スキルを扱うということ
迫りくる刀を俺はボーっと見ている事しか出来なかったが、俺の身体はそうではなくほぼ自動的に動いていた。
左手を地面について、体を後ろに滑らせ相手の刀をやり過ごした後、一気に立ち上がって刀を構える。
あぁ、この動きを俺は知っている。
さっき見た前世の記憶で、目の前の男がやっていた。
『兄さん、大丈夫ですか!?』
凍華の声で俺は正気に戻る。
何を俺はボーっとしていた?
どうして、相手が俺の前世だというだけでここまで俺は……。
「どうやら、自分でレジスト出来たみたいだな」
「なに……?」
純の言葉に俺は首を傾げる。
レジスト? 一体、何を……。
『兄さんは【状態異常:混乱】に掛かっていたんです。おそらく膝をついた時に仕掛けられたのでしょう。すみません、気づきませんでした』
「いや、凍華の声がなかったらレジスト出来なかった。ありがとう」
俺は礼を言ってから、凍華を構える
「ふむ……ところで、お前は疑問に思っているんじゃないか?」
さぁ、いつでも来い! と思って構えた俺を見た純は刀を下ろして俺に話しかけて来た。
『気を付けてください。お兄ちゃんはあの状態からでもノーモーションでこちらを斬る事が出来ます』
わかっている。
コイツ相手に少しでも油断したら、俺はすぐに死ぬ。
だが、純の言葉は気になる。
「どういう事だ?」
結果、俺は構えを解かずに会話をする事にした。
「お前が居た世界は、刀を普通に振るうような環境だったのか?」
「いや、そんな事はない。いたって平和な国だったよ」
「そうか。なら、なんでお前は……刀を自在に振れている?」
そう、それは俺がずっと疑問に思っている事だった。
どうして、俺は振るった事のない得物でここまで戦えているのか。
「教えてやろう。それは、お前のスキルに【スキル:刀剣術】があるからだ」
「どういう事だ?」
「そのままの意味だ。お前は刀剣術のスキルを持っているから、そこまで刀を自在に振るえる」
「それじゃあ、何か? この世界ではスキルさえあれば誰でも武器を自在に扱えるって事か?」
俺の疑問に純は首を振るう。
「スキルにはランクがある。使い込んだだけ上がるランクがな。通常ならばお前はこの世界に召喚されてすぐだから、スキルランクはⅠってところだろうしそんなに扱う事はできない」
「なら、なんで俺はこんなに戦えるんだよ?」
「まぁ、待て。いいか? 普通のスキルだったら、そこまで戦えないんだ。だが、【スキル:刀剣術】は普通のスキルではない」
男はそう言って凍華を見つめる。
「まず、【スキル:刀剣術】とは元々はこの世界に存在していないスキルだ。コレは過去に召喚された勇者のためだけに当時の神が作った謂わばエクストラスキルに分類されるスキルなんだよ。そして、エクストラスキルにはランクは存在しない。習得したその時からMAXなんだよ」
なんだそれ、チートじゃないか。
「だが、おかしくないか? ランクがないなら、一体何がどうやって扱い方を知れるんだよ?」
そうだ。
普通の武器スキルなら、使っていくうちに熟練度や経験が蓄積されて扱い方を知る事になる。
だが、ランクがないこのスキルはどうやって扱い方を知る事になるんだ?
仮に刀を振るうことが出来るというだけのスキルなら、俺がここまで戦えている理由にならない。
「エクストラスキルには、固有特性がある。それは、術者が違くてもスキル自体が経験を蓄積していく事だ」
「それは、どういう事だ?」
「刀剣術スキルを持っていた人間はこの世界でお前を除いて二人。お前はその二人の経験を刀剣術限定で受け継いでいるという事だ」
じゃあ、俺は二人の経験のお陰でここまで戦えているのか。
「だが、エクストラスキルには欠点がある」
「欠点?」
俺が疑問を口にすると、純はニヤリと笑う。
「刀を振れるのと扱うのは違うという事だ」
来るっ!
そう思った瞬間には、純は俺の目の前に居て刀が丁度下から振り上げられるところだった。
だが、俺の身体は反応していてその刀を凍華を振るう事で受け止めようとする。
「なっ……」
俺が振るった刀は何にも当たらなかった。
理由は簡単で、純がいきなり一歩下がったのだ。
そうわかった時には俺は腹に走る鈍痛と共に後ろに吹き飛んでいた。
「まぁ、こんな感じだ。お前はスキルを扱っているわけじゃない。スキルに振り回されているんだよ」
「ゲホゲホッ! なるほど、な……」
凍華を地面に突き刺すことでようやく止った俺は、そう返事をしてから再度刀を構える。
「振り回されているだけじゃ、動きが一方的になるし何より読まれやすい」
純も刀を構える。
「だから、自分の意志で使いこなしてみろ」
俺は、そんな純を真っ直ぐと見ながらスキルを使いこなすことを当面の目標とした。
あれから、どれだけの時間が経っただろうか?
