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孤独という毒

 神崎が作ってくれたシチューを三人で食べ終え、食後のお茶を裕が飲んでいる所にゴブリンの巣を確認しに行っていた猟師が来て、報告やら何やらを行ってから神崎の家に帰ってくる頃には既に辺りは暗くなっていた。

 村がある森は木々の一つ一つが大木であり、そのせいで日が沈んでしまえば月明りさえ最低限にしか入ってこない。

 村人たちもそのことを理解しているのと次の日も朝早くから仕事という事もあって暗くなり始めてからは家から出る事はない。


「疲れたぁー! 人間ってどうしてわざわざ確認しに行ったり報告とかお礼とか面倒な事ばかりするんだろ?」


 リビングで椅子に座ってテーブルに突っ伏して愚痴を零す白華しろかに神崎は苦笑を漏らす。


「必要な事だからだと思うよ。それに、確認しに行ってくれたお陰で一之瀬くんが言っていた事が本当だって証明されたんだしね」

「そんなのわざわざ行かなくても気配でわかると思うんだけどなぁ……」

「普通の人は気配とかわからないから……」


 白華にとって当たり前に感じている事は人間にとっては普通ではない、という事を説明しながら神崎はチラリと裕を見た。

 裕は二人の話を聞いてるのか聞いていないのかわからない表情で神崎が淹れたお茶を飲んでいる。


「一之瀬くんは気配とかわかるの?」

「俺はそこそこだよ。そういうのは全部白華に任せてる」

「適材適所ってやつだよねー」

「白華ちゃん、私たちの世界にあった四字熟語とか知ってるんだ……」

「ユウと契約した時に一部の記憶は入って来たからね。あんまり詳しい事はわからないけどそういう言葉だけは知ってるんだぁ」


 ねー? と笑いかけて来る白華の頭を撫でる裕を見て神崎はふと「兄弟みたいだな」と思った。

 神崎にも5つ年下の弟が居て、両親が共働きという事もあって面倒は自分が見ていた。それ故にお姉ちゃんっ子に育ってしまい何をするにしても「お姉ちゃんー!」と言う弟だった。

 最初のころは両親の代わりという部分が大きかったが、いつの間にか弟が可愛いという気持ちに変わっていた。

 目の前に居る二人はどことなく自分に重なった。


「元気にしてるかなぁ……」

「ん? サオリ、寂しそうな顔してるけどどうしたの?」

「えっ、あ、いや……ちょっと元の世界について考えてて……」

「ふーん……あ、そうだ!」


 白華は自分の頭に乗せられていた手をグイッと引っ張って神崎の頭へと持っていく。

 見た目はか弱そうな少女であっても本質は武器である白華は油断している裕を引っ張る事など造作もなく、それに釣られるように裕は腰を上げながら神崎の頭に手を乗せる事になった。


「へ……!?」


 唐突に同級生から頭を撫でれられる事になった神崎はその顔を真っ赤に染める。一方裕はこの行為に一体何の意味があるのかと白華の方を見ていた。

 そんな二人を見て白華はとても満足そうに何回も頷いている。果たして、一体この行為のどこにそこまで彼女を満足させる要素が含まれているのかは所有者である裕にもわからない事だった。というか、理解しようとする事自体が不可能な話だ。彼女は見てくれは人間でも本質は武器であり、対する裕は人間なのだから思考回路が一緒なわけがなく、先程もそうだったようにお互いの常識は当てにならない。


「あ、あの……一之瀬くん……」

「ん……?」

「あの、この状況は一体……?」


 自分の頭の上に手を乗せられた状態だった彼女は、どこか戸惑いつつもその内面を隠せずにいる。

 赤く染まった頬から感じ取れるのは困惑とほんの少しの歓喜。よくわからない状況で異性に触れられているという状況に困惑し、そんな中でも異世界に召喚されてから久しく感じていない人間の温もりに心は歓喜していた。

 人は一人では生きていけない。ずっと一人だと自分の体温しか感じられなくなり、いつかは心が凍えて死んでしまうからだ。孤独とは猛毒であり、気付いた時には他人の暖かさを忘れ一人で居るという事実に凍らされる。それは無意識の内に進行し、気付いた時には既にどうしようもなくなっているという質の悪いもの。


