【閑話】謎が多い存在
俺の目から見た凍華はどんな人かと聞かれたら、きっと綺麗で物知りな人だと答えるだろう。青みがかった白の長い髪に、整った顔立ち。身長は俺の肩くらいで、性格も凄く良い。それに加えて何故か色々な事を知っていて、その知識に助けられた事もある程だ。
「……」
「兄さん、私の顔に何か付いていますか?」
「いや、大丈夫。何も付いてない」
凍華は何かと謎が多い。
いや、よくよく考えてみたら桜花以外の魔刀は全員謎だらけだ。彼女たちは自分から己の事を話そうともしないし、俺も何だか聞いてはいけない気がして今まで聞いてこなかった。
だが、そんな魔刀の中でも凍華は頭一つ抜けて謎が多い。
「兄さん、お茶のおかわりを淹れますね」
「ああ……」
どうして、俺の事を“兄さん”と呼ぶのだろうか。断片的に覚えている前世の記憶では、俺《純》の事を“お兄ちゃん”と呼んでいたし、もしかしたらそこから派生しているのかもしれない。
「どうぞ」
「ありがとう」
だが、何となくそういう理由ではない気がする。
凍華が俺の事を“兄さん”と呼び、前世である純の事を“お兄ちゃん”と呼ぶのには、何かしらの彼女なりの大きな理由がある気がしてならない。
「なぁ、凍華……」
「どうしました?」
いっそ、本人に聞いてみようかと思って口を開いてはみたが、本当に聞いていいのか迷ってしまって俺は口を閉じた。
「いや、なんでもない」
「……? 今日の兄さんはどこか不思議な感じですね?」
「そうか? もしかしたら、龍神の力を得ておかしくなってるのかもしれないな」
冗談でそう言ったのだが、凍華は普段は見せないような素早い動きで俺の右手首を掴んで、ジッと目を覗き込んでくる。しばらくその状態で居た後、ふぅ……とため息を吐いてから、俺は解放された。
「大丈夫です。兄さんは至って健康ですよ」
「そ、そうか……」
ここまで真剣に心配されると、何だか申し訳なくなってくる。
そういえば、凍華は何かと俺の事を心配してくれるのも謎の一つだ。最初は「契約者だからかな?」とも思ったが、他の子達と比べると凍華は異常だし、何よりも心配の中に暖かさがある。
「凍華って、何かと物知りだよな」
「そうでしょうか?」
「ああ……純と旅をしていた時に身に着けた知識なのか?」
試しにと軽い質問をしてみると、凍華は手元で何やら縫っていた黒い布を膝の上に置いて、少しだけ考える素振りをした。
「それもありますけど、もっと前に覚えた事も多いですね」
「もっと前?」
「詳しくは言えませんが、過去に知識を身に着ける機会があったんです」
凍華はそう言ってニッコリと笑った。その笑顔からはこれ以上聞く事を許さないような威圧感があり、俺は黙って両手を上げる事しかできない。
「ふふ、兄さんは昔から変わりませんね」
昔? 俺と凍華が出会って、そんなに時間は経っていないはずだ。まぁ、確かに数か月は経ってて、最初の頃に比べれば俺も色々な事を経験してきたから、過去と言っても過言ではないのかもしれないが。
「そうか? まぁ、色々と経験してきたけど人格が歪んだりする事はないな」
「そういう意味ではないんですけど……いえ、今はどうでもいい事ですね」
「……?」
「気にしないでください。そういえば、佐々木さんが翠華ちゃんから色々と教わっているらしいですよ?」
「ああ、それは聞いてる。と言っても、翠華と佐々木じゃ色々と系統が違う気もするんだがな」
「意外とそうでもないみたいですよ? 色々と応用できそう、と喜んでいましたし」
「ふぅん……」
俺達は王都を脱出してから、ひとまず羽を休める……というか、龍血の契りをした後は一週間ほど体調が安定しない事があるという理由で、龍剣山の山頂に滞在している。
そこで、俺は日課の鍛錬だけ許可され、他は絶対安静にしろと椿さんと佐々木に、それはもう恐ろしい顔で言われたためにこうして部屋に籠っている。幸い、凍華がずっと傍に居てくれるから暇にはなっていない。
「体調がおかしいと思ったら、すぐに言ってくださいね?」
「いつも言ってるが、俺は至って万全だぞ」
「それでも、です。念には念を入れないと、いざという時に動けませんよ?」
そう言われてしまえば、俺は何も言い返す事ができない。
桜花も心配しているようで、ずっと俺の傍から離れない。まぁ、今は俺の膝を枕にして寝ているんだが。
「凍華は……というか、魔刀全般なんだが、生まれた時から魔刀なのか?」
「哲学ですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……ちょっと、気になってさ」
思えば、魔刀とは謎だらけの存在だ。
人にもなるし、刀という武器にもなる。その切れ味は通常の武器に追従を許さない程に鋭く、その強度は同じ魔刀や、勇者が持つ伝説級の武器でしか傷を付けられない程だ。
だが、魔刀は生まれた時からそういう存在なのだろうか? 自我が形成されてから、自分が人間にも武器にもなれる存在だと認識している物なのだろうか?
