暖かな日差しの中で
午後三時という事もあり、窓から差し込む暖かな日差しを受けて頬杖を付いていた裕はウトウトとしていた。
最初は自分の隣で元の世界での自分の事を話されるという公開処刑に居心地の悪さを感じていたが、午後の陽気に意識を向けてからは特に気にならず逆にその心地よさに負けて睡魔が生み出す沼へと沈みつつあるのだ。
「ユウ、起きて」
「んー……」
あと少しで眠りにつけると思っている所で神崎との会話が一段落した白華が右側から揺する。
「ユウー、起きてよー」
「起きてる起きてる……話は終わったのか?」
「うん。大体の事は聞いたよ」
「そうか……」
軽く目を擦りつつ白華に聞き、返って来た返事には特に深く追求する事なく欠伸を嚙み殺す。ここで変に藪を突く事はないと判断したのだ。
「一之瀬くん、お昼食べ損ねちゃったけどお腹空いてない?」
「いや、別に――」
「私は空いちゃった!」
白華と契約してからあまり空腹を感じなくなっている裕が否定しようとした所で、白華が大声で言う。
そんな白華を目を向けた神崎はクスリと笑うと「じゃあ、ちょっと準備してくるね」と言って席を立った。
「白華は腹なんて減らないだろ」
「ユウに聞きたい事があったから。説明してくれるよね?」
何を、とはお互いに言わない。
契約している以上、お互いが考えている事は契約線を通じて何となくわかるからだ。
「あの戦いの後、森で休息を取ったんだがそこをこの村の子供に見つかったらしい。それで、保護されて今に至る」
ざっくりと説明する裕を見つめつつ白華は頬杖をつく。
「あれからどれくらい経ったの?」
「神崎曰く一週間ほどらしい。俺も意識を取り戻したのが今日だったから詳しい日数はわからないな」
「そっかぁ……私も消耗しちゃって休眠してたから裕の回復も出来なかったから仕方がないね。でも、敵に捕まらなくてよかったと思うべきかな?」
「この村も安全とは言い切れないけどな」
目を逸らしながら言う裕にクスリと笑ってから、左手を伸ばして未だに閉じられている縦に傷が走った右目に触れた。
他の人が見れば痛々しい傷跡。現に神崎も右目に関しては話題として触れる事さえしないでいるソレは白華にとってはとても愛おしい物だった。武器として、己の所有者が傷つく事は決して悲しい事ではなく、どれだけ傷を負おうとも己を使って強敵と戦い生き残ったという事実は誇らしく愛おしい物だからだ。
「治せそうか?」
「んー……」
故に、白華としては裕の言葉に考える。
適当な傷は癒してもいい。何故なら、ソレが原因で戦えなくなる方が嫌だからだ。だが、この右目の傷は特別だ。証を消してしまう事は躊躇われる。
だが、しかし――己は武器だ。所有者が治癒を願うのならばそれを叶える事こそが正しい在り方だと認識している。
「治してあげたいけど、今はちょっと難しいね。私も起きたばかりで万全じゃないから」
「そうか……まぁ、片目には慣れてるから後ででもいいか。他の傷はどうだ?」
「そっちは少しずつなら大丈夫かな。ただ、いつもみたいにすぐにとは行かないかも」
申し訳なさそうに言う白華の頭に手を置きながら「大丈夫だ」と言う裕の顔にはうっすらと微笑みが浮かべられている。
白華にとってソレが「自分が武器として信頼されている」と感じて嬉しかった。
「ところで――」
「ん?」
白華の頭を撫でていた裕はそこでふとした事を思い出したと言ったように手を止めた。
「白華は神崎に対して嫌悪感を表したりしてないよな。魔刀って所有者以外には触れられたくないというか……そもそも、関わりたくないってスタンスじゃなかったか?」
そんな疑問に対して白華は「んー……」と小さく首を傾げてから口を開く。
「サオリに対しては何も感じないの。多分……適正があるかそういうスキルを持ってるんじゃないかなぁ……」
自分でも何故かはわからない。と言った風に言う白華に「そういう事もあるのか」と裕は口を閉ざす。
というか、自分がうたた寝をしている間に名前で呼ぶほどに仲良くなっていた事に驚きさえする。
