八話 トラウマ
全く終わらないマルサさんとムルサさんのジャンケンを、ミーヤさんの淹れてくれたお茶を飲みながら団らんする。途中から爺さんも加わって、人は増えていく。
そんなほのぼのした光景を横目に見ながら、物思いに耽る。
あいつらには悪いことしたな。
楽しみにしてたであろう修学旅行を俺のせいで台無しにしてしまったのだ。
顔も名前も知らなくても罪悪感はある。
あと、ストーカー君は捕まったかな?
ストーカー君に狙われてたあの女子は修学旅行の後もストーカーされてないよな?
そんな疑問が頭の中でリフレインしていく。
答えなんて分かるはずもない。だが、後悔せずにはいられない。
「?…イフリート、大丈夫?」
「…え、ああ。大丈夫だ。ちょっと前の世界のこと考えてたらぼーっとしてた」
そうだ。ここはあの世界じゃない。あんな世界じゃない。
心配してくれる、俺を心配してくれる人がいるのだから。
ルナの方を向けば、座ってお茶を飲んでいた全員が俺を心配げに見ていた。
「お前ら、本当に大丈夫だって。それよりもうあの人たちの決着は…」
ブオンブオンブオンッ‼︎
「終わってないですかそうですかさいですか。本当に息ぴったりだな」
「はい。冒険者としては望ましいことなのでしょうが、こういう相棒同士で勝負を決めるときには全く決まらないんですよね」
相棒かぁ。
やっぱり冒険者なりたいな。
異世界成分が足りないんだよ、こっち来てから。
チートもない、とは言い切れないけど。でも、戦闘で無双できるようなものではないし。
魔術も数分間集中しないと発動しないし。
はあ、無双して。
「イフリート様、良ければ、ですが。この後、ルナぐらいの年の村のものが子供の世話を体験させる、ということをしようという話になっていたのです。冒険者の襲撃があったので延期かと思いましたが、イフリート様とルナのおかげで早めに片付いたので、やはり実行しよう、ということになりまして。イフリート様もご参加しませんか?」
「あ、無理です。ルナ、お前だけ言ってこい」
「あ、私も無理です。イフリート、私が同い年との力関係、どうなってるか察しついてるでしょ。そういうことなので無理です。イフリート行ってくれば?」
近年稀に見る、ものすごい足の引っ張り合い。
はいはい、分かってる。こういう時どうすればいいのかは分かっている。
「分かりました。一緒に行くぞ、ルナ。苦手なことも誰かと一緒なら乗り越えられる、多分!」
「!…分かった。乗り越える!」
拒否してるやつも道連れにする。笑うがいい、弱虫と。
だが、俺がされた仕打ちを聞けば、同情するだろう。
「では、参りましょう。乗り越えるために」
「待ってくれ、爺さん。心の準備ができてない!」
グダグダである。
そのあともお約束でなんか忘れたけど色々あって、結局引きずられて連れて行かれることに。
もちろん泣いた。(ドヤァ)
そういうことがあって、連れてこられた建物内。
幼児用のおもちゃが散乱し、踏み場のないほどに……
赤ん坊と子供のいる空間。俺からしてみれば地獄としか形容できない、空間だ。
「も、もう無理だ。ルナ、後のことは任せた。これ以上ここにいることは命に関わ…る。それでは!」
「いや、行かせませんよ。あなたが来たいと言って、きた場所なんですから」
「い、いやー。ちょっと、ていうか相当想像していたよりも子供が多いもんでつい。本当に無理です、ごめんなさい!」
と言って、逃げようとするが爺さん、とルナに手を掴まれる。
「なっ、ルナ!お前、裏切るのか!?」
「いや、裏切ってるのはイフリートの方だから」
「はい、もう少し待つくらいはしてください」
そうやって賑やかにしていると、声に反応したのか赤ちゃんが寄ってきた。
他に構ってあげてください。俺に構わなくていいので!ほら、他にもいるでしょ!?
