九十一話 とりあえず一段落
今はルナ達を置いてきたトーナメント会場にリルファーの背に乗って戻っているのだが、何やらリルファーの顔が険しい。
どうやら『強欲』の魔王とオムニヴァーと一緒に話していたらしいが、そこで何かあったのだろうか?
はっ、もしや俺がエミリーに女の服着させられてるの見て引かれた!? あり得る! いや、むしろそれしかない! くそ、迂闊だった。まさか見られているとは。俺はもう男だと自称することが難しくなったかもしれない。
そうなると、気になるが、不用意に顔が険しい理由を確認できない。もし女装させられたことがバレれていたのなら、俺はおそらく立ち直れない。
でも、仮にもリルファーの主なんだから、なんかそれっぽいことをした方が良いのだろうか。悩みを聞いてやるみたいな。でもなぁ………………うーん。
そうやって葛藤しているうちに、どんどんトーナメント会場に近づいていくのだった。
↓
「あっ、イフリートさん! ルナさん、戻ってきましたよ」
「ん、イフリートどこ行ってたの?」
「いやぁ、まあちょっと城まで。そ、それよりルナは勝ったのか?」
「もちろん」
「そっか、良かった。ごめん、見れなかった」
「後でちゃんと話は聞くけど、ルファー、どうしたの?」
「なんかよく分かんないんだよ。気になるけど結局聞けなかった」
結局聞けずに、気づいたらトーナメント会場だったからな。
ルファーは俺たちから少し離れた場所で変わらず険しい顔をしている。
「とりあえず帰ろう」
「そうですね! きっとアーノルドさんたちがご飯作って待っててくれますよ!」
「そうだな。ルファー、行こうぜ」
「え、あ、はい」
いつもと全然違うせいで、なんか調子狂うな。
まあ、それは帰ってから聞こう、と考えて、会場から出ようとしたところで、実況の人に止められた。
『イフリート選手、少し待ってくださーい』
なんだ? 俺は準決勝で負けたから、もう実況に止められるようなことはないはず。
『準決勝で負けたお二人に連絡です! 明日、決勝戦前に三位決定戦を行いますので、明日も同じ時間に来ていただきますよう、お願いします!』
あぁ、そういえば『強欲』の魔王になんか言われてたな。圧勝しろとかなんとか。どうしようか考えとこう。
まあ、これでこれ以上ここに用はなさそうだし、もう帰って大丈夫だろう。
トーナメント会場を後にして、街から出る。
どうしようか悩んだ結果、ルファーの背には乗らずに魔術を使って帰った。
「おかえりなさいませ」
「ただいま帰りました!」
今日はアクトがお出迎えだった。リエルが元気よく返事していた。
が、俺はそれよりもルファーの方に気が入ってしまっていて、それどころではなかった。
リエルが言った通り、アーノルドが昼食を用意していてくれたが、俺は食べながらもついついルファーの方に視線がいってしまい昼食を楽しめなかった。
うーん、聞いた方がいいな。なんかこのまま気になり続けたら生活がおぼつかなくなる気がする。
「なぁ、ルファー」
「はい」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「む、何でしょうか…………っと食器の片付けを手伝ってきます」
「そうか」
うーん、なんかうまいこと避けられた気がする。
まあ、主が焦っても、って話だからな。
俺は次の機会までにするべきことをしておこう。
と言っても、ルファーに何を言われても大丈夫なように、予測しておくことと心の準備をしておくくらいだ。
それと、もう一つ。
俺は今、ルナを探している。家の中を見て回っているが、家が広すぎる。見つけられるだろうか。
そう思っていると、案外あっさり見つけられた。ちょうどルナが自分の部屋に入ろうとしていたところだった。
「ルナ、ちょっと話があるんだけど、今大丈夫か?」
「大丈夫。立ち話はなんだから、入って」
「お、おう」
あれ、ちょっと待って。
今、ルナの部屋に入ってくれって言われた? 俺、男なんだけど?
と、というか! 俺初めてなんだけど! 女子の部屋入るの!
だって、小、中と友達なんていなかったし、それが女子ともなればなおさらだし。友達の家に遊びに行く、という行為が俺にとってどれだけ難易度が高かったことか! と言うより、そもそも無理だったからな。
とにかく、別に大した話するつもりなかったんだけど、急に緊張が高まってきてしまった。
ルナに言われた通り、部屋の中に入ると、俺より広い部屋の中に、ベットとローテーブルと戦闘に必要そうな物が乱雑に並んだ、おおよそ女子の部屋とは思えない光景がそこにはあった。
まあ、俺より部屋が広いのは当たり前だ。本当なら俺もこの広さの部屋になるはずだったところを、前世の頃の部屋が一番馴染み深いから、という理由で、自分の部屋だけ大きさを変えたのだ。
それより気になるのは、女子っぽいものが一つもないこと。いや、俺の中の女子の部屋のイメージのハードルがとんでもなく高い可能性も否定はできないが。
部屋の第一印象は、フォローを入れる間もなく、『中々散らかっている男の部屋』に固定されてしまった。
「…………ちょっと待ってて」
俺が悟られないように絶句していると、ルナが少し慌てた様子で部屋の片付けを始めた。
と言っても、床に置かれていたものを部屋の隅に追いやっただけなんだけど。
ま、まあ、部屋をどうするかは人それぞれだからな。俺はとやかく言うまい。けど、
「いらない物とかはこまめに捨てた方が良いと思う」
「分かった。とりあえず座って」
ルナは、ベットに座った状態で隣を手でポンポンしながら、そう言った。
えっ、そこですか? ちょっと近すぎない?
