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【本編完結】君のために繰り返す~前世から続く物語を終わらせます~  作者: 夜桜詩乃
第九章 未来へのメッセージ
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【中編】貴方と私の軌跡

 あれから四年が経った。


 あの憎悪の炎を瞳に宿した日から、彼は一人で隣国との戦場で戦い続けている。他者と交流するのは必要最低限の会話を少しだけするのみで、他の時間は短い睡眠と敵兵を斬り殺す事だけに割いていた。戦場に身を投げ続けた結果として、彼の剣技は更に洗練され周囲からは尊敬を通り越して畏怖を抱かせる程の物となった。


(……今日も、そんなに傷を負って…………)


 その日も彼は前線から砦へと帰還し、そのまま中央広場の端っこにそそくさと移動して剣を抱いて座り込む。


 黒いマントに隠されてはいるが、今日の戦場で不意打ちを喰らって脇腹に重傷を抱えている。だが、彼にとってその程度の傷は最早日常茶飯事となっている。


 星の精霊もそのような傷を見るのは初めてではないが、それでも彼が死んでしまわないか心配だった。自身が癒しの魔法を使える事は理解しているが、動けない身ではそれを使う事さえ出来ない。この数年で唯一彼にしてあげられた事と言えば、自身の魔力を二年掛けて圧縮し、ソレを加工して作った直剣を他の精霊に頼んで彼に授けたくらいだ。


 今の青年の武器は敵兵から奪った【黒曜鉱】で打たれた黒い刀身を持つ直剣と、星の精霊が授けた僅かに金色に輝く白銀の刀身を持った直剣の二振りだ。周囲が今日を生き残った事に喜び、騒いでいる中でその二振りを抱いて座る姿は、孤独に耐える哀れな男に見えなくもない。いや、星の精霊にはそう見えていた。


 そんな彼の元に一人の男が近寄って行った。


 左腰に直剣を差し、持ち前の金色の髪は汚れでくすんでいるが綺麗にすれば輝くだろう。その顔は整っており、何故戦場に居るのかわからない優男だった。年齢は見た目で判断するならば19歳ほどだろうか。


 彼に話しかけようとする人間はここ数年で居なくなっていたが、そこに珍しく現れた人間に星の精霊も興味を持って意識を集中させる。彼女もまたこの数年で成長し、集中すれば声を聞きとれるようになっていた。


「やぁ、ここいいかい?」


「……何の用だ?」


「そんな怖い目をしないでよ。ちょっと、君と話したいと思っただけだよ」


 優男はにっこりと笑う。コレを向けられたのが女性だったならば頬を赤く染めて、うっとりとした視線を向けるだろうが、生憎と向けたのは手負いの獣だ。つまり、優男に向けられたのは鋭い視線と強烈な殺意だ。


「おぉ、怖い怖い。前線でもないのにそんなに気を張って疲れないのかい?」


「……お前には関係ないだろ」


「関係あるさ。砦の中でもピリピリした空気を出すヤツが居たら安眠できないだろ?」


「……」


 男はいつの間にか目の前に座っていた優男を更に睨む。その目からは「これ以上話しかけるな」という意思がはっきりと伝わって来ていたが、優男はそれを無視した。


「僕は“アルドルノ”っていうんだ。この戦場に来たのはつい最近なんだよね。君は?」


「なんだ?」


「君の名前だよ。コミュニケーションを取るにも名前は知っておいた方がいいだろう?」


「……」


「あー、なるほどね。君は名乗りたくもないわけか。ならいいよ。僕はこれからも君って呼ぶからさ。それでいいだろう?」


「……もう話しかけるな。うっとおしい」


「そう邪険にしないでくれよ。一人で寂しい僕の話し相手になってくれてもいいだろう? ここで僕と仲良くなっておけば戦場でも背中を守って――――」


 優男――アルドルノの言葉は最後まで発せられる事はなかった。何故なら、彼が座ったままの姿勢から目にも止まらぬ速度で星の精霊が授けた剣を抜剣し、目の前に座るアルドルノの首筋に当てたからだ。


「……正しい判断だよ」


 ただ、剣を止めたのは手心を加えたとかそういう理由ではない。


 男が抜剣したのと同時にアルドルノも抜剣し、剣先を男の左胸に当てていたからだ。あのまま剣を振るっていれば、心臓を貫かれていただろう。


「……何者だ?」


「ただの流れの傭兵さ。まぁ、多少は腕に自信があるかな? それよりも、剣を仕舞ってくれないかな。ずっとこのままっていうのも目立つし、何よりも腕が疲れるだろう?」


「……」


「わかったわかった。先に僕が下ろすよ。まったく、君は警戒心が高すぎるね」


 やれやれと肩を竦めてアルドルノが剣を鞘に納めると、男も鞘へと剣を納めた。ここで斬り合う事は簡単だが、恐らくは良くて相討ちにしかならないと判断したのだ。


「――その剣さ」


「……」


「無視かい? まぁ、僕は勝手に話すけどね。その剣、凄く良い剣だね。どこで手に入れたのか聞いてもいいかい?」


 男はアルドルノに視線を向けて、溜息を吐いた。


 実力行使で引かせる事が出来ない以上、無視するのが得策だと思っていたがアルドルノが宣言通り一人でずっと喋ると悟ったのだ。このままではうっとおしいだけ……ならば、質問に手早く答えてさっさとどこかに行ってもらった方が早いと判断し、口を開いた。


