九十六話 校内案内
「ルールは簡単だ。相手全員を戦闘不能にすればいい。殺さなければ基本的に大丈夫だ。治療は可能だからな」
そう言われて、安心して傷つきに行く奴いるのかな。
まあ、ここに一人、技能で治るし大丈夫か、って相手に突っ込んでる奴いるけど。
と思っていたが、ほとんどの奴が安心したような顔をしている。それだけ治癒魔法の効果はすごいってことか。
それにしても、全員を戦闘不能にするのか。俺は逃げてればそれで大丈夫かなぁ。
「だってよ。どうする?」
「俺一人でどうにかすることもできるが………それでいいかい?」
俺は願ったり叶ったりだ。そんな俺に都合の良いことがあっていいのですか。
でも、本人がこう言ってるわけだし、断るわけにもいかないよな。
俺は大きく頷いた。
「フィンレー君は?」
「俺は戦いたい。戦闘経験はほとんどないからな。今のうちに少しでも稼いでおきたい」
「そういうことなら、俺とフィンレー君で相手三人を戦闘不能にしてくるから、イフリート君は近くで見ておいてくれ」
えっ、近くで見てないといけないのか? 危なそうだな。
まあ、戦わないだけマシか。これ以上贅沢言ってられないな。
なんとなく方針が決まったところで、順番が適当に決められる。
今度は一番最初じゃなかった。トーナメントみたいなことにはならなかったな。
クラウスさんとフィンレーが、どういう風に攻めるのかを話し合っているのを聞いていたら、すぐに俺たちの番になった。
あっ、みんなの前でやるのか。見てなかったから分からなかった。
三人横に並んだ状態から始めるようだ。
「始め!」
開始と同時にクラウスさんが突撃。次いでフィンレーも突撃。
一瞬思考を停止してしまったが、すぐに意識を取り戻し、俺も走って追いかける。ちょっと時間が掛かりそうなので『血への渇望』を使って身体能力を上げる。
クラウスさんたちの方へ視線を向けると、一方的な試合になっているのが分かった。
クラウスさんが一瞬で後ろに回ると、すぐに一人の意識を刈り取る。
フィンレーも負けじと、腹に一撃を入れ、さらに一人を戦闘不能に追いやる。
最後の一人は逃げるようにこっちに向かってきた。まあ、あの二人に比べたらミジンコみたいなもんだから俺は。
「せめてお前だけでもっ!」
そう言って、右腕を思いっきり殴ってきた。
『身体硬化』もしていない俺の腕は簡単に折れる。うわぁ、見事に折れてるな。そして痛い。
「よし! これなら!」
自信を得たのか、取り戻したのか、とにかくさらに続けようとしたところで、俺の腕が治ってきていることに気づいた。
「な、なんで!」
俺だってここまで早く治るとは思わなかった。
これでも再生速度相当抑えてるはずなんだけどな。
治っていく腕を見て、どうやら完璧に戦意を喪失したらしい。膝をついたタイミングでクラウスさんがまた意識を刈り取った。
終了だ。
「大丈夫だったかい?」
この通り、という感じに右腕をブンブンと振り回してみせる。
「そうか、やはりすごい再生力だな」
「お前、右腕折れたよな! なんでもう治ってるんだよ!」
「彼が再生者だからさ」
「再生者………なるほど」
再生者っていう単語を聞いたのは、3度目か。多分再生能力を持っている人たちの総称なんだろう。
つまり他にも再生能力を持っている人たちはいる、ということなのでいつか会ってみたいものだ。
それはともかくとして、相手の三人組には大変申し訳ないことをした。三人のうち、二人の戦闘力は凄まじく、一人は再生能力によって戦闘不能にすることが難しい、という理不尽な組み合わせの奴らと戦わせてしまった。
正直、相手を戦闘不能にする、という勝利条件では俺は負けない、と思うので相性が悪かったということで割り切ってもらいたい。
俺単体は別に強くないので。
「おっと、もう次の試合が始まる。退こうか」
「ああ、それにしてもお前すごかったな、クラウス。さすがは入学試験トップ!」
「いやぁ、君も相当な実力だね。たださっき君が言っていた通り、少し実践経験が少ないね。もっと経験を積めれば、僕を抜くかもしれないな」
あぁ、俺だけ置いていかれる。
俺にはフィンレーのポテンシャルなんて分からない。そうなの? 経験積めばクラウスさんさえ抜くの?
