九十話 死んだ(ある意味)
「ほら、入って!」
「う、うわ!」
乱暴にどこかの部屋の中に入れられる。
尻を床にぶつけた。痛い。
どこだここ? 周りを見回してみると、何やら女子が持ってそうなものがたくさん…………あー、何となく分かった。
「さて、と。まずはどれから………」
「あの、色々と聞きたいんですけど……なんで連れてきたんですか?」
「可愛かったからよ」
真顔で言われた。
何言ってんだ、こいつ?
俺が首を傾げていると、補足してくれた。
「私はエミリー・グリードル。この国の王女よ。趣味で服を作ってるんだけど、あなたに私の作った服を着てもらいたいのよ」
どういうことだよ。
俺以外に着てくれそうな人いるだろ! なんでよりによって俺なんだよ! というか俺はダメだろ、男だぞ!
その思考を読んだかのようにエミリー、さん? が続けた。
「なかなかいないのよ。私のイメージに合ってて可愛い子って、数えるくらいしか。だから逃すわけにはいかないわ」
うわ、目がマジだ。
さっきのステータスの差もあるし、まず逃げ切れないんだろうなぁ。
可愛いって言ってるあたり、女物の服なんだろうなぁ。『森人』の森で女物の服着せられたけど、正直前よりも抵抗が強まっただけなんだよ。
「お断りします」
「なるほど。じゃあ仕方ない。力づくね」
知ってた。
だが、こちらも全力で抵抗させてもらおう。『血への渇望』、『身体強化』!
技能を両方使用して、ステータスを底上げする。
伸びてきた腕を掴んで、押し戻そうとする。
が、女子とは思えない力なので、時間稼ぎにもならないかもしれない。
だんだんと押されていき、ついにエミリーさんの腕が、ローブを掴んだ。
「まずは、ローブからね!」
「ん?」
一瞬思考が止まった隙に、ローブをひん剥かれる。
なんでローブ取るんだよ!
「なんでって顔ね。全部脱がせないと、服着させられないでしょ!」
「悪魔か!」
「可愛い子に私の服を着させるためなら悪魔にだってなるわ!」
「もう悪魔だ!」
くそ、こいつ本当にやばいやつだ。
しかもステータス高いから、俺じゃ敵わん!
俺は抵抗したが、易々と服もズボンも脱がされた。
残った砦はパンツだけ。これだけは何としてでも守らなくては!
「うーん、下着はどうしましょうか」
「別にこれはそのままでいいと思います!」
「…………………………………あっ、そういえば!」
そう言ってエミリーさん、いやもう面倒臭いからエミリーでいいや。
エミリーはタンスをあさりだした。
すぐに探し物は見つかったようで、
「あった!」
と言ってこっちに向き直った。
エミリーが持っていたのは、女物の下着だった。
ま、待ってくれ。まさかとは思うが、それを俺に着させよう、なんて思ってないよな? 森の時でも、さすがにそこまではされなかったぞ?
俺はエミリーの中に残っている良心に訴えかける。
が、そんなもんはなかった。
ふへへへ、と何かに取り憑かれたかのような気持ち悪い笑みを浮かべ、こちらへにじり寄ってくる。
諦めるわけにはいかなかった。さすがにそれまで許したら俺は男としての全てを、完全に失う気がしたからだ。
しかし、まあ。抵抗する手段がないわけで。
「ふふん、下着も一応作っておいたのよねー。つけた感じどう?」
「これからどんな顔で人に会えばいいんだろう」
「そこまで思いつめるようなことかしら? 女の子なのに?」
「俺は男だっ!」
「…………えっ、嘘よね?」
「本当です」
「嘘ついてる感じじゃないわね。じゃあ、さっき下着が男物だったのは間違いではなかったのね。あら? じゃあ、その……あれがなかったのはどういうことなのかしら?」
「自分でも分からないです。気づいたら無くなってました」
「そ、そう」
おそらく俺は今、とんでもなく沈んだ顔をしてるんだろう。確認はできないが。
その表情を見て、エミリーの方がこれ以上掘り下げることをやめてくれた。その話題で沈んでるわけではないのだが、これ以上掘り下げてダメージを負うことがないわけではないので、ありがたい。
まあ、そういうわけで俺は今、男としてありえない、女物の下着を着た状態である。
死にたい。今すぐにでも跡形もなく焼かれて死にたい。女物の下着を着ていた痕跡が残らないように消し去られたい。
「さて、少し話が脱線しちゃったけど、服を着てもらうわね」
「はぁ、もうどうぞ適当に」
「じゃあ遠慮なく」
そこからの記憶はあんまりない。
プツッと記憶が途切れていて、おそらく受け止めきれない光景を目の当たりにしたのだろう。
