雪降る戦場での誓い⑤
崩れた地面に巻き込まれたスケルトン騎士を見渡す。コレで後続の足止めは出来た。後は、俺の後ろに居るやつらをガンダル達が捌けば歩兵の心配は一つを除いてない。
「来たか」
キラリと前方が光ったと思えば強化された目でなくては目視できない程の速さで槍が四本投擲される。
ソレを目で追いはするが俺から動くことはない。
「任せたぞ」
俺がそう呟くのと槍が上空で全て弾かれるのは同時だった。力を失った槍が近くに落ちて来るの眺めていると遠くから乾いた音が響き渡った。
『久しぶりに見たけど、相変わらずいい腕だよね~』
『今のを……あの小さな女の子が……?』
この戦場に飛んでいる最中に遠くで何かが光るのを見た。あの時点で恐らく彼女だろうとは思っていたが予想通りだったらしい。
まさか、俺を追って過去まで来るとは思っていなかったが……彼女の背後には狼神も付いているし、時代を超えるなど造作もない事なのかもしれない。
「とりあえず、コレでガンダル達に関しては問題ないだろう。俺達は手早く親玉を潰そう」
排熱を終えた鞘を地面から引き抜き、両脚に力を込める。
強化魔法を発動してから60秒は経っている。現在の技量では一回の発動で維持できる時間は凡そ120秒だからあと半分は残っている。
「俺にも時間がないな」
指先が透けて来た右手を見ながら俺は大地を蹴った。
◇ ◇ ◇
スケルトン騎士達を飛び越え、時には白華で斬り捨てて走り、丁度魔法が解除される所で親玉の所に辿り着いた。
「コレはまた……」
『大きいねぇ』
『牛……なのかな……?』
沙織と白華が言った通り、目の前に立つのは体長が3mはある牛の頭をした人型の魔物だった。
ファンタジー系によく出て来るミノタウロスが一番近いだろうか。アレに鎧を纏わせ、両手に巨大な槍を持たせれば完璧かもしれない。
《……》
名前がわからないからミノタウロスと呼ぶが、ヤツは何も言わずに槍を構える。右手は前に突き出し、左手少し引いた型。凡そ、魔物がそういう構えをするとは思っていなかったが、その動作や姿勢は精錬されており見掛け倒しという事はないとわかる。
『武人って感じだね』
白華はミノタウロスの事をそう評価した。
なるほど、確かにソレは言い得て妙だ。ヤツから発せられる圧は間違いなく強敵と対峙した際のソレなのだから。
「……」
戦いに言葉など不要だとミノタウロスの目が物語っている。同意しかない俺は白華をゆっくりと抜いて構えた。
《……》
「……!」
先に動いたのはミノタウロスだった。魔法が解除された俺では捉える事が出来ない速度で放たれた槍を勘で身体を捻る事で避ける。
次いで二撃目。突き出された槍はまるで剣のように横に振るわれる。ソレを白華で受ければ右手の指が全て逆方向に折られると直感するほどの力を感じ、急いで自ら後方に飛ぶ事で負傷を避ける。
力任せに振るわれた槍と両脚が地面を離れた事で身体が後方へと吹き飛ばされるが、それをただ眺めているような相手ではない。すぐさまミノタウロスは地面を蹴りあげて追撃のために肉迫してくる。
「装填!!」
ラスト一回。
短期決戦で仕留められる相手ではないと判断して使っていなかったが、このままではそんな事も言っていられないと決断した。
振り下ろされた槍が眼前に迫る。俺は未だ低空に飛んでいる状態であり、避けるのは困難だ。
「発射ッ」
そう、普通の状態なら。
魔法を発動した事で強化された俺の身体は素早く最適解を導き出す。最近気づいた事だが、この魔法は脳も強化しているらしい。
1秒。左手に持った鞘を地面に突き立て、その腹に両脚を付ける事で急制動が掛かる。ソレによって胃が逆流しそうになるほどのGが身体を襲うがそんなのは全て無視された。
2秒。今の俺ならば白華で弾く事も可能だろうが、時間が足りないと判断して鞘から手を離して身体を上側へと捻って槍を回避。穂先が頬を掠めた。
3秒。中空で回転しながら穂先が地面に埋まった槍の上に着地し、その上を駆け抜ける。ミノタウロスの目が驚愕に見開かれるのがやけに印象的で、その両目を見据えながら首を狙って白華を振るった。
捉えた――文句がない完璧な一撃だった。
だが、白華の紅い刀身は何も切り裂く事はなく宙を切った。
「――!?」
《……》
外した? いや、完璧に捉えていた。ならば、魔法か? いや、だが魔力の流れは感じなかった。ならば、何が――。
疑問が浮かび上がり、思考の渦に飲まれそうになる。
『裕ッ!!』
「――ッ!!」
そこを沙織の声で現実に引き戻された。
視界にはニヤリと口元を歪めながら左腕を振り上げているケンタウロスの姿。そうだ。今は戦闘中であり、俺は敵に近づきすぎている。ヤツの右手は既に槍を手放しているじゃないか。
「チッ……!」
槍の上で馬鹿力と戦うのは得策ではない。足場にしていた槍から飛び降りる事で振り下ろされた左手の槍を回避する。
叩かれた槍は地面を回転してケンタウロスの右手に納まった。
俺も黒龍布を伸ばして鞘を回収し、今度こそ地面に足を付けて油断なく白華を構えた。
「悪い、沙織。助かった!」
沙織に礼を言いつつケンタウロスとお互いの出方を探っていると、白華が声を上げた。
『ユウ、アレは蜃気楼の魔法だよ。白華が当たる直前で発動して実体を無くしたんだと思う』
「そんな魔法アリかよ……。というか、魔力の流れは一切感じなかったぞ」
『それ程に使い込んでるって事だね……。ごめん、コレは私のミス。相手を戦士だと思っていたけど、どうやら熟練の魔法使いだったみたい』
白華の言葉を肯定するようにミノタウロスは自身の背後に炎で構成された槍を4本浮かべた。
「熟練の魔法使いでありながら、近接戦闘もかなりの腕と来たか……」
穂先が掠った頬から流れる血を感じながら自分の内側に目を向ける。
魔法は残り80秒ほど。コレが切れたら次はなく、そうなってしまったら間違いなく俺はここで息絶えるだろう。
だから、考える必要があった。残り時間で相手を殺す方法を。




