GOD in 4×4=16
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好きな人と歩いたり、好きな人と手を繋いだりするのに、必要なものはなんだろうか。
その答えは「手足」。すなわち「四肢」。
その「四肢」が、ある日突然無くなっていたら、あなたはどんな行動をとるだろうか。
私、丑名光はというと。
「あっ……。………………っはぁっはっハッハッハッ……!」
まともな声も出せず、荒く呼吸を乱すことしかできなかった。
「……なんだ、起きたのか」
「おはよう、光ちゅわ~ん」
知らない男が二人、こちらへ振り返った。
「な、なんなのアンタ達……」
「俺達が何者なのか……。そんなことはどうでもいい」
「どうせ、なにもわからなくなっちまうんだからなぁ!」
木製の椅子に座らされている私に、男達の手が伸びる。
「ダルマ」。
その単語が、私の脳裏を過った。
「…………い、いやっ! やめてぇっ!」
ストロークが異様に短くなった両腕を振り回して抵抗したが、それが良くなかった。
ふとももから先を失った私の体はあっさりとバランスを崩し、男達の腕をくぐって床にこめかみを打ち付けた。当然、受け身なんてとれるはずもなかった。
「あっ…………」
視界がチカチカして、私は意識を手放した。
◆
『…………よ』
誰かの、声が、聞こえてくる。
『……目覚めよ』
ゆっくりと意識を取り戻すと、目の前にはドラマで見るような長屋の連なる風景が広がっていた。妙に柔らかい感触に視線を落とすと、私は車椅子のような器具に座らされていた。
「……目が覚めましたか? ヒーカリさん」
声がした方へ振り返って見上げると、そこには民族衣装のような衣服を纏った金髪ロングの女の子が私の車椅子のハンドルを握っていた。
「……『ヒーカリ』? 私の名前は、光なんだけど」
「……それは、前世の名前ですね。今のあなたの名前は『ヒーカリ・ロスト』ですよ」
「……前世?」
「あっ、説明がまだでしたね。わたしは『イザヨイ・ジオディー』と申します。ヒーカリさんは、さきほどこの世界へと転生してきたんです」
「そんなラノベみたいな話、あるわけ……」
「それがあるんです。…………ひどいですよね。二週間前に大卒で就職して、さあこれから社会人だって時に、変な二人組に誘拐され四肢を切断されて売春させられそうになった挙げ句、抵抗した拍子に頭を打って死んでしまったんですから。本当に許せません。わたしがその場にいたら、魔法でこらしめてやります」
「……魔法?」
「前世の世界には無かったそうですが、この世界では、魔法が人々の生活に根付いているんです」
「……どうして、そんなに詳しいの?」
「この世の最上の存在……平たく言うと『神様』に、教えてもらったんです。『可哀想だから世話してやってくれ』って」
「……なら、一つ聞いてもいい? 転生したはずなのに、どうして私にはまた手足が無いの?」
「……神様はヒーカリさんを転生させると同時に、切り落とされた前世の四肢に魂を植えつけてこの世界に放ちました。命を持った四肢は生き物に姿を変えて、この世界のどこかにいます。四肢の生まれ変わりであるその生き物を見事探しだすことができたら、四肢を元に戻した上で、前世の世界に復活させる。……そう、神様から言われました」
「……なんでそんな回りくどい方法を。可哀想に思ったなら普通に治してくれればいいのに」
「……神様は、気まぐれですから」
「…………」
「……気を落とさないでください。そんなヒーカリさんをサポートするようにと、わたしが遣わされたのですから。最後まで、お付き合いいたします。それまでは、このわたしがヒーカリさんの手となり足となり、お食事の介助から下のお世話まで、全てお任せください」
「……それはそれで、気持ち悪いんだけど」
「お気に障ってしまいましたか? ……すみません」
「……いや、私こそキツい言い方してごめん。これから、よろしく」
「……はい、よろしくお願いします。……それでは、早速どこへ行きましょうか?」
「……なんだか日も暮れてきたし、どこか寝泊まりできるところに行きたいかな。あと、魔法について教えてほしい」
「わかりました。では、歩きながらお教えしますね」
◆
街……というより町を行く私達。周囲を見渡せば、いかにも特番のドラマに出てきそうな、日本の戦後のような風景が広がっていた。
「……なんか、和風なような、洋風なような、不思議な景色」
