決着と責任
迫りくる剣を半身になって躱しつつ、右手に持った白華でカウンターを狙ってみる。当たれば即死といえる切れ味を誇る刃は、相手が一歩引いた事で当たる事はなかった。それどころか、俺がカウンターを狙った後に違う血狼騎士が斬り込んできた。
「チッ……!」
左手に持っている凍華でそれを受け止めながらチラリともう一人の騎士へと視線を向ける。すると、やはりと言うべきか俺へと剣を振りかぶっていた。振り下ろされる前に白華を持ち上げ、牽制しつつも凍華で受け止めていた騎士を押し返す。
凍華と合流してから残り三人だった騎士は二人となっていたが、この二人がかなり連携が取れていて中々決定打を与えられずにいる。
今まで殺してきた騎士よりも実力が何倍も上な所からして、恐らくは隊長と副隊長なのだろう。
『ふっ――!』
「……ッ!」
凍華で弾いた隊長と思わしき男が身体を地面スレスレまで低くして、鋭く踏み込んでくる。懐に入られたら、俺はあっという間に致命傷を負う事だろう。かと言って、後ろへ下がろうとすれば待機している副隊長に背中をバッサリと斬られるだろう。
「なら、上か……ッ!」
両脚に【身体強化】を集中させて、跳びあがる。そのまま空中で倒立反転しつつ副隊長の背後へと降り立ち、相手が振り向くよりも早く白華を突き出す。
先ほどまでは、流石に鎧を切り裂く事が出来なかった白華だが、俺が血を足した辺りから多少の抵抗はあるもののどうにか斬れるようになっていた。そのお陰で、紅い刃は鎧を貫いて相手の左胸を貫通した。
『ガッ……!!』
『ロバートォォォォォッ!!』
隊長が叫び声を聞きながらも、白華を更に押し込む。コイツらは心臓を貫いたとしても簡単に死ぬとは思えなかった。上位者との契約というのは、それほどまでに凄まじい力等を与えるものだと知っているからだ。
『隊長……あと、は……お願い……しま、す……ッ!!』
マズイ――直感でそう思った時には既に身体は後ろへと下がっていたが、それは一歩遅かった。白華に心臓を貫かれていた騎士は首に下げていたペンダントを勢いよく引継ぎった。それと同時に身体中から血が噴き出し、その全てが大小の刃となって俺へと飛んできたのだ。
「クソッ!!」
《兄さんッ!》
致命傷となりそうな物だけを凍華と白華で弾く。だが、その勢いは凄まじく弾けなかった物は全て俺へと突き刺さった。
土煙が立つ程の勢いがあった刃を身に受けながらも、どうにか俺は生きていた。体中に様々な傷を作りながらも、どうにか頭と左胸だけは守り切ったからだ。
『……わかっていはいたが、アレでも死なぬか』
「悪いな。これでも、結構しぶといんでね……」
土煙が晴れた後、俺と隊長騎士は互いに見つめ合っていた。だが、俺は既にボロボロであり、あまり長く戦える状態でもない。それに比べて隊長騎士は昨日俺が負わせた傷はあるものの、まだまだ戦える状態であり、ハッキリ言ってしまえば俺が完全に不利だ。
『正直、お前がアレで死んでくれればとも思っていたが……今は、死んでなくてよかったとも思っている』
「へぇ? そりゃ、またなんで?」
『フッ……決まっている』
隊長騎士が首に下げていたペンダントを引きちぎる。ソレと同時に今まで感じていなかった程の強大な魔力が体中から吹き出し、周囲をビリビリと揺らす。
『俺の部下を……戦友を、その手に掛けたお前を自らの手で殺したいからだッ!!』
「そりゃ、よかったな……!」
全身から冷や汗が流れだし、体中を伝う。間違いなく、ヤツは本気で俺を殺しに来るだろうし、その力は今までの比じゃないだろう。さっきまでは勝っていた魔力も、今では俺よりも上だ。
「……ッ!」
ドクンッ! と俺の心臓が大きく脈打ち、俺の中にある何かが「全力で来る相手には、全力で立ち向かえ!」と叫ぶ。コレが、俺の本心なのか前世の名残りなのかはわからない……だが、今はそれに全面的に同意だった。
戦いの礼儀とか、相手への敬意とか、そういうのではない。ただ、全力を出さなければ俺はアイツに勝てないし、ここから生き延びる事も出来ないからだ。
「はぁ……」
息を大きく吐いて、白華を地面に突き刺す。幸いと言っていいのか、相手は動かずに俺の事を待っている。
ならば、この状況をありがたく使わせてもらう以外に道はない。
《兄さん……? まさかっ!》
「アイツは全力で俺を殺しに来る。今の俺じゃ、それを捌ききる事は無理だ。だから……」
