誰も知らない村2
太陽が真上に来た所で神崎 沙織は作業をしていた地面から顔を上げた。場所は村人達が共有して使っている畑であり、周りには昼食を取るために村人たちがそれぞれ作業を一時的に止めている姿が見える。
「ふぅ……」
そんな光景を見ながら固まった身体をほぐし、首に巻いていたタオルで汗を拭う。
村がある地域は平均気温が高く、王都の方では春ほどの暖かさなのに対して真夏並の気温がある。それ故に畑仕事などは汗が凄いのだ。
「サオリー」
「ん……? アミリア。それに、アルも一緒にどうしたの?」
近寄って来たのは沙織と同じくらいの年齢に見える少女と少年だった。二人はこの村で沙織の友人と呼べる村人であり、この村に流れ着いた時から優しくしてくれた恩人でもある。
「今からお昼ご飯でしょ? 一緒に食べよーよ!」
「あ~……ごめん、お昼を持って行ってあげないと行けなくて」
「えぇ~……」
不満を漏らすアミリアに困った顔で頬を掻いていると、ずっと黙っていたアルが険しい顔で口を開いた。
「それって、あの拾ってきたヤツにか?」
「うん。流石にご飯抜きは可哀想だしね」
「なぁ、サオリとアイツの関係って――」
「あ、もう行かないと時間無くなっちゃうから。また後でね!」
アルが何かを言い切る前に沙織はそう言って自分の家へと走り出す。二人はそんな沙織の背中を見送るしかなかった。
「まぁ、どんまい」
「なっ! そ、そんなんじゃねぇよ!」
ポン、と肩に手を置かれたアルの絶叫を聞いた周りの大人達は生暖かい目線で微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
「ちょっと遅くなっちゃったな」
一旦家に帰ってから予め用意してあったバスケットを持ち、裕が作業をしている薪割り場へと向かう。
「一之瀬くんはちゃんと仕事してるかな。まぁ、サボるような人じゃなかったとは思うけど……あと、傷が開いたりしてないといいけど」
裕に任せた薪割り場は村はずれにあり、日中の仕事をしている時間帯にそこに近づく人は少ない。むしろ、皆無と言っていい。それ故に、仮に倒れていたとしたら一大事だ。
そのことを理解している沙織がその場を任せたのには理由があった。一つ目は裕が自分と同じ異世界人であるという事。異世界人はそれぞれがこの世界に召喚された際に神から特殊な能力を受け取っており、そうそう簡単に死ぬ事はないくらいに頑丈だ。二つ目は一週間看病をしていた時に気付いた裕の異常な回復能力。もはや見るのも嫌になるくらいにズタボロだった右腕は数日後にはかなり回復していたし、全身にあった傷も大きい物以外は傷跡を残すだけになっていたのだ。
そういった理由から大丈夫だろうと任せてみたはいいが、仕事を任せた責任として心配になるのは仕方がない事だった。
「っと、居た居た。倒れてなくてよかっ――」
視界に裕を捉えて安堵の息を漏らした所で、裕の腕に日本刀が握られている事に気付いた。何をやっているのかと思えば、器用に足で丸太を上空に蹴り上げ、腕がブレたと思った時には丸太は薪となって地面へ落ちた。
思わず足が止まる。沙織も王都に居た時に戦闘スキルを持つクラスメイトの訓練を少しだけ見た事がある。その際にも「すごっ……」と思わず言葉を漏らした程だったが、目の前に立つ少年が振るう刀はそれ以上だった。
右手に持った白銀に輝く刀身を持ち、柄に長く黒い布が付いた刀は美しいと思わせるのと同時に恐怖心を与えてくる。ソレを持つ裕の姿もどこか遠くに居るような感覚がした。
「……神崎?」
「えっ、あ……」
不意に名前を呼ばれて意識を戻す。
裕は刀を片手にその場から動かずに“紅い瞳”で沙織を見ている。片目は閉じられており、看病をしていた時から開いた事はない。
「えっ……と、コレお昼ご飯」
「ああ……」
近づいてから手に持ったバスケットを見せると、裕はぎこちなく頷きながら手に持った白華を鞘へと納める。
「なんで斧を使わないの?」
「……何となく」
「そっか」
沙織は深くは聞かなかった。
王城から「戦う力がないから」という理由で好きに生きろと放り出され、この村に何とか辿り着いた際に村人は何も聞かなかった。そして、ソレが凄くありがたいと思った経験があったからだ。それに、沙織自身にも言いたくない事がある。
「仕事は進んでる?」
「一応、さっき斬ったので丸太にされてたのは最後だな」
「へ?」
言われて裕の背後を覗き込んでみれば、そこには薪の大きさに斬られた物が大量に積まれていた。
仕事を任せてから時間にしてまだ五時間程しか経っていない。そんな短時間でこれほどの量に加工するのは正直言って異常だった。
「コレはちょっと予想外……」
「不味かったか?」
「いや、薪は色んな事に使うからありがたいんだけど、こんな短時間で終わらせちゃうとは思わなかった」
「……そうか」
「さて、一之瀬くんの仕事ぶりも確認できたしお昼にしよう? 午後には新しい仕事を用意するから――」
「大変だッ!!!!!」
沙織がその辺に置かれていた廃材の上に座ってバスケットを開くのと村中に叫び声が上がるのは同時だった。
二人が視線を声をした方に向けてみれば、村の入口に数人の男達が血だらけでヘタリ込んでいた。
「大変!」
沙織はバスケットを置いて男達の方へと走り出す。裕もそのあとを追う。
二人が男達の元に辿り着く頃には村中から人が集まり、何やら話をしていた。
「どうしたんですか!?」
「サオリちゃん……どうやら、この近くにゴブリン共が巣を作ってたみたいなんだ……」
村人たちの言葉を要約すると、血だらけでヘタリ込んでいる男達は猟師であり今日の狩りを行っている最中でゴブリンの巣を見つけたと言う。その後、急いで村に帰ろうとした所で奇襲を受け、命からがら帰って来たのだとか。
「ゴブリンの巣か……」
「折角、ここまで村を作ったのに……」
「どうしてこんな所に人型の魔物が……」
ざわざわと今後の事を話す村人たちを見ながら裕は思考を回す。右腕の調子は大物と戦わないのであれば問題はない。身体に出来た傷も白華の意識がない事で回復が遅いが大騒ぎする程のものでもない。
では、一体何が問題なのか。
ソレは白華が目を覚まさないという事だけ。理由はわかっているし、その解決策もわかっているが助けられた恩がある以上、好き勝手に動く事が出来ずにいた。
だから――コレは渡りに船だった。
「なら、俺が全部殺してくる」
ざわつく中であっても、裕のそんな声は不思議と村人の中へと浸透していった。
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