数分かもしれないし、数年かもしれない。
それだけの時間を俺は純と切り結んでいた。
「ふむ……」
いまだに純には一撃も入れられていないが、どうにか自分の意志でスキルを扱えるようにはなってきた。
「ある程度は、スキルを使えるようになってきたか。まぁ、まだ振り回されているところもあるが……とりあえずは及第点と言ったところか」
純はそう言った後に懐から水色の石を取り出した。
「俺にも時間がない。だからコレが最後だ」
『兄さん! アレはまずいです!」
純と凍華の言葉が重なる。
「まぁ、死なないでくれよ」
純が水色の石を握ると、石は光り輝く。
何をするのかと見ていると、純はその石を自分の刀に叩きつけた。
バギャンッという石がくだける音と共に純の周りに魔力が吹き荒れ始める。
『アレは【スキル:魔力石付与】です』
魔力石付与?
『魔力石は知っていますか?』
「ああ。魔力を圧縮して作る石だよな?」
『大体はそれで合ってます。そして、あのスキルは魔力石の魔力と自分の魔力を練り合わせる事で一時的に膨大な威力を持った攻撃を可能にしたお兄ちゃんオリジナルのスキルなんです』
おぉう。
オリジナルスキルとかも作ってたのか。
『ちなみに、アレほどの魔力を使った一撃が放たれた場合、私たちはおろかこの空間さえも破壊し尽くします』
「絶体絶命か……」
冷や汗が流れるのを自覚しながら、俺は凍華に打開案はないかを聞いてみる。
『そうですね……こちらもアレと同じだけの魔力石付与をすればどうにかなるかもしれません』
「でも、俺はそんなスキルを持ってないぞ?」
『兄さんはお兄ちゃんの現世なので、どうにかなるとは思います。ただ、魔力石がありません……」
凍華は冷静に話しているが、言葉の端々から焦りを感じる。
「……魔力石なら、ある」
俺は、ポケットから黒い魔力石を取り出す。
『その魔力石は……!? まさか、桜お姉ちゃんの……』
「誰の魔力が込められているのかはわからない。運命の女神にもらった物だからな」
問題は、俺がコレを使うことが出来るかどうかだ。
美咲――お前に会うまで俺は死ねない。
だから、力を貸してくれ。
そう願いながら、俺は左手に握った魔力石に魔力を流し込み始めた。
魔力操作は前世の記憶で純がやっている所があったから、それを真似してみたらできた。
問題は、俺の魔力がグイグイ持ってかれているという事だ。
「これ、俺の魔力足りるのか……!?」
体が震え始め、徐々に力が入らなくなっていく。
『兄さん、あとちょっとです!』
凍華の声さえもどこか遠くに――。
あ……ダメだ……。
意識、が……。
「裕君――」
「――っ!!」
意識が覚醒した。
前を見ると、純は驚いたような顔でこちらを見ていた。
「最後に一撃は入れられそうだ」
俺は、左手に握った輝く魔力石を凍華に叩きつける。
「うおおおおおおおおっ!!」
俺は、黒と白の線を引きながら純に向かって走り出す。
純は俺が間合いに入るのと同時に刀を水平に振るう。
――避けろっ!!
俺はそれをしゃがむことで回避し、それと同時に鞘に凍華を納める。
「あばよ……前世の俺!【抜刀スキル:一ノ型夜桜】!!」
右足で踏み込むのと同時に俺は凍華を一気に抜き放った。
一閃。
黒い魔力が世界を埋め尽くすのと同時に銀色の線が大量に空中を舞う。
まるで、桜の花びらが夜空を舞うように。
「あぁ、因果な物だな」
背後から聞こえる純の声はどこか落ち着いていた。
「綺麗だ……【抜刀スキル:一ノ型夜桜】だったか? それは、お前が生み出したオリジナルスキルだ」
「そうなのか」
「ああ……俺でも見たことがない」
「……なぁ、なんで魔力石付与を途中でやめたんだ?」
そう、純が刀を振った時、魔力石付与は発動していなかった。
「……この魔力を見たら、思い出したんだよ。それで、制御をミスっただけだ」
純が言っている魔力とは、この黒い魔力の事だろう。
「愛する者を手に掛けた罰か……本当、因果なものだ……」
「なぜ、俺を鍛えた?」
「……俺が、後悔したからだ。お前は最後まで……守れよ」
その言葉を最後に、純は喋らなくなり俺の視界は真っ白な光に飲まれた。
「あぁ……デジャヴだ」
目を開けると、凍華が俺の顔を覗き込んでいた。
後頭部に感じる柔らかい感覚から、膝枕をしているのだろう。
「おはようございます、兄さん」
「……凍華は、全部知っていたのか?」
何を、とは言わない。
「はい。兄さんが女神様の所に行っている間にお兄ちゃんから聞いておりました。隠していて申し訳けございません」
「いや、いいんだ……」
とりあえず、美咲に会いたい。
てか、なんかもう疲れた。
ゆっくり寝たい。
そう思って目を閉じようとすると、遠くから声が聞こえて来た。
「パパ起きたー?」
ん……?
パパ……?
「……っ!!」
俺は全力で意識を覚醒させて、飛び起きる。
「あっ、パパ起きたー!」
体を起こして目に入ったのは、困った顔で笑う凍華と……。
「え、だれ?」
灰色の髪をして、黒地に桜の花びらの模様が入った着物を着た幼女だった。
「どうやら、生まれてしまったみたいです」
凍華の言葉に、俺は更に絶句した。
 




