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誰も知らない村

基本、更新時間は朝9時に予約投稿しております。

 窓から差し込む暖かい日差しと久しぶりに感じた布団の暖かさに包まれて裕はゆっくりと目を開ける。

 意識が覚醒したばかりという状態で木で出来た天井を見つめた後、ゆっくりと机と自分が寝ているベットしか置かれていない部屋を見回す。


「ここは……」


 水分を長時間取っていなかった事で少し掠れた声で呟いた後、裕は勢いよく身体を起こした。


「白華《しろか》ッ!!」


 右手を翳して叫べば、部屋の入口に置かれていた黒い布《・・・》で包まれた長方形の細い物体が飛んできてその手に収まる。

 ゆっくりと音を立てないように身体を起こしてみれば、自らの上半身は裸で包帯が巻かれていた。特に右腕は入念に手当てをされた跡があり、傷の治り具合からして自らが寝ていたのは一日や二日程度ではないとわかった。


「敵に捕まったか……? いや、それだったら拘束してるはずだ。それに、武器をこんな傍に置いておくはずがない……」


 手に持ってみてわかったが白華は未だ休眠状態だった。

 仮に、裕が熟睡していたとしても白華の意識さえあれば無理矢理にでも叩き起こして敵の接近を報告していただろう。


「ここはどこなんだ?」


 どうやって自分を運んだのか。いや、自分の肉体は人間と変わらないのだから自分だけを運ぶ事は可能だろう。だが、白華は魔刀だ。魔刀はその身を契約者にのみ触らせる事を良しとし、他社に触れられる事は穢れとして嫌悪しその指を全て斬り落とす。コレは魔刀の意識がない時も例外ではない。


「……」


 覚醒したばかりであまり回っていない頭で唸っていると、ドタドタと誰かが近づいて来る音が聞こえてくる。裕はほぼ条件反射でベットから飛び降りて部屋の入口へと白華を構える。

 待つこと数秒。部屋の入口がゆっくりと開き、そこから顔を覗かせたのは一人の少女だった。年齢は裕と同じくらいで服装は町娘のもの。ただ平民に多い茶髪と違ってその髪は金色だった。


「……神崎《かんざき》?」


 そして、その顔は裕が知っている人物のものだった。


「大きな声が聞こえたと思ったら……一之瀬くん、ようやく起きたんだ」


 目の前に立つ少女は神崎《かんざき》 沙織《さおり》。裕の元クラスメイトであり、この世界に召喚された同郷の人間だった。

 片手におたまを持った状態で裕をジーッと見た神崎は小さく息を吐いた後に部屋に置かれているテーブルを指さした。


「詳しい話は朝食を食べながらするから、そこに置いてある服に着替えてリビングに来て」

「あ、おい……!」


 伝えたい事は伝えたとばかりに裕の制止を無視して神崎は部屋から姿を消す。


「……一体、何だっていうんだ」


 残された裕は、とりあえずは従っておいた方がいいと判断してテーブルに置かれた男物の服に袖を通す。その際に一緒に置かれていた剣聖から受け取ったペンダントを首から下げる。

 村人が着るような服を着て、白華を右手に持ったまま部屋を出てみればすぐ近くから鼻歌といい匂いが漂ってくる。


「……」


 それに誘われるように向かってみれば、そこには神崎がテーブルに二人分の朝食を並べている所だった。

 メニューはパンとホワイトシチューのような何かとサラダ。食べられれば何でもいいと肉を焼いただけだったり、パンだけを食べていた裕にとっては久方ぶりに見るまともな食事だった。


「まぁまぁね」

「……」


 並べ終わった所で裕の姿を見て発せられた感想になんとも言えない表情をしていると、席に座れと促される。それに素直に従うと神崎は「いただきます」と言ってから朝食に手を付け始めた。


「食べないの? あ、もしかして嫌いな物があったとか? でも、私は好き嫌いとか許さないからね」


 実際にはこうして席に座って誰かと食事をするという事が久しぶりすぎて、どうすればいいのかと考えていたのだが、神崎の言葉を聞いて裕は誤解を解くために「いただきます」と小さく口にしてから食事を始める。


 そうして、お互いに無言で食事を終えて一息吐いた所で彼女は口を開いた。


「一之瀬くんはこの村の子が見つけたんだよ。一週間前だったかな……その子と森で薬草を取りに行った時にね。顔を見てビックリしちゃったよ……まさか、こんなところでクラスメイトに会うなんて思ってなかったから」

「一週間前……」

「そ。拾って来たはいいけど、中々目を覚まさないから死んでるんじゃないかと思ったよ」


 やれやれと肩を竦めながら言う神崎に対して裕が思う事は一つだけだった。それは「神崎はこういう喋り方をするヤツだったのか」という事だ。そも、元の世界では美咲以外とは会話という会話をしてこなかった。それ故に神崎 沙織という人間の事はクラスメイトとして認識はしていたが実際に喋ったのは今が初めてだったのだ。

 だが――裕はそんな思いをかき消してテーブルに立て掛けられている白華へと意識を向ける。目の前の人間は元クラスメイトで手当てをしてくれた人物だったとしても、あの国に召喚された人間だ。そして、裕は先の戦いで向こうの兵士を手に掛けている。ならば、ここで自分を油断させて拘束しておく事が任務だという線もあると判断したからだ。


