落ちた先
もし、コレが物語の舞台だったら――いや、それだけでは不十分か。仮に俺が主人公の物語だったならばここで力が湧き上がってきたり、沙織の魂が助けてくれたりするんだろう。
だが、悲しいことにコレは現実であって物語の舞台ではない。
なんだったら、俺は主人公なんかじゃない。
「ガハッ……!?」
だから、コレは当然の結果だった。
鳥が自由に空を飛ぶように。お腹が空いて目の前に食べ物があったら食べるように。こみ上げる血を吐いてぐらりと身体がゆっくりと倒れるのは当然のことだった。
限界は把握していた。
度重なる魔法の行使によって身体の内側はボロボロだ。
魔力が尽きたことによって欠乏症も引き起こしている。
慢心していた。
それでも、戦えると。
今までだってどうにかなってきたのだから、今回だってどうにかなるものだと心のどこかで慢心していた。
結果がコレだ。
体に力が入らなくなり、右手から零れ落ちた白華は水面へと落ちて沈んでいく。
『――!!」
白華が何かを叫んでいるが耳鳴りによって聞き取れない。
『哀れですね――』
ただ、白華を追うように倒れ、湖へと飲み込まれていく俺の耳に精霊女王の冷たい声だけが残った。
△
▽
窓から日差しがうっすらと顔を照らす。
ソレを煩わしいと思いながら薄目を開けると、誰かが隣に座って頬杖を付いて俺を見ていた。
「ぁ……」
「あ、起きた? まだ14時くらいだっていうのに気持ちよさそうに寝てるんだもん。あんな事があった後だから流石に起こせなかったよ」
優しい声色。
鈴の音とは違う。優しく、全てを包み込んでくれる――そう、木漏れ日のような声だ。俺がここ最近で白華以外によく聞いた声でもある。
「……なんで」
「まだ寝ぼけてるの? それよりも、流石にテーブルに突っ伏して寝るのは体が痛くならない?」
顔は影が差していてよく見えない。
ただ、その金色の髪だけが日差しを反射して煌めいていた。
「……慣れてるんだよ。教室でも、こうやって寝てたから……」
そう言って身体を起こそうとすると、肩をそっと抑えられる。
力なんて入っていない。無視しようとすれば余裕で出来るくらいだ。本当にそっと触れているくらいなのに俺の身体は動きを止めた。
「まだ、起きなくていいよ」
「……そうか」
優しい声色の中にある悲しい声色。
一瞬だけ目を閉じてから、体から力を抜く。
「一ノ瀬くん――いや、裕」
「ん?」
「ごめんね」
「……は」
一瞬、何を言われたのか理解出来なくて口から漏れた言葉は短く意味を持っていなかった。
だが、止まっていた思考がゆっくりと回転を始めて次第に言われた言葉を理解する。
「何を……謝ってるんだよ……」
「……」
「謝らないといけないのは、俺のほうだ! なぁ、俺をもっと責めていいんだ! そうだろ、沙織!!」
たまらず、身体を起こして叫ぶ。
「ぇ……」
「あーあ。見られたくないから、まだ寝てていいって言ったのに。それに、もう少しだけ裕の寝顔とかも見ていたかったのになぁ……」
「沙織……その体……」
視界に入る沙織はどこか困ったように笑みを浮かべる。
俺の目の前にいる沙織は顔は普通だったが、その体には大きく黒く蠢く傷が斜めに入っていた。
「んー、多分、私が死ぬときに受けた傷だと思うんだよね」
「アイツの短剣……その呪いか……?」
「うん」
佐川が持っていた短剣は確か『その武器で殺した人間を生き返らせて隷属させる』という能力だったはずだ。
一度死んだ人間を生き返らせる――つまり、沙織は死んでいるけど死んでいないのだろう。
「ここに来る前に精霊さんたちが教えてくれたんだけど、今の私って死んでるけど輪廻の理? っていうのに行けない状態なんだって。この傷が呪いになってて死んでるけど生きてるみたいな変な状態らしくてね」
「……これから、どうなるんだ?」
「多分、一生ここに居ることになるかな」
そう言って沙織は周りに目を向ける。
