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人間でありたい

 その違和感にいち早く気付いたのは裕にトドメをさした騎士だった。

 騎士の名前はベルドルナ・バルリッチといい、この火の国において最強。人類の中でも十本指には入ると言われているほどの強者であり、多くの武勇をその身に刻み付ける歴戦の騎士だった。

 それ故に、今こうして自らが心の臓を貫いた相手が得体のしれない空気を醸し出している事に違和感を感じた。


『コイツ、まさか……ッ!!』


 ベルドルナの本能が警告を発する。ソレは今までの戦場で数え切れないほどに彼自信を助けて来たものであり、疑う事は無いほどに信頼できる直感。

 右腕を引き、裕の左胸から幅広の直剣を引き抜く。


『流石に、首を刈り取れば化け物であろうと死ぬだろう!』


 大きく振りかぶられた直剣が轟音を伴って振り下ろされるが、その刃が裕の首を刈り取る事は無かった。

 広間に響き渡るのは鉄と鉄がぶつかるような甲高い音ではなく、どこか澄んだ音色のような音だった。


「忘れてたよ……この腕は、特別製だって事をさ」


 左腕で直剣を受け止めながら裕はゆっくりと顔を上げ、目の前でトドメを刺そうとしていたベルドルナが驚きの表情を浮かべているであろう事を想像し、その口角を吊り上げた。

 だが、それも一瞬だった。

 足元に落ちていた白華しろかを足を使って浮かび上がらせてから右手で掴み取り、すぐさまベルドルナへと斬りかかる。


『ぐぅっ!』


 すぐさま剣を引き白華を受け止めたベルドルナは僅かにだが確実に押された。ソレは疲労があるとかそういうのが理由ではなく、間違いなく裕自身の力が先程斬り合った時よりも強くなっていたからだった。

 白華の刀身は裕の心臓を貫く直前から血を吸ったような紅色ではなく、全てを反射するような白銀へと戻っている。刀身の色が変わる事に何の意味があるのか詳しくは知らないベルドルナでも、色が変わってから裕の力が上がっていた事から、何かしらの身体能力上昇効果があると検討を付けていた。

 だからこそ、理解できない。

 刀身は白銀なのにも関わらず今の裕は歴戦の勇士であるベルドルナでも気を少しでも抜けばたちまちその刃は自らに届くほどに強力だからだ。


 裕が白華を振るえば地面が割れ、刃が過ぎ去った場所は一瞬だけ真空となる。

 受ければ生半可な業物では一瞬でも耐える事など出来はしない。刃と刃が触れる前にはその刀身を半分に斬られている。

 だが、ベルドルナが持つ剣は“特別製”だった。

 魔王が復活したのは最近だが、魔族との戦いは五年前から激化している。故に、この時代には英雄や英傑、豪勇と呼ばれる人間でありながら人間の領域を超越した人間が多数存在している。

 現に裕と対峙しているベルドルナも英雄と呼ばれるほどの力を持ち、各国にその名を轟かせている強者だ。そんなベルドルナが振るう得物が生半可な物のはずはなく、かつて精霊国の救援に向かい武勲を立てた事で精霊王から与えられた【妖精剣デスペルタル】という精霊王自らが300年掛けて魔力を込めたとされる直剣だった。

 妖精剣デスペルタルは使用者の身体能力を底上げする効果を持ち、その刀身に蓄えられた高純度の魔力によって決して欠ける事がない真の名剣である。


 元々の身体能力をさらに底上げされたベルドルナと決して欠ける事の無いほどに丈夫だと言われている名剣を持ったとしても、白華を受け止める事は容易ではない事は他でもないベルドルナ自身が理解していた。

 故に、理解できなかった。


『貴様……本当に人間か……?』


 その声は呟きだった。

 誰に向けたでもない呟き。思った事がついつい口から出てしまっただけの言葉。


「……」


 だが、そんな声に裕は振り下ろそうとしていた白華を止め、ジッとベルドルナの顔を見た。その目には光などなく、口元はどこか笑っているのに全体を見ると無表情に見える。


――生きたいと思っていないのか。


 攻撃を止めた裕の顔を見たベルドルナがそう思ってしまう程に希薄な表情だった。

 口角が釣りあがっているからといって笑っているわけではない。まるで、表情の作り方を全て忘れてしまった空っぽの人間が浮かべるような顔。表情を作る事が出来ないからどうにかして顔を作ろうと頑張った結果、様々な感情の顔が表面に出てきて統合性が取れず、一番物を言う目は子犬が捨てたられた事を自覚し、この世に絶望し、結果的に全ての終わりを受け入れてしまった時のように揺れがない。


 ベルドルナから見た裕は“もはや人間ではなかった”


「……どうだろな? きっと、誰に聞いても俺の事を人間というヤツはいないだろうな……そりゃそうだ。心臓を貫かれたならばどんな生物であろうと死ぬはずだ。いや、ここは異世界だからもしかしたら生きてるヤツもいるかもしれないか……でも、人間という生物に限定するならば死ぬのが世の理だ。だが、俺はどうだ? 確かに心臓を貫かれた。こうして、胸に傷もある。だが、生きている……生きているんだ」


 左胸に刻まれた刺し傷を服の上から左手で握りしめながら裕は言葉を紡ぐ。

 激情しているような、悲しんでいるような……様々な感情が込められた言葉のはずなのに、声には抑揚がなく表情は相変わらずだった。


『なら……貴様は人間ではないというのか?』

「いいや……俺は、人間でありたいと思うよ」


 裕の言葉と同時に白華が振り下ろされる。

 ベルドルナは咄嗟に精霊剣デスペルタルで受け止めようとして、そこで自らの相棒から魔力が感じられない事に気付いた。

 否、剣だけではなく空気中に存在している魔力の元となる魔素でさえ感じられない。変わりに今まさに己に迫ってきている刃から途轍もない魔力を感じた。


(なるほど……ただ、お喋りをしたかったわけではないという事か……)


 こちらの呟きを聞き、わざと会話をする事で魔力から注意を背け、その間に吸収したという事に気付いたベルドルナはその身に白銀の刃を受け入れた。

 身体が倒れ始め、意識が暗闇へと誘われる瞬間にベルドルナが考えたのは亡き妻との間に授かった一人娘の事だった。

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