真実と慟哭
更新が遅くなってしまい申し訳ございません。
時が止まったように静まり帰った空間で俺たちは見つめあう。
「――――――――っ」
言いたい事はある。聞きたい事は山ほど存在している。さっきの言葉を「嘘だ」と一刀両断したい気持ちだってあった。
言葉は体内で渦を巻き、感情と合わさって暴れ狂い、出口を探す。
それなのに、俺の口からは言葉が出なかった。口を開けば出てくるのは空気が漏れるような音だけで、とても言語とは呼べない。
「……お前は――俺たちは、勇者達とは違う場所に召喚されたよな。王国にある召喚の間じゃなく、凍華が待っていた塔に一人だけ召喚された。おかしいと思わなかったか? いや、違うか……『物語なら、こういう事もあるかもな』と思って疑問を無視してしまったんだ。ファンタジーが溶け込んでしまった現代人の弊害だな」
男はそう言って力なく笑った。
愚かな過去の自分を思い出し、その全てに失望したような笑み。あの時に行動を起こしていれば、変わる未来もあったかもしれないと後悔している顔だ。
「……“俺たち”は、勇者達と同じ世界の人間じゃない。さっきも言ったが、一ノ瀬 裕なんて人間でもない」
「なら……俺は一体、誰なんだ……?」
「俺たちに本当の名前なんて無い。……いや、もしかしたらあったのかもしれないな。ただ、それらの記憶は邪魔だから消されてるんだろうな」
「……」
「俺たちは言ってしまえば異質同体だよ。女神の子供の肉体にこの世界で最強だった男の魂を入れて、そこに一ノ瀬 裕の記憶を転写して作られた――人間なんて口が裂けても言える存在じゃない」
真っすぐ射貫くような視線から、その言葉が嘘だとは思えなかった。
それに、心当たりがないわけじゃない。あの空間で女性と一緒に居た少年――彼は俺と同じ魔法を使った。もし、仮にあの子が肉体のベースだと言うならば同じ魔法が使えたとしても不思議じゃない。
「どうして、そんなことを……」
「……この世界が限界だったからだ。魔王とか勇者とか、そういう個としての存在格が高いヤツが定期的に復活するのは星、ひいては世界のリソースを消費し過ぎるんだ」
「それと、俺たちがどう関係あるんだ……」
「関係しかないんだよ。今の魔王はもうずっと一人の女を求めて復活してる。何千年も前からずっと……その女が生まれ変わる度に魔王も復活する。そして、女が生まれ変わった時に復活するのは魔王だけじゃない。彼女と親密な縁が結ばれている男も復活するんだ」
「まさか……」
「それが、美咲と裕だ。この世界は度重なる魔王の復活で限界だった。いや、魔王だけならばまだ耐えられたかもしれない。だが、女と男も時を重ねる度に存在の格が上がってしまったんだ。それこそ、もう一度三人が同時に現れようものならこの世界が崩壊してしまうほどにな」
男はそこで言葉を切って、空を見上げた。
何もない、真っ白な空――天井など無いはずなのにどこか窮屈に感じるソレを見て、一体何を思っているんだろうか。
「男と女は別の世界で転生したから一時的に女神たちも安心した。だが、魔王が復活してすぐにこの世界の人間たちは勇者召喚の儀式を始めた。当然だ……魔王は度重なる転生で既にこの世界の人間じゃ太刀打ちできないほどに強くなってしまったんだからな」
傍迷惑な話だと男は呟く。
「本来、勇者召喚ってのは無数に存在する別世界から魔王に太刀打ちできる存在を呼び出す物だが……男と女は魔王という存在と強く結び合っているから引っ張られるんだ。天界は大騒ぎだっただろうな。幸いだったのは召喚される勇者達の格が高くない事と“あと一人くらいなら魔王と同格が現れても大丈夫”だって事だ」
「だけど、男と女は同時に召喚されて……まさか……」
