【後編】貴方と私の軌跡
ユーリとアルドルノが共に行動するようになってから二年の月日が経った。ユーリはアルドルノを邪険にする事はあっても本気で突き放すような事はしなくなっていた。なんやかんやでこの関係を気に入り始めていたのだ。対するアルドルノもユーリを友人だと思っていた。
「は、初めまして! クレアです!!」
「……」
「やぁ、はじめまして。僕はアルドルノ。こっちの無口なのはユーリね」
今、そんな二人の目の前にクレアと名乗る小柄な少女が立っていた。白い髪を肩まで伸ばし、左腰に細剣を差した姿。そして、何故か両手で抱えるようにして白い仔猫を抱えていた。
「……」
「えっと……」
「あー……ユーは多分、その仔猫が気になるんだと思うよ。どうしたの? どっかの戦場で拾ってきちゃった?」
「ユー……?」
「あぁ、コイツのあだ名ね」
「そうだったんですね。では、私もユーさんって呼びます! それで、この子は前の戦場で巻き込まれた村があって……そこの女の子に託されたんです」
「そうだったんだ。でも、仔猫か……この砦は物資も枯渇してるからなぁ……」
「別に仔猫の一匹や二匹、どうとでもなるだろ」
「あれ? ユーがそんな事を言うなんて珍しいね。コレは明日は槍の雨かな?」
「……」
「あぁ、拗ねないで……って行っちゃった。まぁ、ユーが言うならいいか。その子は名前とかあるの?」
「お二人は仲がいいんですね。シロって名前を付けました!」
「まぁ、長い付き合いだからね。シロ……いい名前だね」
アルドルノが仔猫へと手を伸ばすと、その手を仔猫は叩き落とした。その光景にアルドルノは苦笑いを浮かべ、クレアはクスクスと笑った。
「どうやら、僕は嫌われてしまったようだ」
「あっ、ごめんなさい……」
「別にいいよ。これからは同じパーティーなんだし。クレアとも仲良くやっていきたいと思ってるしね」
「私もです! あ、でもユーさんとは仲良くなれるでしょうか……?」
「怖い見た目というか雰囲気を醸し出してるけど、根はいい奴だから大丈夫だよ。ユーと仲良くなるコツは邪険にされてもグイグイ行く事だね!」
「えぇ……アルドルノさん、メンタル強いですね」
ユーリとアルドルノは北方前線から最前線である東北戦線へと異動になっていた。というのも、本国が本気で終戦を目指すために大規模作戦を展開するからだった。そのため、最低パーティー人数が三人に指定され、別の戦線から異動になったクレアを加える事になったのだ。
「私は、ここでやっていけるでしょうか……」
「何も心配ないと思うけどね。クレアはパッと見た感じだとユーや僕と同じくらいだと思うし」
「褒められてるんでしょうけど……凄い自信ですね」
「僕とユーは最強だからね」
二人はそんな会話をしながらユーリが入っていった支給されたテントへと向かった。
(ユーリもこれで寂しくないわね)
星の精霊は相も変わらずユーリの事を見守り続けていた。その過程で、アルドルノとクレアが仲間になった事に胸を撫でおろしていた。彼は孤独だった。それ故に不安定な部分があったが、二人がソレを補ってくれると思ったからだ。
(……でも、なんだか胸騒ぎがするわ)
今のところ、王国はどうにか前線を持ち直しているが油断できない状況だった。国力は日に日に落ちていき、国民は戦争による疲弊が大きい。このままでは国として維持するのも難しくなるのも時間の問題だと思われていた。
そして、星の精霊の胸騒ぎは二年後に現実となった。
その日、事前に準備されていた大規模作戦が発動した。作戦内容は前線でぶつかりながら別動隊を左右にある森から展開し、敵前線を包囲し殲滅するという物だった。聞くだけならシンプルだが、その規模が大きく、魔法士も大量に投入する事から二年の年月が必要になったのだ。
作戦自体はそこそこの成功を収めた。
そこそこの結果となったのは、右翼側に展開していた部隊が展開中に敵の奇襲を受けて敗走したためだ。そして、その部隊にはクレアが居た。
アルドルノとユーリもその部隊に参加する予定だったが、軍の総司令が二人の腕を知って急遽前線の前面部分に配置したためだ。クレアの腕も二人と同等だったが、総司令は女性を軽視する傾向があったためクレアはそのままとなったのだ。
