上位存在
今回は少し説明回となっております。
騒がしい。
どこかで聞いたような鳴き声で俺は目を開けた。いや“開けたはず”だった。だが、視界は真っ暗であり世界は暗闇に塗りつぶされていた。
それだけじゃない。両腕も動かそうとしているのに動かないのだ。
言いようのない恐怖心が俺を襲う。
人間、五感のうち一つでも奪われると軽いパニックになるというのは本当のようだ。
「と、凍華……」
とりあえず、絶対に返事を返してくれるであろう魔刀の名前を呼ぶと、誰かが遠くから急いで近づいてくる気配を感じた。それと同時に、俺の左腕も動くようになった。
「兄さん、目を覚ましたんですね!」
「ああ……だが、目が見えない。右腕も動かないし、どうなってる……?」
「今、みんなを持ってきます。どうかその場から動かずに待っていてください」
凍華が遠ざかって、再度戻ってきた時には俺の視界は回復して、両腕も動くようになっていた。
「一体何が……え?」
右手で頭を掻きながら見回してみると、そこには“色とりどりの龍”が俺を囲むように存在していた。その中には、あの黒龍も居た。
「む……目が覚めたようじゃな」
「龍剣……コレは一体どういう事だ?」
「儂らは大きな魔力の鼓動を感じたためにここに来たにすぎん。そこでたまたまアレを見つけてしまっての」
龍剣が指さした方を見てみれば、門の前に並んでいる鎧姿の人間が見えた。所謂、騎士団という奴だろう。だが、その鎧には汚れどころか傷一つ付いておらず、恐らく実戦で使った事はないと判断できる。
「アレは王国の近衛騎士団です。兄さんの予想通り、実戦で戦う事はほぼ無いですね」
「アヤツらが寝込んでいるお主を遠距離から攻撃しようとしておったのでな。こうして守っていたというわけじゃ」
よく見てみれば、近江騎士団の背後にはドでかいクロスボウが設置されていた。
アレって、攻城兵器とかに分類される物じゃ……?
「てか、周りが氷漬けになってる気がするんだが……コレって、俺がやったのか?」
「正確には、お主らが……じゃな。魔力を込め過ぎたためにこうなってしまったのじゃ。まぁ、我ら龍には効果がないにしても人間やランクが低い魔物にとっては脅威じゃろうな」
「どういう事だ?」
「この一帯の氷だけだと思うが、他人が踏み込もうとすると凍らせようとするのじゃよ」
よかれと思ってスキルを使ったらやらかした件について……って、現実逃避している場合じゃねぇ! この氷を何とかしないとこの一帯、誰も近づけなくなるじゃねぇか。
国王とかが困るのは別にどうでもいいが、城下町とかの人間にも影響が出るのは流石に気が引ける。
「凍華、この氷をどうにか出来るか?」
「残念ですが、無理ですね……この氷は自然に溶ける事も無ければ、何かで壊す事も出来ません」
「そうか……龍のブレスで溶けたりは……?」
「ふぅむ……この氷は一種の呪いじゃ。それ故に我らのブレスであっても溶かす事も壊す事も不可能じゃな。唯一方法があるとすれば、コレを施したお主自身が解除するしかないのぉ……」
龍剣に言われて解除しようとするが、周りの氷はうんともすんとも言わない。
てか、解除ってどうやるんだ?
「まぁ、今のお主には出来ないじゃろうがな……」
「どういう事だ?」
「この氷はお主よりもランクが上なのじゃよ。故に強制解除する事はできぬ」
使った本人よりもランクが高いってどういう事だよ……。
まぁ、あの時は俺が持てるだけの魔力を叩きこんだし、今の魔力0の俺と比べたらランクが違うっていう事なんだろうか。
「でも、このままってわけにも、なぁ?」
「え? あ、うん。そうだね。はい、コレお茶」
「ありがと」
ん……?
