狼神戦③
色々とありまして、更新が遅くなってしまいました。
大変、申し訳ございません。
身体が酷く重い。
こうして、立っているのもやっとと言える程の倦怠感に包まれながらも、俺は白華から手を離したりせずに、むしろ身体から力が抜けるのを利用して狼神にもたれかかるようにして体重を更に掛けて行く。
白華は既に鍔付近まで狼神に刺さっており、これ以上刺さる事はないがそれでも多少のダメージ増大は狙えるだろう。
白華の刀身を伝って、俺の右手に狼神の赤い血が垂れてくる。ソレはどこか生暖かく、手に感じているだけで不快に思えた。
「なるほど……確かに、我が望んだ技だ」
「……ッ!」
正直、コレで殺せたとは思っていなかったが、ここまで普通に喋られると反応に困ってしまう。
まるでダメージを受けていないかのように喋った狼神は、そのまま白華の鍔を右手で掴むと俺ごと押し出した。
体重を掛けていたにも関わらず、あっさりと押し出された俺は刀身を紅く染めた白華ごと後ろへと下がる事になり、身体の倦怠感も相まってたたら踏む。
「ぐッ……!!」
立っていられない。
だが、ここまで倒れるわけにもいかない。
「オォッ……!!」
口から気迫を漏らしながらも、両脚に残っている力を全て動員してどうにか身体を支える。
飛ばされた時みたいに凍華を支えにするという選択肢もあったが、今の俺では動かす事さえ困難だ。
「倒れぬか……大した気力だな」
狼神が傷を負った場所を数回擦る。すると、傷はあっさりと無くなってしまった。
俺が決死の覚悟を決め、全ての力を出して与えた一撃だというのに、コイツには一切のダメージは無かったのだろう。
その事に奥歯を噛みしめながら、次の一手を考える。
(どうする? ……どうする!? 今の俺ではもう刀を振るう力さえ残っていない。まさか、変則二刀流の技がここまで力を消費する物だとは思っていなかった……! 今の俺では一発で限界か……いや、それよりもこの状況をどう打開すればいい? 今、アイツが攻めに転じてきたら、捌く事は不可能だぞ……)
思考を高速で回しながらも、打つ手がない事に気づくだけで焦りが増大する。
何か手は……今の状況を打開し、アイツを倒し、勝利するための手は――。
「……」
ふと、そこで視界に左腕が写る。
黒い……全ての光を吸収するかのような黒を携えた布に包まれている左腕。コレは黒龍布と言って、凍華が進化した際に得た強大な力を制限するために龍剣が作り、椿さんが巻いてくれた物だ。
凍華が進化した事で得た力はとてつもなく強大であり、振るえばどんな相手にも勝利する事が出来ると思わせる程の物だった。
だが、この世界には【強大な力はそれ相応のデメリットがある】というルールがある。そのせいで、俺はこの力を振るう代償として“寿命”を高速で消費していく事になる。
人間の寿命など、せいぜいいいとこ80年程だ。
高速で――というのがどれほどの速度なのかはわからないが、俺は既に一回この力を振るっているからあまり多くは残っていないだろう。
「だが……」
だが、やるしかない。
生き残るため、佐々木を救い出すため……美咲を取り返すため。この力は今振るわなくてはならない。
「ぐっ……!!」
力を振り絞って、左腕を動かしてその結び目を口に咥える。
あとは、左腕から力を抜けば自動的に結び目が解けるだろう。
《兄さん!?》
俺が何をしようとしているのかを察した凍華が慌てたような声を出すが、ソレを無視して狼神を睨みつける。
狼神は何かを考えるような……それでいて、俺を見定めるような目をしていた。
「死ぬ気……ではないようだな。なるほど、この状況を打開するためにはソレしかないと考えたわけだ。それに、お主はその力を使ったとしても必ず生き残るという強い意志もある」
だが――狼神がそう発した時には、既に俺の視界にはその姿が写っていなかった。
ぬかった。先手を相手に取られたと思って急いで結び目を解こうとした時、俺は強い衝撃を後頭部に受けた。
「ガッ……!?」
その勢いで口から結び目が外れ、それどころか辛うじて立っている状態だった俺はそのまま、前のめりで地面へと倒れた。
「それを使った所で、我には勝てぬし……何より、ここよりももっと違う場所でその力を振るってほしいのでな」
意識を失う直前、狼神の言葉だけが耳に届いた。
「――ッ!!」
意識が覚醒する。
急いで目を開け、起き上がろうとするが身体はいう事をきかない。
「あ……動いちゃダメだよ」
「さ、佐々木……?」
