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【本編完結】君のために繰り返す~前世から続く物語を終わらせます~  作者: 夜桜詩乃
第九章 未来へのメッセージ
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根源➁

 暖かい風に巻き上げられて色とりどりの花びらが宙を舞う。

 そんな光景の中で、俺は少年と向き合っていた。右手に持つのは自分が使うには些か短い木の枝であり、普段使っている白華しろかに比べたら心細さを感じさせる程に細く、軽い。


「……」


 だが、コレは戦いじゃない。

 命のやり取りもなければ、死への恐怖心もない。


 小さい頃によくやった木の枝を振り回すだけの“遊び”だ。


「じゃあ、僕からいくね!」

「ああ」


 間合いにして10歩。

 少年と俺では身長差もあるし、少年が自分の間合いに入るためには恐らく20歩は必要になるであろう距離を取った所で少年は元気よく声を発する。

 その声を聞いてから、ダラリと下げていた右腕と右足を動かしていつものように半身で構える。


「ん……?」


 俺が構えたのを見た少年は嬉しそうな顔をして、その手に持った木の枝を両手で持ち剣先を自身の右後ろへと流す。

 所謂、八相の構え――もしくは、脇構えと呼ばれるものだ。


「――ッ!」


 風が吹いた――そう思った時には、既に少年は眼前まで迫っていた。

 遊びだと思って気が抜けていたのもあるが、目では追えない速度で接近されたのは間違いなかった。


「チッ……!」

「やああああ!」


 気合いと共に振られた木の枝をどうにか打ち払うが、そのために一歩後退する事になった。

 今までの経験から、強者との戦いで一歩引くという事は、一つ不利になるという事を知っている。そして、子供だと思っていた少年は間違いなく強者に分類されると判断を改めた。

 何故ならば、俺が一歩引いたのを見逃さず――いや、むしろそれに合わせて一歩踏み込んで鋭い斬撃を放ってきたからだ。


「木の枝じゃないだろ……!!」


 思わず愚痴が口から零れるが、それも仕方がない事だ。

 少年が振るう度に鳴る風切り音は真剣のソレであり、弾くたびに手に伝わってくる衝撃は重い。とても木の枝で放てるような物ではないし、当たれば間違いなく大きな怪我となる一撃だ。


「ッ……」


 それに、動きが早い。

 一撃一撃が重いのにも関わらず、少年は息を付く暇もない程に連続で攻撃を放ってくる。


「そこだ!」

「舐めるなッ!!」


 だが、俺も伊達に死線を潜り抜けて来たわけではない。

 少年が足を狙って放ってきた斬撃を上へと弾き、その勢いのままに足を振り上げる。


「うわっと……」


 しかし、少年はひらりと身軽なバックステップでソレを避ける。


「おにいちゃん、強いね」

「そりゃ、どうも……」


 俺の事を褒めて来る少年に対して、思わず溜息が出る。

 あれだけの時間を絶え間なく攻撃していたにも関わらず、少年は息一つ上がっていない。むしろ、ようやく準備運動が終わったとばかりに木の枝を振るっている。


「おにいちゃんになら“アレ”を使えるかも」

「アレ……?」

「うん! 最近、ようやく出来た僕の“魔法オリジナル”なんだ!」


 魔法はいつの間にか使い方を知っていて、いつの間にか行使出来るようになる物じゃないんだろうか?