ボロボロになっていたマントを外し、同じくボロボロになったコートを脱ぎ捨てる。そのままYシャツの袖を捲って黒龍布へと指を掛ける。
《……ッ!》
いつもだったら止めてくる凍華も何も言わない。コイツもこうしなければ俺が勝てる見込みはないとわかっているのだ。
深呼吸を一回。震える右指を止めて、ざわつく心を静める。
「いくぞ……ッ!」
肘付近にあった黒龍布の結び目を一気に外す。そして――
「ぁ……」
――“世界が壊れた”
「……………………ぁ」
色が消えた。音が消えた。感覚が消えた。匂いが消えた――風景が消えた。
俺が世界と認識している全てが消え、自分が今どうなっているのかもわからない。でも、そんな世界の中で一つだけ“存在”している物があった。
『貴様……ッ! 早めに片を付ける!!』
ソレは、大きく踏み込んで俺の方へと急接近してきた。あぁ……アレは、敵だ。
「……」
『くッ!!』
迫ってきていた剣が、俺の前で弾かれる。何が起こったのかわからなかったが、すぐに右手に持っていた白華で俺が弾いたのだとわかった。
次に振るわれた二撃目も三撃目も全てが俺の前で弾かれていく。
『お前……何をッ!!』
「……」
右手に持っていたはずの白華が宙に舞う。だが、その後に振るわれた剣はいつの間にか右手に持っていた白華とは違う刀で弾かれた。
何も感じない。何も聞こえない。敵だけしか見えない。それなのに、俺の身体は動いて武器を振るっている。その感覚が酷く不思議で気持ち悪いはずなのにも関わらず、抵抗する気が起きない。
『貴様ァッ! 何を持って、俺の仲間を殺した!? 何を持って、俺の仲間を殺した!?』
「……っ!!」
『俺達は、ずっとこの時を待っていたのだ! 守るために戦ってきたあの時から……姫様を失ったあの時からずっと、長い時を!』
「……」
『それを貴様はァッ!!』
両手に持っていた武器と敵が持っていた剣が宙へと舞う。俺の主観ではソレを呆然と見ているはずなのに、身体は勝手に動いて新たな武器を二本抜いて無防備な相手に斬りかかっていた。
『――ッ!!』
「……!!」
左手に持った刀……あぁ、コレは翠華か。翠華が相手の鎧へと当たるが、切れ味が足りずに弾かれる。そんな中でも俺は次の手を考え――相手の脇腹に空いた穴が見えた。
『……ぅッ!!』
「――!」
右手に持った刀をその穴へと突き刺し、そのまま上へと切り上げていき心臓の辺りで止まる。
『ガハッ……』
敵が血を吐き、俺へともたれかかってくる。まだだ。まだ、斬り足りない……まだ、俺は――。
「兄さんッ!」
「――ッ!!」
バチンッという音と共に、俺に世界が帰ってくる。男一人分の重さも鼻に付く鉄臭い匂いも、右手に感じる手ごたえも。
「凍華……」
「無事、ですか……?」
左腕を見てみれば、そこには黒龍布に包まれた腕とそこにしがみつくようにして立っている凍華が見えた。どうやら、戦闘終了と判断して巻いてくれたらしい。
「すまん、助かった……あのままじゃ、引っ張られていた」
「いえ。当然の事をしたまでです」
隊長騎士を押し返し、周りを見てみればそこには弾かれた魔刀がそこら辺に突き刺さっていた。右手に持っているのは寝華だ。
「皮肉、だな……」
ゆっくりと倒れている隊長騎士へと近づく。既に死んでいると思ったが、どうやら生きているみたいで右手がピクリと動いた。
『俺、は……負けた……のか……』
「ああ」
『そう、か……。お前のその力は、いつか……必ず、否定される。俺達が、そうだったように……守るために力を振るっても……後ろ指を、差され……石を投げられ、る……』
「そうだろうな……強大すぎる力は、きっと人間には受け入れられない物なんだろうな」
『ああ……だから、俺達は……そんな事がない国を……ッ! 姫様が、悲しまない……国、を……』
そこで、隊長騎士は何も喋らなくなった。
息絶えた隊長騎士を見つめていると、不意に右手から重さが無くなった。視線をズラしてみれば、そこには人型になった寝華がゆっくりと死体へ近づいて行っていた。
「……寝華」
「無理に何かを言おうとしなくていいよ」
「すまん……」
「何で謝るんだい? 君は、僕の頼みを聞いてくれただけじゃないか。それに、謝るのは僕の方だ……彼らを止めるのは、本当は僕の責任なのに君に頼んでしまった」
隊長騎士に触れていた寝華がこちらを見る。その目からは涙が流れており、泣いてるようだった。
「でも、謝ったら君は嫌がるだろうから……ありがとう」
寝華はそう言って笑い、俺はそれに対して右手を振った。




