腕と目と
しばらく目を閉じて考え込んでいた沙織だったが、やがて静かに口を開いた。
「もし、仮に呪いを二人に解いてもらったとして……私は、どうなるの?」
「それは……」
「死んだ人間が生き返ることは本来あってはいけない事だから、理の修正力によって輪廻の理にある輪に行くことになるだろうね」
どう答えるべきかと考えているうちに、白華が何でもないように言い切る。
言っていることは異世界基準で小難しいが、要は死んで天国に行くということだろう。ソレを聞いて沙織は俺にちらりと視線を向ける。何かを言いたいが言えない。そんな感じだ。
「言いたいことがあるなら言ってくれ。あの時だって、俺たちがもう少し会話しておけば防げた事もあったはずなんだ……もう、同じ後悔はしたくない」
「うん……その、裕は自由にここへ来れるの?」
その質問にはどう答えるのが正解なのだろうか。
今回、ここに辿りついたのは間違いなく偶然というか奇跡に近い何かだ。だが、白華の力と自分の魔法を使えば可能な気もしなくはない。
「白華」
こういう時は詳しいのに聞くのが一番と思って白華に声をかけると、いつの間にか用意されていた――というか、どこからともなく現れていたコップを傾けていた白華は片目を閉じてからコップを置く。
「ユウがもう少し頑張って今よりも強くなったら出来ると思うよ。そうだなぁ……具体的には前に戦った剣聖だっけ? あの人くらいになれば自由に来れるようになるよ」
「それは少しとは言わないだろ……」
正直、剣聖と戦って生きているのは奇跡と言っていい。
あの時、俺は剣聖によって“引き分けにしてもらった”に過ぎないのだから。
「そうかなぁ?」
白華は首を傾げているが、正直な話をすれば剣聖の本気がどれ程なのかがわからない。戦って、剣を交えて、命の取り合いをしたにも関わらず、上限が全く見えないのだ。
そんなレベルに到達するのを『もう少し頑張る』と表現されてもしっくり来るはずがなかった。
「つまり、裕はいつかはここに来れるようになるって事だよね……」
呟くように発せられた言葉を聞いて、俺は沙織が何を考えているのか理解できた。
だが……ソレは許容できないものだ。
白華の言う通り、いつかはこの空間へと自由に行き来できるようになるだろう。だが、ソレが出来るようになるのがいつかはわからない。明日か明後日か……一週間後か、数年後か。その間、沙織は俺が知ってる彼女のままで居てくれるという可能性は保証されない。
「……」
さっきまでは沙織の意思に任せると言っておいて、結局のところは自分の考えを押し付けたくなる気持ちに内心で苦笑を浮かべながら白華に手を伸ばす。
俺の考えている事が理解できている白華は、そっと俺の手を握って刀状態になった。
「裕……?」
「悪い、沙織……そっちの気持ちも理解できるけど、やっぱり俺はこんなところにずっと君を置いておく気にはなれない」
だったら――残して行くくらいなら、いつか生まれ変わって出会える事に賭けたい。
「そっか……うん、裕がそうしたいならいいよ」
「悪い」
「謝らないでよ」
両腕を拾える沙織へと向けて剣先を向ける。
そういえば、ここに来てから枯渇していた魔力も体内の損傷も綺麗さっぱり通常時に戻っている事に首を傾げながら鍔の上に付いている刃へと親指を押し付けて白華に血を吸わせる。
『ユウ、集中してね』
刀身を紅に染めながらそう言う白華。
「わかってる」
『そうじゃなくて……サオリを助けるんでしょ?』
「どういう事だ?」
『成功率が低いからさっきは言わなかったけど、私の能力【吸収】を使えばサオリを天国に送らなくて済むかもしれないの』
詳しく聞こうと耳を傾けると、白華はゆっくり言い聞かせるように語り始めた。
『まず、サオリの呪いを解呪してそれと同時に私の能力を発動するの。でも、私は吸収は出来てもソレを維持したり取り込む事は出来ないの。吸収と一言で言っても吸い取って空中に四散させるだけの能力だからね』
そこで、重要になってくるのが俺だと言う。
『私が吸収して、空中に散る前にユウの魔力で包んで魂に刻み付けるの。本来であれば一人につき魂は一つだけだけど……ユウは人間を軽く辞めちゃってるからもう一人分くらいは刻み付けられるはず』
「タイミングが重要って事か……」
『うん。少しでも間違えたら理に持っていかれるか……不完全な刻印になっちゃうからね』
白華は話を終えて刀身を淡く光らせる。
深呼吸――チャンスは一回。行使する魔法は二回で、しかも連続発動と来た。今までやった事がない絶技が求められる状況でも不思議と緊張はしていない。
「いくぞ――二重装填」
脳内に二発、銃弾を込める。
「――っ! 発射!」
呪いを解くために一発目を解放し、白華で黒い傷をなぞるように斬り付ける。
「発射!!」
黒い靄が四散した瞬間に二発目を解放。
解放された紅い魔力は空中に散ろうとしていた黄緑色の光を全て包み込んだ。
『ユウ!』
「オオオオオオオオオオッ!!」
全てを言われるまでもなく、白華を逆手に持ち直して自らの左胸に突き刺す。
突き刺さった白華を伝って、黄緑色の光と紅い魔力が俺の中へと一気に吸い込まれる。それと同時に襲ってくるのは体の内側よりもっと深いところを無数の刃で貫かれるような痛みだった。
「アアアアアア!!」
咆哮を上げて耐える。
涙なんて流さない。泣いてなんてやらない。痛がることも、苦しむ事もしない。
ただ、沙織を救いたいと強く願った。
「ハッ―――――」
どれくらいの時間が経ったのか……気づけば床に座り込んだ状態だった。額からは汗が滝のように流れ出し、頬を伝う。
左胸に刺した白華は抜けて目の前の床へと転がっている。
「成功した……のか……?」
『左腕を見てみて』
「……コレは…………」
言われるがままに無いはずの左腕を見てみれば、そこには黄緑色の水晶で作られた腕があった。何時かのどこかで、凍華が作ってくれた腕のように透き通っていて、それでいて陽だまりのような温かさを感じる。
「あれ……?」
それどころか、視界がいつもよりも広い。
不思議に思って左目の前に手をかざしてみれば、そこには失ったはずの目があった。
『あれ……? え? えぇ??』
脳内に沙織の声が響き渡る。
『というわけで、成功だね!』
『ど、どういうこと!?』
混乱する沙織への説明は白華に丸投げして、俺は深く息を吐いた。
自分が思っているよりも疲れてるみたいだから、少しだけ休みたい……。




