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想いと記憶

 パキリと火の中で弾ける枝を見つめる。

 白華は俺の隣に座って目を閉じて周囲を索敵してくれている。村を出る前からやってくれているらしいが特に怪しい気配とかはないらしい。

 今はあの村の近くに居る事が嫌だったために早足で移動し、山を二つ超えた先でこうして野営をしているわけだが心のどこかで喪失感がある。


「何だって言うんだ……」


 冷静になれ。

 今の俺は一時的な感情によって生まれた喪失感を味わっているだけ。本来の目的とは沿わない寄り道で楽をしてしまったために、休む事を覚えてしまっただけだ。


(――違う)


 だから、時間が経てば全てが元に戻る。

 何の変哲もない今までと同じく自らの背後に流れゆく記憶になる。


(違う!!)


 あぁ……何が違うって言うんだ。

 本能おまえは俺に何を言いたい。何故、俺をあの村に居させたいと感じさせるんだ。

 認めよう。“何となくあの村の近くに居る事が嫌だった”なんて一時的な誤魔化しだ。本当の理由は本能おまえが俺にあの村に居ろと叫ぶから理性が危険だと判断したに過ぎない。


(――大事な事だ。今すぐあの村に戻れ。手遅れになる前に……繰り返さないために)


 何を言っているんだ。

 手遅れになる前に俺はあの村を出たんだ。あのままあそこに留まっていたら俺は二度と歩けなくなっていた。ソレは本能おまえにもわかっているだろう。


(お前は勘違いしている。何もわかっちゃいない)


 なら、わかるように説明して――。


「ユウ」


 白華が俺を呼ぶのと近くの草むらがガサリと音を立てるのは同時だった。

 音がした方を見てみれば、そこからボロボロになった白い大狼がゆらりと現れる。白い体毛は赤く染まり、左の前足は変な方向に曲がっている。

 だが、そんな姿になっても尚その目にはあの日見た気高さがある。


「お前は……確か、シロだったか?」

「……」


 大狼はゆっくりと俺に近づいて来る。

 攻撃の意思はない。あったとしても、手負いの狼一匹ではどうする事も出来ないだろう。


「……?」

「……」


 神崎にシロと呼ばれていた大狼は座っている俺のズボンを咥えて引っ張る。

 大きな身体からは想像出来ないほどに弱い力で、それでも絶対に俺を連れて行くという意思だけは込めて引っ張っている。


「シロ、何を……」

「ヴゥ……」


 目が合う。視線が交差し、本能がドクンと強く脈打つ。


「――ッ」


 ザザッとノイズ交じりに“知らない記憶”が脳裏にフラッシュバックする。

 白い狼、助けられた命、光を反射して輝く長いホワイトブロンド――顔が見えない少女の笑顔、血の海に沈む少女の身体――――。


「ユウ、大丈夫?」


 フラリと傾く身体を白華が支える。

 その時には既に見えていた記憶はなく、代わりに脳内がスッと冷めていく感覚があった。

 思考が高速で回る。


「神崎に何かあったのか……?」


 言葉に反応するようにシロはズボンを引っ張った。



◇ ◇ ◇



「本当に行っちゃった」


 一之瀬君が出て行った玄関から外に出てそっと呟く。

 残念がる自分と納得している自分が居る。いつかはこうなるとわかっていたから、悲しみに暮れてうずくまる事はないけど、やっぱり心の何処かでは私を選んでくれるかもしれないと思っていたりもした。

 でも、よくよく思い出してみれば一之瀬君が私を選ぶなんて事はないってわかる。

 だって、元の世界での一之瀬君と美咲ちゃんはお互いに“分かり合っていた”から。全てを口にしなくてもお互いのために行動し、いつも一緒に居た。まるで……何百年もずっと一緒に居たように。もしくは、己の一部として認識しているように。

 だから、悲しみよりも納得が先に来てしまう。


「初恋、だったんだけどなぁ」


 ただ、納得が先に来たからと言って悲しみが消えるわけじゃない。

 こんな事になるなら、自分の気持ちに気付かなければよかったとさえ思う。

 一之瀬君への気持ちを自覚したのはいつからだったか……最初は元クラスメイトが行き倒れているという理由で半ば仕方なく面倒を見ていた。だけど、彼は異世界に来て力を手にして自分勝手に振る舞うクラスメイト達とは違っていた。

 ただ一人のために前へと進む――きっと、そんな姿に惹かれてしまったんだと思う。

 自分もこんな風に想ってもらえたらと願ってしまった。


「叶わないってわかってたのに」


 叶わない願いほど辛い物はない。

 元の世界で多忙な両親と自分よりも遥かに年下の弟を持っていたためにそうわかっていた。

 なのに願ってしまったのは人間の業だろうか。


「サオリ……」


 涙が溢れないように星を見ていた私を呼ぶ声。

 目を向けてみれば、そこには小麦色の髪を持った私と同じ年齢の男の子――カンジ君が立っていた。

 その目は心から私を心配しているのがわかる。


「サオリ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。カンジくんこそこんな所でどうしたの?」

「……」


 心の底に溜まる悲しみを出さないように微笑む。

 すると、カンジ君は悲痛そうな顔をした後に私に近づく。


「サオリ、我慢しなくていい……」


 そう言って伸ばされた右手が私の頬に触れる直前――カンジ君が視界から消えた。


「え――?」


 その数瞬後に聞こえる轟音。

 慌ててそちらに目を向けてみればそこには隣家の壁に衝突してぐったりとしているカンジ君の姿があった。


「な、なにが……」

「あ~、もう、ムカつく。僕の神崎さんに小汚い手で気安く触ろうとしないで欲しいよね」

「え……その声、もしかして……」


 どこかで聞いた声――その声の主を思い出すには左程時間は必要なかった。

 声がした方に目を向けてみれば、そこには黒いローブを身にまとい様々な格好をした少女を近くに置く男の子が立っていた。


佐川さがわくん……」

「やぁ“僕の”神崎さん。迎えにきたよ」


 短い黒髪に少し幼い顔立ち。

 一見すれば馴染みやすそうなその顔にはこれまで見た事もない醜悪な笑みが浮かべられていた。

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