「…………」
「? 遠慮はいらない」
え、えぇい、どうにもでなれ!
俺はルナが指示した場所に座った。
割と、というかめちゃめちゃ近い。
「それで、話って?」
「ああ、うん。ごめん!」
「急にどうしたの?」
「昨日、決勝で当たる、みたいなことをルファーが言ってただろ? 俺はあんまり気にしてなかったけど、ルナは違うかもしれないと思って。俺は負けたから、ガッカリしてたら俺のせいだと思って……」
「ああ、そのこと。気にしてないと言ったら嘘になる」
「や、やっぱりか」
そうだよな。俺としては冗談として捉えてたけど、ルナは本気で捉えてたかもしれない。
村にいた時から、なんでか俺と本気で戦いたいと考えてる節がルナにはあったから、今回のことはそりゃあ残念に思ってるだろう。
うっ、申し訳ない気持ちが……!
「でも、仕方ない、とも思ってる。相手は序列3位の『魔王種』だった。イフリートはすごく頑張った。それは観客席にいた私にも伝わってきた。それでも負けた。だからきっとイフリートがそんなに思い悩むことじゃない。ああいう試合なら、負けても死なない。今度は、二人で本気でやろう」
ルナは笑いながら言った。
申し訳ない気持ちは、それを聞いて吹っ飛んだ。
「分かった。今度は、絶対」
「なら良し」
「でも勝ちたかったなぁ」
「なんで?」
「勝って、すごい悔しそうにしながら誓約書にハンコ押すオムニヴァーが見たかった」
「『魔王種』が悔しそうにするのは、確かに見たいかも。でも、やろうと思えばまだ戦えたと思うけど」
「魔王の介入もあって、戦う気は完全になくなりました」
それから、少し普通に話をして、俺はルナの部屋を出た。
初めて女子の部屋に入ったが、気づけばそういった緊張感はなくなっていた。
なんだろう、ルナは女子っていうより、頼れる兄貴分、みたいな感じがするんだよな。いや、別に失礼な意味じゃなくて。
なんて考えながら廊下を歩いていると、リエルとばったり会った。
「あっ、イフリートさん。ありがとうございました」
多分、オムニヴァーとの誓約書についてのお礼だよな。
「もうああいう無茶はやめてほしい。俺の寿命が縮まる。というか、もし俺が本気出さなかったら、っていうことは考えなかったのか?」
「いえ、それは。イフリートさんはやるときはやる人なので」
「過大評価だよ。俺はやらないときだってある。というかやらないときの方が多い。今回は運が良かっただけ。次はないからな」
「はーい」
リエルは笑いながら、軽い返事をして俺と逆方向に廊下を歩いて行った。
あいつ、会ったときと随分感じが変わったよなぁ。何考えてるのか分からなくなってきた。
これでもうやんなきゃいけないこと無くなったな。
あっ、エミリーから貰ったお土産のこと忘れてた。
一旦リビングに戻り、アーノルドを見つけて、お土産を渡した。
「城に行った時に渡されたお土産です。多分お菓子」
「ふむ、中身を見て、デザートになりそうなら今日の夕食の後に出そう」
「分かりました」
よし、これで完璧にすることが無くなったな。
自分の部屋に戻って、趣味でも探してみるか。
↓
趣味探しに没頭していたら、もう夕食の時間だったようで、ルナに呼ばれた。
「ご飯」
「あ、分かった」
もうそんな時間だったのか。
色々と試行錯誤してみたが、趣味探しって思ってたより大変なんだな。結局成果ゼロだった。
よく考えれば、前世での趣味、というかずっとしてたことってパソコンいじってるだけなんだよなぁ。この世界にはパソコンはまず間違いなくないし。
なんて考えていると、もう食卓の目の前だった。
自分の席に座って、全員が揃うのを待ってから、『いただきます』してから食べ始める。
基本的にこの世界の食は洋食だ。まあ、米があることは分かってるし、食べたこともあるので、焦らずにいつか日本食食べたいな、なんて心持ちでいようと思っている。料理できないから教えられないし。
うん、今日も美味しい。
全部食べ終わると、アーノルドが皆が自分の部屋に戻る絶妙なタイミングで何かを持ってきた。
「旦那様に貰ったお土産だ。何でも今街で話題のお菓子らしい。プリン、と言うそうだ」
プリン!?
