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【閑話】とある少女の軌跡

 ゆうが去った後、龍神りゅうしんは一人で昔の事を思い出していた。

 永劫の時を生きる龍神にとって、その出来事がいつ起きた事なのかはもう思い出せないが、その時の記憶だけは今でも色濃く残っていた。


『あの子はアヤツとは全然違うタイプの人間だったな……』


 脳裏に浮かぶのは一人の少女。

 生きる希望も生きる意味も何もかもを無くしてしまったと言わんばかりの生気を失った目をした、とても幼い少女。


『ふむ……』


 龍神はそっと目を閉じた。

 過去の事を思い出すように、ゆっくりと。




◇ ◇ ◇




『お主は誰だ?』

「……」


 龍神は、目の前に立っている少女に対してもう何回目になるかもわからない疑問を口にした。だが、少女はここに来た時からずっと同じように、黙って龍神の事を見上げているだけだ。


『……何て目をしている。生きる事にさえ疲れ果て、希望は最初から存在しないと思っている目だ。その若さでお主はどれだけの絶望を見て来た?』


 生気を失い、据わった目をした少女に語り掛けるも、答えが返ってくる事はない。

 龍神はどうしたものかと考えつつも、このままでは少女の首が疲れてしまうと考えて自らの首を下げて少女の視線に高さを合わせた。


「……」

『お主、名前は何という?』

「……」

『……見た所、人間のようだな。服も中々に良い物を着ているが、どこかの貴族か何かか?』

「……」


 何も答えない少女に龍神はそっとため息を吐いた。

 もういっそ放っておこうかと考え始めた辺りで、少女の小さな手が龍神の頬に触れた。


『む……?』

「あなたは……龍神様なの?」

『いかにも。我こそ、上位存在の一柱である龍神だ』

「私の事を、殺してくれるの……?」


 少女の目に一瞬だけ希望が灯った。

 その事に龍神は嫌な気持ちになった。龍神は別に人間が嫌いとかそういう事を思った事は一度も無く、逆に人間の事を興味深く見守るくらいには、人間の事が好きだった。その中でも、幼い子供というのは何よりも尊い生き物だと思っているのだ。

