現世と前世の邂逅
女神とお茶会をする事、体感数分。
ふと、先ほどお茶を持ってきたうさぎが出てきて、懐中時計を懐から取り出したと思ったらソレを女神に見せた。
「ああ、もうこんな時間ですか」
「そんなに時間経っていたか?」
「はい。貴方は精神体になったのが初めてだから時間感覚が麻痺しているのかもしれませんが、現実時間で言うと軽く三時間は経っていますね」
そんなに経っていたのか。
思いのほか、結構話し込んでいたらしい。
「まぁ、下界ではまだ一分も経っていないと思いますけどね」
「ん? それは、時間の流れが違うという事か?」
「はい。この空間……人々には天界と呼ばれていますね。ここは、かつてのいつかに神々を統一していた創造神が天界を作り【時空魔法:永遠の楽園】という魔法を掛けました。その影響で下界と時間の流れ方が違うんです」
時空魔法なんて物なのもあるのか。
「さて、では貴方を下界にお返ししますね」
「ああ、凍華も心配してるかもしれないから、頼む」
それに、早く美咲に会わなくちゃいけない気がするしな。
なんだか、胸騒ぎがする。
「あ、でもその前に……アレを持ってきて頂戴」
女神がウサギにそう言うと、ウサギはこちらに一礼して消えてすぐに戻ってきた。
「コレを持って行ってください。きっと、何かの役に立つと思います」
女神の言葉と共にウサギが差し出してきた銀色の台。
その上には握りこぶしサイズの黒い石が置いてあった。
「コレは……?」
手に持ってみると、その石は真っ黒というわけではなく半透明だという事がわかった。
だが、それ以外は特に変わったところは見当たらない。
「魔力石です。術者の魔力を圧縮して作られる石ですね」
「何に使うんだ?」
「様々な使い方がありますね。でも、それは自ずと時が来ればわかると思いますよ」
「わかった」
頷いてから、制服のポケットに黒い魔力石を突っ込む。
間違って一緒に洗濯しないように気を付けるとしよう。
「では、あちらにお返ししますね。貴方に良き運命が訪れん事を……」
女神が両手を合わせて祈りを捧げるのと同時に俺の脳内で音声が流れる。
【加護:運命の女神】を取得しました。
今しがた手に入れた加護について聞こうと思った時には、俺の意識は遠のいて行っていた。
「――ぁ」
目を開けてすぐに飛び込んできた景色は真っ白な天井だった。
「あっ! 兄さん! 大丈夫ですか!?」
体を起こして声がした方を見てみると、凍華が心配そうにこちらに走ってくるところだった。
そして、凍華の向こう側に見えるのは、何故かボロボロになったあの男だった。
「心配をかけてすまない……あと、俺をずっと助けてくれてたんだな」
前半は今の俺がする謝罪。
後半は前世で俺と一緒に戦場を駆け抜けてくれた事への感謝。
「兄さん……記憶が……」
それを聞いた凍華は、俺の目の前で足を止めた。
「ああ。運命の女神が思い出させてくれた。と言っても、まだ全部思い出したわけじゃないけどな」
「……そうだったんですか」
凍華は俺の顔を見つめながら、何か考えて居るみたいだ。
「それより、後ろのアイツは何であんなにボロボロなんだ?」
俺がそう聞くと、凍華はハッ! としてからにっこりと微笑む。
「兄さんにあんな事をしたんですよ? 放っておくわけないじゃないですか」
それはそれは、もう本当にいい笑顔だった。
端々から殺意を感じたのを除けばだが。
「そ、そうか」
俺はどうにかそれだけ返して、立ち上がって男の元に歩いていく。
「あ、ちなみにまだ生きてますよ」
そんなのは当たり前だ。
コイツにはまだまだ聞きたい事が山ほどあるしな。
「おーい、本当はダメージないんだろ?」
声を掛けてみるが、反応はない。
仕方ない。
「凍華」
「はいっ!」
右手を凍華に差し出すと、凍華はそれを握る。
そして、すぐに俺の右手には一振りの刀が握られていた。
『あれ?』
「どうした?」
凍華が困惑したような声を出す。
『なんだか、懐かしいような魔力を兄さんから感じます……でも、この魔力は……』
「それはどういう――っ!! 凍華!!」
俺は一歩下がって凍華を振るう。
ギャンッ! と凍華と男が振るった刀がぶつかる。
「奇襲にも反応できるようになったか」
そう呟くのは、先ほどまで倒れていたあの男。
「やっぱり、無傷じゃねぇか」
「まぁ、汚れはついたけど……なっ!」
男性は再度、刀を振るう。
それを半身になって避けて、お返しとばかりに凍華を水平に振るう。
「あれ……?」
男がそれを大きくバックステップして避けるのを確認しながら、俺は一連の行動に戸惑う。
『兄さん、どうしまし……来ます!』
凍華の言葉と共に刃が俺の首を狙って振られる。
「ちっ!」
それに対して俺の身体はほぼ自動的に動いて、凍華を相手の刀に合わせて振るう。
ギャンッ! と凍華と刀がぶつかり合い、俺と男は互いに一歩踏み込む事で鍔づり合いになる。
「なんだ……? うっ!」
男と鍔づり合いになった瞬間、俺の脳内には膨大な情報が流れ込んでくる。
――男と一人の女性。
――幸せそうに微笑む女性。
――連れ去られた女性。
――失っていく四肢の感覚。
――戦いの記憶。
「はっ! はぁはぁ……」
気がつくと、俺はいつの間にか片膝をついていた。
汗が額から大量に流れて、地面へと落ちていく。
「お、お前……まさか……」
俺を見下している男性を見上げながら、俺は先ほど見た光景からこの男が一体何者なのかを予想していた。
「……その顔、どうやら見たようだな」
男はそう呟いてから、被っていたローブのフードを取り払う。
「――っ!!」
男の素顔は、どこか俺に似ていた。
いや、俺よりももっと大人びている。
元は黒かったであろう髪は、少しだけ白くなっている。
片目は白くなっており、既に視力がない事をなんとなく知らせてきていた。
「よぉ、俺は……そうだな。俺は、お前の前世だ。名前は純だ」
男――純は、そう言ってから刀を振り上げた。




