に定められた運命から大きく外れてしまいました。この先、一体何がどうなるのかは誰にも――――――それこそ、神にもわからない事です」
「なら、何で俺が来る頃だと?」
「勘、と言って納得してくれる物ではないですよね」
裕が睨みつけると運命の女神はそっと目を伏せた。
「ですが、本当に決まっていた事ではないんです。強いて言うのであれば……コレは願望でした。もしも“私たち”の計画が成功していたならば、貴方はあの扉からこの刻にやってくる手筈でしたから」
「色々と聞きたい事はあるが……私たち、だと?」
「そ、私達だよ。僕風に言い換えるなら僕たちだけどね」
突然背後から聞こえた声に裕が振り返ると、そこには真っ黒な長い髪にゴスロリを着てその恰好には不釣り合いなシルクハットを被った幼女が立っていた。
「追跡者……」
「やあ、一ノ瀬 裕くん。いや? 今の君は既に自分がその人間ではない事を知っているんだったね。でも、新しい名前なんて考えるのも覚えるのも面倒だからこのまま行かせてもらうとするよ。久しぶりだったけど元気だったかな?」
相変わらず飄々とした態度で話し始めた追跡者はそのまま裕の横を通って空いている椅子へと腰を下ろした。
「……グルだったわけか」
「グルというか利害の一致だよね。僕たちはどうしてもエンディングの前に君が何者なのかを知ってほしかったんだよ」
「俺の記憶を抜き取ってたのは何か意味があったのか?」
「あったとも。一ノ瀬 裕としての記憶を全て抜き取った先にもしかしたら君の中に眠っている記憶が浮上するかもしれないだろう? まぁ、確証は無かったし、途中から君の事を追跡する事が出来なくなったから失敗と言えば失敗だったけどね」
「……仮に、失敗していたらどうするんだ?」
「その時はその時だ。君は廃人となってこの世界は定められた道を辿っていただろう。君は物語にとって重要な登場人物ではあるけど居ないなら誰かが代役を担う事になっただけさ。ソレは勇者くんだったかもしれないし、君が一緒に居る沙織ちゃんだったかもしれない」
その名前を聞いた瞬間、裕は目にも止まらぬ速度で翡翠色の心刀を抜き放っていた。
刃は追跡者の首皮を一枚切った所で止まる。止められたのではない。裕が止めたのだ。
「驚いた。前は軽々と受け止められたのに今のは何一つ見えなかったよ。なるほど……コレなら僕たちの計画は成功したと言っても過言ではないね」
「お前は……お前たちは、この世界の運命をなんだと思ってるんだ?」
「玩具じゃないと言いたいのかい? そんな事、誰よりも理解しているよ。それでも僕たちは歩き続けなければならない。君にだってわかるだろう?」
「……」
裕と追跡者が睨みあっていると手を叩く音が聞こえてくる。
「とりあえず、私達の計画を聞いてはもらえませんか?」
「……わかった」
様々な感情を飲み込み、裕は心刀を下す。ただ、納刀する事はなかった。二人もそのことを指摘する事はない。
裕としても、状況は知りたかった。それに、追跡者が言った「何を犠牲にしても歩き続ける必要がある」というのは共感できる部分があった。
「まず、その子が話した通り私達は貴方に自分が何者かを知ってもらう事が絶対条件でした。突然ですけど、貴方は自分が死んだらこの世界はどうなると思いますか?」
「……また裕と美咲と魔王が別の存在として生まれ変わって歴史を繰り返すんだろ? その結果として世界の寿命が尽きて滅びるんだったか」
男から得た知識を思い出しながら答えると、運命の女神は「半分は世界です」と言う。
「世界の寿命が尽きて滅びるというのは合っています。ですが、その三人は生まれ変わるのではありません。同じ存在として再度生まれるのです。そもそも、転生という形を取るのであればあと数百回は大丈夫だったでしょう」
「つまり?」
「この世界はループするんです。神でさえ手が打てなくなった時にある一定の時期に……勇者達が召喚されるその日にリセットされます」
「は……?」
「魔王とは言ってしまえば一種のバグです。当初は神も転生を繰り返せば消えると考えていました。ですが、消えるどころかその強さは増すばかり。そして、何を思ったのかやり直すという方法に変えてしまったのです。三人の魂が転生するのとこの世界そのものをやり直すのでは使うリソースは天と地の差があります。つまり、神はバグを消すために世界の寿命を賭けて短期決戦を挑んだわけですね」
「なんでそんな事を……?」
「理由は大きく分けて二つあります。一つは勇者にのみ使える聖剣の力で魔王を倒せば二度と復活する事はないと思われていた事。もう一つはループならば魔王の力がこれ以上強まる事はないと考えられていた事です」
「だが、魔王は今もこうして存在している。つまり、神の計画は失敗したのか?」
「その通りです。聖剣の力で倒したとしても魔王が消える事はなく、ループする度にその力は増しました」
つまりは全てが裏目に出たのだと裕は理解した。
それと同時に思ってしまう。ならば、元の方法に戻せばよかったのでは? と。
「元の方法に戻す事は神しか出来ません。そして、神はソレを拒否したのです」
運命の女神の口ぶりからして理由は教えてもらえなかったのだろうと察した裕は心刀を握り締める手に力が入る。
所詮、神も人も変わらないのだ。どこまでも自己的であり、プライドが異様に高い。もしくは、神は既にこの世界を見限っているのかもしれない。
「それで? その話と俺の記憶を取り戻す事はどう関係があるんだ?」
「それは……」
「そこからは僕が話すよ。君には言いづらい事だろうしね」
黙って椅子に座っていた追跡者が裕へと顔を向ける。
その目はいつもと違って真剣そのものだった。
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