星下の忠告
気が付けば、この物語を書き始めてから長い年月が経っていました。
不定期更新&一切更新しない期間などもある中で、皆様のお陰で今でもこの物語を夢見る事が出来ています。
いつか、この物語が終わるまでこれからもよろしくお願いします。
ちなみに、まだまだ続きますが最終話はもう書いてあります。
なので、完結しないという事はないです。
意識が覚醒した時、最初に感じたのはいい匂いと暖かさだった。
続いて目を開けてみれば、視界は真っ暗で……そこで誰かに抱きしめられているという事に気付いた。
そして、俺はこの匂いを知っている。
「沙織……」
「あ……おかえり、裕」
抱きしめられたままの状態で頭上から声が降ってくる。
どういう状況なのかと顔を上げようとするが、沙織は抱きしめる腕に力を入れてそれを阻止してくる。
「どうしてだろう……私にもわからないけど、どうしても今は裕を抱きしめてあげないといけないって思うの……」
「……」
「凄く悲しい気持ち……何か、とても大切な物を失ってしまったよう……」
そう言って小さく震える沙織。
きっと、泣いているのだろう。
「それは、ユウとサオリが繋がってるから感じるものだね」
不意に隣から白華の声が聞こえる。
「どういう事だ?」
「今のサオリはユウの魂に自分の魂を刻み付ける事で存在出来ているでしょ? その影響で、ユウの強い気持ちがサオリにも伝わってるんだと思う」
「俺の……」
「ユウは、会えたんだね」
白華が誰を指しているのかはすぐにわかった。
あの花畑で会った不思議な女性――初めて会ったはずなのに、昔から知っていたかのような気持ちになる不思議な人だった。
名前も知らないが、俺はあの人に間違いなく特別な感情を抱いていた。
「その人とは……また会えるの?」
沙織の問いに小さく首を振る。
きっと、もう会う事はないという確信があった。そもそも、今日この日にあの人と会う事自体が本来であればあり得ない事だったんだろう。
だからこそ、こんなにも悲しい。
「……っ」
沙織の腕に力が籠る。
強く抱きしめられた事で、その柔らかさも感じるのだが気にしているような気分ではなかった。
「別れは、最期ではない」
ガンダルの声が聞こえて、沙織の背中を軽く叩くと視界が少しだけ開けた。
右目だけで目の前に座る大男を見据えれば、彼は目を閉じてゆっくりとした声で続きを発した。
「道半ばで力尽き倒れたとしても、我らは氷狼の元で祝杯を上げる事が出来る。故に、別れは最期ではない。いつかは必ず、また会える」
刻み付けるように発せられた言葉が終わると、隣に居た白華がガンダルを見ながら補足してくれた。
「氷の国に伝わる言葉だね。氷狼はこの国の人達が信仰してる神なの。死後は全員、氷狼の元に行くと言われてるんだよ」
「そうなのか……」
独特の死後観念だと思いながら、それもいいんじゃないかと思う。
死んだらどうなるかなんて誰にもわからない。ならば、死した戦友や知人を悲しむよりもいつかはまた会えると思って生きた方がいいだろう。
この世界は……死が当たり前すぎる。
一々悲しんでいたら、きっと生きていけない。なら、そんな希望があってもいいだろう。
「して、お主の根源は見つかったか?」
「……どうだろな。俺にもわからない。ただ……それっぽい事は教えてもらったよ」
「ふむ……」
女性は俺の根源は【献身】だと言った。
だけど、ソレに納得は出来ていないし、間違いなくソレだという確信も証拠もない。それ故に断言する事は出来なかった。
「なれば、心に一本の剣を持て」
「剣?」
「お主が教えてもらった根源を芯とし、己の魂を刃とせよ。それらを束ね、鍛え、磨き上げて剣を作るのじゃ」
「……」
ガンダルの言っていることは正直よくわからない。
やれと言われてやれる事でもないが、それが出来なければ心剣は習得できないのだろう。
「なに、お主は若い。焦る必要もなかろう」
そう言って笑ったガンダルは立ち上がって出口へと向かう。
「もうそろそろ夕餉の時間じゃ。大広間へと行くぞ」
「夕餉……?」
言われてみれば、闘技場に備え付けられている窓の外は真っ暗だった。
そこで既に夜だという事に気付く。
俺がここに来たのは午前中だったはずだから、かなりの時間をあの世界に居たのだろう。体感としては一時間くらいだったのに。
「あっ、私も準備に行かなきゃ!」
沙織も俺からは素早く離れて出口へと駆けて行く。
顔を見せないようにされていたので、どんな顔をしているかはわからなかった。
「泣いた跡とかを見られたくなかったんだよ」
「そういうものか」
「ユウは女心というか、そういう人の感情に少し疎いよね」
闘技場に残されたのは俺と白華だけだった。
ユキもガンダルについて行ったらしい。
「……なぁ、白華」
「なーに?」
「俺は、ここに存在してるよな?」
突然の質問に白華は真意を確かめるように視線を向けて来る。
正直、なんでこの質問をしたのかはわからない。ただ、あの空間での出来事が何だか引っかかる。
「ユウはここにちゃんと存在してるよ」
「……」
「ユウ?」
「なら……俺は、本当に一之瀬 裕なのか?」
