その瞳が見つめる者
あれからすぐに佐々木が合流し、俺は上着を脱いで治療を受けていた。
後半になって受けた傷が自分が想像していたよりも酷かったが、それよりも酷いのはやはり右肩に受けた矢の傷だろう。正直、自分でも何で動いていたのか疑問に思う程の大穴が開いていて、見た時はそのえぐさに眩暈がした程だ。
「一ノ瀬君、今はまだアドレナリンが大量分泌してるから痛みを感じないと思うけど、ソレが切れた時は……」
「死ぬほど痛そうだな……コレ、どうにかなるのか?」
「今の手持ちだと、私には無理だけど……翠華さんはどうですか?」
佐々木に声を掛けられ、顔を上げた翠華はジッと右肩を見つめる。
そんなに真剣に見られると、もしかしてどうしようもないんじゃないかと不安になるんだが……。
「傷口を小さくするくらいなら出来ますけど、完治となると難しいですね。恐らく、ご主人様の力を使ったとしても、傷跡は残ると思います」
「いやまぁ、傷跡が残るのは別にいいんだが……とりあえず、このままだと何かと不便だから出来る限りの治療をしてもらってもいいか?」
「わかりました。では、失礼します」
目を閉じて、右手が肩へ触れると、そこから暖かい光が流れ込んでいく。
「おぉ……」
「凄い……」
光りに包まれた傷口はどんどん塞がって行き、最終的にはかなり小さくなっていた。これなら、ここに布を当てて、その上から包帯を巻けば後は治るのを待つだけだろう。
「やはり、傷跡は残ってしまいましたね……」
翠華の言葉に右肩をもう一度見てみれば、確かに穴が空いてた場所は若干へこんでいた。だが、別に肩なんてそうそう見える場所でもないし、何よりこのくらいなら特に気にする必要もない。
「別にいいさ。さっきも言ったけど、傷跡が残る事自体は特に問題ないしな。それより、ありがとう。助かったよ」
「いえ、当然の事をしたまでです。足の方も終わりましたので、これで問題なく動けると思いますよ」
「お、そっか。ありがと」
翠華と話しているうちに、佐々木が手際よく右肩に布を当てて包帯を巻いてくれていた。それにも感謝しつつ地面から立ちあがる。
「おっと……」
血を大量に失ってしまった影響なのか、立ちあがった時に若干よろけてしまう。佐々木と翠華が心配そうに見てくるのに右手を軽く振って答え、血狼騎士達の死体を一か所に集めていた寝華の下へと行く。
「これで、全員か……手早く済ませるためとは言え、こうやって並べられると首を斬りおとすってのはグロイな」
「ん、治療終わったんだ? まぁ、確かにグロイけど、戦いっていうのはそういうものじゃないかな? あと、服を着た方がいいよ」
「む……」
そういえば、上半身裸だった。でも、別に男の上半身なんて裸でも特に問題なくないか? 海とか川に入る時って、大体こんな感じだし。
「そんな、一周まわって何か問題がある? みたいな顔を僕にされても困るよ。ただでさえ、生前の僕はあまり外に出られない立場だったし、魔刀になってからも生前に力を使い過ぎた反動で一日の大半を寝ていたしね」
最近になってようやく起きていられるようになったよ。と笑う寝華になんて声を掛けていいか考えて居ると、斜め右後ろに凍華がやってきた。その手には、俺が着ていた服とは違う黒いYシャツがあり、どうやら俺の服を持ってきてくれたらしい。
「兄さん、こちらを」
「あぁ、ありがとう」
Yシャツを受け取って袖を通してから、再度騎士達の死体を見つめる。流石に、このままにしておくというのもマズイだろう。
命を掛けて戦った相手が野犬に死体を食われるとかも後味が悪い。
「寝華、コイツらをどうするつもりだ?」
「んー。このままにしておくのは可哀想だし、燃やしてあげようかなって考えてるよ。灰にしてしまえば食べられる事もないしね」
「そうか。じゃあ、薪でも集めてくるかな」
怪我人なんだから休んでいてほしいと言われたが、それを無視して俺は一人で森奥へと進んでいく。感覚的に、あと一歩でも動いたら俺は魔刀との接続が切れて身体が動かなくなるという所で止まって、大木に背を預ける。
「やはり、異常が出ていましたか」
「……ッ! 凍華か……」
突然聞こえて来た声に驚いて顔を上げれば、そこには真剣な顔をした凍華が立っていた。
「大丈夫ですか?」
「何の事だ?」
「隠さなくても大丈夫です。一時的にとは言え、左腕を解放したんですから……恐らく、身体のいたる所に異常が出ていると思います」
「バレバレか……凍華には隠し事が出来ないな」
「元々、ソレは私の能力ですから……兄さん、右手を」
言われる通りに右手を差し出せば、目にも止まらぬスピードで凍華はソレを掴んで深くため息を吐いた。
「やっぱり、龍神の力も渦巻いてますね……私の力に反応して、必要以上に出てしまったんでしょう。とりあえず、コレだけは静めますね」
右手にそっと口づけを落とされる。それと同時に、俺の身体に重くのしかかっていた倦怠感がフッと消える。
「すまんな……」
「コレが私の役目ですから。さぁ、薪を拾って帰りましょう。あまり遅くなると、佐々木さんが心配しますよ」
そう言って俺に背中を見せる凍華は「佐々木さんは、もう既に心配してましたね」とクスクスと笑う。そんな姿を見ていると、どうしても聞きたくなってしまう。
「なぁ……」
どうして、凍華は俺の事をそこまで助けてくれるのか――。
そう、言葉を紡ごうとした時、振り返った凍華の顔が目に入った。慈愛……本当に愛しい者を見つめる時に浮かべる表情がそこには浮かんでいた。
「ぁ……」
俺を見ている。その瞳には、俺が写っている。それなのに、俺を見ていない。俺ではない、俺の背後にある“ナニカ”を見ている。
「兄さん? どうしました?」
「あ……いや、何でもない」
凍華が俺に良くしてくれる理由はわからないが、少なくとも俺ではない誰かを見ているという事だけはわかった。
(あんな顔を見たら、聞きづらいよなぁ……)
薪になりそうな枝を拾いながら、俺は歩き出した。
凍華は、俺の右斜め後ろから同じく枝を拾いながらも、ニコニコと何が楽しいのか微笑みながら付いて来ていた。