「……」

「……」


 しばらく無言で見つめ合ってから神崎は小さく溜息を吐いて席を立つ。


「付いて来て」

「なに……?」

「見たところ、傷はまだ完全に癒えてるわけじゃなさそうだけど、少しくらいなら働けるでしょ? 働かざる者食うべからず、だよ」


 そう言って食器を手早く片付けた神崎はリビングから出ていく。

 仮に付いて行った先に兵士が待っていようと、その時は全てを斬り捨てて逃げればいいと判断した裕は大人しく付いて行く。


「コレは……」


 玄関から外に出てみれば、そこには村が広がっていた。

 中央には井戸があり、それを囲むように十件程の民家が並ぶ。村の隅には畑が広がっており、そこでは子供が遊ぶ傍らで数人の男女が作業をしている。

 小さい村だった。だが、村人の顔には笑顔がありとても充実しているという事だけは伝わってくる。

 そんな光景を見て、裕は眩しいと思ってしまった。

 ここで生活している人間の手は血に汚れてなどいないだろう。今を生きる事に必死な彼らにとって外での戦いよりも明日生きるための糧を手に入れる方が大事だからだ。それに比べて自らの望みのためだけに多くの命をその手に掛けてきた自分はどうだ。この道を進む事に後悔などない。ないが、この光景は眩しすぎる。

 それに、こんな光景を見せられては自分を捕まえようとしているとはとても考えられなかった。


「……こっち」

「あ、おい……」


 裕を一瞥してからまた歩き出す神崎の後ろを付いて行くと、案内されたのは村はずれにある木が積み上げられた場所だった。


「ん」

「……?」


 手渡された斧を流れで受け取って首を傾げてみれば、目の前に立つ気が強そうな彼女は積み上げられた木を指さした。


「一之瀬くんの仕事はこの木を薪にする事。本来なら怪我人にやらせる事じゃないんだけど、男手が不足してるし何よりも一之瀬くんもこの世界に召喚された人間ならそこら辺の人よりも高いステータスを持ってるでしょ?」


 神崎の言葉に裕は何も言えなかった。

 確かに、この世界に召喚された人間ならば最初から高いステータスを持っている。だが、裕は龍神と契約した際にステータスを破棄している。


「助けてあげたって恩は押し付けたくないから、朝食分って事でお願いね。お昼にはお弁当持ってきてあげるからさ」

「あ、ちょ……」


 何と言うべきかと考えている内に神崎は背を向けてどこかへと歩いて行ってしまった。恐らく、自分の仕事へと向かったのだろうと思いつつも裕は途方に暮れてしまう。

 生まれてから薪割りなどした事がない。この世界に召喚されてからも魔刀という武器は使って来たが斧など使う機会がなかった。それ故にこの得物をどう使えばいいのかわからなかったのだ。

 ただ振り上げて振り下ろすだけでいいのだが、そもそも使って来た武器が特殊なのと龍剣の所で修行したせいでそんな単純な発想には至らない。

 魔刀とは分類的には刀だ。刀とは刃を立てなければ何も斬れない。龍剣との修行でも刀は正しい使い方があると学んでいる。ならば、斧にも自分が知らないだけで正しい使い方があるのではないか? と思ってしまうのは仕方がない事なのだ。


「……」


 それに、もう一つ大きな問題があった。

 試しに丸太を持ってきて斧を振り上げてみれば、予想通りに斧を握る右手に電撃が走って斧は地面へと落ちた。

 コレは裕が持つ【刀術スキル】が邪魔をしているからだ。刀術スキルは魔刀を使えるというメリットの他に“魔刀以外の武器を何一つ使えなくなる”というデメリットが存在している。ナイフなどの小柄な物ならば使えるが、斧や剣やハルバードなどは弾かれてしまう。


「参ったな……」


 正直、こうしてここで時間を使っている余裕などないがどうしても裕の脳裏にはあの時に火の国に置いてきた佐々木の顔が離れなかった。

 自分は外道に落ちてしまったが、受けた恩を感じられない程のクズになったつもりはなかった。そも、そこまで落ちたくはなかった。それ故に他者と関わらないようにするためにあの日全てを捨て、その後も誰とも関わらずにここまで来た。それが不測の事態でこうして誰かに恩が出来てしまった。ならば、それを返さなければいけない。


「……起きろ、白華」


 試しに持ってきた白華に呼び掛けてみるも反応は無かった。


「……」


 周囲を見渡して近くに人が居ない事を確認してから、そっと巻き付けられていた黒龍布を剥がす。中から現れる銀色の刃を見つめながらどこか思案した後、裕は足で先程薪にしようとしていた丸太を蹴り上げた。


「――シッ!」


 一閃。裕の右腕がブレるのと同時に空中にあった丸太は均等な大きさに斬られて地面へと落ちる。


「白華が起きたら怒られそうだな……」


 作業中に白華が起きたらなんと言い訳しようかと考えながら、裕は次の丸太をまた空中へと蹴り上げた。

目標としていたブックマーク100人まであと1人となりました!

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