今度の質問には明確な意図があった。
あの空間で会った少年――名前を聞くことが出来ない彼のことが凄く気になっていた。使う魔法は一緒で、あの魔法を彼は自分のオリジナルだと言った。なら、どうして俺にも使う事が出来るんだろう。
「ユウはユウでしょ? それ以外の何者でもない……それとも、心当たりがあるの?」
「いや……そうだな」
オリジナルの魔法であっても、世界が廻れば継承される事もあるだろう。
それこそ、神が自分の一部をスキルとして人に与えたように。
「俺は……一之瀬 裕だよな」
立ち上がって呟いた声は白華に届く事はなかった。
だが、それでいい。詳しい事を聞かれたとしても、ソレを説明するだけの言葉を俺は持ち合わせていない。
だから、コレは自分に言い聞かせたに過ぎなかった。
△
▽
夕食を食べた後、白華を伴って中庭に来ていた。
整備された木々や花を見ながら、夜風に当たって空を見上げているとある事に気付く。
「何か、星の光が強い気がするな」
いつも見ていた星はこんなに力強く輝いていただろうか。
そう思って見上げていると、隣に立っていた白華が説明してくれた。
「それは大気中の魔素が濃いからだね」
「確か、魔物が強いのにも魔素の濃度が関係してるって言ってたよな」
「うん。星は魔素の元。魔法や魔術と星は切っても切り離せない物だからね。つまり、大気中の魔素が濃いから星が輝いて見えるんだよ」
「ふぅん……」
よくわからなかったが、そういう物なんだろうと納得する。
何となく、もう少しだけ星を見ていたくて縁側に腰を下ろすと廊下の奥から誰かが向かってくる気配を感じた。
「ここにおったか」
「ガンダル……? 俺に用でもあったのか?」
「うむ……一杯どうじゃ?」
そう言ってガンダルは片手に持った瓢箪を掲げる。
「悪いが、未成年だ」
「む? そうなのか?」
「こっちじゃどうだか知らんけどな。俺の生まれ故郷では二十歳から成人なんだよ」
「ふーむ……お主とは飲み交わしたかったのじゃがな」
残念そうなガンダルに若干心が痛くなる。
そんな彼は俺の隣に腰を下ろして、懐から取り出した御猪口に瓢箪から酒を注いで一気に呷った。
「ならば……お主が成人した際には飲み明かそうぞ」
「……そうだな。その時は、付き合うよ」
その時は来ないと思いつつも返事をする。
俺が成人するまでこの時代に居る事はないし、ガンダルがそこまで生きる事もない。歴史を紐解いてみれば、仮に長寿の種族だったとしても戦争で命を落とすからだ。
「その時が楽しみじゃ」
嬉しそうに酒を呷る姿に、また心が痛くなる。
酒を飲むガンダルに付き合って雑談をしていると、不意にガンダルが空を見上げた。釣られて見上げてみれば、そこにはやはり輝く星々が俺達を見下ろしている。
「サオリ……といったか」
「ん?」
サオリの名前が唐突に出た事に疑問を持って視線を向けてみれば、ガンダルは空を見上げながら何かを思い出しているようだった。
「あの娘は大事にするのじゃぞ」
「なんだよ、突然……」
「あの娘はお主の命綱じゃ。決して切れぬ強固な鎖……お主は在り方そのものが危うい。まだ若いと言うのに自覚がないままに死地へと歩き続けておる。それ故に、あの娘のようなこちら側に繋ぎ留めておくような存在が必要じゃ」
「……なんだそれ」
「今はわからずとも良い。ただ、決してあの娘の手を離してはならぬ……あちら側から切れる事はないが、お主から斬る事は出来るのだからな」
ガンダルは最後に「老人からの忠告じゃ」と言って立ち去る。
立ち去る背中が寂しそうに見えた。そして、彼が言っていた事を理解した。
「人の事を言っている場合じゃないだろ」
俺とガンダルはきっと似ている。
何かを守るために戦い、何かを救うために戦っている。目的を達するためには過程を無視し、自分が傷つく事を気にもしない。
そんな人間が最期に辿り着くのは、きっと孤独だろう。
自分を大切に出来ない人間に他人を大切に出来るはずがなく、血に塗れた両手では誰かを抱きしめる事も出来ない。剣に絶対の信頼を寄せ、気付けば戦いへと身を投じて行く。
表面上の感謝と、守り切った事への自己満足を胸に孤独の果てに俺達は死んでいくのだろう。
「ガンダルは……失ったんだな」
「奥さんが亡くなったって話してたもんね」
もし、俺達が辿り着いた果てでも隣に居てくれる人が居たならば、無自覚に死に場所を求める事もないだろう。
ガンダル風に言うのであれば、命綱だ。
「私は武器だからユウとずっと一緒に在り続ける事は出来ても、その心に本当の意味で寄り添ってあげる事は出来ないよ」
白華がその紅い瞳を真っ直ぐに俺へと向けながら言う。
ルビーよりも深い紅の中に映る自分を見つめながら、ゆっくりと頷く。
「でも、私はずっとユウの傍に居る。何があっても……ユウが歩き続けた果てに眠りにつく事になったとしても、私はずっと貴方の隣で守り続けるから」
そう言って微笑む白華は、覚悟を決めている気がした。
『世界最強の大英雄は大木の元で微睡む』の方もよろしくお願いします。
こちらは10時更新となっております。




