精霊葬
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さっきまでは暗闇だったのにいつの間にか出ていた月が照らす森を神崎――いや、沙織を抱えて歩く。
白華は人型ではなく、刀状態で背負っている。いつもは何かしら喋りかけて来るのに今に至っては村を出てからずっと無言だ。
そういえば、あの白い狼も村からずっと大人しくついて来ている。
「……」
土と雑草を踏みしめる感覚を足裏に感じながら黒いコートに包まれた沙織の顔を見る。月明りに照らされた顔は寝ているように穏やかだが、目元には泣いた跡が残っている。
結局のところ、俺はどれだけの力を得ようとも何一つ守れなかった。
ならば、この力に意味はないのだろうか? この道を歩いたとしても誰も助ける事なんて――いや、良くないな。ダメな方向に思考が入っている。
「……着いた」
沙織を抱えて歩き、いつぞやに竜種を狩った湖へと到着する。
「俺がこの湖の話をした時に来たいって言ってたよな……」
森の中にぽっかりと穴が空いたように存在している湖はどこか幻想的だったと神崎に語った時に言っていた言葉を思い出しながら俺は更に足を進める。
「……白華」
『ダメだよ、ユウ……ちゃんと、最後まで自分でやってあげなくちゃサオリが可哀想だよ』
「……そうだな」
湖の水面を見つめながらゆっくりと息を吸う。
「……装填」
先の戦いで既に底を付いていた魔力をどうにか搔き集めて、言葉を紡ぐ。
脳内で小さくカチリと音がしたのを確認してから、ゆっくりと湖へと足を踏み入れる。
「発射」
水面へと踏み込まれた足は、俺の魔力によってコーティングされ沈むことなく地面を歩くようにしっかりと水を踏みしめる。
「行こう」
そのまま一歩、二歩と進み、湖の真ん中――丁度、月が綺麗に映し出されている場所に立つ。
「俺たちは、死んだらどこに行くんだろうな……」
輪廻転生という概念がこの世界にも存在していたとして、果たして別世界から召喚された俺達に適用されるのだろうか。
言ってしまえば、この世界にとって俺達は“異物”でしかない。体内に入った雑菌が死んだところで世界の理に乗せてくれるとは考えづらい。
ならば、俺達は死した後は一体、どこに行くんだろうか……。
「ぇ……?」
そんな事を考えていると、ふと周囲が明るくなっている事に気付いた。
視線を上げてみれば、俺達を囲むように小さな光の玉が無数に浮かび上がり、月に吸い込まれるように天へと昇って行っていた。
「なんだ……?」
『精霊だよ』
「精霊……本で読んだことあるな……だけど、滅多に見れるような存在じゃないんだろ? なんだってこんなに……」
精霊とはこの世の自然に近しいナニカであり、意思があるとも無いとも言われている摩訶不思議な存在だ。
滅多に見る事は出来ず、もしも見れたとしても小さな光の玉が一個だけとかそんなレベルだと本には書いてあった。だが、今、俺の視界に広がっているのは少なく見積もっても数百は居るであろう精霊たちの姿だった。
『コレは、精霊葬だね』
「精霊葬?」
『うん。精霊のために精霊がする見送りの儀式。あの子達だって自然に近しい存在だったとしても生きてるし、感情もあるんだよ』
「待て、待ってくれ……そもそも、精霊のための儀式だって? その言い方じゃまるで――」
『ユウが考えてる事で合ってるよ。サオリは――半精霊なの』
白華の言葉に目を見開く。
沙織が半精霊? 馬鹿な。俺と同じ世界から召喚された普通の人間のはずだ。
『多分、こっちに召喚された時に変化したんじゃないかな? 結構、そういうケースは珍しくないみたいだよ』
「白華は知って……いや、そうか。だから、沙織には最初から友好的だったのか」
考えてみれば、白華は沙織と初めて会った時から友好的だった。
二人で行動するようになってから、異性に対しては酷く棘がある態度を取っていた白華が最初から友好的なのは初めてみる光景だった。
『私たちもある意味で一種の精霊みたいな物だから……同族に嫌悪感は抱かないよ』
「そうだったのか……」
空へと昇る精霊たちの姿は月明りもあって幻想的だった。
こんな風景に見送られて旅立つのなら、沙織も満足だろう。
『……この子達も悲しんでる。同族の死に……愛され、祝福されて生まれて来た子の悲運な最期に……』
「……俺を恨んでいるだろうな」
守れるだけの力はあった。
道が少しでもズレていたのなら、あの瞬間に沙織が死ぬことはなかった。
でも、俺には覚悟が足らなかった。全てを斬り捨てて歩くという覚悟はあっても、道中で手にした大切なナニカを抱えたまま歩く覚悟は持ち得ていなかった。
目的を遂行するという気持ちで心をコーティングし、向けられている好意から目を逸らした。
『感謝してるって』
「え……?」
『この子達は、ユウに感謝してるよ。確かに、命は救えなかったかもしれないけどその魂だけはちゃんと救ってくれたから……精霊にとって肉体は仮初でしかなくて、その魂こそが生命が持つ本体だから』
魂信仰という言葉が脳内に浮かび上がる。
この世界には多くの宗教が存在するが、その中にそういう物があった気がする。
「そうか……」
ふと、視線を下げてみると抱きかかえていた沙織の身体が淡く光り、身体の一部が徐々に周囲の光の玉と同じようになって天へと昇り始めていた。
「お別れだな……沙織の言う通り、俺は嘘つきだ……」
どこまでも連れて行くと約束した。
手はもう離さず、何があってもこの先に連れて行くと心に誓った。
だが、あぁ……それは叶わない。精霊は死したら天へと帰り、自然の一部となる。半精霊とは言え、沙織も例に漏れずに彼らの摂理に縛られるのだ。
「ごめん……」
光が包む湖の中心で、俺は小さく呟いた。
頬を伝う冷たい感覚が何なのか……その正体に気付かないフリをして。
これ以上、俺は……沙織との約束を破りたくはなかったから。




