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軌跡

 やるしかない――裕がその判断を下すのは早かった。

 そして、契約者と繋がっている白華しろかも裕が何をしようとしているのかを素早く察し、制止の声を上げる。 


『ユウ!』

「使いどころは――今だッ!!」


 白華の言葉を遮った裕はそのまま鍔上に付けられた小さな刃物へと右手の親指を押し付け、刀身に彫られた溝へと自らの血を流し込む。

 今まであれば何も感じていなかったその行為。だが、今回は足元がふらつくという反応を身体が示す。


(コレが、白華の言っていた生命力が抜ける感覚か)


 自らの命が確実に削られたという事を自覚しながらも、裕の視線は目の前で隙を伺っている騎士へと向けられていた。


『三分だからね……』

「わかってる」


 契約者の生命力を受け取った事で刀身を紅く染め、自らも戦闘への高揚感を感じながらも白華は約束の時間を口にする。

 それに返事をしながら裕は刀身が紅く染まった白華を一振りし、身体を半身にしながらゆっくりと右腕を前に突き出すように構えた。


『刀身の色が変わったか……面妖な』


 騎士は刀身の色が変わった事を警戒しながらも応えるように手に持つ幅広の直剣を両手で構える。


『ッ!』

「オオオオオオッ!!」


 二人の間に合図などない。

 先手を取るために前動作なしで裕が飛び出し、白華を振るう。初撃よりも完璧な奇襲だったが、コレで倒れる相手ではない事は誰もが承知だった。


『むぅっ!』


 騎士は唸りながらも直剣を即座に盾のように構え、自らの眼下から迫る紅の刃をやり過ごす。

 ギャーッという赤子の悲鳴かと思えるほどに甲高い音が空間を支配し、戦う男二人の視界を火花で染め上げる。


「フッ!!」


 裕は腕力があるわけではない。

 その細腕から繰り出される一撃は相対する騎士のように数々の修羅場を潜り抜けて来た“強者”にとっては日常茶飯事以下の剣戟。

 されど、裕は騎士を圧倒していた。


『ぐぅっ……』

「オオォォオオォォッ!!」


 その理由は自らの咆哮と共に繰り出される無数の剣戟だった。

 腕力はない。だが、手数はあった。

 故に縦横無尽に紅の刀身を持つ日本刀は踊る。その命を刈り取らんと上下左右斜めの全てから死神の鎌を降らせる。


「沈めぇぇぇぇぇッ!!」

『舐めるな、若造ッ!!!!!』

「がっ!?」


 ドンッ! と裕は後ろへと吹き飛ぶ。

 視界が点滅し、全身の内臓が口から出そうな程の吐き気に襲われながらも裕は自らが騎士の左拳によって腹を殴られたのだと理解した。


『手数があれば我の首を取れると思ったか!? お前程度の手数を持つ相手ならば戦場には五万といるぞ!!』

「ぐっ……ハッ……ハァハァ……」


 騎士の言葉を聞きながらも裕は構え直す。

 さりげなく左手で自らの胸を触り、骨が数本持っていかれた事を感じながらも戦う事を放棄する事は出来なかった。

 ここで自分が倒れるという事は、仲間の命を差し出すという行為と同義だからだ。

 それに、騎士の言葉はもっともだと思った。

 裕自身この程度の手数で殺せるとは思っていない。自らの体力は既に限界に達し、今は何故身体が動いているのかさえわからない状態。

 それでも尚、この戦い方を選んだのは三分という時間制限と自らの肉体が動く時間を計算した結果どうしても短期決戦で決着を付けねばならないと判断したからだった。


「クソが……マジもんの化け物じゃねぇか……」


 口にたまった血を吐き捨てながらついでに愚痴も吐き出しつつ、思考を回す。


『残り二分』

「ああ……」


 乱れた息を無理やり整え再攻撃のために全身に力を入れ、再度踏み込んで騎士へと肉迫する。肉体は限界を超え余力を失った事と裕の命を削る戦い方での生存本能、それに加えて敵の騎士という圧倒的強者に対する防衛本能によって全てのリミッターを解除していた。

 そうなった事で発揮される身体能力は先程よりも数段に上がり、踏み込むスピードも攻撃を振る速度も何もかもが常人の目では追えない物となる。

 だが、それでも、相対する騎士は対処していく。

 一体どれほどの激戦を潜り抜けて来たのか。一体どれほどの屍を積み上げて来たのか。一体どれだけ死神を隣人としたのか。目の前に立っている男が背負っている物は、この国の女王であるリルや騎士の上司である先程から喚き散らしている小太りした男にも一割も理解する事は出来ていないだろう。

 それ程までに騎士は強く、大きく、そして真っ直ぐだった。


(クソッ……)


 勿論、裕にも完全に理解する事など出来ない。

 日本という戦いから程遠く、退屈ながらも平和な日常を享受して生きて来た人間に戦いに身を置いてきた人間の思いなど理解できるはずがない。

 紅の軌跡と銀の軌跡が二人の男を中心に広がり、縮まり、踊り狂う。

 互いに決定打はないがジリジリと裕が負う傷が増えていく。


(クソッ……!)


