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序曲を奏でる

 どれくらい倒れていただろうか。

 数秒、数分、数十分……もしかしたら、数時間かもしれない。


「行かなきゃ……」


 どれだけの時間を有したかはわからないが、俺はどうにか気を持ちなおして立ちあがる事が出来た。

 ぶらりと力なく垂れ下がる右腕。いいように遊ばれた事で服にも土が付いている。


《兄さん、動いちゃダメです!》

「でも、行かなくちゃ……」


 右手から零れ落ちた白華しろかを左手で拾い上げる。

 刀身は銀色に戻っており、俺が手に取っても声が聞こえない所からして気を失っているのかもしれない。


 白華を鞘に納めるのと同時に、俺の身体はグラリと揺れて倒れそうになるが、ソレを誰かが支えてくれる。

 どこか甘い匂いがする……この匂いは、凍華とうかか。


桜花おうかちゃんと白華しろかちゃんは先ほどの戦いで気を失っています。翠華すいかは兄さんの傷を手当てしようとしているようですが……擦り傷は治せても肩やそれ以外の部分は魔力の関係上難しいそうです」

「そうか……」


 凍華の言葉を聞きながら、自分の身体を見下ろすと、気づいていないだけで結構傷を負っている場所が多かった。

 右肩は外れ、両太ももは所々肉が抉れている部分があったりする。


「今はまだアドレナリンのお陰で痛みを感じていないかもしれませんが、それが無くなるのも時間の問題だと思います」

「だが……行かないと……」

「……それに、兄さんが最後に魔力補充剤まりょくほじゅうざいを使って一時間が経ちました」


 なるほど……。

 この身体の怠さは副作用によるものか。


「凍華、俺はどれくらい倒れていた……?」

「約二分ほどです」

「そうか……まだ、間に合うかもしれないな」


 ふらつく身体を動かして歩こうとする俺を凍華は素早く支えてくれるが、その顔は苦しそうだ。

 恐らく、俺が無理をして身体を動かそうとするのが嫌なんだろう。だが、それでも、俺の意志を尊重して何も言わずにこうして支えてくれる事が嬉しく思えた。


「すまん、ありがとう」

「そう思うのであれば、大人しく休んでほしいんですけど……でも、佐々木さんが心配ですもんね」

「ああ……もう、二度と、奪わせはしない……ッ」


 胸ポケットから【魔力増幅剤】を取り出し、口に咥える。

 コレで三本目……副作用は身体が怠くなるでは済まないだろう。


「凍華、火を頼む」

「……わかりました」


 凍華は、そっと俺の胸ポケットに入ってたマッチ(あの男から受け取ったヤツ)で火を付けてくれる。

 軽く吸い込むと、先ほどまでの怠さが嘘のように消え、身体に力が入り始める。


「ぶっつけ本番になるが、力を貸してくれるか?」

「もちろんです……私は、兄さんの武器ですから。どこでも、どこへでも付いていきます」


 自らの足でしっかりと立って凍華に聞けば、そう返ってくる。だが、その顔はどこか悲しそうだった。

 謝りたかったが、今は時間がない。

 凍華の手を握ると、そこには大太刀が出現する。


「本当に、久しぶりだ」


 抜刀し、鞘は背負う。

 久しぶりに持った凍華は、形が変わったのに前と同じように俺の手によく馴染んだ柄をしていた。

 刀身は良く見れば少し青みがかっており、柄頭には前と同じく赤い紐が付いており、その先には綺麗な音を奏でる鈴がある。


 凍華が折れた際に音が鳴らなくなっていた鈴だが、どうやら修復されたらしい。

 軽く振ってみると、前と変わらず澄んだ鈴の音が聞こえてくる。


「さて、行くか」

《はい。王都の方にはまだ敵が残っているみたいです》

「了解……っと、そうだ」


 確認したい事があって振り返ってみると、やはりそこには俺が殺したはずのデュラロス・ローランの死体は無かった。

 血の跡があるから、殺した事が幻覚だったとかそういう事ではないだろう。多分、リベージが持って帰ったのだろう。


「……」


 リベージの事を思い出すと心底腹が立つが、今は気にしている場合ではない。

 俺は、両脚に力を込めて王都の方へと一歩、踏み込んだ。




◇ ◇ ◇




「みんな、急いで!!」


 後方に設置された大きめのテントの中で白衣を所々赤く染めた佐々木が声を上げる。

 周りには、撤退命令が下されたにも関わらず、同じく白衣を来た人やケガをして動けなくなった兵士達が沢山居た。


「薬品とかは持って行けない……重症の人から、早く門へと行ってください!」

「ササキさんは!?」

「私は、一番最後に行きますから! だから、早く行ってください!!」


 同僚の看護師に聞かれた佐々木は言外に「ここで口論している暇はない」と含めて叫ぶ。

 シエル姫が裏で色々と手を回していたため、佐々木は医療関係の部署でも上位の地位を受け取っている。そのため、こういう緊急時に命令権が与えられるのだ。


 同僚もその事と佐々木の気持ちを汲み取って、深く頭を下げた後に重症患者を連れてテントを去って行く。


(王都の方から凄い音がしてから約十分……そろそろ、定期連絡が来る時間だけど、それらしい気配はないし、もしかして何かあったのかな……)


