寝華の過去
この世界に召喚されて、凍華達と出会ってからずっと考えていた“俺はこれから先もこいつらを武器として使っていくのだろうか?”という疑問。表面上は武器として扱っていても、心のどこかでは人間として扱っている。だから、人型の時は何かと甘やかしたりしてしまうのだろう。
「どう? 甘々な君にそんな残酷な事が出来るのかい?」
「俺は……」
こいつらの過去を知るという事は、こいつらが人間だった頃を知るという事だ。それは“全く知らない人”から“知り合い”くらいの差がある。
基本的に全く知らない人がどうなろうが、人間は全く気にしない。だが、知り合いに何かあれば少しは気にしてしまうだろう。
果たして、俺達の関係が“知り合い”レベルになっても、俺は迷いなく“武器”を振れるのか。
「俺は……」
いや……今更だ。
俺は、桜花の事を自分の娘だと認識しているのにも関わらず、今まで武器として敵を斬るために使ってきた。ならば、今更何を恐れる事がある?
「俺は、過去を知っても……お前たちを武器として振るえる」
「ふぅん。君は、純と似てる所もあるけど、そういう所は違うんだね? 純は外見は強そうだったけど、中身が臆病だったから僕達の過去には触れてこなかったけど……君は、外見に似合わず、中身は結構……あっ、ごめんごめん。話を戻すから、睨まないでよ」
話が脱線して余計な事を言いだした寝華を睨むと、笑いながら誤魔化してきた。
「昔々、あるところに風の精霊に好かれた緑豊かな“ベルセ”という国がありました。この国は、得に軍事力が強いわけではありませんでしたが“一度も”戦争に負けた事はありませんでした。さて、どうしてだと思う?」
「土地に恵まれてたとか? もしくは、何かしらの存在に愛されていたとか」
「うーん、また半分正解かな。確かに、土地に恵まれていたっていうのはある。自然が豊かな領地は相手の進軍を遅らせたりする事が出来たしね。そして、何かしらの存在に愛されていたっていうのも確かにあった。ベルセの領地にある森の中で特に緑豊かな所に、上位存在の一柱である“狼神”が住んでいたから、いくらかの恩恵を受けていたね」
狼神が普通にこの世界で生活していたのか……確か、龍神が『中にはこの世界で生きているヤツもいる』みたいな事を言っていたから、もしかしたら狼神の事だったのかもしれない。
「それでも半分正解なんだろ? じゃあ、残りの半分は何なんだ?」
「……予知能力を持った姫が居たんだよ。その能力を使う事で、少なくて尚且つ弱い軍事力でも戦う事が出来た。敵の行動パターンがわかっているんだから、後は地形を利用して罠にハメたり奇襲したりすればいいだけだからね」
確かに、予知能力が本物だったなら寝華が言う事も不可能ではないだろう。だが、俺もこの世界に来た事で学んだ事がある。それは、この世界において“強すぎる力は何かしらのデメリットを含む”という事だ。
つまり、寝華が言う姫は何かしらのデメリットがあったはずだ。そして、姫とは寝華の事で間違いないだろう。
「お前が魔刀になったのは、予知能力のデメリットなのか?」
「君もこの世界の法則に気づいていたんだ? まぁ、魔刀なんて強力すぎる力を使うために身体の一部を差し出してるんだから気づくか。でも、僕が受けたデメリットはソレじゃないよ」
「じゃあ、何だったんだ?」
「それは能力を使った後“長時間寝てしまう”というものさ。僕の意志とは無関係に、気づいたら寝ていて起きたら半月後とかザラだったね。お陰で、ジルベの眠り姫なんてあだ名まで付けられたくらいだよ」
そう言ってカラカラ笑う寝華。聞いているこっちとしては、決して笑い事ではないんだけどな……。
「さてさて、お姫様の力で平和な時間を過ごせていた王国だけど、その中で姫の扱いに対して疑問を抱く人達が居たんだよね~」
「疑問を抱く人達って……他の奴らは特に何も思っていなかったのか?」
「そりゃ、姫様の力で平和に生きられるなら、使ってほしいと思うのが普通だよ。“姫”なんて階級は平民たちにとっては雲の上だし、大臣達は自分が可愛いからね」
「そういうものか……」
「うんうん。それで、疑問を抱いた人達は自分達が強くなれば姫様が能力を使わずに済むんじゃないかって考えたんだよね」
それは……どうなんだろうか。
強い兵士は確かに重要だが、それが国に居たとしても戦争では勝てないんじゃないか?
「さて、でも一朝一夕で強くなる方法なんて通常はない……と、思われていたんだけどね」
「……?」
寝華はどこか遠い目で思い出すように苦笑する。
「彼らは、二十人で狼神の元に向かったんだ。狼神は、彼らに“森を守る”事を条件に契約したんだ。ただ、生き残ったのは十人だけ」
それはそうだ。
龍神との契約でさえ、適正がない人間がやった場合は普通に死ぬのだから、同じ上位存在である狼神の契約でも同じことが言えるだろう。
逆に、十人も適正を持つ人間が居たという事の方が驚きだ。
「彼らはすごかったよ~。たった十人で攻めて来た近隣国の軍を追い払ったんだからね。いつしか、騎士団に所属していた彼らは独立して“血狼騎士団”って名乗り始めた。そう、君もよく知っている彼らだよ」
「アイツらが……」
「ね? 君と対等に戦える理由がわかったでしょ?」
確かに、上位存在と契約した者同士の戦いなら、ああいう結果になるというのも納得だ。
「さて、確かに狼血騎士団の快進撃は凄いものだったけど、ソレは民には受け入れてもらえなかった。民は変な所で綺麗好きだったからね。彼らの戦い方が嫌だったんだ。だから、凱旋しても後ろ指をさされたり、石を投げられる事も珍しくなかった」
「それは……酷いな」
「でしょ? だから、姫様もそう思って、どうにかしようとして狼神の下に向かった。そこで、契約したんだよ」
「……」
「死後、自分が住むこの土地を守る事を条件に、他国の軍が森に入った場合は撃退してくれる事をね」
「それで、魔刀に……?」
「魔刀になったのは、結果的にかなぁ。正直、死後になる物なんて何でもよかったから、適当に選んだんだよねぇ……」
その言葉にズッコケそうになった。
まぁ、寝華らしいといえば、らしいんだが……。
「あれ? でも、お前は森から出てるよな?」
「狼神が居なくなったからね。狼神がいない森を守る必要なんてないし、契約にそこは含まれていないからね~。その後、色々あってこうして君の手元に居るわけだよ」
「なるほどな……」
寝華が魔刀になった経緯を聞いた。
だが、思っていたよりも動揺はなかった。寝華は誰かを守るために身を捧げたが、魔刀になった理由は適当だったからだろうか……。
「さて、僕の話はここでおしまい! そろそろ、寝るとするよ」
そう言って立ち上がった寝華は俺の前まで歩いて来て、そこで思い出したように声を上げ、俺の耳にそっと口を近づけた。
「そうだ……もし、彼らともう一度戦う事があったら……殺してあげてね?」
「なッ……!?」
聞き返そうとした時には、既に寝華は刀状態になって俺に寄りかかるようにして置かれていた。