 本来であれば無邪気に遊んだりしているはずの年齢である目の前の少女が、死ねるかもしれないという事に希望を抱いてしまうような状況が龍神の心を締め付けた。


『残念だが、我は人間を食べる事はない……』

「そっか……」

『お主、何があった? どうして、そこまで死を求める?』


 その言葉に目を伏せた少女は何かを考えた後に、力なく笑った。


「私、ステータスがないんです」

『なんだと? お主はどこからどう見ても人間ではないか。人間という種族は生まれつき星霊せいれいの加護を受けていて、ステータスを持っているのではないのか?』

「それが……理由は分からないんですけど、私は持っていないんです」


 少女の言葉に龍神は頭を抱えそうになった。

 魔王が何者かに倒されて五年。異世界から召喚された勇者達が強力なステータスを所持していた事から、今の人間界は“ステータス至上主義”となっていた。

 つまり、ステータスを持たないこの少女が生まれてここまでどういう扱いを受けて来たかは、想像しなくても分かる程に厳しいものだったという事が理解できたのだ。


『そうか……』

「すいません。私の話をしても面白くないですよね……」

『いや、そんな事はない。それで、どうしてお主は我が居るここに来る事が出来た? ここに来るには、我の血を飲まなければいけないはずだが……』

「それは、私にもわからないんです……夕食に出されたスープを飲んだら、身体が熱くなって……気づいた時にはここに居ました」

『ふむ……』


 その発言で、龍神はスープに自らの血を盛られた事を理解した。

 龍神の血とは、適正がある生物には問題の無い物だが、適正がない生物が口にすればたちまち猛毒となって接種した生物を殺す物なのだ。

 つまり、この少女は何者かによって毒殺を計られたという事になる。


『本来であれば、お主は我の血を飲んだ時点で死ぬはずだが……ここに居るという事は、どうやら適正があるらしいな』

「……適正?」

『うむ。我と契約をする適正だ。まず、この世界には四体の上位存在が居て――』


 龍神は少女に上位存在やステータスの事などを説明した。

 それは、初めて自分と契約できる人間を見たという好奇心と彼なりの不憫な少女へ向けての優しさだった。


「そうだったんですか……」

『して、お主は我との契約を望むか?』


 龍神としては、是非とも契約してほしかった。自分と契約した人間がどのように生きるのか興味があったからだ。

 問われた少女は微笑みを浮かべて頷いた。その微笑みはどこか儚く、触れればたちまちガラス細工のように砕け散ってしまう錯覚さえ覚えさせる物だ。


「はい。私が力を手に入れれば……お母さんも愛してくれるかもしれませんから」

『……』


 その言葉に、龍神は言葉を失った。

 絶大な力を手に入れたとして、人間とは何やかんやで強欲な生き物であるために世界征服などを目指す物だと思っていたからだ。

 それなのに、少女が望んだことはただ一つ“母親に愛されたい”という幼い子が当たり前のように与えられるはずの物だった。


『我の力は、人間の理を超えてしまっている……仮に、お主が絶大な力を手に入れたとしても、人間からは恐怖され、母親からは拒絶されるかもしれぬぞ』

「もしかしたら……ですよね? だったら、もしかしたら、お母さん達が受け入れてくれるかもしれません」


 少女の意志は固い。そう判断した龍神は“龍血の契り”を少女と交わした。

 自らの身体から溢れ出る力に少女は一瞬だけ目を見開いたが、瞬時に受け入れて龍神の前に跪いた。


「龍神様、ありがとうございます」

『うむ……』


 お礼を言って立ち去ろうとする少女。

 その小さな背中に龍神は待ったを掛けた。それは、特別何か理由があったとかそういうわけではない。この少女がそのまま元の世界に戻ったとして、ソレで上手くやっていけるかどうかが気になったのだ。


『待たれよ。お主は今までどこで暮らしてきた?』

「屋敷の一室で暮らしていました。外に出る事は許してもらえなかったので……」

『そうか。つまり、この世界の常識などを知らないというわけだな?』

「お恥ずかしながら……」


 龍神は決意した。

 今まで全ての人間を愛するために使っていた労力を、目の前に居る少女に向けようと。


『少し、移動しよう』

「え?」


 龍神が魔力を込めると、何もなかった白い空間から周りが大きな本棚に囲まれた空間へと移動した。

 その圧倒的な光景に少女は目を見開く。


『お主、文字は読めるか?』

「いえ……そういう物は教えてもらえなかったので……」


 その言葉に龍神は一瞬だけ言葉を失ったが、気を取り直して少女の前に小さな机と椅子。それから羽ペンと数枚の紙を出現させる。


『では、我が教えてやろう』

「いいんですか!?」

『うむ。我と契約した者が文字も読めないとあっては、我の沽券に関わるのでな』


 こうして、龍神はまず少女に文字を教えた。少女の知識への欲求は凄まじく、すぐに人間が使う共通言語を覚え、そこから獣人・魔族へと進み、あっという間に全ての言語を習得した。


 その頃には、少女の目も活気を僅かに取り戻し、時折笑顔を見せてくれるようになっていた。


『お主は物覚えがいいな……では、次はここにある本を好きなだけ読むといい』

「い、いいんですか!?」


 龍神の言葉に少女は驚く。本とはとても高級品であり、薄い物でさえ王族などでしか読む事が出来ない代物だからだ。しかも、この空間にある本はどれもこれも分厚いハードカバーであり、王族であっても簡単に読めるものではない。


