後ろと前を歩く者
必死に刀を振った。
その手から零れ落ちていく命を何度も見た。
自分の名前を呼びながら腕の中で息を引き取る仲間たちを何回も見送った。
燃える街を何度も見た。
それでも、歩みを進める事を止めない。
それでも、手を伸ばす事を止めない。
それでも、刀を振るう事は止めない。
例え、この世界で“裏切り者”と罵られることになろうとも――。
―――――――――――――――
「――ッ!!」
布団を跳ねのけて俺は飛び起きる。
嫌な夢でも見ていたのか呼吸は乱れ、背中は寝汗でびっしょりと濡れていた。
「ここは……」
室内を見渡す。
決して豪華ではないにも関わらず、置かれている家具の数々はどこか威厳のような物を感じさせる部屋……あぁ、ここは俺に割り当てられた部屋だ。
昨日、あの王女と話した後にここを与えられ、部屋から出る事を禁じられたために早めに寝たんだった。
「んぅ……」
ふと、俺以外の声がした方を見てみれば、そこには白華がいつも通りのゴシックな服装で寝ていた。
なんで俺と同じベッドで……いや、確かにこの部屋にベッドは一つしかないけど昨日寝るときに壁に立て掛けて置いたよな?
「……」
起こそうかとも思ったが、何となくそのままにしておく事にした。
「しかし、さっきの夢はなんだった?」
何か、夢を見ていたのは確かだろう。
具体的に言えば誰かの人生を、その壮絶な軌跡を垣間見た気がするがどういった内容だったかは一切思い出せない。
「思い出せないものは仕方ない。それに、夢ってそういう物だしな」
夢の内容が思い出せない事なんて珍しい事じゃないと割り切ってベッドから降りて身体をほぐす。とりあえずは寝汗で気持ち悪いから着替えたい。
「あ……」
だが、そこで思い出した。
俺の衣服類は全て凍華が管理しているという事に。
「しまったな……今の俺は何も持ってないじゃないか」
とりあえず、何かしらないかと部屋の中を探してみるとタオルだけ見つける事が出来た。
なぜ、タオルだけ……?
まぁ、身体を拭くのに問題はないと判断して上着を脱ぐ。
その過程で左手がカチャリと音を立てる。
「……」
黒い布――黒龍布で包まれた左腕は本来ならば存在しないものだ。魔王に切り落とされた腕の代わりに凍華が構成してくれた仮初の物。
そして、その腕は膨大な魔力を内包しており、黒龍布を巻いておかなければ俺の寿命を食らいつくすといういわくつきの物でもある。
「我ながら、人間離れが甚だしいな」
ステータスを捨て、龍神の血を取り込んだ時点である程度は自覚していたがこうして落ち着いて自分という存在を見返してみると本当に人間からかけ離れてしまったと思う。
「ん……?」
ふと、背中に暖かさを感じて振り返ってみればそこにはいつの間に起きたのか白華が抱き着いていた。
「白華?」
「ここ、傷がある」
「あぁ……」
白華が指で触れたわき腹には刺し傷がある。
「コレはゴブリンに刺された所だな」
あの時は翠華が治療してくれたが魔力不足なせいで傷跡だけはくっきりと残ってしまった。
普段は服を着ているからすっかり忘れていた。
「痛い……?」
「いや? もう治療した後だしな」
よくよく見てみれば俺は傷跡だらけだった。
全てこの世界に来てから負った傷であり、全て俺の実力不足のせいで負った傷でもある。云わば、忌々しい思い出というやつだ。
「むぅ……」
「そんなふくれっ面でどうしたんだ?」
「その時に私が居たら、絶対に傷なんて負わせなかったのに」
それはどうだろうか?
