雪降る戦場での誓い④
一閃を放ち終えた白華を鞘に納めながら、息を深く吐きだす。状況から見てギリギリ間に合ったという所だろうか? これ以上到着が遅れていたらスケルトンの大群が人類側を蹂躙していただろう。
『対魔法防御の盾か……厄介だね』
『名前からして魔法用の防御魔法だよね……? だとすると、私は役に立てないかな……』
『サオリだけじゃなくて、私も結構辛いよ。さっきの技だって根本の部分は剣圧による物理攻撃だけど、その先は魔力を乗せて放ってる物だしね……ユウ、見て。私もユウも集団の半分近くは斬るつもりで放ったのに第二線までしか抜けてない』
白華が言うのと同時に左手に持っていた無骨で白華を納めるにはあまりにも大きすぎる鞘の細部が一気に展開して蒸気を発し、立ち込めていた土煙が霧散する。
そうして開けた視界で見てみれば、確かに俺が放った斬撃は想定していたよりも敵を斬れていなかった。ただ、その威力で相手の勢いを完全に削ぐことは出来ている。
「コレは厄介そうだな……対魔力となると沙織の言う通り精霊大弓は使えないし」
音を立てて鞘の細部が元に戻るのを横目で見ながら白華に答える。
ちなみに、この鞘は何やら様々なギミックが仕込まれているらしく、先程の斬撃もその一つである“広域魔素吸収”を使った事で可能になった物だ。ただ、欠点もあるらしくそれらのギミックを使った後は必ず鞘内部に残った熱を放出する必要があるらしい。
熱と一括りにしてはいるが、実際にはもっと細かい話らしいが長くなりそうだったために今はまだ聞いていない。
『敵側も私たちに警戒してるみたいだけど……私たちも迂闊には飛び込めないね。上から見たアレも気になるし』
「アレ、か……」
言われて思い出すのは敵軍の遥か後方に立っていたナニカだ。
遠目だったために細部までは見えていないが、巨大な人型だった。正確な大きさはわからなかったが、今は周囲にヤツが投擲していた槍がある。この槍よりも大きかったことを考えれば相当だろう。
「アイツを斬るのは骨が折れそうだな」
俺が肩を竦めて言えば、白華がクスリと笑って沙織が戸惑ったような声を漏らす。緊張感をほぐすために放った一種の冗談のような物だったんだが……やはり、慣れない事はするもんじゃない。
『どうするの?』
「まぁ、手が無いわけじゃない……が……」
沙織の不安げな声に言葉を返しながら顔だけ振り返ると、丁度ガンダルが走り寄ってくる所だった。
「お主……」
「詳しい話は後にしよう。俺はこのまま突っ込んで荒らす。そっちは?」
「兵の多くを死なせてしまったが、お主が暴れると言うのであれば何とか戦線を維持するくらいはしてみせよう……じゃが、あの槍は厄介じゃな」
「わかった。槍はこっちでどうにかするからそっちは戦線の維持を全力でやってくれ。流石に抜かれたら俺でもどうしようもない」
「あいわかった」
短いやり取りをした後に、俺は正面を向いて両脚に力を入れる。
「一つ、聞きたい事がある」
「手短にな。なんだ?」
「何故、ここに来た? お主はこの国の――いや、この時代の人間じゃないだろう」
「……」
まさか、生きる時代が違うという事もバレていたとは思わなかった。
流石は一国を治める王と言った所か。力が全ての氷の国においても、やはり頭がなければ王は務まらないという事か。
「……頼まれたからってのが一つ。もう一つは俺にも人の心があったという事だ」
「そうか……ならば、儂らはまだ天に見放されていなかったという事じゃな」
「それは勝ってからにしてくれ」
話を切り上げるように、俺は一歩踏み出して大きく前へと跳躍する。
一気に視界が引っ張られ、上空から敵の大軍を見下ろす形になり、すぐに重力によって降下が始まる。
「――装填」
魔法の準備をしながら着地地点を決める。
指揮官らしき豪華な鎧を着たアイツでいいだろう。
「発射!」
空中で魔法を発動し、身体を捻って指揮官に向けて急降下する。
『――』
体長2mほどの指揮官を上空から奇襲し、押し倒してクッションの代わりにしつつ地面へ白華で縫い付ける。
一瞬の空白。予想通り指揮官を失ったスケルトン騎士達は即座に動くことは出来ていない。白華を即座に引き抜きながら立ち上がって前方に居る数体を纏めて薙ぎ払う。
「白華!」
『もう! コレは私一人で制御出来る物じゃないんだけどね!』
白華に指示を出しながら跳躍し、再度敵の集団へと飛び込む。着地するのと同時に左手に持った鞘の下部がスライドして黒一色の刃が前方へと伸び出る。
「――ッ!!」
左腕を大きく後方に引き絞った後に思いっきり振り抜くのと同時に身体をクルリと回転させると、伸び出た刃は周囲にいたスケルトン騎士達をあっさりと切り裂いた。
だが、息を継ぐ時間はない。流石この時代の魔王軍は練度が高いらしく、即座に遥か前方が煌めいたと思ったら赤い閃光が数え切れない程上空へと上がり、そのまま俺へと向けて殺到してくる。
「信じてるからな――!」
この鞘を作った三人に対してそう叫びながら、左手に持った鞘を盾のように掲げる。丁度剣先が地面に向く形だった。
『えーっと、えーと……! 確か、こうだったはず!』
白華の焦ったような声の後に、鞘が中央から割れて盾のように平べったく展開した。
「吸収」
放たれた無数の魔法は盾となった鞘へと着弾するが、その全てが音も衝撃も無く、まるでそこに穴があるかのように吸い込まれて消えていく。
鞘に仕込まれている様々なギミックの一つである【吸収】。ソレは魔力が関係する全ての攻撃を吸い込む対魔法の盾であるのと同時に――
「お返しだッ!!」
元の形に戻った鞘の剣先を地面へと叩きつける。
「解放!!」
叩きつけられた剣先から魔力が迸り、周囲の地面を爆破させた。
吸収によって吸収された魔力は全て鞘の内部で貯蔵され、解放によって任意のタイミングで放出する事が出来る。
まさに、対魔法の盾であるのと同時に最強の武器でもあるのだ。