「……くそっ!!」
「……」
夕暮れ。血の匂いが充満する森の中で二人は“ソレ”を見ていた。
両腕両脚を槍で地面へと縫い付けられ、全身に矢が刺さった少女の死体。自慢していた白い髪は赤黒く染まっている。間違いなく、クレアだった。
「こんな……帝国には戦士に対する敬意がないのか!? こんな……こんな殺し方……ッ!!」
アルドルノが手を握りしめて目に怒りを浮かべる中で、隣に立っていたユーリがゆっくりと動き出して死体へと近づいた。
「ユー……?」
「手伝ってくれ。一人じゃ、流石に無理だ……」
ユーリはそう呟いて、少女の死体から槍を引き抜き、矢を丁寧に抜いていく。淡々と作業をするように行うユーリの肩をアルドルノは強く掴んだ。
「ユー! 君は――……」
「……なんだ」
「いや、手伝うよ。僕は、死体を埋葬する準備をする」
ただ、その際に見えたユーリの横顔にアルドルノは何も言えなかった。その目は怒りに染まり切っているのに涙が流れだし、食いしばったであろう口からは血が流れだしていた。
「……ごめん。俺が……ちゃんと傍に居てあげるべきだった……」
「……」
矢を引き抜く最中に聞こえたそんな呟き声をアルドルノは聞かなかった事にした。何故なら、思いは一緒だったから。あの時、無理を言ってでもクレアと同じ戦場に居るべきだった。そうすれば、クレアは死なずに済んだ――そう、思わずにはいられなかった。
(――……!)
星の精霊もまた胸を痛めていた。
クレアの事は彼女も気に入っていたのだ。話した事は無いけれど、いつかは話してみたいと思っていた。その時は勿論、ユーリの話で盛り上がろうと。
だが、その夢は叶わなくなってしまった。
そして、最近は安定していたユーリがまた憎悪に彩られた事にも不安が浮かび上がってくる。このままでは、近い内にユーリも死んでしまう――そんな予感がしていた。
しかし、彼女は何も言う事が出来ない。彼に声を届ける事は出来ないのだ。だから、見守り続けるしかない――この先にどんな結末が起ころうとも。
「ユー」
「なんだ?」
クレアの戦士から半年後、最後の大規模作戦が発令された。ただ、その内容は作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末な物だった。
「僕は左翼担当だからそっちに駆けつけるのは遅くなると思う……だから、死なないでね」
「お前は自分の心配をしておけ」
作戦内容は右翼と左翼にある森を通過し、森を抜けた先にある荒野へ展開し帝国が動揺している間に前線を押してそのまま攻め込むという物だ。こんな雑な作戦に踏み切れたのはこの半年でユーリとアルドルノが一騎当千の働きをし、帝国の戦力を一気に削ったからでもある。
「恐らく、森を抜けた荒野には帝国の軍が待ち構えてると思う」
「十中八九、間違いないな」
「ユーなら大丈夫だと思うけど、最悪生きていてくれれば僕が片付けるから」
「……なぁ、お前は終戦したらどうする?」
「なんだい、突然……僕は前に言った通り、剣聖を目指すよ。まぁ、この戦場で打ち立てた功績があればなれると思うけどね。ユーは? 何かあるのかい?」
「前までは何もなかったな……でも、今は田舎に引きこもってのんびり暮らしたいと思ってる」
「じじくさいなぁ……ユーってそういう所あるよね」
アルドルノはひとしきり笑った後、右手を握ってユーリへと突き出した。
「……?」
「グータッチだよ! よくやるでしょ?」
「やったことないな。まぁ、今日くらいは付き合ってやる」
ユーリが握った右手をぶつけると、アルドルノは嬉しそうに笑った後に背を向けた。
「じゃ、また後で」
「ああ――……じゃあな」
「えっ……?」
アルドルノが振り返った時、そこには既にユーリの姿は無かった。ただ、残されたアルドルノは言葉に出来ない胸騒ぎがあった。別れ際、もっと他に伝えておくべき事があった。もっと話しておくべきだった――そんな予感が胸に残った。
(ユーリ……貴方は死を悟ったのね……)
星の精霊はアルドルノよりも正確にユーリの運命を見通していた。歩く彼の背中には死が纏わりついており、何をどうやってもソレを引き離す事は出来ない。
(どうか、悔いのないように……)
