娘という存在
幼女を目の前にして、俺は呆然としていた。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「パパ、だいじょうぶ?」
「はっ!? あ、あぁ……あまり大丈夫じゃないけど……」
異世界に召喚されて、自分だけ違う場所に飛ばされて、なんか前世の自分と殺しあって……。
目が覚めたら娘が出来てましたとか、美咲になんて言えばいいんだよ。
「とりあえず、説明をしてもいいですか?」
凍華が説明役を買って出てくれるらしい。
「ああ、頼みたい」
「では、あちらでお茶でも飲みながらお話しましょう」
指が差されたのは、俺がここに来た時も使った椅子とテーブルだった。
促されるままにそこまで移動して、椅子に座ると幼女がさも当たり前のように俺の膝の上に座った。
「あらあら、本当に兄さんの娘さんみたいですね」
そう言って笑う凍華。
笑いごとじゃないんだけどな……。
「むぅ……パパはパパだもん!」
どうやら、幼女は凍華の言い方に不満があったらしく俺に抱き着いてくる。
それを困った顔で俺を見てくる凍華。
俺にどうしろって言うんだよ……。
「……」
とりあえず、頭を撫でてみるとそれが嬉しかったのか気持ちよさそうに目を細めて俺の手に擦り寄ってくる。
「えーっと、凍華も悪気があったわけじゃないんだ。許してやってくれ」
「とうか……?」
幼女は俺の言葉を聞いて、凍華のほうを見る。
見られた凍華が微笑むと幼女もにへらぁと笑った。
「かわいいですね」
「ああ、そうだな」
どうやら、凍華は子供好きらしい。
「とうかおねえちゃん!」
「うっ!?」
幼女が放った言葉によって凍華は苦しそうに胸を押さえた。
「大丈夫か?」
「はい……あまりの可愛さにちょっと……」
あぁ……精神攻撃とかじゃなくて……あいや、精神攻撃の一種なのか?
まぁ、凍華はこの幼女にもうメロメロらしい。
凍華がお茶を用意している間、俺は幼女の頭を撫でていたが本気で撫でられるのが気に入っているのか、ずっと気持ちよさそうに目を細めていた。
「兄さん、どうぞ」
「お、ありがとう」
そんなことをしている間にお茶の用意ができたらしく、俺の目の前にお茶が入った湯飲みが置かれる。
どうにか、俺も落ち着くことができた。
「とうどおねーちゃん、わたしのはー?」
俺がお茶を飲んでいるのが気になったのか、幼女は両手を伸ばして凍華におねだりをする。
「に、兄さん……どうしましょう?」
にへらぁとだらしない顔をした凍華が俺に聞いてくる。
「どうして、俺に聞いてくるんだよ……何か、ジュースとかないのか?」
「それは、兄さんの娘ですから。そうですねぇ……あっ! アレがあったような……」
だから、娘じゃないって。
そもそも、誰との子供だよ。
そう言おうと思ったが、凍華は目をつぶって集中しているようだったので言わないでおく。
「えいっ!」
掛け声と共に凍華は何もないところからコップを取り出した。
「え? 今、どこから出したの?」
考えてみたら、俺が今飲んでいるお茶とかも一体どこから……?
「それは、追々説明しますね。とりあえず、これを……」
幼女の前……というか、俺の膝の上に座っているから俺の前にコップが置かれる。
中身を見てみると、紫色の謎の液体。
匂いは甘いが……コレ、飲んで大丈夫なのか?
「ありがとー!」
幼女はちゃんと凍華にお礼を言ってコップを持った。
ふむ、ちゃんとお礼が言えるとはいい子だな。
「兄さんも顔が親ばかっぽくなってますよ」
「そんなバカな……それで、説明をしてほしいんだが」
幼女が謎の液体をおいしそうに飲んでいるのを横目に凍華に説明を求める。
「あ、はい。まず最初にですけど、この子は人間ではありません」
衝撃的な事実すぎるだろ!
え? 俺の子(幼女自称)なのに、人間じゃないの?
「私と同じ……魔刀ですね。しかもランクは私よりちょっと低いくらいなので相当な潜在能力を秘めていると思います」
「えぇ……こんな小さい子なのに、凍華と同じくらいの力があるのか」
俺は前世の記憶を若干思い出したことで、凍華がいかに強い武器であるかを知っている。
そんな凍華とほぼ一緒のレベルの幼女とか、想像できねぇ。
「そもそも、全ての魔武具が人化できるわけではないですよ? 保有する魔力量が多く、全てのステータスが高い魔武具だけが人化できるんです」
ほぉん……。
魔武具にもランクがあるんだなぁ。
「それで、その子ですけど……確かに兄さんの魔力を感じます。ただ、それと同じくらいに誰か違う人の魔力……そう、桜さんに近い魔力も感じるんです」
桜とは、俺の前世である純が守ろうとした女性か。
まさか、俺と桜さんの子? とか思ったが、近いというだけなら違うだろう。
「それが誰かはわかるか?」
「いえ……残念ですが、知らない魔力ですね」
凍華でもわからないという事は、この世界に存在していなかった者の魔力かもしれない。
桜さんと近いという事は、もしかして美咲とか?