 支給品の懐中時計を見ながら、佐々木が考え事をしているとテントの外が騒がしくなってくる。


「……?」


 佐々木が気になってテントの外に出ると、そこは地獄だった。

 

 前線は既に目と鼻の先となっており、佐々木が立っている場所からでも壮絶な殺し合いがハッキリと見える。

 兵士達はそれぞれ“何かを守る”ために血眼になって戦い、魔物達はそれを踏み潰すために戦う。

 血が舞い、肉が飛び散り、身体の部位が転がる。佐々木にとって、元の世界では無縁だった世界がそこに広がっていた。


「前線がここまで来ちまったか……」

「おい! 足と腕が動くヤツは武器を持って!!」

「もうとっくに準備出来てるよ」

「ほれ、お前の剣だ」


 佐々木がその光景に息を飲んでいると、背後からそんなやり取りが聞こえてくる。

 振り返ってみれば、ケガをして運ばれてきた兵士達がそれぞれその手に武器を持って出撃しようとしている所だった。


「何をやってるんですか!?」


 佐々木がそれを止めようと声を上げると、一番前に立っていた男性がそっと手を付き出した。


「貴女には感謝しています。仲間を助けてくれましたから。ですが……いや、だからこそ、前線がここまで下がってしまった以上、私達は戦わなくてはいけないんです」


 その言葉に、武器を持った兵士全員が頷く。

 彼らは皆、片腕が折れていたり、腹を切り裂かれたりと重症を負っていた。それでも尚、戦うと言うのだ。


「そんな……」


 佐々木の目からしても無駄死しに行くような状態だ。


「……ありがとうございました」

「「「ありがとうございましたッ!!」」」


 制止するための言葉を考えている途中で、兵士達は佐々木に対して頭を下げ、そのままテントを出て行った。


「……」


 その後ろ姿を、佐々木は見送る事しかできない。

 この世界に来て、一度の実戦を経験し、佐々木は色々な事を学んだ。

 兵士という職業がどういう事をするべきかなども頭では理解している。故に、こういう場面でしつこく声を上げる事はしない。

 一分一秒、自分が声を上げた時間で彼らの生死が別れるかもしれないからだ。


「……バカ……」


 それでも、感情だけは抑えられない。

 佐々木は傷ついてテントに運ばれてくる人達を見る度に、前回の戦いで瀕死の重傷を負った状態で運び込まれてきた裕の事を思い出す。

 あの時、理解したのだ。自らの近い人間がいなくなってしまうかもしれないという恐怖を。


 きっと、今出て行った兵士達にも帰りを待つ人が居るだろう。

 それなのに、彼らはソレを守るためだけに、死ぬ本当のギリギリまで身体を酷使する。それで、仮に死んでしまったとしても「俺達は守れた」と満足げに笑って死ぬだろう。

 現に、この戦いが始まってからでも運び込まれて間に合わなかった兵士の大半はそう言って息を引き取って行った。


「残された方の気持ちなんて、考えてないんだ……」


 佐々木は、どちらかというと“残される”立場だ。

 そして、あの時の経験――それらから、残される方が辛いという事を理解していた。


 だからこそ、必死に患者を助けようとする。

 だからこそ、どうか無事に帰ってきてほしいと願う。


「本当に、バカ……」


 佐々木は、そっと彼らが無事に帰ってこれるように、祈った。

 神は信じていない。だから、自分が今一番信用していて、尚且つ戦場のどこかに居るであろう人物――一ノ瀬 裕に祈った。




◇ ◇ ◇




 戦場を駆ける。

 ただ前へと進む事だけを意識して、障害となる魔物だけを最小限の動きだけで切り捨てて行く。


「王都の方はまだ燃えてるか……!!」

《前線も大分下がっていますね……コレは、本当に時間の問題になりそうです》


 凍華の意見を聞きながら、更に前進するスピードを上げる。

 身体強化を限界まで使い、足を止める事をせずに目の前に居る魔物を斬り捨てる。

 両脇からの攻撃は全て無視する。この速度で動いてれば致命傷を貰う事はない。当たったとしてもよくて肉を斬られるくらいだろう。


 既に身体の感覚なんてものは存在していない。

 痛みも疲れも……何も感じない。


「うおおおおおおおッ!!」


 凍華を振り回し、前へと進む。

 佐々木が居るであろう白いテントは遠目に見えている。もしかしたら、既に逃げているかもしれないがあの性格では残っている可能性の方が高い。


《――見えました!!》

「――ッ!!」


 凍華の言葉に視線をテントから外せば、前線で戦っている兵士達が見えた。

 ギリギリで死守しているのか、そこには横一直線に魔物と兵士の死体が転がっており、地面も元の色を失って赤と緑、それに紫などが混ざった液体で染められていた。


「凍華ッ!」

《はいっ! 行きます!!》


 凍華の刀身がハッキリと青く染まる。

 コレは、凍華の魔力を刀身に纏わせる事で、一時的に切れ味を増加させ、氷属性を付与するという物……らしい。


「ふっ!!」


 こちらに背を向けていた巨人の肩へと飛び乗り、その首を刈って兵士達の方へと着地する。

 突然乱入してきた俺に一瞬だけ目を向けた兵士は、敵ではないと判断したのか戦いへと再度集中していく。


(負傷者ばかり……それに、一度手当てした形跡があるという事は、一回撤退してもう一度出て来たのか?)


