雪降る戦場での誓い①
ユキと共に兵士の後を追って大広間へと入ると、そこには完全武装した指揮官達とガンダルが大きな長テーブルに地図を広げ、それを囲んで話し合っている最中だった。
部屋に入った瞬間に多くの視線が集中するが、それらを無視して一歩踏み出して広げられている地図へと目を落とす。
「ユウ、来たか」
「ああ。敵が国境を超えて来たんだって? 時間も無さそうだし、俺はどこに行けばいい?」
今も工房で鞘作りを頑張っている白華には申し訳ないが、配置場所を聞いたらすぐに向かおうと考えているとガンダルは真面目な顔をして口を開いた。
「お主に出撃してもらう予定はない」
「なっ――」
その言葉が信じられなくて視線を上げると、ガンダルと目が合った。その目は嘘や冗談を言っているような感じではない。
この国は国境にほど近い場所にある。それはつまり、魔族の軍がこの国へと容易く進行する事が出来るという事だ。だから、今進行してきている敵は必ず排除しなければならないはず。
「少しでも戦力が必要な状況だろ? 俺に気を使っているなら――」
「お主は元々、儂の客人だ。先の黒騎士の件ではやむを得ず力を貸してもらったが……今回は儂らの力だけで切り抜ける。そもそも、お主は先の戦いで左腕を失くしておる。儂の息子のせいで傷を負った客人にこれ以上協力を申し出る事など出来ぬ。お主に来てもらったのはそのことを伝えるためじゃ」
「それは……っ!!」
確かに、俺の左腕はまだ治っていない。
元々は沙織の魔力で構成されていた左腕は、黒騎士を倒す時に暴走させた精霊大弓を使った反動で魔力が乱れておりまともに構成する事が出来ないからだ。
「なに、お主が来る前からこういった事は多々あった。その度に儂らは切り抜け、こうして存続してきた。今回も問題ない」
それは嘘だろう。
前回も勝てたから今回も勝てる――そんな楽観的な考えは戦場では通用しない。そのことを目の前の武人達が理解できないはずがない。
「どうしても気になると言うのなら……ユキの事を頼めぬか? 息子たちは儂らと共に戦場に行くがユキはまだ幼い。万が一のためにお主が傍で守ってやって欲しいのだ」
妥協案……なのだろう。
ここで、俺が何かを言ってもガンダルは決して自分の言葉を撤回する事はない。それどころか、俺が駄々をこねればそれだけ敵への対処が遅れる事になる。
だから―――
「……わかった」
拳を強く握って、そう返事するしかなかった。
「すまぬ……頼んだぞ」
ガンダルの言葉を受けて、俺とユキは大広間を退出させられた。
廊下を歩きながら、俺が拳を握りしめていると目の前から白華と星の精霊が駆けて来る。
「ユウ! 敵が来たんでしょ? 私たちはいつ出るの!?」
「……俺達は待機だ」
「なんで!? 鞘はまだ未完成だけど……それでも、私たちなら!」
「……っ」
白華の声に俺は奥歯を噛みしめる。
俺だって、戦いたい。この国にはお世話になってるし、少なくない愛着さえある。この世界に召喚されてから心休まる日なんて片手で数えられるくらいしかなかった。だけど、この国に来てからは比較的心穏やかに生活出来ていたからだ。
それに、俺が戦えばこの国を守るくらい――
「それは、貴方の慢心ね」
「なんだって……?」
今まで黙って俺と白華のやり取りを見ていた星の精霊が声を発する。目を向けてみれば、星の精霊は腕を組んで真っ直ぐに俺の事を見ていた。
「確かに、貴方はそこら辺の人よりも強いでしょうね。でも、貴方の戦い方は一人専用よ。相手は統率が取れた正規軍……貴方一人が駆け付けた所で多勢に無勢なのは目に見ているわ」
「……」
「まさか、一人で全ての敵を相手出来ると思っているの? だとしたら、ソレは慢心を通り超して勘違いだわ。貴方が今まで戦えて来たのは仔猫ちゃんのお陰なのよ?」
「それは……わかってるさ」
「いいえ、わかっていないわね。貴方の体は一般人より少し強いくらいなの。それを仔猫ちゃんが侵食して魔力路から細かい所まで上書きしているから強者を相手にもどうにか戦えるくらいになっているの。それも仔猫ちゃんが万全の状態でやっと足元に届くかどうかって所。でも、今の仔猫ちゃんは鞘作りのせいで極端に力が落ちているわ。そんな状態で前の黒騎士くらいの敵と戦う事になったら――間違いなく、貴方は死ぬわよ」
星の精霊の言葉に俺は何も言えなかった。
白華が俺の体を強化している事は知っていた。だけど、まさかそんな緻密に強化しているとは思っていなかったからだ。
「貴方の目的をよく考えてみる事ね。この国を救う事が貴方の目的に繋がるの? 人一人で救える者はそんなに多くはないわよ」
星の精霊はそう言って白華の襟を持って去っていく。
残された俺は何も言えずにただその場で立ち尽くすだけだった。
◇ ◇ ◇
廊下を少し歩いた所で、星の精霊は右手に持っていた白華を下ろした。廊下に下ろされた白華はその紅の瞳で星の精霊を睨みつけると深く息を吐く。
「私に制口の魔法を使ってまでユウに言いたかった事がアレなの?」
白華は途中から制口の魔法を掛けられた事で言葉を発する事が出来ずに居た。そのため、星の精霊が大事な所有者に吐く言葉を黙って聞いている事しか出来なかったのだ。
「……彼に死んでもらっても、壊れてもらうわけにもいかないのよ。仔猫ちゃんと彼がこの国に愛着を持っているのはわかっているわ。でも、リスクが高すぎるの」
「だからって……あんな言い方をしなくてもいいんじゃないの?」
「あの時に言った言葉は全て真実よ。彼は弱い。仔猫ちゃんもそれはわかっているでしょう? 仔猫ちゃんはあの人の武器だから全てを伝える事は出来ないから私が代わりに言ったの」
その言葉に白華は不機嫌そうな顔をする。
確かに、星の精霊の言う通りだからだ。裕は弱く、おそらくこの戦場に参加したとしても途中で力尽きる事になるだろう。しかし、それを理解していたとしても白華としてはこの国を救いたいし、何よりも武器は所有者の意思に反発などしない。
「この世界は命が軽いわ。だからこそ、自分の意思を通したいのなら力が無くてはいけないの」
そう言って前を歩きだす星の精霊がどこに向かっているのかを白華は理解した。そして、口を尖らせて小さく呟くのだ。
「素直じゃない……」




