自分
生暖かい風が頬を擦り、肉の焼ける匂いが鼻に付く。目の前では真っ赤な火が騎士達の死体を焼いている。
「……」
この場には俺しかいないが、隣には騎士達が身に纏っていた武具が山積みになっている。ちなみに、脱がしたりする作業は全て寝華一人でやったために、素顔は見ていない。
素顔を隠す事に何の意味があるのかわからないが、寝華があそこまで頼み込んでくる事だからきっと重要な事なんだろう。
「はぁ……」
肺に入っている空気を全て出す勢いで溜息は吐く。普段だったら周りに気を遣って溜息を我慢するのだが、今は俺しかいないから遠慮なく出来る。
こうやって、人間を焼いている所を直に見る事なんて元の世界ではあり得ない事だった。葬式の火葬場だって、燃えている所を見る事は無かった。いや、もしかしたら見れるのかもしれないが、俺は見たいと思った事はない。
「……異常、だな」
それなのに、今の俺はこうやって目の前で人間の死体が焼かれていても何も思わない。それこそ“道端に石が落ちてるなぁ”くらいの気持ちで火の番をしている。
普通、もっと嫌悪感とか色々な感情を持つものなんじゃないか? こんなに普通にしていられるものなんだろうか。
「この世界に来た影響か? 異世界に来たせいでそういう部分に何かしらの修正が入ったとか?」
よく、創作物にはそういう設定がある。
神様が気を利かせて“殺し”に関する事への抵抗をほぼ無くしてくれたりするヤツだ。
「いや、違うな……」
そこまで考えて、佐々木や他のクラスメイト達の姿を思い出す。
アイツらは、殺しに対して通常の反応をしていた。抵抗がないなんて感じはしなかった。
それに――
「俺、どうなってんだ?」
――自分の一部が変わっているように感じる。
それは、些細な一部だったり、何か大きな場所だったりする。肉体的にという意味ではなく精神や根本的な部分が変わりつつある。
例えば、甘いものが好きだったのに、急に好きじゃなくなるとかそういう感じだ。つまり“殺し”に対して何も思わなくなってきたのも、そういう風に“何かしら”の影響で俺自身が変わってしまったからなのかもしれない。
「何が……なんて、わからないし、考えても仕方ないか……」
そう、結論を出したというか、考える事を止めた辺りで背後から誰かが近寄ってくる気配を感じた。
「あ……」
「ん……?」
チラリと肩越しに後ろを見てみれば、そこには佐々木が立っており、バッチリ目が合った。
目が合った佐々木は、その顔を瞬間的に真っ赤にして目を泳がせた。
「何かあったか?」
「えっ!? あ、いや、その……っ」
視線を火に戻しながら聞くと、佐々木はあわあわとしながらも俺の隣までやってきた。だが、その目は火を直視しないようにしており、火から目を逸らすためなのか俺の事を見ていた。
俺と佐々木はそこそこ身長差がある。そのせいか、佐々木は現在下から俺の事を見上げている形となっていた。首とか疲れそうだな。
「一ノ瀬君はさ……無理、とかしてない?」
「……」
佐々木の質問に考え込む。
無理というのはどういう意味なのかを考え、佐々木が聞いてくるのだから怪我の事だろうと判断して、カラカラと笑う。
「ああ、お陰様で元気だよ」
そう答えると、佐々木はそっと目を逸らした。
どうやら、求められていた回答とは違うらしい。
「そうじゃなくて……無理して、戦ってない……?」
「どういう意味だ?」
「……っ! べ、別に批難してるとかじゃないよ? ただ、元の平和な世界から、戦いが当たり前の世界に来ちゃったでしょ……? だから、一ノ瀬君が色々と無理して戦ってるんじゃないかって……」
「ふむ……」
なるほど、さっきも考えていた事だが佐々木達は殺しに関する抵抗が普通にある。そのせいで、戦っている俺が異常に見えるのか。
そして、その異常は親しい人なら『無理をしているんじゃ?』という心配になる。
「大丈夫だ。美咲を救うためにも、戦わなくちゃいけないしな」
「……」
俺の言葉に佐々木は目を逸らした。
その事を見逃しはしなかったが、別に指摘して問い詰める事でもないから何も言わないでいると、どこか迷っている感じで佐々木は口を開いた。
「でも……一ノ瀬君は美咲ちゃんとどういう関係だったのか、覚えてないんでしょ?」
「――ッ!」
そう、俺は美咲との関係を覚えていない。
他人から教えてもらおうとしても、その部分だけ音が無くなってわからないのだ。
「それなのに……」
「……めろ」
「一ノ瀬君が、命を危険に晒してまで戦う必要があるの……?」
「やめろッ!!」
自分でもビックリするくらいの大声に、佐々木の肩がビクリと跳ねた。しかも、無意識に魔力を乗せて声を上げたせいで、周りの木々もざわつく。
「……っ! すまん。でも、そんな事は言わないでくれ……」
「……」
「確かに、俺は美咲との関係は何一つ覚えてない。でも、アイツが俺にとって大切な存在って事だけはしっかりと覚えているんだ……だから、救わなくちゃいけない」
「うん……そうだよね。ごめんね、変な事言って」
佐々木は、硬い笑顔を浮かべて俺に謝ってから、そそくさとこの場を去るために歩き出した。
「……クソッ!!」
その姿が見えなくなった辺りで、俺は謎の苛立ちを抱えたまま、それを投げつけるように薪を火へと投げ込んだ。
俺は、自分の事をもっと自制できる人間だと思っていたが、どうやらそうではないようだ。佐々木の心配をあんな感じで返すしかなかった。
「はぁ……」
でも、自分でもどうしようもないくらいに……あの時、佐々木から言われた言葉には腹が立った。その理由はわからないが、きっと俺が失ってしまった物に答えがあるのだろう。
「いつかは、全部取り戻せるのか……?」
誰も答えてくれない疑問は、宙へと溶けて薪が燃えるパキッという音と共に消え去った。
その後、佐々木が居なくなったと凍華から報告を受けたのは、俺が声を荒げてから三時間後の事だった。