『うむ。好きなだけ読むといい』

「わぁ……!」


 許可を貰った少女はすぐさま本棚の方へと行き、数冊の本を持ってきて小さな椅子に座って読み始める。

 その姿を龍神は愛しい我が子を見守るように見つめ、途中で飲み物もあった方がいいかと思いつき、魔法で出した緑茶を少女の前へと置いた。


「これは……? 緑色で、初めてみる飲み物ですが……」

『コレは、リョクチャと言ってな。異世界の飲み物らしい。苦味がある故にもしかしたら口に合わないかもしれぬが、我の好物故に一度は飲んでみてほしいのだ』

「わかりました。ありがとうございます」


 湯呑を持って一口飲んだ少女は目を見開き、すぐに全部飲んでしまった。


『気にいったようじゃな』

「はいっ! こんなに美味しい飲み物を飲んだのは初めてです!」


 満面の笑みを浮かべる少女に龍神は心が温かくなるのを感じながら、おかわりを注ぎ、自らも少女の前に座った。


「……」


 そんな龍神に微笑んだ少女は、自らが持ってきた本を読み始め、静かな……されど温かい空気が空間を支配した。




◇ ◇ ◇




 時が流れるのは早い。

 龍神が少女に好きなときにこの空間に来れるようにした事で、少女はちょくちょく来ては龍神と話しをしたり、本を読むようになった。


 そんな生活が始まってから五年。

 ある日、少女から女性へとなりつつある女の子がいつものように龍神の下へとやってきた。


『おぉ、お主か。よく来たな。今、リョクチャを淹れよう』

「いえ……今日は、龍神様にお話がって来たんです」

『うむ……? どうした?』


 五年でよく笑うようになった少女は、その日だけはどこか寂しそうな顔をしていた。その事が、龍神に嫌な予感を感じさせる。


「実は……私、国の王になる事になったんです」

『……!!』

「私の国で、クーデターがありました。その際、私が前国王の隠し子である事が判明しました。現国王が倒された以上、この国を引っ張って行くのは私しかいないと言われ……」

『そうか……』


 前国王の隠し子であり、ステータスを持っていないとしても、ソレを超える力を保持している女の子は国王として申し分ないのだ。

 しかも、成長した女の子はそれはもう美しく、男女問わずに誰もが振り向く程だった。


「私、本当は国王なんかになりたくありません……ですが、みんなを守るには、こうするしかないんです……」

『ふむ……』

「龍神様には、大変良くしていただきました……ありがとうございます」


 そう言って女の子は頭を深く下げて、その場から居なくなった。

 最後まで龍神は、自らの本心を語る事なく、女の子が使っていた小さな机と椅子を見つめていた。


「黄昏ていますね」

『む……。なんだ、運命の女神か』


 運命の女神と呼ばれた金髪の女性は、そっと肩を竦めた。


「あの子、大丈夫でしょうか?」

『お主も見ておったのか……あの子は、とても優しい。それ故に何者かに利用されるんじゃないかと我も心配しておったのだ』

「あそこまで綺麗だと、政略結婚とかに使われそうですよね」

『ならんッ! あの子は、我が認める相手でないと決して渡さないぞ!!』

「すっかり父親ですね……でも、私も気に入っているので、私の加護を上げましょう」


 運命の女神が両手を伸ばし、何かに触れるようなしぐさをすると、空間を光が埋め尽くす。

 その光景に龍神は忌々しそうに目を細めた。


『お主の加護は眩しくてかなわんな』

「私だって気にしてるんですから……とりあえず、私の加護を与えたのであの子の人生は多少マシになったと思いますよ」

『そうであるといいな……』

「あと、あの子は死後、またここに来ると思いますよ?」

『どういう事だ?』

「元々はそんな予定はなかったのですが……運命の糸が繋がってしまったので、そうなってしまったんです」

『お主の言う事はよくわからん……』

「色々と規則があるので……とりあえず、またあの子が来た時は優しくしてあげてくださいね?」

『言われるまでもない。あの子は我の宝だぞ?』

「世界の八割を壊した龍とは思えない発言ですね……まぁ、丸くなったのならそれはいい事ですけど」


 運命の女神はそう呟いてその場から姿を消した。

 龍神はふんっと息を吐いてから、もう一度女の子が使っていた机と椅子を見つめた。


『何十年でも待っていよう。我は人間とは生きる時間の流れが違うしな』


 龍神の言葉は誰も居ない空間にそっと木霊した。



 それから、数十年後。女の子は運命の女神が言った通り、龍神が居る空間へとやってきた。見た目は二十歳かそこら辺であり、何故自分がここに居るのかわからないと言った風に辺りをキョロキョロしていた。


『久しいの。大きくなったようで何よりだ』

「龍神様……お久しぶりです。死んだはずなのに何故かここに戻ってきてしまいました」

『そうか……人生は順風満帆だったか?』

「どうでしょう……? 中々に苦労はありましたけど、面白い人生だったとは思います」


 白い和服を来た女性はそう言って笑った。

 その顔に龍神は満足げに頷くと、女性の前に一枚の紙を浮かべる。


「これは……?」

『運命の女神から渡された物でな……我も詳しくは知らないが、何やらお主は死後もあの世界で存在する事が出来るらしい。ただし、一度死んでしまっている故に人間にはなれぬし、名前も変えなければならない。お主が望むのであれば、このまま輪廻転生の輪に行く事も出来るとの事だが……どうする?』


 龍神の話を聞いた少女は、嬉しそうに微笑んだ後、過去に使っていた羽ペンで紙に色々と書いていく。


「では、これでお願いします」

『ふむ。種族は“魔刀まとう”? 中々に珍しい物になりたがる』

「ダメでしょうか?」

『いいや。きっと、お主にとって由縁のある物なのだろう。名前は――“凍華とうか”、か。いい名前じゃないか。お主にピッタリだ』

「ありがとうございます」


 龍神が確認し終わるのと同時に、紙は光となって女性の身体へと吸い込まれていく。


『これで契約は完了だ。さて……では、どうしようか?』

「色々と龍神様に話したい事もあるので、少しだけここに居てもいいでしょうか?」

『では、リョクチャを淹れるとしよう』


 こうして、“魔刀まとう凍華とうか”は誕生した。

 凍華と彼が出会うのは、まだまだ先の話。

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