表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/259

狼神戦②

 狼神ろうしんの視線に不快感を感じながらも裕が変則二刀流を構えると、狼神もその顔に笑みを張りつけたまま構え直した。


「どういうつもりだ?」


 裕が怪訝そうな声を上げる。

 その視線の先では、狼神が一度構えた剣をまた下げていたのだ。


「いや、なに。我も久しぶりに見たい技があってな」

「見たい技だと……?」

「うむ。変則二刀流の技ではないが、その武器だからこそ出来る技があるだろう? その中でも我の毛皮さえも貫くあの鋭き一撃を久しぶりに見たいのだ」

「……」


 狼神の言葉に裕は表情には出さなかったが、内心では動揺していた。そんな技は知らないし、平行世界の自分も前世であるじゅんもそんな技を使っていたという記憶はない。

 それなのにも関わらず、狼神は裕が確実に使えると思い込んで一撃を受けようとしているのだ。


(アイツは、俺がどのタイミングで攻撃したとしてもそれを的確に捌いてくる……仮に攻撃が当たったとしてもあの皮膚に傷一つ付ける事は出来ないと考えて間違いなさそうだ)


 山頂を目指して走っている時に凍華から「狼神の毛皮はどんな物でも通さない程に強固」と言われていた裕は人型になった今でもそれは健在だろうと踏んでいた。その上、どんな攻撃でも捌かれてしまうとなると、狼神を倒すためには相手が無防備に受けてくれるこの一撃しかないと理解している。


「はぁ……」


 大きく深呼吸をしつつ、裕は思考を回す。

 仮に、自分が持てる最大の技――最大六回連続攻撃である【桜花散桜おうかちりざくら】を放ったとしても、初撃で自分が求めている技ではないとバレた瞬間に弾かれて不発になる可能性は高く、その後には確実にカウンターが入るだろう。

 桜花散桜は“技を放つ”という事だけで尋常ではない集中力を使う。それ故に、カウンターに対する技を仕込む余裕も、その場で反応する余裕もないのだ。


「どうした? 技を使わないのか?」

「……」


 狼神が両腕をダラリと下げたまま聞いてくる。それを無視しつつも裕は思考を回し――そこで、随分と前に言われた事を思い出した。

 アレは、この世界に召喚されてすぐの頃。自分の前世である純と戦った時に言われた言葉。


 純は、裕に言った。『【スキル:刀剣術】はエクストラスキルだ』と。

 純は、裕に言った。『エクストラスキルには、固有特性がある。それは、術者が違くてもスキル自体が経験を蓄積していく事だ』と。

 純は、裕に言った。『刀剣術スキルを持っていた人間はこの世界でお前を除いて二人。お前はその二人の経験を刀剣術限定で受け継いでいるという事だ』と。


「そういえば、刀剣術スキルに頼った事は無かったな……ステータスを失った今でも、俺の中にあるのはわかる……だが、経験を引き出せるかはわからないな」


 スキルとは、ステータスに付随してくるものだと裕は認識していたし、それでおおよその間違いはなかった。

 だが、その中でも【エクストラスキル】に分類される物は特殊だ。コレに分類されるスキルはステータスではなく“魂”と呼ばれる精神的な物に刻み込まれるのだ。それ故に、何があっても死ぬまで消える事はない。


「すぅ……はぁ……」


 大きく息を吸い込み、目を閉じる。

 エクストラスキルである刀剣術に記憶されている技を読み取る方法は知らないが、裕は自分が言われた言葉から答えは自分の中にあるという事を本能的に読み取っていたのだ。

 そして、それは間違いではない。

 刀剣術に記憶されている技、記憶、経験。

 それらが保存されている場所はスキルの中であり、裕の中ではない。しかし、スキルと使用者は繋がっている。

 例えるのであれば、外付けHDDだろう。使用者というPCに繋がれた外部記憶装置こそが、エクストラスキルなのだ。


「……」


 故に、裕は内側を見つめる。

 今までやってきた平行世界の自分や前世の自分を見つめていたよりも深く、慎重に、されど大胆に。


「――なるほどな」


 そして、答えを見つけた。

 変則二刀流――その構えは最初から存在していたわけではない。いつかのどこか、この世界に“日本刀”という武器を伝えたとされる人間が召喚された時代。その時代に召喚された人間は己の武器が刀一本では戦い続ける事が出来ないという事に気づいた。