「そちらの世界の『メイジ』という時期以降も、そんな感じではないのですか?」
「いや、確かに文明開化のあとはそんな感じだったけど、それとも少し違うような…………」
「そうですか……。それで、どこまで話しましたっけ?」
「確か、魔法の種類と階級の話をしていたはず」
「そうでした。……魔法には、用途によっていくつもの種類があります。調理魔法、浄化魔法、運搬魔法などなど。同じ『火』を使う魔法でも、調理魔法、炎上魔法、温暖魔法のように、細かく枝分かれしていきます。また、魔法には階級があります。今主に使われている魔法は『現代魔法』と『上級魔法』の二つですね」
「『現代魔法』が現代で使われている普通の魔法で『上級魔法』が難しい魔法ってこと?」
「そういう認識で大丈夫です。もっとも、現在使われている上級魔法は現代魔法の一種ですが、使える人は限られます。また、現代魔法は二人以上が協力することによって二つ以上の魔法を混ぜ合わせることができます」
「複雑なんだ」
「はい。……あ、そろそろお宿に着きま…………」
イザヨイがそう言おうとしている途中で、警報と鐘が大音量で町中に鳴り響いた。
「この音は何?」
「……どうやら、ここは紛争のある地域らしいですね。あれを見てください」
イザヨイがそう言って指し示したのは、地平線の彼方からやって来た、鉄の塊、戦車の大群。
「ここ、魔法の世界じゃなかったの!?」
「科学の概念が無いだなんて、わたしは一言も言っていませんよ?」
「いまさらそんなこと言われても……きゃあっ!」
戦車から一斉に砲弾が発射され、町に落ちる。木造の家屋が建ち並ぶこの町は、たちまち火の海と化した。肘から先の部位を失った私は目を覆うことも口を押さえることもできず、ただ文明の産物が瓦礫になっていく様を見ていることしかできなかった。
……こんな世界じゃ、私の四肢を取り戻すことなんてできるの……?
「……イザヨイ」
「なんですか?」
「……この争い、どうにかならないの……? こんなことになってるのに、神様は何をしているの?」
「神様は魂だけの、いわば実体を持たない存在。世界情勢を左右することまでは、出来ないんです。……でももしかしたら、なんとかなるかもしれませんね。……彼女達なら」
「……彼女達?」
「建造魔法『アーチ・ブリック』!」
一人の女性の声が響き、どこからともなく現れた大量のレンガが戦車の砲身へと吸い込まれていった。砲撃を続けていた戦車は内部暴発し、次々と爆発炎上した。
「チーエ、怪我人の救護を頼む」
「はい! 治癒魔法『エンジェル・ドロップ』!」
半壊した家屋の陰から二人の女性が現れ、そのうちの一人が治癒魔法なるものを唱えると空から水滴が降り注ぎ、それを浴びた町の住人の切り傷や擦り傷が瞬く間に癒えていった。
「……すごい。これが……魔法なの……」
「そうです。そして彼女達こそが、この世界に平和をもたらし得る存在。現代魔法を広く浅く使いこなすユウ・クーラッタ、治癒魔法の使い手チーエ・ガゥワ…………」
イザヨイが続きを言おうとしていると、
「フッハッハッハッ! 我輩こそ、闇魔法使い『ヒトウジッチトータヤ・ロウ』なのだ!」
燃え盛る戦車から立ち上る煙の向こうからやって来たのは、黒いマントを羽織ってアゴヒゲをたくわえた男性。しかも、宙に浮いていた。
「ただちに抵抗をやめろ。この人質が見えないのか?」
よく目を凝らすと、男性……闇魔法使いヒトウジッチトータヤ・ロウの隣には、ロープで縛られてうつむいている女の子が浮いていた。
「人質だ……と……?」
「この子どもに危害を加えられたくなければ、大人しくこの町を我輩に差し出すのだ」
「……くそ。…………ん?」
「ど、どうしましょうユウさん…………あ」
「なんだ、我輩の言葉が聞こえなかったのか?」
「……悪いことは言わない。今すぐそいつを放せ」
「その子を人質にするのは、やめた方が…………」
「貴様ら、いったいなにを言っている」
「………………超古代魔法『マグマ・ティーレックス』」
「のあぁぁぁぁあぎぁぁぁぁっ!」
小さな、本当に小さな、私達が聞こえるか聞こえないかくらいの声で、女の子がそう呟くと、闇魔法使いの真下の地面に巨大な魔方陣が描かれ、そこからこれまた巨大なティラノサウルスのような生物が現れた。この攻撃を予測できなかった闇魔法使いはあっさりとティラノサウルスに噛みつかれ、空の彼方へと吹き飛ばされていった。
「……と、今は失われたはずの『超古代魔法』の使い手フウ・クーラッタの三人です」
「イザヨイ、言うのが遅い」