仮にあの時に白華が居たとしても、片腕しかなかった俺にはどうしようもなかっただろう。それに、あの時には二刀流で戦う技術なんてほぼなかった。
だが、そう言っても白華は納得しないだろう。
「なら、これからは大丈夫だな」
「んっ! 私がユウを守る」
「期待してるよ」
白華の頭を撫で、満足そうに目を細めるのを見てから上着を再度着る。
未だに湿ってはいたが多少はマシになっただろう。
「さて、どうするかな」
「外に出てみたら?」
「いや、見張りがいるだろうし、言った所で素直に出させてくれるとは思えないんだが……」
「今は誰もいないみたいだよ?」
白華に言われて気配を探ってみれば、昨日までは確かに扉の前に居た見張りが誰もいなくなっている事に気付いた。
「……ちょっと、冒険でもしてみるか」
どうせこの部屋に居た所で暇だからと、俺は置いてあったマントを羽織り刀状態となった白華を左腰に差して部屋を出る事にした。
部屋を出て少し歩いた所で俺は気付いた事がある。
「人の気配が全然しないな……」
そこでふと気づく。
人の気配どころか、凍華達の気配さえ感じないという事に。だが、それだとおかしい。もしも気配が辿れないくらいに遠くに行っているのだとしたら、俺は目が見えなくなるし腕も動かなくなるはずだ。それが彼女たちと契約した際に払った対価なのだから。
それに、こういう現象に襲われるのは初めてのことじゃない。
「追跡者、そこに居るんだろ?」
俺がそう言うと、柱の後ろから黒地のゴスロリを着た灰色の髪をツインテールに纏めた少女が出て来た。
「やぁ、こうして会うのは二度目だね?」
「……」
「おや? だんまりかい? 折角、こうして久しぶりに再会出来たというのに冷たいじゃないか」
「お前と親しい仲になった記憶はどこにもないけどな」
「くっくっく……確かに、そうだね」
追跡者は何が楽しいのか笑いながらその場でクルクルと回る。
それを眺めながらそっと左腰に差している白華の鞘に手を添える。
「やめておいた方がいい。僕と斬り合ったとしても何の意味もないよ。そもそも、この事態を引き起こしているのは僕じゃないよ。大体、僕がこんな中途半端な人払いをするわけないじゃないか。誰がどこに行ったか丸わかりだしね。あと、系統が違うよ系統がさ」
ぶつくさとどこか不貞腐れるように言った追跡者は「まぁ、それはいいか」と今度は笑顔を俺に向けて来る。
口元が三日月のように吊り上がったその笑顔はどこか獲物を前に興奮を抑える猛獣のように感じ、俺は背筋が薄ら寒くなるのを感じる。
「さて、君はまだこの現状を正しく理解できていないと見える。そこで、どうだろう? また、あの時みたいに僕が色々とアドバイスしてあげようか?」
「……お断りだ」
「ありゃ? いいの? このままじゃ、君の大切なお仲間は助からないよ?」
挑発するような眼に俺は負けじと睨み返す。
お仲間というのは間違いなく、佐々木のことだろう。
「アイツの傍には凍華達が居るはずだ。ある程度のことはどうにでもしてくれるだろ」
「コレは驚いた。君はそこまで彼女たちを信用しているのか。でも、ソレは残念ながら高望みしすぎという物だよ。いいかい? 魔刀にとって一番大事なのは主。その次に大事なのは自分。つまり、彼女の優先順位は途轍もなく低いんだよ。魔刀は君が思っているほど優しくはない」
「……、」
「あぁ、なるほど。君はつまり“また失う”のが怖いわけか」
「なんだと?」
「なに、恥ずかしがる事はない。自分の大切な記憶が消えてしまうというのは誰でも恐怖することだよ。しかも、一体何の記憶が消えてしまったのかという事は自分ではわからないんだ。それでもどこか消失感だけは残る。コレを怖がらない人間なんて人間じゃないよ」
ま、そんなヤツも居たけどね。と追跡者はコロコロと笑う。
そして、その場で一回転してから俺に背を向けて右手を上げた。
「でも、君が仲間の命よりも自分の記憶が大切だと言うのならばこれ以上言う事はない。それに、君が予想外の道を歩む方が僕としても面白いしね」
「……、」
「じゃあ、またね、だ。僕は追跡者。君が歩いた道を辿り、これから君が歩くであろう道を先に歩く。君が見て体験した事を僕も見て体験し、君が見て体験する物を先に見て体験する。これからの君に期待しているよ」
追跡者はそう言ってその場から消える。
俺は、ヤツが立っていた場所をその場で睨みつけた。
久しぶりの更新となってしまいました。
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