「あぁぶぅ?あっ、あびゅ!あぶぅ!」
「ごめん、何言ってるか分からないから!あと、その声に反応して更に来なくていいから!」
もはや、というよりそもそもだが地獄と化した。
ガ、ガクガクガクガクッ!
自分の体が信じられないほど震える。腰が抜けて、座ってしまう。
待ってくれ、赤ちゃんがゾンビにしか見えない。どっかのゾンビゲームと化している。
「爺さん、助けてっ!俺、本当に限界だよ!?うぎゃあぁ!待って、よじ登らないで!?俺の体によじ登らないで!?」
「はっはっは、イフリート様。赤ちゃんから好かれていますな。大丈夫ですよ、いざとなれば降り落とせますから」
「イフリート、慌てすぎ。大丈夫大丈夫。ほら、可愛い」
ルナにも、この言ってることの分からないゾンビがひっついているのだろうか。そっちに向く余裕すらない。
呑気ですね!あんたら二人。ていうか、視線の先にいる親御さんが俺のこと見て、微笑ましいものを見る目で見てるんだけど。
もう隠す必要ないから言うけど、俺子供恐怖症だから!
俺は孤児院の前に捨てられてた。親は二人とも死んだらしい。
それを親戚が引き取ってくれて、今まで養ってくれた。
いや、またそれは別の辛い話なんだけど。
生まれつきだった。それに気づいたのは4歳くらい、だと思う。
見た年下全てに対して発動する呪いだった。
孤児院にいたのは、確か0歳から5歳。
その間、子供恐怖症のせいで年下、さらには同い年にも話しかけられなくなり、浮いた存在に。部屋の隅にいて本でも読んでいると、子供が寄ってきた。
んだよ、もうほっといてくれない?俺、あんたら無理なんだけど。と思っていたら喧嘩ふっかけられてボコボコにされた。
結果、さらに症状は悪化し同い年以下の子供を見ると足が震えて動かなくなりひどい時には呼吸ができなくなる。それぐらいにひどいトラウマなのだ。
つまり、元の世界、地球に帰る目的となる妹に『ただいま』と言う。妹?年下です。はい、足が震えます。ひどい時には呼吸ができなくなります。あいつが部屋に入ってきた時には動けない。目的達成は俺の中ではSSS級です。
というわけで、今赤ちゃんにしがみつかれているこの状況は相当にやばいわけです。もうほとんど気絶しそう。
「本当にやめてください!もう、もう無理ー」
「あぶ、あばぁ」
「う、うぶぅ」
おいごら、待て。俺の声を聞いて、さらによじ登ってくる。もう無理なんだ。
俺はここで終わりか……。転生して二日目にしてもう…死ぬのか。
欲を言えばもう少し異世界を堪能したかった。
が、ガク。
「いや、なんで死んだフリしてるの?」
「………冗談です。ここまでされると限界超えそうだったのでちょっと逆に調子乗りました」
「あ…あびゅ、あぶぅ」
「どわっ!ビックリした!まだくっついてたのか!ほ、ほら。他にも人はいるでしょ。そっちに行ってくれない?そうだ、お母さん!お母さんのところに行ってくれば!?いや、お願い、行ってきて!」
喚き散らす。これが15年間生きた俺の今までの集大成だと思うと、果てしなく虚しい。
だが仕方ない。だって怖いから。俺の中で俺より年下の子は、全て危険生命体だから。そういうわけで、この部屋そのものが俺の中では致死の空間です。
一刻も早くこの部屋から出なければ。
と思っていると、またぴょこぴょこ跳ねつつも隠れながら、近づいてくる誰かがいることに気づいた。全く今度は誰だ?さすがにこれ以上はただでさえない許容範囲を優に超えています。
機械のような動作で、音のした方を向くと、それと同時にだいたい6歳くらいの小さい女の子が俺にくっついてきた。それにしても、龍人の体は不便そのものだ。
なぜって?くっついてきた勢いに耐え切れず、後方に倒れた。そして、後ろに散乱していたおもちゃ類の一つに後頭部を強打する。尖っていたこともあるが、龍人の体の耐久力が低すぎたせいで簡単に出血する。
もちろん『自己再生』のおかげですぐに傷がふさがる。クッソ、『自己再生』、傷の再生などは行ってくれるが、痛覚はしっかり残すから痛いんだよな。
そして、くっついてきた子供、例外ではなく猫耳である。可愛いと思うやつもいるだろう。というより可愛いと思う奴が大多数だろう。
しかし、しかしだ。俺は子供恐怖症だ。はっきり言って恐怖しかない。
「あらあら、何してるの。失礼でしょ、ムーヤ。あ、私の妹のムーヤです」
おい、待て。今、なんて言ったんですか?