「いや、まさかな……」
ありえないわけではないが、可能性は極めて低いだろう。
なんせ、桜さんが転生しているとも限らないし、していても俺の幼馴染とかどんな確率だよ。
「それで、恐らくですがその子は兄さんの魔力とその人の魔力が合わさった事で生まれたんだと思います」
「そんなことがあるのか?」
魔武具ってそんな簡単に出来るものなの?
「前例がないわけではありません。魔武具とは一般的には最高の出来で作られた武器に精霊が宿って長い年月が経って魔武具になると言われています。ですが、強力な魔力が高密度でぶつかり合ったりした時に極々稀に魔武具が形成されるという話もあります」
「そんなに魔力を出したっけ?」
「出しました。兄さんとお兄ちゃんが戦ったあの最後の時に兄さんの全魔力と桜さんの魔力石とお兄ちゃんの全魔力……その他様々な魔力が超高密度でぶつかり合っていましたよ」
なるほどなぁ……。
俺にそんな魔力が存在しているのかはわからないが、前世で勇者を全員殺した俺と魔王の妻とまで呼ばれた女性が圧縮した魔力石がぶつかれば相当な密度になるだろう。
「だから、その子は確かに兄さんの子供なんです」
改めて言われて幼女を見ると、幼女は何の話をしているのか理解していないようだったが俺が見ているという事に気づいた瞬間にこちらを見上げ、にへらぁと笑った。
正直、かわいい。
「そうか……なぁ、名前とかあるのか?」
幼女に聞いてみると、幼女は首を傾げた。
「兄さん……先ほど生まれたばかりなんですから、名前なんてないですよ」
「そうなのか」
「はい。ですから、つけてあげてください」
えぇ……。
名前考えるの苦手なんだよなぁ。
「あなたも、名前が欲しいですよね?」
凍華が幼女に聞く。
「ほしい!」
幼女は俺に対して期待に満ちた目を向ける。
「名前……名前……桜花≪おうか≫とかどうだ?」
桜柄の着物を着ているからというすごく単純な理由だった。
「おうか……うんっ! おうか!」
「どうやら、気にったみたいですね。改めて、よろしくお願いします、桜花ちゃん」
「んっ!」
ふぅ……。
何とかいい名前が考えられてよかった。
「桜花は、刀になれるのか?」
「ん~……んっ!!」
俺が尋ねると、桜花は少し考えた後に体に力を入れた。
すると、桜花の体が光って光が収まった時には、俺の膝の上には一振りの小太刀が置いてあった。
「どうやら、なれるみたいですね」
「そうだな」
俺は小太刀を持ち上げる。
鞘の柄は桜花の着物と同じく黒塗りに桜の花びらの模様。
柄の先端には、凍華のように鈴が付いていたが数は一個だけだった。
「綺麗ですね。少し、うらやましいです」
「俺は、凍華も綺麗だと思うけどな」
「なっ!!」
俺が言った言葉に凍華は顔を真っ赤にして……刀になった。
「いやいや、なんでだよ」
刀となった凍華を持ち上げる。
『すいません……ビックリして刀になってしまいました」
え、ビックリすると刀になるの?
てか、凍華の鞘をよく見たことはなかったけど、白塗りに氷の結晶の模様が水色で入っていたんだな。
「とりあえず、凍華は人型に戻れるか?」
『いえ、すぐには戻れないんです』
「わかった。じゃあ、腰に差しておく」
制服のベルトと一緒に凍華を指す。
落ちる心配はなさそうだな。
「さて……」
俺は、桜花を左手に持ち替えて右手で柄を握る。
「なんだかわからないけど、緊張するな……」
そのままゆっくりと鞘から引き抜くと、刃のほうが黒く峰のほうが白い刀身が出てきた。
「ん? 普通の刀と色合いが逆なのか」
光にあててみたりと観察していると、俺はあることに気づいた。
「桜花? 大丈夫か?」
『……』
そう、桜花が先ほどから喋っていないのだ。
まさか、刀になった事で何か問題が……?
『兄さん、桜花ちゃんなら寝ていますよ』
思わずズッコケそうになったが、どうにか踏み止まった。
ま、まぁ、寝ているだけならいいんだ。
「さて……」
桜花を鞘に納めて、凍華と同じく左腰に差す。
普通の刀と小太刀って、何だか武士みたいだな……とか、一人で思っていると凍華から呼ばれる。
『兄さん、これから先はどうしますか?』
「これからか……」
俺は色々考えてから、答えを出した。
「とりあえず、美咲に会いに行くか」
あいつ、俺がいなくてもちゃんとやれているのだろうか。
それだけでも、確認しに行かないとな。
俺はそう思って外を眺める。
『兄さん、王都は逆側ですよ?』
凍華よ、そういうのは今言わなくてもいいんじゃないかな……?
 