不思議に思ったが、どうせ分かるはずもないので適当に二人の会話を聞き流していた。
全ての組と当たる、というわけではなかったので、早めに順番が回ってきた俺たちは暇になった。
「なぁ、なんでお前入学式前は俺にあんな怒鳴ってきたのに、今は無言なんだ?」
「確かに。トーナメントではだいぶ話していたと思うけど」
暇なので話すことになったのだが、こうして面倒臭い話題になってしまった。
理由はある。あるのだが、それを言葉なしに伝えるのは無理だし、言ったところでどうなるとも思わない。
なのでどうしたものかと思っていると、二人は勝手に理由を考えていた。別に俺に答えて欲しかったわけでもないのね。
「喉の調子が悪いとか?」
「再生者なのに、そんなことはないだろう。もっと他の理由だと思うが」
「じゃあ、喋ってるけど聞こえない?」
俺は首を横に振る。
確かにとんでもなく小さい声で話そうかとも思ったが、そもそも話すのが嫌だったことを思い出してやめた。
「違うのか」
「彼は本当の力も隠していた。トーナメントであれだけの力を見せておきながら、だ。その理由と無関係ではないだろう」
「そうなのか?」
面倒臭いからそういうことにしておこうか。
俺は頷いた。
「やはりそうか。となると…………」
「これで入学にあたって最低限調べておくことは調べ終えた。次に寮の案内を行う。ついてきてくれ」
「どうやら時間切れらしい」
「また今度かぁ」
良いタイミングだったな。
移動が始まる。
↓
連れてこられたのは、これまた馬鹿でかい建物だった。さっきの3年生の発言からしてこの建物が寮なんだろうけど、校舎でさえすごい大きさだったのに、寮もこれだけ大きいとなると、敷地全体で一体どれだけ広いのか気になる。
建物の中に入るとすぐに、カウンターに茶髪の若い女性がいた。
「こちらがこの建物全てを管理する寮母さんだ。自己紹介をお願いします」
「ソフィア・ブラウンです。どうぞ宜しく」
淡白な自己紹介だったため、冷たい印象を受けた。
まあ、おそらく第一印象で間違ってないだろうな。
寮母っていう役柄上、関わることは少なくないと思うが、極力接触しないように気をつけよう。俺、こういう人と話すのは苦手だ。関わったら、確実に喋るように強制される。
「ソフィアさんは基本的にここにいる。寮に戻ったら挨拶するように。では君たちの部屋がある3階に行く」
階段を上って、3階まで行くとズラッと扉が並んでいた。
すごいな、マンションみたい。いや、大型のマンションより部屋数多いかも。これが少なくとも下にまだ2階もあるんだから、この建物の広さが分かる。どうやらまだ上もありそうだし。
「君たち一年生には二人で一部屋を使ってもらう。誰と同じ部屋になるかは君たちに任せる。中の構造は全て一緒だ。見ても構わない」
他の人たちがワラワラと部屋の中を見出したので俺も中を覗いてみる。
十分に広かった。正直、これを二人で使うの? と思うくらいに。
中には二段ベット一つと机が二つあり、備品は揃っている感じだった。必要最低限のものだけを置いた感じか。トイレもある。風呂っぽい場所はないから、大浴場みたいなのがあるのか。
ほとんど問題はない。が、一つだけ、強いて言うのなら俺が二人一部屋で大丈夫なのか、ということ。
「あぁ。ちなみに男女は別れてもらう。今は説明の手間を省くためにあえて男女混ぜて話しているが、女子は向かいの別の棟だ」
指差された方には、今いる建物とほぼ同じ建物があった。連れてこられた時は見えなかったが、なるほど。上から見たら『コ』の字型の構造だったのか。今いるところは、『コ』の上の横棒か。女子棟は下の横棒になるな。
男子は少し残念そうにして、女子は安心したようだった。
「次は食堂だな。下に降りるぞ、二階だ。大浴場は一階にある」
二階に降りると、建物の奥の方へ。
えぇと、『コ』の縦棒のところか。大きな扉を開けた先には、確かに全生徒を座らせられそうな数の椅子とテーブルが並んだ場所があった。なるほど、確かに食堂だな。
「およそこの世界の全ての食べ物が食べられる場所だ。ある食べ物を除いて、売り切れることはないから安心しろ」