「そう、そのまさかだ。天界の女神達は考えた結果として男をすり替える事にした。丁度、一人の女神には同年代の男児が居たからな」
男は空から目線を外して、今度は血が広がる紅い地面を見た。
「女神達は儀式を行った。男児を一ノ瀬 裕として作り変えて下界に送り、本物は別時空に眠らせた。そして、送られてきたのが俺たちだ。なぁ、俺たちに与えられた使命って何だか知ってるか?」
「……魔王の討伐か?」
俺がそう答えると、男は何かが壊れたように笑い始めた。
右手に持った漆黒の刀を血の地面に突き刺し、黒い指抜きグローブを付けた両手で顔を覆い隠しながら……。
「魔王の討伐なんて、おまけでしかないッ! 俺は、全てが終わった後の後処理係だったんだよ!」
男は両手の指を折り曲げ、顔を握り締めんばかりに力を入れ、腰を折り曲げながら叫ぶ。
「アイツ等が勇者達に呪いを掛け、魔王が倒された後にソレを解いたのも! 全て、俺が殺しやすいようにするためだ!! 強すぎる力は世界のバランスを崩す……かと言って、普通に殺したとしても魂は輪廻に戻りやっぱりバランスを崩す!! だが……女神の子である俺なら……! 忌々しい血が流れている俺なら、魂を輪廻に戻さずに消し去る事が出来る! だから……俺たちは作られ、ここに送り込まれた……」
「……」
なんと言うのが正解なんだろうか。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか……いや、きっとどれでもない。急な事で何も飲み込めていない俺が目の前で慟哭を上げる男に掛ける言葉なんて存在しないし、してはいけない。
「俺は……一体、何のために多くの命をこの手に掛けてきたんだ……? 今まで戦ってきたこの道さえも自分の意志ではなく仕組まれた事だとしたら、俺の人生に一体何の意味があった……? 死んでいったアイツ等に何と言えばいい……」
ただ、目の前で癇癪を起す子供のように叫び声を上げ、涙を流さずとも泣き声を上げる男を見ている事は出来なかった。
自分が辿り着く先を見せられているとしても、この男の……この姿こそがいつか来る俺の姿だったとしても。
「だから……断ち切るんだ。ここで、この未来に辿り着く前に……」
男はそう言って地面に突き刺してあった漆黒の刀をその手に握る。
「そうか……そうだな。きっと、お前は未来の俺っていうのは本当の事なんだろうな……」
想像出来るなんて言えない。同情などもっての外だ。
目の前の男に対して寄り添う事も突き放す事も誰にもできはしない。否、してはならない。何故ならこの男が見てきた地獄はこの男だけが知る道程なのだから。
「でも、俺も……死んではやれない……この命は俺だけの物じゃないから」
俺が死ねば沙織も死ぬ。
それに、全てが仕組まれた事だったとしてもここで死んでしまったら今まで殺してきた人達にそれこそ顔向けが出来ない。
立ち止まる事は許されず、投げ出す事は裏切りとなる。
ならば、戦うしかない。戦って、戦って……生き残るしかない。少なくとも、今は。
「……そうか。そうだったな……俺は、そういうヤツだった」
男が刀を構えると、真っ白な空から剣先から頭まで透き通った翡翠色の刀が振ってきて目の前に突き刺さる。
柄頭に付いた同色の長い紐が風も無いのにユラユラと揺れている。
「心刀――――」
男の言葉が響く。
「受け継いだ心剣は俺達の本質と混ざり合った。その結果生まれたのがその武器だ」
「心刀……」
そっと右腕を伸ばして柄を握ると不思議と手に馴染んだ。
「お喋りは終わりだ。お互い、譲れないのなら……命を燃やし、道を示し、刃を交えて貫き通すのみ」
男が構えるのに合わせて俺も構える。
「いざ、尋常に――――――――」
ゆっくりと息を吸い込んで、俺たちは静かに吐いた。