 だが、剣は口よりも物を言うものである。

 こうして斬り合っている裕には理解できなくとも、その途方もない騎士が歩んできた軌跡がしっかりと見えていた。


 繰り広げられていた剣戟は騎士が白華を受け止めた事で中断される。

 そのまま一歩踏み込んできた騎士によって鍔迫り合いとなった裕は、互いに相手を喰らおうと刃を嚙合わせる二つの武器を挟んだ距離で騎士と顔を合わせる。


『貴様、何故、泣きそうな顔をしている』

「――!」


 騎士の言葉に裕の肩がわずかに震える。

 無言。何も返さない。ただ、言葉を否定する事はない。


『強敵との戦いに怯えているのかと思ったが、その顔はソレとは違う。複雑な表情だ……様々な感情が交わり混沌としているのにも関わらずソコに怯えはない』

「お喋りが好きなのか? だが、まぁ……アンタは間違ってるよ。俺は怯えている」

『戦場で会話など鼻で笑う所だが、貴様とは話してみたくなったのだ。そんな表情で我と対峙する者は過去にも未来にも居ないだろうからな。して、貴様が怯えているだと?』


 そんな事はない。太刀筋を見ればわかる。と騎士は言う。

 怯えを含んだ剣は鈍り、返って己の命を危険に晒す。そういうヤツは一種の危うさがあるのだ、と。


「いいや。確かに俺は怯えているさ。ただ、ソレが自分の命に対する怯えではないだけだ」

『……なるほど。貴様は失う事を……守れぬ事を怯えているのか。ならばその表情にも納得がいく。貴様、己の無力を嘆き、何も守れない事に怯え、ソレらを超越して我のこれまでの人生を“視た”のだな?』

「……」

『なるほど。我にも経験がある。ソレは一種の境地だ。自ら死へと向かい、死神に己の首を差し出しながらも前へ進む者のみが辿り着けるものだ』


 兜の隙間から見える目は真っ直ぐに裕を貫き、そこから更に裕のこれまでの軌跡を覗き見ようと細められる。


『残り一分』


 白華の言葉を聞きながらも、現状を打開する術を裕は持ち合わせていない。

 鍔迫り合いと言っても、身長や力の関係から覆い被さられるようにして封じ込められているような物であり、距離を取ることさえ許されていない。

 押し返す事が出来るのが一番いいがそんな余力は残っていない。

 黒龍布こくりゅうふを解けばチャンスくらいは作れるかもしれないが、両腕が封じられて顔も動かせない状況では無理だ。

 そもそも、黒龍布は凍華とうかが手元になければ左腕に貯蓄されている魔力が制御出来ずに暴走し、身体が爆散する恐れもあるためにどっちにしろ使えなかった。


 残り時間も少なく焦る思考の中で答えを求めて過去の事が色々と思い出されていく。

 そんな記憶の旅行で裕は龍剣山で学んだ三つの格闘技を思い出した。


 一つはカウンターに適した“アルテナ式格闘術”

 二つ目は人を殺す事に適した“帝国式格闘術”

 三つ目は捌く事に適した“古龍式格闘術”


 今の状況で使えるのはアルテナ式と古龍式の二つ。

 その中で裕はアルテナ式格闘術を選択した。


「う……オォッ!!」

『むっ!?』


 わざと後ろに倒れる事で覆いかぶさるようにしていた騎士は打って変わって前のめりに倒れるようになる。

 戸惑う騎士の懐に潜り込んだ裕は白華を手放し、身体を回転させ騎士の右腕をしっかりと掴み投げ飛ばした。


 要は、背負い投げである。


 鎧と体重で本来ならば投げられないはずの騎士を投げ飛ばせたのは、極限状態でリミッターが外れていた事が大きい。


「――ッ!!!」


 騎士が受け身を取り、立ち上がる時には裕は白華を回収して走りだしていた。

 未だ体勢を整え切れていない騎士は対応が遅れる。


 そして、その紅の刃は騎士の首へと吸い込まれていき――


『時間切れです……』


 ――薄皮一枚斬った所で白華の言葉と共に止まった。


『まさか、アルテナ式格闘術を使われるとはな……だが、時間は我の味方をしたか。だが、勝ちは勝ちだ。戦場ではままある事……』


 倒れ行く裕の首を左手で捕まえた騎士はそう言いながら右腕を突き出した。


『さらばだ、若き剣士よ――』


 幅広の直剣は、そのまま何に抵抗される事もなく裕の左胸を貫いた。

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