ライナー、という日本の同郷がいたから、何となく考えてはいたけど、もう地球での知識や物を、この世界に取り入れてる奴がいるんだな。
一度はやってみたかったんだけどな、地球の遊びとかを教えるの。この分だと、俺がそういうことする前に粗方出来てしまっていそうだ。
全く知らない転生者、もしくは転移者の手際の良さに素直に賞賛だよ。他の国ではどうか知らないけど、少なくとも日本出身の人はそういうことしようと思う人多そうだもんな。
ちなみにめちゃくちゃ美味しい。甘すぎないから食べやすい。カラメルも良い感じ。
「! 美味しい」
「美味しいですぅ」
女性陣からの評価はなかなかのもの。やっぱり女子って甘いもの好きなんだろうか。
そして、プリンを美味しそうに食べるルナを見て、さっきは頼れる兄貴分とか言っちゃったけど、ルナも女子なんだなと失礼ながら思った。
ルファーの表情は未だに険しいままだ。
全員食べ終わり、部屋に戻って着替えとってきて、風呂入ろうかと考えていると、不意にルファーが話しかけてきた。
「主様、先ほどはすいませんでした」
「いや、大丈夫だよ……………………そうだな、風呂一緒に入ろうぜ」
「わ、分かりました」
裸の付き合い、というやつだ。
いや、正直全くもってやりたくないんだけど、悩みくらい聞いてやらないと主失格だろう。
着替えとってきて、脱衣所で服脱いで、体と髪洗って。
湯船に浸かって、よし。
「さて、俺の聞きたいことは、何でそんな険しい顔してるのかってことなんだけど」
「今日、城で『強欲』の魔王とオムニヴァーと話をしてきました。内容は………」
そこでルファーは少し間を空けた。
多分、話していいのか迷っているのだろう。
「口止めされてる、とかだったら別に言わなくてもいいぞ?」
「いえ、そういうわけではないのです」
「俺は多分あんまり気にしない」
「では言います。内容は、主様についてです」
「俺?」
どういうことだ?
俺は確かにこの世界で唯一の『龍人』らしいが、正直それ以外に話題にするようなことはないと思う。
いや、そういう方向性じゃないのかも。も、もしや! 俺が女装させられているのがバレた!? くそ、覚悟はしていたがやはりそういう話だったのか!
これ以上俺が聞いていいのか悩んでいると、ルファーが少し強めに言ってきた。
「主様、お願いです。正直に答えてください。主様は本当は一体何者なのですか!?」
「な、何者? 急にそんなこと言われても………」
「序列最下位の身でありながら、油断していた極狼である私を倒し、今度は序列3位『魔王種』と互角の勝負をした。それは序列最下位ができることではありません! ならば、主様は『龍人』以外の何者なのかではないか、そういう話をしていました」
「あ、あぁー。なるほど、そういう話か」
まあ、確かに俺についてのことだな。
完璧に違う方向に想像していた。
「俺は『龍人』だよ。ルファーの言った通り、序列最下位の」
「誤魔化さないでください!」
「いや、誤魔化してねぇよ! 何度も言ってるけど、俺だって別に序列最下位になりたくてなったわけじゃねぇ! どうして極狼や『魔王種』と戦えるほどの力があるのか、と言われたら転生した時から獲得してた『自己再生』っていう固有技能のおかげで、腕ぶった斬られても、体力がなくなってもゴリ押しできたからだよ」
『自己再生』がなかったら、今までに一体何度死んでいたことか。軽く二桁は死んでいる気がする。
俺は『神種』のおかげか知らないが、たまたまとんでもない固有技能を持っていて、それのおかげでここまで生きられただけの、最弱種族なのだ。
「確かになんでか今まではうまくやれてたけど、俺が『龍人』であることに変わりはない! ただの序列最下位です! そんな、『龍人』以外の何者か、何て買いかぶらないでもらいたい!」
俺が大声で本心を言うと、ルファーは口を開けて放心していた。
なんだ! 一片たりとも残さず本心だが!
「お前が一体何を悩んでいるのかはよく分からんが、一人じゃ解決できないようなら俺を頼れ。ま、まあ、あんまり頼りにならない主かもしれないけど、それでもだ。話すだけで楽になることもある、多分」
「…………ありがとうございます。では、私が『神狼』について探っているように、主様の正体も探っていきましょう」
あれ、急に険しい表情が消えた。
「主様、私に命令していただきたい」
「め、命令? 嫌だよ、そういうのは。俺は緊急事態でもない限り基本的にそういうことしないの。性に合わないっていうか」
「お願いします」
「……………………………分かったよ。ルファー、俺の正体を一緒に探ってくれ」
「承知しました!」
「うわぁ!」
急に抱きつかれた。体はリルの方だった。
当たってる! 何がとは言わないけど当たってるから!
でもまあ、今回に関しては何も言うまい。
俺自身も、自分が何なのかをちゃんと把握してないところあるし、気になってはいたのだ。
リルを引っぺがして、
「ま、まあ、俺も自分の正体は気になる。何で転生した時にはこの体だったのか、とかよく考えれば不思議なところは沢山あるからな。頑張ってみるか」
「はい!」
何となくではあるが主従の絆が深まった気がした。
リルももう思いつめた表情はしてないし、大丈夫そうかな。
これにて一件落着。まあ、明日3位決定戦とやらがあるのだが。