なら、せめて祈るしかない。
彼の最期が悔いのない物でありますように、と。
作戦は成功したと言っていい。予想通り、森を抜けた荒野には帝国の軍が待ち構えていたが、その装備が必要最低限だったため、アルドルノ率いる左翼側は時間は掛かったが殲滅に成功していた。後処理を同行していた兵達に任せて、アルドルノは右翼側へと急いだ。
右翼側からはまだ作戦成功の魔法が打ち上げられていないのだ。つまり、苦戦している可能性があると判断したため、アルドルノは使える魔力を全て使って走った。
アルドルノが駆け付けた戦場で見たのは無数の死体だった。その数は左翼よりも遥かに多い。中には左翼側では一人も居なかった魔法士の死体も多数散見された。
焦りながら戦場を走り、丁度中央に目的の人物を発見したアルドルノは急いで駆け寄った。その人物の周辺は帝国兵の死体が一際多く、それをやった男は突き刺さった大剣に背を預けて座り込んでいた。
「ユー! 大丈夫か!? 怪我を――……」
ユーリの近くに走り寄ったアルドルノが見たのは、左腕と片足を失くし、身体中に無数の切り傷がある男の姿だった。
明らかに重症――いや、もう死に体だろう。そんな状態にも関わらず、ユーリはアルドルノに向かって残った右手を上げた。
「よぉ……そっちも無事に終わったか」
「喋るな! 今、手当を……!!」
走り寄ったアルドルノが腰に付けたポーチから薬草水を取り出そうとするが、その腕をユーリが掴み顔をゆっくりと横に振った。
「やめろ……薬の無駄だ。自分の身体の事は俺がよくわかってる。コレはもう……助からない」
「そんな……諦めるな! ようやく、ここからだろう!? 作戦は成功したんだ。ここからすぐに帝国首都を包囲して……とにかく、終戦まであっという間だ! ユーは、終戦したら田舎でゆっくり過ごすんだろう? あの時はじじくさいって言ったけど本当は凄く良いと思ったんだ……ユーが田舎で過ごして剣聖になった僕がたまに遊びに行く……そんな未来を――!!」
「お前は……俺の家に、入り浸りそうだからダメだな……それに、俺達だけ楽しんでたら……クレアが悲しむだろう……?」
「勿論、クレアも一緒だ……そうだ。ユーの家の庭にクレアのお墓を作ろう。後は、そこに綺麗な花が咲く木でも植えて暖かくなったらそこで一緒に花見でもしよう。そうすれば、クレアも寂しくないだろう?」
「……そうだな。クレアは、花が好きだったもんな…………」
「あぁ、やめろ。待ってくれ。僕を置いていかないでくれ……なぁ、僕たちは一緒に戦場を駆け抜けて来た。これからも……そうだろう?」
涙を流し、顔がくしゃくしゃになったアルドルノを見てユーリは笑った。まるで、そんな顔は初めてみたと言わんばかりの表情だった。
「泣くな……剣聖に、なるんだろう? 剣聖は誰よりも強い……強者は、泣かない物だ」
「大切な人を失うかもしれないのに泣かないヤツなんていないだろう! 頼むから諦めないでくれ……まだ、全部試してないじゃないか」
アルドルノの声を聞きながら、ユーリはそっと空へと視線を向けた。
空は生憎の曇り空であり、視界に入ってくるのは黒い雲だけ。ただ、ユーリの瞳には確かに輝く星々が見えていた。
「……ッ」
その星々が「まだ、やる事が残ってるだろう?」と語りかけて来るが、ユーリはもう自分が長くない事を直感していた。だから、せめてもの気持ちを込めて痛む身体に無理を言わせて右腕を動かした。
「……お前に、やる」
「……!!」
右手に持った星の精霊から授けられた剣をユーリの胸に押し付ける。アルドルノが両手で大事そうにその剣を受け取ると、ユーリの右腕は役目を終えたとばかりに地面へと力無く落ちた。
「バカだな、ユー……前も言ったろ? この剣は、ユーのために作られた剣だから僕が持っても力を発揮してくれないって……」
「……なぁ、聞こえてるんだろう? 頼むよ。俺は、もう、ダメだから……コイツに力を貸してあげてくれないか……?」
「ユー……?」
(わかったわ……貴方の願い、ちゃんと聞き届けたわ。だから、安心して。貴方は私の光、私の宝物……愛しているわ。おやすみなさい)
ユーリの耳にそんな声が聞こえてきた。それを聞いてフッと笑ったユーリは呆然としているアルドルノへ視線を向ける。