そしてたまに意識が戻って、すぐに途切れる……と言うのを今の今まで繰り返していた。
ちなみに今は服を返してもらって、着替えて膝を抱えて部屋の隅でうずくまっている。
「あー、その、なんというか、申し訳なかったわ」
「もういいです」
「…………………えぇっと、そ、そうだ! お話でもしましょう。もしかしたら気分が上がるかもしれないし」
「何話すんですか?」
「そうねぇ…………………」
「話すことないなら、別に無理して話さなくても」
「そ、そういえばあなたの名前聞いてなかったわね! 教えてくれる?」
「イフリートです」
「確かに男の名前ね。なんでそんな可愛い顔してるのか、気になるわ」
「あの………近いんですけど」
「あら、照れてる?」
「照れてないです」
急に顔が目の前に来て、びっくりしただけだ。
こいつ、俺が思ってる以上に自分の顔に自信を持ってるようだ。実際他から見たら可愛いんだろうな。今、全くそういう気分にならないんだけど。
じゃあ、自分で服着ればいいのに、と思っても言わない。言ったら、絶対面倒臭くなるから。
「イフリートは趣味とかないの?」
「趣味………………………特にないです」
「本当にないの? なんでもいいのよ?」
「うーん………最近やってたことは、掃除と、武器に魔力込めるくらいですけど」
「前者はともかく後者はどういうことよ。私のように服を作ってる、みたいなものはないの?」
「ないです」
「そう。つまんないわね」
「うるせぇ……です」
「あら、一応気にしてるの?」
「そりゃ、趣味とか見つけたいですけど、この数ヶ月忙しくて」
「ふーん、羨ましいわね」
俺としてはそっちの方が羨ましいんだけど?
明らかにコミュ力は俺より高い。絶対誰とでもすぐに仲良くなれるよ、この人。俺にはそういうことできないから。できることなら、俺はあなたのコミュ力が欲しい。
「どうしてですか?」
「私、自慢じゃないけど大体何でもできるのよ」
「それを世間一般に自慢と言うんですよ」
「実際大体できてしまうから、仕方ないわよね」
「チッ」
何だこいつ。
ドヤ顔もしないから煽りじゃない。よって百パーセントムカつくわけにもいかない。真顔で言いやがって。
「服を作るのだって、最初は出来なかったから悔しくて始めて、今は趣味になってるってだけなの」
「何でも初見で出来る完璧超人じゃなかったことにホッとするか、服作り以外にできないことがなかったと後ろ向きに捉えて舌打ちをするか、どっちがいいですか?」
「あー、前者でお願いするわ」
「分かりました」
俺が怒りを抑えるために言ったことが、エミリーの考えた返答とは違ったようで、一度咳払いをしてから続けた。
「あなたは羨ましそうだけど、案外そうでもないのよ。魔法は人並み以上に使えるし、剣術も人より出来るから、学校では疎まれて…………私よりすごい人は全然いるのに」
「手が届きそうだからじゃないですか?」
魔法が使えるということに羨ましさを感じて、学校という単語に少し苦しみながら、俺は自分が思った理由を言った。
それに、エミリーは不思議そうに返した。
「手が届く? どういうこと?」
「絶対自分で言ってて恥ずかしいから嫌なんだけどな。まあ、いいや。顔近いです。
圧倒的な天才に比べて、あなたは普通の人と距離が近いんですよ、実力の。届きそうなんだけど、届かない。諦めがつかない………言い方悪いけど微妙な実力なんです、多分。いっそ圧倒的な差だったら諦めるのに、そうじゃないから諦めきれないんです」
「なるほど……」
まあ、憶測だけどね。
エミリーが学校でどういうことしてるのか、どんな実力なのか、なんて分かんないから、こうじゃないかな、っていうのを言ってるだけだ。
でも、エミリーの言う人並み以上に、とか人より、みたいな言葉遣いから多分これで合ってると思う。
「確かにそうかもしれないわね」
「じゃあ、どうぞそのことを頭に入れて生活してはどうかと」
「ありがとう、イフリート。…………話が逸れたわ。戻すわね。私は大体のことができるし、王族だから物に困ることもない。だから忙しくなる、なんてことがないのよ」
「さっき、うるさくて集中がどうとか言ってませんでしたっけ?」
「うーん、趣味は忙しい、っていうより楽しいっていう側面の方が強いのよ」
「分からなくはないです。でもこれからは大丈夫じゃないですか?」
「どうして?」
「これからは、学校で上手くやれるんじゃないんですか?」
ポカーンと口を開けてエミリーが固まった。
なんだよ、俺そんな変なこと言った?
