表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/259

生きているという実感

 名前も知らない騎士がゆっくりと倒れていくのを見つめる。

 確かに強敵だった。実際、俺は心臓を貫かれたし本来であればそこで死んでいたはずだ。そんな強敵に勝ったのだから何かしらの感情が湧いてきてもいいはずなのに……いや、感情は沸いてきている。強敵に勝ったという歓喜とどうにか生き残ったという安堵。一歩間違えれば佐々木達を守れなかったという焦燥。その他色々な感情が体内で暴れまわっている。

 それなのに、俺の表情は何一つ変わる事なく、それらの感情は表に出たがっているはずなのに決して前へ出ようとはしない。


「……」


 ドサリという音と金属が床に落ちる音で騎士が完全に息絶えた事を認識した。

 無骨な石が敷き詰められた殺風景な床を自らの赤い血で彩りを加えていくその姿を見てどこか羨ましいとさえ思える。

 何故ならば、騎士が息絶えるその瞬間に見えた目はハッキリと感情があったからだ。今の俺のように中身がない空っぽな物ではなく、確かに何かがあった。


「ベ、ベルドルナが負けた……!?」


 佐々木達が居る方向から老人の声が聞こえてくる。

 あぁ、そういえば敵はまだ居たんだったか……。


「くそっ!!」


 誰かが走る音が聞こえてくる。

 その足音は決して早くはない。方向的に俺の方に走ってきているが一矢報いるとかそういうのではなく、単純に出入り口へと走っているのだろう。

 あの老人は別に戦闘能力を持っているわけではないだろう。いや、持っていたとしてもベルドルナという名前らしい騎士よりは遥かに劣るに違いない。

 仮に、ベルドルナよりも強かったとしても今の白華しろかならば一振りで半分にする事が出来る。

 右手に持った白華は今も吸収した魔力が刀身から溢れ出そうとしているのかガタガタと揺れている。

 白華の能力は空間魔法の派生にある“吸収”というものらしい。あの空間から帰って来た時、脳内にそのことが流れ込んできた。


「そこをどけえええええええ!!」


 思考を中止。

 既に目前へと迫った老人へと視線を向ける。その背後に佐々木達の姿があることからして、ここで俺が白華を振るえば間違いなく彼女達も巻き添えとなる事は明白。


 ならば――。


「撃て」

「はい《イエス・》、ご主人様マイロード


 銃声。

 乾いた音が密閉された空間を揺らし、反響する。ソレと同時に眼前へと迫っていた老人の頭部は弾け、鮮血に彩られた肉片をまき散らしながらも一歩二歩と歩き前のめりに倒れる。

 返り血を白華に蓄えられた魔力を放出する事で防ぎ、こちらに倒れて来た老人を避けた所で柱の陰に伏せた体勢で狙撃銃を構えたフェルの姿を視認した。

 スコープ越しに見える淡い青色の瞳は揺れずにこちらを直視していたが、目が合った瞬間にまるで礼をするようにそっと伏せられる。


 フェルはこの部屋に入ってからずっとどこかに行っていたが、どうやらすぐに援護できるように移動していたらしい。


「コレで全部終わり、か……」


 呟きながら左手で頬を触ると、どうやら銃弾が掠ったようでその指には赤い血が付着していた。ソレを見て肺に溜まっていた空気が外へと漏れ出す。

 

 あぁ、皮肉なものだ。こんなもので生を実感する事になるなんて。

 あの平和な世界にはこんな事はなかった。

 あの何一つ代わり映えの無い日常にはこんな残酷な死体など存在しなかった。

 あの懐かしいと思える風景にいる自分は人の死に慣れるなんて思ってもいなかった。


 だが、どれだけ戻りたいと思っても仕方がない事だ。

 コレが今の自分であり、コレが生き残る術であり、コレが美咲を取り戻す方法なのだから。


「一之瀬君!」


 声がした方に目を向ければ、佐々木が何やら心配した顔でこちらに走りよってこようとしていた。

 何を心配する必要がある? 俺は、こうして五体満足で立っているのに。


 このとき、俺は俺がどんな状態でどんな顔をして立っているのかわかっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