鞘と老人
早朝、いつも通りの時間に目を覚ましてユキに見学されながら朝の鍛錬を終え、沙織が用意した朝飯を食べ終えた頃、前に座っていたガンダルが何かを思い出したかのように声を上げた。
「そういえば、お主の鞘を作る職人が今日来るぞ」
「また急だな」
「アヤツは気まぐれ故にな。じゃが、腕は確かじゃぞ」
聞けば、氷の国の中でも頭一つ抜けた鍛冶師らしい。
ソレを聞いた白華は大いに喜んでいて、鍛冶とかに詳しくない俺も少しだけ嬉しくなった。
「んで、いつ頃来るんだ?」
「文ではそろそろ来るはずなのじゃが――」
そこで、大広間の襖が音を立てて勢いよく開いた。
驚いて俺達が視線を向けると、そこには一人の老人が立っていた。長い白髪を後ろでまとめ、小柄な体には鍛え上げられた筋肉が浮き彫りになっている。
結構な年齢だと思うが、背筋は鉄が入ってるかのように真っ直ぐで、目は強い意志が灯っているように鋭い。
「噂をすれば、じゃな」
老人はズンズンと歩いて来て、ガンダルを見た後に俺を見た。
「お前か? 儂に得物の鞘を依頼してきた小僧は」
「ああ……それなら、俺だと思う」
俺の返事を聞いた老人はジロジロと俺を見た後に一回頷いた。
何やら見定められていたっぽいが、及第点はもらえたようだ。
「その得物はどこだ?」
老人が聞くので、隣に座っていた白華に刀状態になってもらうと、ソレを見た老人は驚いたように目を見開いた。
その後、ジッと白華を見た後に首を振った。
「ダメだな」
「どういう意味じゃ?」
ガンダルが聞くと、老人は白華を指さして言った。
「儂が持ち込んだ素材――いや、儂が保有してる素材じゃこの得物の鞘は作れん。強度が足らん……この見たこともない形状をした剣は常に魔力を放出してやがる。それも今は限界まで抑えているんだろう……今の状態でもそこら辺の素材じゃ弾け飛んじまうよ」
そう言って老人はドカリと床に座って、再度白華を興味深そうに見つめる。
「綺麗な刃だ……だが、こんな武器は見たことがない。小僧、コレは何て種類の武器だ?」
「刀だ」
「カタナ……やっぱり、聞いた事がねぇな」
そういえば、この世界に刀という武器が現れたのは俺の前世である純が来てからだったか。
そんな事を考えていると、老人は刀がどういう武器なのかを考え始めていた。
「儂らが知っている剣とは全然違うな……刃が薄い。それでいて、鋭い。なるほど、カタナという武器は“斬る”ための武器なのか」
「む? 儂らが使う剣もそうじゃろう?」
「いいや。俺達が知ってる剣ってのはどっちかというと“叩き切る”もんだ。最悪、刃がダメになっても叩き潰せるように肉厚に作ってある。だが、コイツは違う。叩き切るんじゃなくて斬るんだよ。しかも、最初から最後までだ。もし、剣みたいにコイツを使ったらあっさり折れちまうだろうな」
「ふむ……?」
微妙な反応を示すガンダルに向かって老人は溜息を吐いて、白華を指さす。
「いいか? コイツの刃は片側だけで、反りがあるよな?」
「む、確かにそうじゃな」
「この反りが重要なんだろうな。恐らく、何かを斬った時に刃に掛かる衝撃を抑える効果があるんだろうさ」
じっくりと眺めて自分の考えを口にしていた老人は最後に目を閉じた。
「俺には同じ物は打てねぇな……作り方が剣と全然違う。どうやってコイツを打ったのか想像も出来ねぇ」
「我が国一の腕を持つお主でもか」
「ああ。一体、何をどうやったらこんな繊細な武器を作ろうと思い付くのか理解できねぇな」
二人の会話を黙って聞いていた俺に、白華が声を掛けて来る。
『褒められてる?』
「俺も刀についてよく知らないからわからないけど……褒められてるんじゃないか?」
『ふぅん。悪い気はしないね』
小声で白華と会話をしていると、老人は俺を見た。
「コイツの鞘を俺は作ってみたい。だが、さっきも言ったが材料がねぇんだ」
「何が必要なんだ?」
「コイツの魔力に耐えられる素材となると……バフォメットの角がいいだろうな。アイツの角は魔力に対する耐久値が桁違いだ。ソイツを芯に使って、周りを他の素材でコーティングすれば完璧だろう」
バフォメットという魔物と戦った事がないために首を傾げていると、ソレを察したガンダルが説明してくれた。
どうやら、山羊の頭をした悪魔であり攻撃魔法を得意とする強敵らしい。
「どこに行けば会えるんだ?」
「そんなの、戦場に赴けば必ず一匹は居る」
何でも、魔王軍の攻撃魔法は大体コイツが担っているらしい。
しかし、数がそんなに多くは無いらしく居ても一匹か二匹程度でどうにか人間でも倒せる範囲だとか。
「多くの兵士で囲めば倒せなくもない敵じゃが、奴らは飛ぶ故によく逃げられてしまう」
「ふむ……」
ここで素材を取りに行かないという選択肢はない。
この先の戦いを考えてみれば、鞘はあった方がいいからだ。
問題は、どこで確保するか、だ。人間と魔族が戦争している最中という事もあってこの国も攻められて入るが、先の戦いで俺が大暴れした事で魔族側も警戒しているらしく、現在は国境で睨み合っている状態らしい。
「いっそ、戦ってる所に行ってみるか?」
そう考えたが、ガンダル曰くこの国と他国は大分距離があるらしい。
詳しく聞いてみれば、片道一か月と半月くらいは掛かるらしく、流石に時間が掛かりすぎるためにこの案は無かったことにした。
城の方で確保してないかも確認してみたが、老人が提示する他の素材はあれどバフォメットの角は無かった。
「どうするか……」
俺達が考えていると、廊下が騒がしくなり一人の兵士が襖を開けて入室してきた。
「ご歓談の最中、失礼致しますッ!!」
「よい、なにがあった」
切羽詰まった状態で入ってきた兵士にガンダルが聞くと、兵士はひれ伏しながら口を開いた。
「ハッ! ご長男様と次男様が出撃致しました!」
「なっ!?」
驚くガンダルを見ながら、そういや朝の鍛錬以降ユキを見ていない事に気付いた。
「その際、ユキ様を連れて行ったという報告もあり……」
「何という事だ!!」
立ち上がるガンダル。
長男は一体何のためにユキを連れ出したかはわからないが、ガンダルの反応を見る限り一大事らしい。
そもそも、何で長男は出撃したんだ?
「何故、あやつらは出撃した!」
「ハッ! 魔族側が大人しくしている内にこちらから仕掛けようとしているらしく……」
どうやら、この兵士も詳しくはわからないらしい。
「派閥の者か……!」
政治的な問題が絡んでいそうだなと思いつつ、俺は白華を強く握って立ち上がった。
不思議と、ユキの事は助けたいと思うし、戦場でバフォメットに会えるかもしれないからだ。
問題は……間に合うかどうかだった。