「起きたら置いてあった」


「冗談――ではなさそうだね。なるほどね。そういう経緯ならその剣に込められた力も納得だよ」


「……欲しいのか?」


 男の言葉に星の精霊はギョッとした。まさか、自分が彼のためにあげた物を他人にあげようとするとは思わなかったのだ。


(だ、だめよ! それは貴方のために作った剣なのよ!? それを他人にあげるなんて絶対にだめ!)


 声が届かないとはわかっているが、叫ばずにはいられなかった。


 そんな願いが聞き届けられたのか、アルドルノはゆっくりと首を振った。


「確かに欲しいけど、遠慮しておくよ。その剣に込められた力は君に対する想いの結晶だ。だから、僕が受け取っても力を発揮してくれないだろうし……何より、その剣を作った人に申し訳ないからね」


「……そうか」


「でも、君が戦場で果てた時は僕が責任もって貰ってあげるよ」


「俺が死ぬとでも……?」


 睨まれたアルドルノはまるでそよ風を受けているかのようにニッコリと笑った。


「君は強い。ここに居る誰よりも――まぁ、僕と同じくらいに強い。でも、憎悪のために振るう剣はいつか自分に返ってくるよ」


「復讐は辞めた方がいいって話か? 見た目通りに清廉潔白なんだな」


「まさか! 復讐をやめて~なんて言う気はさらさらないよ。ただ、事実を言っているだけさ」


「くだらないな……」


「なら、せめて砦にいる時くらいはリラックスしたらどうだい?」


 アルドルノの言葉に男は左手に力を入れて二振りの剣を身体に密着させる。ソレが星の精霊には何かに怯えているように見えた。


 そもそも、彼女から見た彼はとても歪だ。復讐のために憎悪を瞳に宿して戦い、そのためなら他者など関係ないと言わんばかりの態度をしている。だが、その裏で誰よりも他者を失う事を怖がっている。だから、交流も必要最低限しかしない。


「……昔、朝方に奇襲を仕掛けられた事がある。その時に俺が所属していた傭兵団は壊滅した」


「……驚いた。君はあの奇襲の生き残りだったのか。なら、その警戒心も納得だ。……そして、それならば僕は君に謝罪しなければならないね。無責任な事を言ってしまった。申し訳ない」


 座ったまま頭を下げるアルドルノに対して男は右手を振った。


「別にどうでもいいことだ」


「君がそれで良くても僕の気が収まらないよ」


「なんでだ? 別に、俺もお前も他人だろ」


「僕は、剣聖になりたいんだ。剣聖は強さも必要だけど、礼節も必要だろう?」


 アルドルノの言葉に男は少しだけ考えて剣聖についてを思い出していた。自分が知っている剣聖は王の護衛をしていて表舞台にはほぼ出てこない。故に、本当に強いのか知らないし、礼節をわきまえているのかもわからない。


「なら、俺に構ってないで他のヤツと交流を深めるんだな」


「そうは行かないよ。勿論、他の人とも交流はするけど君に対する罪滅ぼしが終わっていないからね。あっ、そうだ! 今日から僕が君と一緒に行動するよ。これからは交互に寝ようじゃないか」


「は? なんでそうなる」


「罪滅ぼしって言ったろう?」


「俺はどうでもいいって言った。それでも気になるなら、俺の目の前から失せてくれ」


「ソレは無理だ。何故なら、僕はもう決めたからね。なに、大丈夫さ。僕の腕は君も知っているだろう? 二人一緒なら向かうところ敵なしだよ」


「……はぁ。もういい。好きにしろ」


 男はこれ以上アルドルノに何を言っても無駄だとこの短時間で理解していた。それ故に、自分が無視すればいいだけの話と割り切った。


「ああ、これからよろしく! あ、そうだ。仲間になったんだから名前を教えてくれないかい?」


「……ユーリだ」


「なら、ユーだね。これからよろしく、ユー」


「……勝手にしろ」


 ユーリは吐き捨てるように言って、会話は終わりだと言わんばかりに目を閉じた。そんな彼の姿をアルドルノは真剣な目で見つめていた。

【ホシノネガイ】

星の精霊が自身の魔力二年分を圧縮し、結晶化させた物を加工してユーリのために制作した直剣。

刀身は魔力の影響で少し黄金に輝いており、その切れ味は鉄の鎧さえ簡単に切り裂く。

星の精霊がユーリの事を想って作った剣である事から、ユーリ以外の人間が使っても本来の力を発揮する事は出来ない。


余談だが、星の精霊補償5000年分が付与されておりユーリがどこかで無くしても5000年の間は自動的にユーリの手元に戻ってくる。尚、星の精霊はこれを付与した事を忘れている。

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