 現に、俺がいつも使う魔法は気づいた時には使えるようになっていた。


「僕は魔力量が人より少ないんだって。でも、魔力量が少ないからって多い人に勝てないのはおかしいと思わない?」


 俺が考えている間にも、少年は話し続ける。

 魔力量が少なければ、高威力の魔法を使う事は難しい。補助触媒を使ったりすれば可能だが、ソレにだって限界はあって生まれつき魔力量が多い人間には勝てない。

 ならばと剣の道に進んでみても、身体強化などの魔法は近接戦でもメジャーであり効果時間を考えれば魔力量が多い人間に軍配が上がる。


 ソレが世の常であり、常識であり、ルールだ。


「でも、ソレっておかしいよね」


 誰よりも努力し、誰よりも血反吐を吐いたとしても生まれつきの才能だけで勝てないというのはおかしいと少年は語る。


「だから、僕は作ったんだ――お母さんを守るために」


 少年は、木の根元にある椅子に座ってこちらを眺めている女性に一瞬だけ目をやって、一回だけ深呼吸をした。

 次に向けられた目には――覚悟があった。


「いくよ……装填セット

「なっ……!?」


 その言葉は知っている。

 その魔法は知っている――だが、そう言う前に少年は既に一歩踏み込んでいた。


発射インパクト!」


 マズイと判断した時には、身体は既に動き出していた。


 少年の動きは俺よりも早く、ソレに加えて“あの魔法”を使った事でもはや後手で対処する事は出来ない。

 ならば、前へ出るしかない。

 枝は芯に当たらなければ致命傷にはなり得ないはずだ。


「やあああああああ!!」

「――」


 だが、ソレは振られた枝を見た時に悪手だと悟った。

 迫りくる枝を見て、コレを受け止める事は出来ないし、当たったら芯でなくても致命傷になり得るとわかったからだ。

 自分が今まで使っていた魔法の威力を正しく認識出来ていなかった。


装填セット


 だが……あぁ、だけど。

 枝が左腕に当たる直前で、俺の体は反射的に動いてくれていた。


 脳内でカチリと音がし、体内から何かが抜ける感覚。

 全ての音が消え、視界の色は褪せていく。


発射インパクト


 本来ならば間に合わないはずだった右腕が、世の理を超えて振られる。

 魔力を与えられた体はその限界を超えて動き、振り上げられた左腕の代わりに右手に持った枝が差し込まれる。


「「――!!」」


 一瞬の静寂の後、俺と少年は砕け散った枝を見た。

 両者の枝があった時、その力に耐えきれなかった枝は形を保つ事が出来なかったのだ。


「驚いた……」


 先に声を発したのは少年だった。

 姿勢を正し、自分の右手を見た後に俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。


「僕の魔法オリジナルだと思ってたのに……まさか、もう存在していたんだね。おにいちゃんが作ったの?」

「いや、気づいた時には使えるようになってた」

「ふぅん……でも、術式は一緒だよね。こんな偶然は起こるはずがないんだけど……」


 少年が使った魔法は間違いなく俺と同じソレだった。

 俺には術式とかは理解できないし、わからないが少年が言うには完全に一致していると言う。

 ならば……何かしらの因果関係があるのかもしれない。


「あ、そうだ!」


 もう少し詳しい話を聞こうと思った所で、少年は唐突に声を上げた。


「今度は鉄の剣でやってみようよ! そうしたら、もっとわかるかもしれないし!」

「え? ちょ……」

「待ってて! すぐに取ってくるから!」


 少年はそう言って走り去ってしまう。

 この花畑が広がる場所のどこから剣を持ってくる気なのかはわからないが、走り去る姿は瞬く間に小さくなってしまい、手持無沙汰になった俺は女性の元に帰るしかなかった。


「あの子がご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「いえ……大丈夫です。ところで、ソレは?」

「あぁ……」


 羽ペンを手に持ち、分厚い本に何かを書き込んでいた女性はその本を閉じる。

 茶色の表紙には何も書いていないハードカバー。だが、その本には見覚えがあった。よくよく見てみれば、テーブルの上に数冊重ねられているソレにも見覚えがある。


「コレはあの子の成長記録……みたいな物なんです。少しでも“あの子の事を覚えていられるように”些細な事でも記録しておこうと思って」

「そう……なんですか……」

「あ、疲れてますよね。どうぞ座ってください。今、お茶を淹れますから」

「ありがとうございます」


 椅子に座りながら、テーブルに置かれた本を見つめる。

 何度見てもその本は運命の女神の元で見た物と一緒だった。あの時、女神は「とある人の記録」だと言った。ソレを俺は純の記録だと認識していた。

 だが……間違いだったようだ。


 ここで、疑問が浮かび上がってくる。

 であれば、何故、この本があの空間にあったのか。あそこは所謂天界であり、普通の人が踏み入れる事が出来ない禁域のはずだ。


「まさか……」


 ふと、そこで目の前でお茶を用意している女性が言っていた言葉が脳内に響く。


『ここは、普通の人が来れるような場所でもなければ、認識できるような場所でもないんです』


 もし、その言葉が天界を差す言葉であるのなら……ココは天界で、この本が運命の女神がいる空間にあった事も説明がつく。

 同じ天界ならば、何かしらがあって彼女の元に本が渡る事もあるだろう。