「そ、そんな簡単に言われても……!」
「大体なんでも出来るんなら大丈夫です」
「ぐ、ぬぬぬ! 言ってくれるわね。いいわ、やってみせる!」
「その意気です、頑張って下さい。応援はしてないですけど」
俺は涼しい顔でそう言いながら、内心ガッツポーズしていた。
俺の本能が囁いていたのだ。『これ、絶対この先もモデルに使われる』と。だから、俺は学校の話が上がった時には、エミリーを励まして学校に行かせようと考えた。
思考をその方向に誘うように発言をして、俺はエミリーを学校に行かせることを決意させることに成功した。
やった、これで未来の俺が呪縛から解放された!
さてと、これで俺はようやく帰れる。ルナの試合はもう終わってるんだろうな。ルナには怒られるだろうか。
「じゃあ、俺はここで」
「ああ、その前に。あなた何歳なの?」
「どうしたんですか、急に?」
「一貫して敬語だったのが、気になったのよ」
「15歳ですけど」
「あら、年下だったのね。私は16よ」
年上だったのか。
「そうね、年下の子をそのまま帰すわけにもいかないわね。ちょっと待ってなさい、何かお土産を用意させるから」
いらん話題が原因で、俺の帰る時間はさらに遅くなるのだった。
→
私、リルファーが現在、『強欲』の魔王に言われ、『暴食』の魔王、オムニヴァー・グラトニーと共に会議室に通された。中々良い装飾が施されている。さすがは王族の城の一室、と言ったところか。
ん? 主様の匂いが微かにする。ついでに『強欲』の魔王の匂いも。二人で何か話していたのか。
それは分かる。元より『強欲』の魔王は主様と話し合うために、主様をここまで連れてきたのだ。だが、ここで疑問として上がるのは、何故私やオムニヴァーとまで話し合うことが必要なのか、ということ。
もちろん会議室に通されただけで、何かを話し合うことが確定したわけではないが、部屋の用途が用途なので、おそらく話し合いだろう。
「まあ、座れ」
「おい、若造。その前に一つ聞かせろ」
見た目で言えば、明らかに『強欲』の魔王の方が老いているように見えるが、仮にも序列3位だ。見た目などいくらでも変えられるのだろう。
『魔王種』については正直、あまり知識がない。序列1位である最強の『神種』、序列2位の高位存在であり尚且つ魔獣でもある『龍種』に比べ、『魔王種』には私の興味を引くような特徴はない。まあ、『龍種』もあまり興味を惹かれるような特徴はないのだが、魔獣に分類されるはずの『龍種』が序列2位に位置付けられている、ということで一時期興味を持ったことはあるので、多少の知識はあるのだ。
「『龍人』イフリート。あいつは一体なんだ?」
おっと、考えすぎた。
主様の話題とあっては聞き逃すわけにはいくまい。
「それについて話すための場だ、ここは。そのためにわざわざ彼の従魔である極狼にも来てもらったんだ。とりあえず座りたまえ」
「チッ」
オムニヴァーは言われた通り、椅子に座った。相当乱雑ではあったが。
私も椅子に丁寧に座る。
主様について知るために私を呼んだ、というのなら私が失礼な態度をとり、主様の評価を下げるわけにはいかないだろう。
「さて、まずオムニヴァー。君に聞きたい。彼をどう見る?」
「あいつは一言で表せる。化け物だ。盾に宿ってる『グラトニー』が口もきけないほどの恐怖を植え付けられるほどに」
「ほぅ、あの高位存在が、か」
魔王の力の根源は、『魔神』によって創られた、『龍種』とは別の高位存在だ。
そんな存在が、いわゆる相棒という形で力を貸すことで、『魔王種』は『魔王種』として成立している。ということ以上の知識は私にはない。
「しかも君のそれは、一際気性の荒いもののはずだが」
「それでもだ」
「なるほど、そうなってくると、イフリートの正体として考えられる可能性は、『神種』か君の言う通り化け物、の二択になる」
「試合で噴き出た黒い何かも含めると、『神種』でも『魔神』の方だろうな。あれは禍々しすぎた」
「それについてリルファー君。何かあるか?」
「名前を言った覚えはないのだがな」
「何、イフリート君に教えてもらったのだ」
油断できんな。
いつか寝首をかかれそうだ。警戒を緩めるわけにはいかん。
威圧的な態度は崩さず、私は自分の思う考えを言った。
「私はあの黒い何かを見たことはない。が、それに似た何かを感じたことはある」
「ふむ」
「確かに禍々しい。おそらくあれで力の一端だろう。私たちでさえ勝てるどころか、一矢報いることさえ困難だろう。しかしあまりに違いすぎる」
「ああ、確かに普通に戦ってる時の気配に比べて、明らかに質が違う。通常時は、あれを数倍薄めたくらいだろう」