釣られて目を向けてみれば、そこはあの村にあった沙織の家そのものだった。壁に付いていた小さな傷まで再現されている。
「ここはね、精霊さん達が作ってくれた空間なの。現実と虚実の狭間って言ってたかな……」
「……大丈夫なのか?」
精霊女王との一件があったためにそう聞いてみると、沙織は苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
「ここには外敵なんて存在しないから、そういう点では安全なのかな。でも……私がいつまで私で居られるかわからないの。この呪いだって詳しいことは全然わからないし、長い時間ここに居ることで何かがおかしくなっちゃうってこともあるでしょ?」
「……」
右手を握りしめる。
呪いに対抗するための力――所謂、解呪のスキルも能力も俺は持っていない。
ステータスという神からの贈り物を龍神に捧げた結果、スキルはない。もしかしたら、覚えていた可能性もあるが……今となってはわからない事だ。
「そんな顔しないでよ」
「……だけど…………」
「私はもう仕方ないって割り切ってるんだからさ。まぁ、さっきの話はあくまでも可能性の話だし、もしかしたらここで悠々自適に暮らせるかもしれないでしょ?」
沙織はそう言うが、それはとてつもない苦行だろう。
人間は一人では生きていけない。孤独は毒で、最初はいいかもしれないがいつかは必ず自らを殺すことになるだろう。だが、沙織は呪いによって死ぬことが出来ない。
「というよりも、いきなり裕がここに現れてビックリしたよ」
「現れた?」
「うん。今座ってる椅子に急にね」
記憶を探る。
そこで、俺は力尽きて湖に沈んだということを思い出した。
「そういえば……白華は?」
周りを見渡してみるが、白華らしき姿はどこにもない。
ということは、俺だけ落ちてきた……? 一体、なぜ……?
「ん……?」
ふと、そこで誰かに手を引かれる感覚を感じる。
一瞬、沙織かと思ったがその両手はテーブルに置かれているから違う。
「コレは……」
ならなんだと右手首を見てみれば、そこには黒龍布が巻き付いていた。先を視線で追ってみるとソレは床に沈んでいる。
「ねぇ……」
コレは一体……と考えていると、沙織が黒龍布が伸びている床を指さした。
「引っ張ってみたら? こう、釣りみたいに」
言われて、何もしないよりはマシかと思って引っ張ってみると黒龍布が少しだけ地面から出てきた。
「「……」」
二人で顔を見合わせた後、俺は立ち上がって右腕に力を入れて一気に振り上げた。
俺に引っ張られた黒龍布は糸を布から抜くときのように一気に地面から飛び出し、少しの引っ掛かりを感じた後に刀状態の白華が飛び出してきた。
「本当に釣りみたいだったね……」
沙織の声を聞きながら空中で回転して落ちてくる白華を掴む。
「白華、起きてるか?」
『うぅ……酷い目にあったぁ……ユウ、もっと早く引っ張ってよぉ』
「悪い……まさか、こんなことが出来るとは思ってなくてな」
『まぁ、最終的に引き上げてくれたからいいけど……って、この感覚……サオリ?』
白華が沙織を認識したところで、俺はさっきまで話していたことを全て白華に話した。話を聞いてしばらく黙っていた白華だったが、急に人型になって沙織を見つめた。
「なるほどねぇ……確かに、コレは強力な呪いだね。分類としては【束縛】かな? でも、コレならユウと私でどうにか出来るね」
「「え?」」
急に言われた言葉に俺と沙織が声を揃える。
「サオリはともかく、なんでユウまで驚いてるの? 前に一回、この手の呪いを斬ったのに」
「前に……?」
「ほら、火の国でさ。囚われてた魔刀の子を開放してあげたでしょ? アレも一種の束縛系の呪いだったよ」
「そうだったのか……」
ならば、確かに俺と白華でどうにか出来るかもしれない。
だが、どうするかはあくまで本人が決めることだろう。そう思って俺は沙織へと目を向けた。