《この状況では、話を聞く事も出来ませんね》

「そうだな……どうするかなッ!!」


 迫ってきていた魔物を切り裂く。

 こう乱戦となっていては、誰かに声を掛けて状況を聞く事なんて出来ない。


《方法はあります。ですが、兄さんの身体が持つかどうか……》

「何でもいい。教えてくれ」

《わかりました》


 脳内に凍華から、スキルの使い方が送られてくる。


「確かに、辛そうだ」


 だが、やるしかない。そう自分に言い聞かせて凍華を逆手に持つ。

 そして、自らの魔力を凍華に流し込んでいく。コレは、龍剣との修行で問題なく出来るようになっていたので苦労はしなかった。


「……ッ!」


 自分の身体から魔力が吸い取られていく感覚は、どこか恐怖心を煽る物だった。

 てか、どんだけ吸い取るんだよ……!!


《お待たせしました。威力と範囲は下がりますが、いけます》


 待ちに待った凍華の言葉。

 一歩踏み込み、前線の兵士よりも前に出て、凍華を全力で地面に突き刺す。


「凍れぇぇぇええぇぇぇッ!!」

《――序曲じょきょく氷姫ひょうきなげき》


 突き刺さった刀身を中心に、魔力が放出される。

 その魔力に当たった魔物達は瞬時に凍らされ、一瞬で俺の目の前には氷像ひょうぞうが出現した。


 静寂――誰も何も言わない戦場。


 魔物だって全てを凍らせられたわけではない。俺の魔力ではせいぜい前方10m程しか凍らせる事は出来ていないだろう。

 それなのにも関わらず、魔物達は進軍を辞めた。次は我が身と思って保身に走っているのか、それとも何かを待っているのか。


《どちらにしろ、時間はあまりありません》

「そうだな……」


 俺は凍華を引き抜いて即座に反転する。

 この氷漬けが持つのはそこまで長い時間ではない。あと一分もしない内にこの氷像は砕け散り、後続の魔物達が進軍を再開するだろう。


「ちょっといいか」

「あ、あぁ……」


 適当に近くに居た兵士に話しかける。

 唖然としていたようだが、俺が話しかけた事でどうにか気を取り戻したようだ。コレなら、会話に支障はないはずだ。


「治療担当の奴らは全員撤退したのか?」

「い、いや……まだ数人残っているはずだ。負傷者もまだ避難出来ていないはずだしな」


 お前も負傷者だろ……という言葉をそっと飲み込んで本題に入る事にする。


「その中に、佐々木という名前のヤツはいるか?」

「ああ……お前、知り合いなのか?」

「いや……でも、そうか。やっぱり、まだ残っていたか」

「お前、あの人とどんな関係が――」


《時間です》


 兵士の声と凍華の声が重なる。

 ソレと同時に、氷像が一気に砕け散る。


「なっ――!」

「……」


 兵士が慌てて前線へと駆けて行くのを横目に、俺は白テントの方へと向かう。

 聞きたい事は聞いたから、俺は目的を達する事にしよう。


《いいんですか?》

「別に、アイツらの事は知らないしな」


 白テントの方へと行くと、そこには負傷兵が医療員と共に撤退の準備をしている所だった。

 チラリと見てみたが、そこに佐々木の姿はない。


《テントの中です》

「わかった」


 凍華の言葉に頷きつつ、テントの中に入ると、そこは戦場だった。

 俺がさっきまで居たような戦場ではない。コレは医療関係の戦場だ。鼻に付く消毒液と血の匂い。周りに横になっている負傷兵。その間を走り回る医療員。


「これは、酷いな……」

《ですね。まさか、ここまでとは思っていませんでした。中には動けない程に負傷した人もいるみたいですし、ここが完全に撤退するのにはかなりの時間が掛かると思います》

「それまで、前線は持ちこたえられそうか?」

《難しいでしょうね……》


 凍華と喋っていると、背後で何かを落とす音が聞こえてくる。

 振り返ってみると、そこには佐々木が立っていた。ただ、その目は何か信じられない物を見たような感じだった。


「い、一ノ瀬……くん……?」

「それ以外に誰がいるんだ? 俺にそっくりな人間でも見たのか?」


 少しふざけて聞いてみると、佐々木は無言で俺に抱き付いてくる。

 突然の事でビックリしたが、どうにか倒れないようにソレを受け止めた。


「いきなりどうしたんだよ……」

「ごめん……でも、よかった……」


 肩を震わせる佐々木に対して、どうしていいかわからなくて俺は凍華を持っていない左手を空中に彷徨わせた。

 てか、凍華を持ってるから危ないんだが……。


 だとしても、ここで突き放す勇気もなく、俺は佐々木が落ち着くのを待つために視線を空中に彷徨わせた。

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