声がした方に目を動かしてみれば、顔を覗き込むような体勢で佐々木が隣に座って居た。
「無事……だったのか」
「うん……ごめんね。私のせいで、色々と……」
歯切れが悪い声。
恐らく、謝りたい事が多すぎて何から謝ったらいいのか自分の中でも整理できていないのだろう。
「いや、無事なら、それでいい……」
だが、佐々木が謝る事なんて何一つない。
俺は、あそこで見捨てる選択だって出来たはずなのにそれをしなかった。つまりは、この結果は自分からやった事なのだ。
「どうして……助けに来てくれたの?」
「……」
その疑問になんと答えればいいか一瞬迷ってしまう。
どうして、俺は佐々木を助けたのだろうか。あの時は、仲間だからと思ったが本当にそういう理由なのだろうか。
「……美咲が悲しむからな」
「そっか……」
「ああ」
結局、俺の口から出て来た答えはそんなものだった。
お互いに無言の時間をしばらく過ごし、俺はふと気になった事を聞く事にした。
「そういえば、ここはどこだ……? あれから、何がどうなった?」
視線が真上に向いているという事は、俺は仰向けに寝かされているのだろう。それに、視界には佐々木以外にも俺達を暖かく包んでくれるような光も映っている。
「それは、我から話そう」
「――ッ!」
突如として聞こえて来た狼神の声に、思わず身体を起こそうとしてそれを嫌がるような鋭い痛みに、声が出なくなる。
「動くではない。身体に相当ガタが来ている故にな。それ以上、無理に動かそうとすれば確実に身体のどこかに異常が出るぞ。なに、取って食おうなどとは思っていないから安心してほしい」
殺し合いをした相手に何を――そう言おうと思ったが、止めた。
よくよく考えてみれば、コイツからしたら俺と殺し合いをしていた気なんて一切ないだろう。終始、俺はコイツのペースに乗せられていたし。
「さて、ここはお主と戦った山頂にある大樹の根元だ。お主が気を失ってからかれこれ4狼ほど経っているな」
「4狼……?」
聞き覚えの無い単語に思わず首を傾げると、狼神は「あぁ……」と小さく声を出して溜息を吐いた。
「やれやれ。人間に通じないとは中々面倒だな。お前たち風に言えば4時間、といった所だな」
「……」
どうやら、コイツが俺を殺す気はないというのは本当らしい。
もし、殺そうと思っていたのなら4時間も意識がない相手を放っておく必要性がどこにもないからだ。
「お主の身体は先ほども言った通り、相当なガタが来ておる。まぁ、我とあそこまで戦ったのだから無理もないがな……いや、それ以前に我の眷属と戦ったせいでもあるか」
「眷属……そういや、アイツらはお前と契約したんだったな」
「うむ。忠義に厚い者達であった」
それは、嫌という程に良く知っている。
アイツらは、かつて自分達が仕えていた国を再建するために戦っていた。俺はそういうのに詳しくないが、やり方は間違えていた気がするけど。
そういえば、凍華達は今どこにいるんだろうか? 周囲の気配からして目に見える場所にはいないのはわかるんだが。
「魔刀達を探しているようだな。なに、心配はいらぬ。彼女たちも疲弊していたようなので、羽を伸ばしてもらっている所だ」
狼神の言葉を鵜呑みにする事は出来なかったが、寝華というコイツと過去に契約した魔刀がいるから、悪いようにはしないだろう。
もし、しようとしていたら佐々木が止めるだろうし、凍華達も俺を無理矢理にでも起こそうとするはずだ。
「そうか……」
「さて、お主は魔刀と契約しているために回復力が高い。それ故に、明日の明朝には動けるようになっているだろう。しかし、失った体力や深い傷までは癒えはしない。今は、しっかりと休み事だ」
狼神はそう言い残して俺に背を向ける。
だが、その背に待ったを掛けた。俺には、どうしても聞いておかなければいけない事があるからだ。
「待ってくれ……どうして、俺をそこまで助ける? お前からしたら、俺はそこまで価値がある人間ではないはずだ」
俺の言葉に、その歩みを止めた狼神は一瞬だけ考えるような仕草をし、その顔だけを肩越しに俺へと向けた。
黄金色の瞳が、真っ直ぐに俺を貫く。だが、ここで目を逸らすわけには行かないと気合いを入れて睨み返す。
「……やはりな。お主には一つ、頼みたい事がある。それ故にこうして手助けをしている……それだけだ」
そう言い残し、狼神は手を軽く上げながら軽快な足取りで今度こそ歩き去った。
俺は、その背中が見えなくなるまで、視線を向けたままだった。