「……例えばですけど、桜花ちゃんは生まれた時から魔刀ですよね?」
「そういえば、そうだな」
「ですが、桜花ちゃんは自らがどういう存在なのか、とういう事で悩んだりはしていません」
「つまり、魔刀は生まれた時から魔刀だと?」
「いえ。どちらかと言えば、桜花ちゃんが特殊なケースでしょうね」
その言葉に俺は頭を抱えそうになる。
今一歩、凍華が言いたい事が理解できない。魔刀は最初から魔刀だったわけではない、という事なのか?
「誓約があるので詳しくは言えませんけど、私達にはそれぞれ過去があります。兄さんがそれを知るには、相当な努力をしなければいけませんけど……それでも、私は全員の過去をきちんと知ってほしいと思っていますよ」
勿論、私も含めてですが。と凍華は言って、膝の上に置いてあった黒い布を縫う作業に戻った。
魔刀達の過去に興味はある。だが、ソレを“興味”という理由だけで覗いていいのか迷っている自分も居る。
「てか、前世の記憶を思い出したら、それもわかるんじゃ……?」
「それはないですね。お兄ちゃんはそこまで辿り着けませんでしたから」
魔王を倒して、勇者達を倒した世界最強と言っても過言でもない純でさえ辿り着けなかった領域って、どういう事だよ……。てかそれ、俺が辿り着ける物なのか?
「~♪」
そこら辺を詳しく聞こうかと思ったが、凍華は鼻歌を歌いながら手元の作業を楽しんでいるようだし、恐らくは聞いても「そこは兄さんが考える事です」とでも言われる気がする。
(魔刀達の過去、か……。努力って言ってたけど、恐らくは普通の努力ではどうしようもないんだろうな。それだけで到達出来るのであれば、純が既に知っているはずだし)
しばらく凍華の鼻歌をBGMに色々と考えてみたが、答えは出てこないまま時間だけが過ぎ、俺はそれ以上考える事を止めた。
「出来ました!」
「ん?」
と、そこでタイミング良く、凍華が手元にあった黒い布を持って立ちあがった。広げられたソレは、龍剣山に到着してから姿が見えなかった、シエル姫から貰ったあのマントだった。
ボロボロで所々解れていた場所は完全に修復されており、裾はボロボロのままだが、他の部分は貰った時と同じになっていた。
「……」
凍華はその完成度に満足したように頷いた後、そっと俺の膝を枕にして寝ている桜花へと掛けた。
「さて、私はそろそろ夕食の準備をしてきますね」
その言葉にふと窓を見てみれば、もう夕暮れを過ぎてそろそろ夜になろうとしている時間帯だった。考え事をしているうちに結構時間が経っていたらしい。
俺の横を通り抜けて出入り口へと歩いて行く凍華に、俺は最後に一つだけ質問をする事にした。
「凍華」
「どうかしましたか?」
「……凍華は、何者なんだ?」
一瞬だけ目を見開いた凍華は、満面の笑みを浮かべて右手の人差し指を立てて自らの唇へと当てた。
「秘密です。私の口からは言えないので、兄さんが見つけてください。ずっと、待っていますから」
それだけ言って、凍華は鼻歌混じりに部屋を出て行った。
残された俺は、桜花の頭を撫でながら天井を見上げた。
「やっぱり、よくわかんね……」
呟いた言葉は、室内を木霊して宙へと溶けて行った。