一体どんな食べ物が売り切れるのか気になるが、とりあえず今は諦めよう。
次に三階から二階へ降りてきた階段とは別の階段を使って、一階へ降りる。
食堂の真下に大浴場はあった。男子棟側に男湯、女子棟側に女湯があるようだった。
こちらも相当な広さだ。
「学年で分かれて入るから、そこまで混むことはないだろう。唯一、朝希望した者は学年問わずに指定した時間だけ入れる。覚えておいてくれ」
なるほど、朝風呂したい人がいるのか。
「すいません、三階のこの場所には一体何があるんですか?」
「ああ、ただの男子棟と女子棟を繋ぐ通路さ。特別なことでもない限り使うことはないと思うが。さて、次は君たちがこれから世話になる学園本体、校舎の方の案内に移ろうか。と言ってもまた徒歩で移動してからになってしまうがね」
まだ歩くのか。
疲れはしないが、正直皆の速度についていくの大変なんだが。
↓
なかなかの距離を戻り、校舎に帰ってきた。
改めて見ても、やっぱりでかいな。寮を見た後だと尚更だ。寮も十分にでかかったが、それ以上のデカさの校舎って。一体どんな施設を内包してるんだか。
中に入ると、すぐに目に入ってきたのは、大勢の生徒だった。お、多過ぎ。ざっと見積もって数百人はいる。おかしいだろ、この量は。
「えぇ………と、彼らはこの学園の二年生と三年生だ。君たちを迎えてくれている、のかな?」
「んなわけねぇだろ! 部への勧誘だよ!」
すぐにワイワイと全生徒が騒ぎ始める。おそらく勧誘なんだろうけど。なんであんな必死なんだ?
「はーい、案内の邪魔になるから退きましょうねー」
小柄(と言っても俺より全然でかいが)な生徒一人が、騒いでいた生徒たちと俺たちとの間に魔法で壁を作った。
人数が人数だけに相当な規模の魔法を使わなくてはいけないのに、いとも簡単に行った。
今俺が着ている制服とは少しデザインの違った制服を着た小柄な生徒は腕章をつけていた。
ああ、その見た目でなんとなくあの人がどういう役柄なのか分かってしまった。
「助かった!」
「いえいえー」
「彼のように腕章をつけている生徒は生徒会に属している。頼りになる奴ばかりだから、困ったら相談してみるといい」
生徒会。
やっぱりあるんだなぁ。正直俺とは縁のない存在ではあるが。
それにしてもあの人の数よ。一瞬見て体が竦んだ。俺はあんなとんでもない人数を擁する学校でちゃんと生活できるだろうか。まあ、諦めているんだけど。
「ごめんな、先ほど勧誘してきた奴らも別に悪い奴らじゃないんだ。一部を除いて。部は基本的に所属している人数に応じて部費が与えられるんだ。だから新しい部員を得られるか否かは部の存続がかかっていてね」
ああ、だからあんなに必死だったのか。
これからは気をつけよう。俺みたいなやつは流されて入れられてしまうこともあるだろうからな。
まずはどこを案内されるのだろうか。
↓
さすがに広すぎて案内、説明が長くなりすぎたので、ほとんど聞き流していたら、もう終わっていた。
あんまり聞いていなかったが、他の奴らの後をついていったら多分大丈夫だろ。
もう日が落ちかけている。校舎に入った時はまだ日は昇ってたのに。まあ、それだけこの校舎が広いってことか。
「案内は終わったが、時間が押している。寮で同じ部屋になる人は君たちで各自決めてくれ。それではこれから寮に戻る」
また戻るのかよ。
行ったり来たりするのが面倒臭いくらいには距離空いてるのどうにかならないかな。あの魔王、もうちょっと考えて場所をだな。
文句を言っても仕方ないんだけど、ほぼ強制的に入学させられたこともあるし、トーナメントの勝手に参加させられたしで、魔王には今の所負の感情しかない。責任転嫁するのも仕方ない。
と考えていると、フィンレーが話しかけてきた。
「なあなあ、お前はもう同じ部屋に住む奴決めてるのか?」
俺は首を横に振る。
君やクラウスさんにも話せてないのに、他の人に『同じ部屋にならないか?』なんて気さくに言えるわけないだろ馬鹿なのか。
「そうか、じゃあどうだ? 俺と」
お前と?
