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赤い花

 本気で心配しているであろう顔をした佐々木が走り寄ってくるのをどこか他人事のように眺めていたが、まだやり残した事があるのと今の白華は危険だという事を思い出し、佐々木の背後に立っていた凍華とうかに目配せをする。

 凍華は俺の言いたい事を完璧に把握したらしく、その場から一瞬で佐々木の背後に回ると肩に手を置いて止める。


「佐々木さん、今の兄さんは……いえ、兄さんが持っている白華は危険です」

「でも……!」

「佐々木さんの気持ちはわかります。あんな顔をした兄さんを放置しておくのは私たちも心苦しいものです。ですが、今近づけばきっと貴女あなたを傷つける事になります。そして、ソレは兄さんが望む事じゃないんです」

「……っ」


 佐々木は頭がいい。

 勉強が出来るとかそういう頭の良さも勿論持っているが、理解力がある。周囲の状況を客観的に見る事が出来て、冷静に判断する事が出来る。


 佐々木と凍華に感謝しながら大きく避けるように横を通りぬけ、折れた魔刀が設置されている台座へと向かう。


「……弔ってやるつもりかの」


 台座の前まで移動するとその横にリルが立っていた。

 俺が今からやろうとしている事はきっとこの国に混乱を生み出す物だろう。そして、この国を統治しているリルとしては止めたい気持ちしかないはずだ。

 それなのにも関わらず、攻撃する意思も止めようとする意志も彼女からは感じられず、静かに質問をしてくる事に疑問が生じた。


「不思議かの……まぁ、お主にはわからない事じゃ。ただ、我らは約束を違えてしまった。そのツケを払う時が来たというだけじゃよ」

前世アイツとの約束か。確かに俺にはわからないな……あと、弔いなんて立派な物じゃない。ただ、このままにしておくのはダメな気がするだけだ」

「そうか……ならば、せめて一瞬で送ってやってほしい。彼女にはあの時から今まで無理を強いてきてしまった」

「……」


 リルが離れたのを確認し、白華を振り上げる。

 ふと、そういえば凍華達はいいのかと背後に目を向けてみれば、凍華はそっと目を伏せ小さく口を動かしていた。


『やっと、迎えに来れました』


 多分、そう言っていた。


「さよならだ」


 ならば何も考える必要はないと、白華を振り下ろそうとした瞬間――視界に赤い花びらが散った。


「――」


 左側へと風に流されるように飛んでいく無数の花びらを目で追ってみれば、今居る場所が先程までの空間ではなく、真っ白な場所だという事に気付いた。白い空間を踊るように舞い散る赤い花びらは綺麗だが、何となく儚い気もする。


「ぁ……やっと……迎えに、来てくれたんですね……」


 ふと、か細い声が聞こえた。

 少女を抜け、女性へとなり始めた声は凍華よりも年上な印象を受ける。声の主である女性は俺の足元に疲れ切ったように項垂れて座って居た。

 年齢は20代前半。服装は暗い赤地に白い線で模様が入った着物であり、俺がさっきまで見ていた赤い花びらは彼女の“右腕があったであろう場所”から鮮血のように零れ落ちていた物だった。


「ずっと……待って……おりました……主様……」

「……」


 あぁ、そうか。

 彼女は俺が今まさに消し去ろうとしていたあの折れた魔刀だ。凍華達に人の姿があるように、あの魔刀が人の姿になったのが足元にいるこの女性なのだろう。

 そして、この女性は俺の事を純だと思い込んでいるようだ。


「どうして……なにも、言ってくれないのですか……?」

「――」


 女性が顔を上げる。

 整った顔だったが、目だけは光が灯っていなかった。ソレは既に目が見えていないという事。そして、俺と純の魔力は完全に一致しており魔力で対象を認識しているこの女性は勘違いしているのだろう。

 あの時、魔力を失ったが生きる上で必要な極々少量の魔力が残っていた事がこの女性を惑わせてしまっている。


「主様……?」


 何かを言わなければならない。

 だが、何を言えばいい? 今から死にゆくこの女性に何と声を掛ければいいのだろうか。いや、むしろ空っぽな俺が何かを言っていいのだろうか。


「……主様、私はお役に……立てたでしょうか?」

「……ああ。お前は、よくやってくれた」


 つい、口をついて出た言葉だったが彼女は嬉しそうに笑った。

 あぁ、よかったと。戦う事では役に立てなかった私にも何か出来る事があったのだと、そう笑う。


「主様、一つ……我儘を言っても、よろしいでしょうか……」

「なんだ……」

「私は、少しだけ疲れてしまいました……お暇を頂いても、よろしいでしょうか……?」


 息が詰まる感覚がした。

 白華を握る手に力が入り、カタカタと小さく揺れる。


「ああ……許す……」

「ありがとうございます……」


 そっと、女性が目を閉じてこちらに首を差し出すように項垂れる。その白い首筋を目標に、俺も白華を振り下ろした。

 コレが俺に出来る精一杯の感謝を伝える行動だから。


「……ありがとうございます。名も知らぬ人」


 首筋に刃が当たる瞬間、彼女はそう呟いた。

 白華は正確に彼女の首を斬り、首を切り落とされたその身体は地面に倒れる前に赤い花びらとなって散った。

 首が落ちるその様子は、いつかのどこかで見た椿の花が落ちるソレにとてもよく似ているような気がした。

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