同族殺し
「名も知らぬ人、か……」
彼女の残滓である赤い花びらが舞い散る中、俺は最後に呟かれた言葉を繰り返す。どうやら、彼女は最初から俺が純ではないという事に気付いていたらしい。
つまり、こちらの事情で殺す事に気付いていながら何も抵抗せずに刃を受け入れたという事だ。
「何が、正しかったんだろうな……」
口から漏れ出した疑問に答える者は誰もいない。そりゃそうだ。魔力を放出し、普通の魔刀に戻った白華はずっと意識がないのだから。そして、彼女を殺した今、この場に言葉を発する者は俺しかいない。だから、答えは返ってこない……そのはずだった。
「君は正しいと思ってるのかい?」
少女の声が背後から掛けられる。
振り返ってみれば、そこには黒いゴスロリ系の黒いドレスを着た少女――追跡者が立っていた。
「お前か……久しぶりに姿を見せたな」
「久しぶりだね。まぁ、君の事はずっと見ていたけどね。いやしかし、君も随分と見た目が変わった物だ。あぁ、服装とかそういうのじゃないよ? 単純に酷い顔をしているって話さ」
「顔なんて変わらないだろ」
「そういうんじゃないんだよなぁ……いいかい? 今の君は生きる事を諦めていっそ死にたいという気持ちが全面に出ている。それなのにも関わらず、目は近づけば殺すと言わんばかりに鋭い。あぁ、あとさ……その気持ち悪い笑顔はやめた方がいいと思うよ」
要約すると、今の君はまるでアンデットのようだ。と、追跡者は笑いながら言う。
左手で自分の顔を触ってみれば、確かに笑顔を浮かべているようだ。
「さて、最初の質問に戻ろう。君は君がした事が正しいと思っているのかい?」
「……わからない」
「ふむ。補足しておくと、彼女は疲れていた。そりゃ、何千年も人間たちに魔力を無尽蔵に搾り取られるのは誰だって辛い事だ。だから、終わりを求めていた。君にも分かりやすく言えば、死にたがっていたんだよ。そんな中、訪れた君は救いの女神だったろうね」
追跡者はそう言って笑う。
何故か、その笑顔に薄ら寒い物を感じて白華を握る手に力が入った。そんな俺の行動を敏感に感じ取ったのか、追跡者は笑顔を消してジッと白華を見つめる。
「でも、君も残酷な事をする」
「どういう意味だ……?」
白華を見ているんだから、きっとこの子に関する事だろう。
だが、何故だろう……聞いてはいけない。そんな気がしてならないのは。
「“同族殺し”」
「――ッ」
あぁ、理解してしまった。
たった一言で、追跡者が言いたい事を全て。
「魔刀は全て元を辿れば一人の少女が事切れる寸前に願った事が起源なんだよ。ソレは“生きたい”という生きているものならば誰もが願う事だろう。だけど、その少女はとてもとても口にするのも憚れるほどに悲しい人生を歩んできた。故に神様がきっと気を利かせてしまったんだろうね……彼女自身はその体質故に転生する事は出来なかった。だから、彼女の願いを分散させたんだ」
「分散……?」
「そう。彼女という存在をいくつもの欠片にして、ソレを願いに乗せたんだ。それ故に、適正がある少女は死後――」
「魔刀になる……」
「そういう事。だから、適正がある少女は皆、異能と呼ばれる力を持っていた。ソレは元を辿れば彼女が持っていた力の一部でしかないけどね……でも、神様も全てが上手く行くようには出来ない。彼女が持っていた能力の一部を与えられる代わりに、彼女が持っていた悲運も同時に、平等に与えられた。故に、魔刀は全員悲惨な最期を迎えているんだよ」
そこまで話して、追跡者は「話が逸れたね」と言った。
「さて、そんな彼女たちには禁忌とされている行為がある。ソレは君も既に気付いていると思うけど“同族殺し”だ。いや……この場合は自分殺しと言った方が正しいかな?」
当然だ。
魔刀の元となったのが一人の少女が願った【生きたい】という事なのであれば、ソレを断ち切るという事は願いを否定する事。
つまり、同族殺しは自分で自分の願いを否定する事にほかならない。
「残念ながら、その子はもう戻れないよ」
「……同族殺しをした魔刀はどうなる?」
「ソレを教えるには対価が必要だね」
「何が望みだ」
「わかってるくせに。まぁ、いいや。今回は過去の思い出を貰おうかな」
随分と幅広いが、背に腹は代えられない。
白華がこうなってしまったのも、俺に責任があるのだから。
「持っていけ」
「毎度あり~」
スッと俺の中から何かが消えた。
途轍もない喪失感を感じながらも、追跡者を見ると少女はにっこりと笑う。
「さて、同族殺しを行った魔刀は過去に二人いるけど、そのどちらも妖刀になったよ」
「妖刀……?」
「そう。殺戮を好み、血を求め、所有者を惑わす存在してはならない刀になるんだよ。元々、魔刀と妖刀は紙一重なんだけどね」
「戻す方法はあるのか?」
「無いね。だから……早めに殺してあげたほうがいいよ。じゃないと、君が血を被る事になる。あぁ、そうだ。凍華ちゃんたちを責めちゃダメだよ? さっきも言ったけど、妖刀になったのは過去に二人しかいないんだ。それに、同族殺しは禁忌なだけあって魔刀の意識がある時はしようとすると嫌悪感を抱くから知らなくて当然なんだよね。むしろ、知っている方がおかしいんだからさ」
追跡者はそこまで話して俺の横を通り過ぎ、未だ赤い花びらを散らせている場所にしゃがみ込んで赤い結晶を拾った。
そこで顔だけ振り返り、何の表情も浮かべていない顔で俺を見る。
「あぁ、そうだ。君は自分が人間かどうかで悩んで少し壊れてるみたいだけどさ……君はまだ人間だよ」
「それはどういう――」
聞き返そうとした時には既に追跡者はいなくなっていた。
後に残されたのは未だ散り続ける赤い花と、俺のどうしようもない後悔と、残された言葉に感じるモヤモヤとした気持ちだけだった。
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