「私は結界を通して感じたから、そこまで正確には感じ取れなかったな」
主様の、あの禍々しい気配は、通常時とかけ離れすぎている。
それは自分の実力を隠す上でこの上なく都合の良いことだが、自分の身を滅ぼしかねない。
自分の魂の波動とも呼べる気配を無理やり抑えこみ、そこから一気に解き放つ、ということはとんでもない魂への負担だ。もちろん暗殺者のように、自分の気配を極限まで抑える者もいる。
が、問題なのは、あの禍々しい気配を仮に100とした場合、通常時は20程度だということ。
ちなみに暗殺者は、おおよそ10から5まで抑え込む。しかもそれでさえ魂への負担は相応にある。
『龍人』は元より気配が大きい。しかしそれでさえ差が大き過ぎる。常人なら死んでいる。主様には、再生系の技能があるようなので大事には至っていないが、100以上に上る可能性さえあることも考えると、心配せざるを得ない。
「負担はでかいだろうな。そもそも『龍人』のポテンシャルでも、あの差はありえねぇ」
「それも加味して考えると、幾つか説が浮かび上がる。
まず、彼に『神の加護』があり、それによって魂の強度が上がっている、という可能性」
「ありえなくはねぇ。だが、違うだろうな。自分で『魔神』の名を出しておいて悪いが、あの気配は『魔神』と対峙した時にも感じたことのないものだった」
「少なくとも、今現存している『魔神』の中にあのような気配の『魔神』はいませんね」
『神の加護』は現存している『神種』にしか貰うことができず、その『神種』が死ねば加護の力も消え失せる。
『神の加護』を受けると、その『神種』の力の一端を感じ取ることができる。
故に、今現存している『神種』の中にあの気配と同じ系統の気配を出す神がいなければ、その説は否定される。
「では次だな。あれが本当の気配であり、隠蔽している可能性」
「おい、通常時と違いすぎると言ったばかりだが?」
「できない可能性もあるが、できる可能性も捨てきれない。君たちの直感を信じたいが、断言もできないのが現状だ」
「くっ」
確かに主様のステータスを見たことはない。主様の意思を尊重するのは、従魔としての私の義務であるため、主様が言う以上のステータスについての情報を詮索したことはなかった。
主様のように嘘の分かる能力を持っているわけでもなし。
私はもちろん信じるが、確かに主様が言ったステータスの情報を完全に信じることは、できなかった。
「私たちに証明はできない。つまり保留だ。間違いではないが、正解とは言い切れまい」
「ではどうする? イフリート君の正体については、一刻も早く突き止めたい、というのが我々の共通意見のはずだが」
「一つ、言い忘れていたことがあった。と言ってもお前も気づいているだろうがな」
オムニヴァーが、『強欲』の魔王の方も見ながら言った。
「イフリート、あいつは魔人技能を使っていた」
「ああ、『強欲』と、おそらくではあるが『憤怒』も」
「魔人、という可能性も出てきたわけだ」
「さらに分からなくなったな」
「だが、姿は明らかに『龍人』だぞ、主様は」
「姿はいくらでも変えられるだろう。『魔人』だというなら」
いかん、このままではいつまでたっても話が終わらない。
元より今出揃った情報では結論など出せるはずもないが。
しかし、ならどうしたものか。
「話していて、もう一つ。説が浮かんだ」
「なんだ?」
「あの禍々しい気配は全くの別のもので、イフリートとは無関係に出てきた」
「それこそないだろう。一つの肉体に、イフリートとは別にもう一つ何か入っているとなったら、それこそ体が吹き飛ぶ」
オムニヴァーが笑いながら、その考えを否定した。
確かに魂は一つの肉体に一つ、というのが常識だ。そうしているのではなく、そうでなくては生きられないのだ。一つの肉体には一つの魂しか入らないからだ。
確かにありえないことだった。
「まあ、冗談だ。忘れてくれ」
「兎にも角にも調査しねぇとな」
「君は自国に帰りたまえ」
「もちろんそうするが、乗り掛かった船だ。判明したら、俺にも教えろよ?」
「できれば降りてもらいたいんが」
「そうはさせんよ。とりあえず調査はお前らに任せるから」
『強欲』の魔王とオムニヴァーが話をまとめ出す中、私は主様のことを考えざるをえなかった。
改めて考えてみることにしよう。
別にそういう趣味があるわけではないと言っておきます。
ただ、じゃあなんでこんな内容にしたんだと言われたら、勝手に指が動いたとしか。
不快にしてしまったら本当に申し訳ないです。