「ほら、ササキも私たちと仲良かったでしょ? ああいう風にユウみたいに所有者としての資格がなくても波長が合うというか仲良くなれそうな人は存在するんだよ」
言われてみれば、佐々木は凍華達と仲が良かったなと思っていると台所から鍋を持った神崎が顔を出す。
「何の話?」
「これから俺達がどうするかを話してた」
テーブルに置かれた鍋からはシチューらしきいい匂いがしていて、空腹感をあまり感じなくなった裕としても食欲が沸きたてられるような気がした。
「……もう行っちゃうの?」
「……」
神崎の問いに裕は即答できずにいた。
そも、裕としても美咲を助けるために残された時間は多いとは言えない。それだけではなく先の戦いやら何やらが積み重なった結果、人間と魔族の両方から追われる立場となっている。だからこそ、同じ場所に長く留まるというのはお互いにとっていい結果になるとは思えなかった。
だが、自分の意思とは関係がなかったとはいえ神崎とこの村で一週間程面倒を見てもらったというのも事実であり、ソレは言葉を変えれば恩があると言える。つまり、このまま何もせずに村から出ていくというのはあまりにも身勝手に思えてしまった。
村の脅威と言えるゴブリンの巣を壊滅させた事で借りは返したどころかお釣りが来るレベルなのだが、アレは白華を起こすためにやったことだと裕自身は認識している事からノーカンになっている。
ただ、この村も森の奥深くにある誰も知らない名もなき村だろうが、外部の人間が絶対に来ないという確証はない――自分が外から来たように。
さて、どう答えようかと考えていると白華が神崎に対してニッコリと笑った。
「ユウの傷も完全に癒えてるわけじゃないから、もう少しだけ滞在させてもらった方がいいんじゃない? 私も、起きたばっかりで本調子じゃないし」
「そう、だな……神崎、大丈夫か?」
「あ、うん。私の方は大丈夫だよ。あっ、でも……白華ちゃんが使う部屋がないな……」
「そこは大丈夫。私はユウと同じ部屋を使うから」
「なっ――!」
白華が『武器と所有者が同じ部屋で寝泊まりするのは当たり前』という思考で口にした言葉は神崎に大きな衝撃を与えた。
目の前に座ってシチューが入った鍋を「コレってどんな味なんだろ?」と首を傾げて見つめている少女は裕が持っていた刀だという事は聞いているし、実際に刀から人へとなる所も見てはいるが、それでもこうして目に入る姿は自分たちより少し年下の可愛い女の子だ。そんな子が自分と同い年のどこか雰囲気が暗くなった元クラスメイト――それも異性と同じ部屋というのは問題があるんじゃないかと思ったからだ。
「で、でも……」
「んー? だって、武器と所有者が離れてたらいざという時に動けないでしょ? 武器とは常に所有者と共にあるべきじゃない?」
「いや、でも……白華ちゃんは女の子でしょ?」
「えー? 武器に性別を求めるのはおかしいと思うけど……」
実際、白華が少女の姿をしているのも“魔刀になる前”の性別が女だったというだけであり現在の魔刀となった白華に性別という概念は存在していない。裕もその事を知っているし、そもそも別に白華にそういうのを求めていない。
だが、今日初めて会ったばかりの神崎にその事を受け入れろというのは些か酷な話だった。この世界に召喚されて戦ってきたり、勇者のように意思ある武器と接点があったならばまだしも、そういう経験をせずにここまで来てしまったのだから。
ちなみに神崎がここまで“そういう事”を気にするのは彼女自身がそのギャルっぽい見た目に反して実は異性と手を繋いだ事もないからだったりする。
「と、とにかく! ここは私の家なんだからそういうのは無しで!」
「えー……」
どこか不満そうな白華がチラリと裕の方を見る。
その目は「どうにか説得してくれ」と語っていたが、裕にそんな交渉術はないし実際にこの家は神崎の家なのだから家主のいう事に従うのが正しいだろう。
「白華」
「なぁに? ユウ」
「諦めろ」
「そんなぁ……」
そんな二人のやり取りを見つめつつ、顔を少し赤くした神崎は器にシチューをよそうのだった。
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