「アルドルノ……俺の、俺達の戦友。お前は、剣聖になれ……あと、シロの事お願いな……」
アルドルノは目を見開いた。
そして、ユーリがもう目も見えていない程に死へと近づいている事を察した。だから、精一杯の笑顔を浮かべて口を開く。
「こんな時に初めて名前を呼ばれるとは思わなかったよ……わかったよ。僕は剣聖になる。ユーの夢も剣技も僕が受け継ぐから……シロの事も安心してよ。僕は嫌われてるけど、責任をもってちゃんと育てるからさ……」
「……」
「おやすみ、僕の戦友――いや、僕の唯一無二の親友。クレアによろしく言っておいてね。僕もすぐにそっちに行くから……だから、さ……僕の話を、楽しみに……待って……」
物言わぬ死体となった親友を見つめ、アルドルノは託された剣をその胸に抱いた。
「ぅ……ぁ……」
顔を伏せ、肩を揺らす。
脳裏に浮かぶのは親友と出会ってからの思い出たち。邪険にされる事はあった。だが、決して突き放されるような事はなかった。辛かった事も楽しかった事も多くあった。きっと、この先、この親友を超える存在が出て来る事はないだろう。
「うああああああああああああああああっ!!」
生ある者は己のみ。そんな戦場でアルドルノの叫び声のような泣き声は木霊した。
「なんでっ! なんで僕だけが生き残ったんだ!! ユーだって、クレアだって僕よりも価値がある生きていていい人間だったはずだ!! それなのに、どうして……どうして僕だけなんだ!? 神よ! 居るなら答えてくれ!! どうして、二人は死ななければならなかった!? 人を沢山殺したからか!? それが天罰だとでも言いたいのか!? なら、何故、僕は生き残った!? 僕だって、同じくらい殺した……! 天罰というなら、僕にも二人と同じ罰を与えてくれ……どうして、どうして僕だけ……」
アルドルノの咆哮を星の精霊は静かに見ていた。彼女の胸はユーリを失った事できつく締め付けられ、今にもバラバラに砕け散ってしまいそうだった。だが、ここで悲しみに暮れる事は出来ない。何故なら、彼女はユーリに託されたからだ。眼下で泣き叫ぶアルドルノに自分の代わりに力を貸してあげてほしいと。
(ユーリ、また……会えるわよね)
星の精霊はそう呟いて、ユーリに渡すはずだった力をアルドルノへと託した。
力を受け取ったアルドルノの身体は淡く光を放ち、その現象に泣き叫んでいた彼は目を見開いた。
「戦えと……そう言うのか……」
しばらく呆然としていたアルドルノがゆっくりと立ち上がる。
「……そうか。コレが僕への罰か。いいだろう。受け取ってやる……ユーリ、クレア。見ていてくれ……僕は二人の分まで成し遂げる」
それから二か月後――王国と帝国の戦争は終わった。首都を包囲された帝国は徹底抗戦の構えを見せていたが、一振りの細剣と黄金に薄く輝く直剣を持った一人の傭兵によって戦力の六割が殲滅されるとすぐに降伏した。
王国はそんな一騎当千の活躍をした傭兵――アルドルノを正式に国へと招き、褒美を聞いた。そこで綺麗な金色の髪を持ったアルドルノは二つの褒美を要望した。
一つ、剣聖の称号。
二つ、ユーリとクレアが散った右翼側の森一帯の所有権。
この二つは即座に褒賞としてアルドルノに与えられた。
(終わったわね……)
星の精霊はそこまで見守っていたアルドルノから目を離した。これからどうしようか――そう考えていると、別の何処かから自分を呼ぶ声が聞こえた。
(……何かしら?)
時空を超え、次元を超えた先――声がする方へ目を向けてみれば、そこには金色の髪を持った――アルドルノとは別の少年が星を見上げて叫んでいた。
「精霊よ! 誰でもいい!! 僕に力を貸してほしい!」
本来なら無視するような叫びだった。だが、星の精霊はその少年から目が離せなかった。何故なら……その少年の先にユーリの姿が見えたからだった。
【流血戦争】
遥か昔、二つの国で起こった戦争。
長年戦った両国は多くの血を流し、最終的には王国に現れた剣聖によって幕を閉じた。
ただ、この戦争の裏には多くの英雄が居た事を忘れてはならない。
そして、このような戦争を二度と繰り返してはならない。
―――古文書【アルフレッファーマ手記】890ページより抜粋。