「ほら、ユウ。撫でてあげないと」

「あ、あぁ……」


 正直なところ、裕もこの状況に混乱していた。

 白華と契約し、城を飛び出してから様々な事があり感情という起伏が激しい物を抑制する術を身に付けた。その結果として裕の感情は風の無い水面のように揺れる事は少なくなった。だが、それが使えるのも戦闘に関する事だけだとこのとき自覚する。

 故に、今の裕に出来る事は白華に言われる通りに神崎の頭に乗せられた右手を動かす事だけだった。


「ん……っ」

「……」


 白華の事を撫でる事は多いが、ソレ以外を撫でる事は無い。

 そもそも、元の世界での生活を考えてみても自分自身が美咲以外の異性に触れた事など皆無だった。だから、慣れない手触りと神崎が漏らす声にドキリと心臓が大きく脈打つ。

 コレはいけない。これ以上踏み込んでしまったなら自分はこの村で足を止めてしまう事になる。そう判断するのに時間は必要なく、裕はすぐに右手を上げた。


「ぁ……」


 手の影から神崎の翡翠色の瞳が見えた。

 その瞳は水分を含んで潤んでおり、どこか物惜しそうに自分から離れていった右手を見ていた。


「……少し、出て来る」


 返事は求めていなかった。

 そそくさとその場を後にし、玄関から外へと出る。


「なんなんだ……」


 外の冷たい風に当たりながら火照った身体と心を冷ます。

 自分の武器が一体何を考えてああいう指示を出してきたのかはわからないが、きっと彼女にしかわからない理由があったのだろうと納得する事にした。そも、白華に関しては武器として信頼している。その延長線上で持ち主である自分に不利益となる事は決して言わないし、行わないという信じている。だからきっと、あの行動には神崎だけではなく自分自身にも必要な事だったのだろう。まぁ、その真意まではわからないが。

 そこでふと、そういえば自分は前まで美咲以外の異性と一緒に行動していた時期があったという事を思い出した。


「佐々木は大丈夫だったんだけどな……」


 別に異性として認識していなかったわけではない。

 恋愛感情とかは無かったが、女性という性別ではきちんと異性として認識していた。一緒に行動したのは短期間だったがその中で抱きかかえたりは何回かした。その時、裕の感情は一切揺れなかった。


「ユウ」

「白華……」


 ガチャリと音がして振り返ってみれば、そこには白華が顔色を伺うようにして立っていた。


「怒ってる?」

「怒ってはいない。ただ、混乱してるだけだ」

「ユウは嫌だった……?」

「……よく、わからないってのが本音だな」

「そっか……私ね、ユウの事大好きだよ。目的に向かって走るのも、障害となる敵に対して容赦しないところも……でもね、それじゃダメなの」


 そう言って白華は裕の隣に立ってその顔を見上げる。

 紅い目は慈しむように優しい光を伴っており、それはさながら我が子を見守る母親のようだった。


「私たちみたいに“武器”だったらそれでも良かったんだけどね……ユウは人間だからダメなの。人間は戦う事だけじゃ生きていけない……ううん。生きちゃいけない」

「……」

「私はユウと一緒に多くの敵を斬りたいけど、ユウに殺人兵器になって欲しいわけじゃないよ。だから、ユウが忘れかけてる“人間の温かさ”を思い出してほしかったんだ」

「神崎を巻き込む必要はなかったんじゃないのか」

「ううん。サオリじゃないとダメだったの。いくらユウのためとは言っても私が嫌な人には任せたくなかったし、何よりも――サオリもユウと同じだったから。きっと、この世界に来てからずっと他人にはあまり踏み込まず、誰かに寄りかかる事もなく一人で生きてきたんだろうね。だから……サオリも人間の温かさを忘れかけてたの。孤独は毒だよ、ユウ。無意識の内にゆっくりと自分を蝕んで、最終的にはその寒さに耐えきれなくなる猛毒」


 だから、アレは必要な事だったのだと白華は言う。

 紅い目を輝かせ、ユウの左腰に抱き着きながら満面の笑みを浮かべて。


「そうか……」


 いつものように白華の頭を撫でながら呟くように出したその声は、いつもよりも少しだけ温かい気がした。

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