妹って言いましたよね。ちょっと待ってー、ミーヤ先生。質問でーす。
俺は恐怖に打ち勝ち、震えながらもミーヤさんに向かって手を挙げた。
「はい?なんですか、イフリートさん」
「あの…失礼だとは、分かってるんです…けどミーヤさんって何歳なんですか?俺は二十代くらいだと思ってるんですけど…」
「やっぱり年齢は聞かれる。ミーヤ、やっぱり体が肉感的すぎる」
「うふふ、いいですよ。イフリートさんに隠す理由がないですから。17です」
「なっ!17歳!?俺より2歳しか違わないんですか?もう少し上だと思ってた。そうなんだ。
……あれ?マルサさんとムルサさんは何歳なんですか?」
マルサさんとムルサさんの歳が分かれば、とりあえず成人年齢が分かる。
もしかしたらその知識が必要になることがあるかもしれない。今のうちに知っておいてもいいだろう。
すると、なぜか爺さんが答えてきた。
「確か18、9あたりだったはずですね」
「なんちゅう若さ。マルサさんムルサさん、二人とも筋肉がすごすぎて、全然分からねぇ。この世界の人、全員そんな感じなの?」
「いいえ、人種は違いますね。獣人は大体こんな感じですが、猫人族は体の成長が早いんですよ。あ、寿命は人種と変わりませんが」
普通の人間より早く死ぬ、とかだったら困るわ。
そういえば俺の、龍人の寿命はどのくらいなんだろうか?
聞こうとしたら、ムーヤにペシペシされた。外野から見るとそうなるだけで、俺からすれば結構痛い。
「いた!いた、イダダダい!」
「うー、うううー!」
「いや、喋ってくれないと分からないんですが。あー、待って。分かった、聞くから。何が気に入らないのか聞くからー、髪引っ張るのやめて!」
やめて!さっきので分かったけど、この体、耐久力が低すぎるの!
引っ張られただけで髪が抜けるの!ほら、抜けたでしょ!?
キョドリまくる俺に対して、落ち着いて俺の髪を引っ張ってくるムーヤさん。
佇まいが、もはや職人である。
「なんでそんなに怒ってらっしゃるんですか!」
「んんん!ううー!」
「あんまり怒らないで!そして髪を引っ張らないで!抜ける、めっちゃ抜ける!この歳でハゲになるのは勘弁!マジで勘弁!あと、理由教えてくれないの!?」
答えずに片手で髪を引っ張りながらも、もう片手でペシペシ叩いてくるムーヤ。
痛い。なんかさっきよりも痛い。
ペシペシされた部分に目を向けると、なんということでしょー。
叩かれた部分が内出血しているではありませんか。このままでは、じきに出血してしまうでしょう。『自己再生』で治るんだけど。
どうにかして機嫌を直さなければ。赤ちゃん相手に多少グロいものを見せてしまう。
ここは………ジャパニーズ・土下座だろう。とりあえず、ムーヤをどうにかしてはがす。
そして正座からの上半身を前に倒して、床を舐める、ギリギリまで顔を近づけると、
「スンマセンでした。俺が悪いです。無視してごめんなさい。なので機嫌なおしてください」
誠心誠意、謝る。
結果、ムーヤさん。機嫌なおしてくれたよ。
よかったよかった。でも、このあとどうすればいいんだろうか?