いや、同学年で繋がりのある、数少ない二人のうち一人だけど、お前とかぁ………なんだかなぁ。
俺としてはできることなら、最後まで誰にも言えずに余って、一人部屋みたいなことになりたい。
「フィンレー君が嫌なら俺はどうだい? 『魔王種』と戦った君の生活を見てみたいんだ!」
あー、正直に言うと、フィンレーより嫌だ。
こいつはいわゆる残念なイケメンなんだろうな。
同じ部屋になった時のことを考えると、悪寒しかしない。
となると、フィンレーの方になるんだけど………………こいつも同じ部屋で一緒に生活ってなると陽キャであるこいつのオーラに当てられて耐えられない気がする。
二つしか選択肢がないのだが、だからこそ選ぶのが難しいというか。どっちに転んでも面倒臭そうなのが目に見えてるからなぁ。
「ちょっとクラウス! あんた女子を困らせるんじゃないわよ!」
「おっと、そんなつもりはなかったんだが。すまなかった、イフリート君」
いえいえ、別に。
困らされてる、というわけでもないので。
それよりも俺は今大変な単語が俺に向けられていると分かったんだが。
「クラウス。誰そいつ?」
「あぁ、幼馴染のエレノアだ」
「エレノア・アリエよ。よろしく」
エレノアと名乗った、見るからに明るそうな茶髪の女子は、もしかしなくとも俺のことを女子と言ったのか?
「なあ、イフリート。お前、女だったのか? 入学前の喋り方が男っぽかったから男だとばっかり……」
「俺も男だと思っていたが」
「そんなわけないでしょ! 小さくて女子っぽい体つきで、しかもこんな長くて綺麗な赤髪を男子が持ってるはずがないじゃない!」
小さくて………女子っぽい体………。
ルナにもリエルにも言われなかった。嘘だろ、そうだったのか!?
はぁ、ショックだ。
ありがとう、エレノアさん。あなたのおかげで俺は、人からどう見られてるのかがまた一つ分かった。
とりあえず俺は全力で首を横に振る。
「えっ、女子じゃないの?」
そうなんですよ。だから女子扱いを止めていただけると。
と言ってもこの感じは信じられてないな。まぁ、人から女子っぽいと思われてるこの見た目で、男を主張するのにちょっと無理があるのか。
まあ、俺はやめないけど。
「ちょっと信じられないわね」
そりゃそうですよね。
俺でも自分で言ってることが苦しいのは分かってるんだけど、自分を女だと認めてしまうと自分の中の何かが壊れてしまう気がして。
とりあえず俺は男なので!
「まあ、本人が男だと言ってるんだから、そういうことでいいじゃないか」
「クラウスは少し黙ってて。ねぇ、あなた。本当に男子と部屋が同じで大丈夫?」
特に問題はないと思うんだけど。
俺は首を縦に振る。
「そう、そこまで迷いがないならもう止めないわよ。でも、後悔しても知らないからね」
何で怖くなるセリフを言って去るんだよ。
エレノアさん、よく分からん人だったな。
「それで、結局誰と同じ部屋になるんだ?」
うーん、両方面倒臭い奴であることは確定なんだけど、比較的身の危険を感じない方と言われたら、まぁ、フィンレーだよな。
陽キャオーラで干からびて死ぬ可能性もあるけど。
クラウスさんはずっと観察されて動きにくい気がする。
動きやすさで言ったら、断然フィンレーの方だからな。
俺はそう結論づけ、フィンレーの方を指差す。
「あ、ああ、俺か。よろしく頼む」
「残念。また違う機会で、かな。じゃあ、俺は違う人を探すよ。安心してくれ、知り合いなら沢山いるから」
なんかムカつくセリフを吐いたな。
チッ、友達が沢山いるのをさりげなく自慢していきやがって。今に見てろ、俺もいつか友達数え切れないほど作って………………無理か、無理だな。
こうして、とりあえず寮で大体一緒にいる奴がフィンレーに決まった。
はぁ、この先が不安だ。大丈夫かな、耐えられるかな、俺。
まあ、嘆いても仕方ない。目下の課題は、寮までの移動距離をどうしようかってことだな。