 この世界において最強とされるのは“魔法”だからだ。どれだけの達人が、どれだけの業物を用いたとしても一瞬で高火力を叩き出せる魔法には対抗する事が出来ない。

 だが、その人間には魔法の適正がなかった。斬撃を飛ばす事も出来なければ、刃に何かを纏わせる事も出来ない“ただの人間”だったのだ。


「……」


 それでも、その人間には戦わなければいけない理由があった。

 詳しい事は裕にはわからないが、その想いだけは決して色褪せる事なく刀剣術の中に記憶されている。そして、魔法に対抗するために編み出されたのが“変則二刀流”だった。

 左手に持った逆手の刀は防御に。右手に持った刀は攻撃に。そうやって役割を別ける事で魔法という高火力に立ち向かおうとしたのだ。

 

「……だが、普通の刀なら耐えきれないだろうな」


 そう、普通の刀なら、どれだけの業物だとしても魔法に耐えられるはずがない。刀とはとても脆い武器だからだ。

 故にその人間は魔法に耐えうるだけの武器を探し――見つけた。その刀は刀身を燃え上がる炎のように赤く染めていて、何よりも人間の姿を取る事が出来る物だった。


「この世界で初めて誕生した魔刀、か……」


 魔刀まとうであれば、魔法を耐える事など容易い。

 そうして試行錯誤の末に完成したのが、この変則二刀流なのだ。


「……」


 記憶されていたイメージに沿って裕は構えを正す。

 左半分を前に出すようにし、桜花を構え、右手に持った白華しろかは剣先を下げて自らの身体に隠れるようにして構える。


「ほう……その構えは“螺刹らせつ”か。やはり、お主も変則二刀流を使えるようだな」

「……」


 技を見破られても、裕は動揺しなかった。

 最初から、相手が自分が使う技を全て把握している事はわかっていたし、理解した所で相手は必ず一撃を受けてくれると思っているからだ。


 さて、変則二刀流には移動技2、攻撃技8の合計10の技がある。

 裕が構えている螺刹と呼ばれるこの技は移動技に分類される物であり、地面を大きく蹴って前方へ回転しながら飛び込むという物だ。

 逆手に握られている刀が前方で回転するため、相手の魔法を受けながらでも間合いを詰める事が出来る技でもある。


 ちなみに、この技を考えた人間は「こうすれば行けんじゃね?」という適当な思い付きでやった物であり、特に何か深い意味のある物ではない。


「変則二刀流、一ノ型――螺刹ッ!!」


 両脚へ身体強化を施した裕は前方へと飛び出す。

 その速度と勢いは尋常な物ではなく、あっという間に狼神の前へと到着する。だが、完全に間合いは詰めない。裕が次に放つ攻撃は間合いギリギリでこそ意味がある物なのだから。


「来るか――ッ!!」


 狼神は嬉しそうな声を上げながらその顔に笑みを張りつけて全身に力を入れた。裕の攻撃を真正面から喰らうつもりだ。


「変則二刀流、二ノ型――!!」


 ズザァッ! と左足を地面に擦りながら着地した裕はそのまま身体を最大限に捻る。


衣通ころもどおし――ッ!!」


 瞬間、身体の勢いを全て解き放つ。

 右足で大きく前へと踏み込み、全ての勢いを右手に持った白華へと込めて突きを放つ。


 空気摩擦によって火花を散らしながら突き出された白華は神速の突きとなって狼神へと迫る。

 変則二刀流、二ノ型:衣通し。ソレは全身の勢いをそのまま刀へと乗せて放つ神速の突きだ。一見すればただの速い突きだが、コレは簡単そうに見えて実はかなり高度な技術を必要とする技でもある。何故ならば“どんな物でも必ず突き刺す”というコンセプトの都合で、一切のズレなく真っ直ぐにと刀を突き出さなければいけないし、そこに全ての力を込めなければいけないのだ。


「「――ッ!!」」


 裕が放った白華は、しっかりとその根元まで狼神へと突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