賢者
白華が説明をしている間、椅子に座ってボーっと外を眺めていた。
窓から見える光景はいつも見ていたのと同じだったが、よくよく目を凝らしてみれば遠くの方は白い空間が広がっているだけだった。
この空間を簡単に言うならば、神崎 沙織という一人の少女のためだけに用意された箱庭だろう。
「にしても……」
窓ガラスに薄っすらと映る自分の顔――正確には、左目を注視する。
黄緑色の瞳は相方の紅い目と相まってザ・異世界といった感じだ。コレが日本人の俺じゃなくて異世界のイケメン……例えば、剣聖とかだったらかなり似合っていただろう。
だが、悲しいことにこの目を持つのは平々凡々な顔を持った俺だ。
「水色の次は紅で……今は黄緑か……」
過去の古傷が若干開きかけていると、隣に立て掛けてあった白華が大事なことを思い出したと言った風に声を上げた。
『あ、大事なことを伝え忘れた! ユウ、それにサオリもだけど……』
「ん?」
『ど、どうしたの……?』
沙織は今説明されたことに加えて大事なことと言われて身構えている。
まぁ、異世界にやってきて大体碌な事がなかった俺としても身構えるべきなんだろうが……今は、ちょっとそんな元気はなかった。
てか、脳内に二人の声が直接聞こえてくるってのはなんか慣れないな……白華は疲れたからという理由でずっと刀状態だし。
『ユウが死んじゃったらサオリも死んじゃうから気を付けてね』
「『……は?』」
疲れが吹っ飛んだ。
頬杖を付いていた体勢から急いで隣に立て掛けてある白華へと視線を向けると、当の本人は「どうかしたの?」と何故、見られているのかわからないと言った風だった。
「俺が死んだらサオリが死ぬって……?」
『普通に考えてみてよ。サオリの魂をユウの魂に刻み付けたんだから、宿主であるユウが死んじゃったらサオリも死んじゃうでしょ?』
「……確かに…………」
『まぁ、運命共同体になったということでいいんじゃない?』
そう言って白華は刃を揺らす。
どことなく楽しんでいる気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。
『あ、えっと……あの……』
「あぁ……沙織、ごめんな……』
『いや、それはいいんだけど……その……』
いいんだ。
いや、良くはないだろう。沙織も度重なる出来事に混乱しているのかもしれない。
『不束者ですが、よろしくお願いします……?』
「……ああ」
果たして、その言葉がこの場に合っているのかどうなのか……。
ただ、はじめて言われたそういう言葉が照れくさくて、目線を彷徨わせて短く返事をするのが精一杯だった。
△
▽
時刻は進んで恐らく16時くらいだろう。
先ほどまでは昼下がりという感じだった外が夕暮れになっていることから、合っている気がする。
『だから、こう、バーってやればできるよ』
『うーん……』
沙織が現状を受け入れるのに時間は掛からなかった。
死を覚悟していたことから、俺と命を共有することになったとしても生きられることが嬉しいようだ。
で、そんな沙織だが、今は白華に【人化の魔術】を教えてもらっている。まぁ、会話からわかる通り白華が完全感覚派だったためにかなり難航しているようだが。
俺も疲れが抜けてきた体をほぐしながら、黒龍布が巻かれた左腕に目を向ける。長いこと白華の鞘替わりに使われていたコイツも、今になってようやく本来の使い方に戻ってきたわけだ。
「……」
白華からのアドバイスで巻いたが、よくよく考えてみるとあの色は目立つから巻いておいて正解だった。
「ふむ……」
左手を握ったりしながら調子を確認するが……やはり、自分の左手としてちゃんと使えるようだ。凍華から貰った左腕の時は氷で出来ていたこともあって握ったりすると硬い感じがしたが、この腕にはそんな感じがしない。
一体、何で出来ているのか……。
「ソレは、サオリの魔力だね」
「――!」
背後からそう言われて振り返ってみれば、そこには人型になった白華が立っていた。
沙織が唸っているところからして、おそらくお手本を見せていたのだろう。
「沙織自身の魔力?」
「うん。その腕自体が魔力の集合体なんだよ。密度がかなり高いけどね」
なるほど……。
だが、目に見えるレベルの魔力を常時放っていて大丈夫なんだろうか?
「そこら辺は問題ないよ。サオリは半精霊だから保有できる魔力が多いし、種族特性で空中の魔素を呼吸みたに吸収してるからね」
「つまり、沙織は賢者になれたのか?」
「賢者、ね……ユウにはまず、賢者について説明する必要があるね」
白華はそう言うと、指をパチンと弾く。
すると、空中から羽ペンとインク。それに紙が落ちてきた。
「そんなこと出来たのか?」
「この空間だから出来ることだね。ココは空間自体が遮断されてるから、魔力とか体調とかは全部通常の状態でキープされてるの。ユウもあんなにボロボロだったのに、ココでは問題ないでしょ?」
「そういう理由だったのか……」
「詳しく説明すると、結構複雑だからソレはまた今度ね。で、賢者だけど……ユウは賢者ってどういう存在だと考えてるの?」
「普通に、魔術を誰よりも極めた魔術師とか……最強の魔術師に贈られる称号?」
俺がそう言うと、白華は「ソレはおとぎ話の中だけだね」と笑う。
その後、紙にスラスラと何かを書き始めた。
「まず、この世界の魔術師――まぁ、コレは人間だけど――は全員、魔術師協会に所属する事が義務付けられているの。もし、所属してなかったら野良魔術師として討伐対象になるから、普通は所属するね」
「魔術師協会……」
「簡単に言えば、魔術師を管理するための団体だね。で、魔術師協会は11位階で構成されてて、その中の上位3位階が【賢者】と呼ばれてるね」
差し出された紙を見てみれば、そこには――
・学徒
・仮入会者
・新参者
・熱心者
・実践者
・哲学者
・魔術師
・魔導士
・境界の主
・深淵の嬰児
・神殿の首領
――そう、書かれていた。
目が痛くなってきている俺に、白華は苦笑を浮かべてそっと魔術師の位置に指を置いた。
「まぁ、サオリは魔力だけだったらココかな?」
「結構、上じゃないか?」
「パット見はね。でも、この中でも上下はあるから……サオリは中の下くらいかな」
そのあとに、上位三人を指さして彼女は言った。
「ユウは賢者と絶対に戦うことになるから、座学は必要だね」
どうやら、白華は自分が使う魔術以外は感覚派ではないようだと、もう少し続きそうな講義へ沙織の唸り声をBGMにして耳を傾けた。