何の違和感も無く手渡された湯呑。それが差し出された方を見てみると、そこには白衣を身に纏って湯呑を乗せたお盆を持った佐々木が立っていた。
「え? 何でここに? 俺ら以外はここに来れないはずじゃ?」
「うーん、何か私は大丈夫なんだよねぇ」
「恐らく、兄さんが守りたいと思ってる人だからだと思いますよ」
湯呑に入った緑茶を飲みながら、凍華がさらっと言う。
その言葉に佐々木の顔はボッ! と火が付いたように真っ赤になり、俺は「なるほどなぁ~」と納得した。
「そういう判断基準なのか」
「あくまで予想ですけどね。ところで、佐々木さんはあのまま放置していいんですか?」
チラリと佐々木の方を見てみると、何やら呟きながらくねくねとしている。
正直言って、何だか怖いから放置していたい。
「いいんじゃないか? そのうち戻ってくるだろ……」
「逃げましたね……」
「逃げたのぉ……」
二人が何かを呟いたが、聞こえなかった事にして凍華が持ってきて俺の近くに立てかけてあった、桜花、白華、寝華を腰に差していく。
何か、腰に魔刀が差してあるという事が当たり前になっていて、無いと逆に落ち着かなくなってしまった。
「さて、どうすっかなぁ……」
いつものように左手を桜花の柄頭に置きながら、湯呑に口を付ける。
現状、俺に打てる手はないんだよなぁ……。
「椿の言う通り、コレを持ってきて正解だったようじゃな……」
「ん? なんだそれ?」
龍剣の右手にはいつの間にか大き目の瓢箪が握られていた。
もしかして、酒でも入ってるのか? こういう時はやけ酒して問題を先延ばしにしよう的な?
「お主は、ステータスを捨てる気はあるか?」
あぁ……ステータスとかあったなぁ。
何か、見る暇がなかったからいつぞやに開いてから一度も開いてない。今ならあの時よりもずっと強くなっているであろうという自信はある。
それを捨てる……その行為にどんな意味があるのか、俺にはわからない。
「龍剣様……まさかッ!」
「うむ……凍華殿の主に龍血の契りをしようと思う。そうすれば、この氷を処理する事も出来るじゃろう」
「龍血の契りってなんだ?」
「それは、私が説明します。まず、この世界でステータスというのは人間しか持っていません。理由は諸説ありますが、一番有力とされているのは“人間の始祖と星霊が契約した”という物ですね」
「まぁ、大体合ってるのぉ……」
「そして、この世界には神の下に四体の上位存在が居ます。一つ目が兄さんも見たことがある龍達の神である龍神。二つ目が狼神。三つ目は人間が契約したと言われている星霊。四つ目は魔人達に信仰されている上位存在なんですけど、コレは名前が明かされていません。“沼”と呼ばれていますけどね」
「沼、か……」
何だか、その名前が引っかかる。
この気持ちは、そう……嫌悪感だ。“沼”という存在に会った事はないが、一般的な呼び方を聞くだけでここまでの嫌悪感を抱くというのも中々だ。
「上位存在との契約にはそれぞれ触媒が必要となっています。星霊はわかりませんけど、沼は泥。龍神と狼神は血ですね。そして、基本的に上位存在との契約は一体としかする事が出来ません。契約は上書きされるんです」
「なるほどな。そこまで説明されれば、俺にもわかった。龍剣が持っている瓢箪には龍神か狼神の血が入っているんだな?」
そして、その血を使って契約したとしたら、俺は星霊との契約が切れてステータスを失う。
その結果、どうなるかはわからない。もしかしたら、俺の強さとはステータスの恩恵ありきでの力なのかもしれない。そうだった場合、俺は弱くなるだろう。
「お主が何を考えているかはわかる。自分が弱くなる事を懸念しておるのだろう?」
「……その通りだ。俺は、美咲を救うためにも弱くなるわけにはいかないんだ」
「ならば、それは杞憂というものじゃ。この瓢箪には龍神の血が入っておる。そして、龍神とは通常、龍種としか契約をしない……いや、出来ないと言った方が正しいのぉ……」
「俺は人間だぞ? 契約できないじゃないか」
「それは、お主次第じゃよ。星霊は星詠みの力でステータスという“成長する事で真価を発揮する力”を授ける。それ故に契約の反動は少ない。じゃが、龍神は力そのものを授ける。それ故に未熟な者が契約しようとすれば、力に溺れ、形を失う」
人間とは矮小な存在じゃからな、と龍剣は言ってお茶を啜った。
龍が契約する力となれば、かなり強力な物だろう。問題は、俺がソレに耐えられるかどうかだ。
「どうする?」
「決まってる……」
美咲を救うためには手段は問わないとあの時誓った。
ならば、俺が取るべき選択肢は一つだ。
「どうすればいい?」
「コレを飲めば問題ない。といっても、一口だけで――」
俺は龍剣が言い終わる前に瓢箪をひったくり、一気に中身を飲みほした。
「「あっ――!!」」
凍華と龍剣の声が重なった事が何故か印象的だった。