「――貴方は、幸せですか?」

「ぇ……?」


 そのことを聞こうと口を開いた所で、女性からそんな問いを投げられる。

 顔を上げてみれば、女性の視線は手元のポットに向かっていた。


「この世界に突然連れてこられて、大切な人のために戦って……それでも、幸せだと言えますか?」

「……確かに、この世界は元の世界に比べて優しくありません」

「……」

「逃げ出したくなる事もあったかもしれません。全てを投げ出してしまいたいと思った事も……もしかしたら、あったのかもしれません」


 でも……それでも、俺はこの道を歩いてきた。

 それに――


「何も苦しい事ばかりじゃなかったと思います。幸せか幸せじゃないかと聞かれれば……多分、幸せです」


 ――脳内に浮かぶのは沙織や白華の姿。

 美咲を救うためだけに始めたこの戦いも気付けば、大切な人が増えていた。

 昔、誰かが言っていた『大切な人が増えるというのはそれだけで幸せな事だ』と。ならば、きっと俺は幸せなのだろう。


 そう思って言葉を発すれば、女性は目を閉じて何かを考えているようだった。


「貴方は、強いですね。きっと、この先にどんな事があってもその道を歩いて行けるでしょう。でも……本当の事に……真実を知った時に貴方は恨むでしょうね」

「恨むって誰を……?」


 俺の疑問に女性は悲しそうに微笑んで、お茶が注がれたカップを俺の前に置いた。


「どうか、私を許さないで」

「え? 今、何か言いました?」


 小さく呟かれた言葉が聞き取れず、聞き返したが女性は「何でもないです」と言うだけだった。

 そして、ニッコリと微笑んで俺の目を見つめる。


「どうぞ。“私が”貴方に淹れてあげられる最後のお茶です」

「最後?」

「ええ……持ってきた茶葉がもうないんです。ですから、最後に私が好きな……シャルネーマのお茶をお淹れしました」


 なら、味わって飲まないとと思ってカップに手を伸ばした時に自分の右手が薄っすらと透けている事に気付いた。

 ハッとして女性を見てみれば、彼女は静かに微笑むだけだった。


「そっか……」


 時間が無いのだろう。

 そう自覚すると、悲しい気持ちが沸き上がって来た。

 もう二度と、この女性と話す事はない。このお茶を飲むのもコレが最後で……この安心する暖かさを感じる事は二度とないという確信があったからだ。


「いただきます」


 透けている手でカップが持てるか不安だったが、指はしっかりと掴んでくれた。

 ゆっくりと口元に運んで飲んでみれば、さっき淹れてもらった紅茶モドキとは違う花のいい匂いがスッと広がり、優しい……そう、本当に優しい味が口内に広がった。


「なんで……」


 初めて飲んだはずだ。

 この世界に来て、こんなにも美味しいお茶を飲んだのは初めてだ。なのに、何故か、俺はこの味を知っていて……この味を懐かしいと思う。


「う……ぁ……」


 不意に、目から涙が流れだす。

 お茶を飲んで泣き出すなんておかしい人だと思われるから、急いで左手で目元を拭うがそれでも止めどなく涙は頬を伝う。


「……」


 そんな俺を、いつの間にか隣に立っていた女性は優しく抱きしめた。

 ふわりといい匂いが俺を包み込み、自分の物ではない暖かさが全身を包む。知らない人のはずだ。今日、この一時に会っただけの女性なのに、俺はこの包容も、この暖かさも、この優しさも――女性から向けられる全てを知っている気がした。


「忘れないで……」


 女性の声が鼓膜を震わせる。

 静かで、慈愛に満ちた優しい声。底なしの安心感を与えてくれる……心の底から求めていた声だった。

 沙織に抱きしめられた時とは違う。恋愛感情から来る優しさではなく、親愛から来る優しさ。


「例え、傷つき、道に迷い、足を止めてしまったとしても貴方は必ず……必ず、また歩き出せます……」

「……」

「雨が地面に降り注いで大地を満たし、そこから緑が息吹くように……天が大地を照らし、生命を照らすように……私も、貴方を見守っていますから……」

「ぅ……ぁ……あぁ……」


 もう、涙を止める事はしなかった。

 ただ、女性が俺のために発してくれる言葉を胸に刻み付けた。


「さようなら……私の愛おしい――」


 あぁ、待ってくれ。

 どうか、神様が居るのであればあと数秒でいい。時間をくれ――俺は、この人に伝えなければならない事がある。

 今更、この胸に沸きあがったこの感情をどうか、この人に伝える時間を―――――――。


「どうか、貴方のこれからの人生が幸せで満ち満ちていますように。貴方の物語の終わりが幸せな物でありますように――」


 だけど、俺が女性に言葉を伝える事は出来なかった。

 最後に聞こえた女性の言葉と共に、そっと眠りにつくように意識を失った。

『シャルネーマのお茶』

天界にある【幻想の花畑】にしか存在しないシャルネーマの花をお茶にした物。

花自体の香りをお茶に閉じ込め、味は優しく甘い。

過去に存在したと“とある女神”のみが作る事が出来たお茶の一つでもある。


『シャルネーマの花』

【幻想の花畑】にしか咲かず、その数がとても少ない花。

小さく白い花びらを五つ付けたその花は夜になると月の光を反射し淡く光ると言われている。

花の女神ケシャリルはこの花に【親愛・あなたを見守っています】という花言葉を付けた。

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