「ほら、何イフリートさんに謝らせてるの!あなたも謝りなさい、ムーヤ!」
「い、いや大丈夫ですよ。悪いの無視した俺ですし。
……でーも怖いからって俺の後ろに隠れるのやめない?ねえ、やめない!?」
「う、うううー。ご…」
ご?
何言ってるんだ、この子?
ちゃんと言えないだけで…全部聞いたら『ごろず』とかになってないよな?怖い、怖すぎる。
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
殺される。この体のスペックならば、小さい子にも殺される可能性がある。
逃げる?いや、逃げ切れる気がしないんだけど。子供相手に逃げ切れない俺。情けない。
でも、仕方ない。
ここに来てから、二度目。生きることを諦めようとしていると、ムーヤが続けた。
「……ごめんなさい。なまえ、おちえてください」
「はい?え、ああ。イフリートだけど……それがどうしたの?」
拍子抜けな言葉を聞いて、呆気に取られつつなまえ尾を教えた。
それを聞いてムーヤが、笑った?
なんで…なんで笑った?
俺の名前を聞いて…何が楽しい?何が…楽しい?
「……いちゅりーと。えへへ、なまえおちえてもらった。おねえちゃん、いちゅりーとになまえ、おちえてもらった!」
「あらら、間違って覚えちゃいましたね。すいません、イフリートさん、後で言っておきます……から?何で……泣いてらっしゃるんですか?」
「えっ?あ、あれ?何で…泣いてるんだ、俺?……でも、直さなくていいって思ったから大丈夫だ、と思う」
「いちゅりーと?なんでないてるの?いたかったの?」
その答えを出す前に、吐き気がした。口を押さえて、走り出した。
吐き気は消えない。何かが頭の中を駆け巡る。
俺を呼ぶ声だ。誰の声だ?
もちろん答えはない。森の中に一人で座っている、この場所で人の声が聞こえることがおかしい。
『いちゅりーと、またしゅぎょー?』
誰だ、誰なんだ?絶対に聞いたことのある声だ。そう思える何かがある。
俺の中にそう思わせる何かがあった。なのに、出てこない。答えが、確信が。
さらに声が頭の中に響く。今度は二つ、一つはさっき聞こえた声。もう一つは…俺の今の体に酷似した声?なんで、俺に似た声が?
『ああ、そうだよ。にしても、なんで飽きずにここで待ってるんだ?』
『んん?いちゅりーと、好きだから』
なんだ。この、感覚?呆れ、でも多少の嬉しさも。そのすぐ後に……悲しみ?後悔?憎しみ?憎悪?
ただただ感覚が、感情が俺の中を彷徨う。
何かが飛び出た。口から…そうか。あれか、ゲボか。
吐く。『自己再生』により胃の内容物が元に戻る。
数回、吐いたところで頭の中に響く言葉と感情は消えていった。
そして体にダルさが残って、俺は力尽きた。
夢を見た。
雲が地面の土地に、神々しい建物、というよりは神殿が並ぶ。ここが天界?
また声が響いた。今度は神殿の中から。
『やはり…君の運命は変えられない、か。君も見ているのだろう?』
俺が見えている?
冗談だろ。ここから、俺が立っている位置からどれだけ神殿が離れてると思ってる。
これが序列1位。この世界で最強を誇る…神種。
『君の考えることは、あえて読まないでおこう。だが、これだけは忠告しておくよ。君はこれから先もこんな感覚に襲われることはあるだろう。だが、心配しないでくれたまえ。君が成長するためには必要なことだ。あー。あと、君のお仲間もすぐに来るはずだ。安心してくれ』
お仲間?誰の話だ?
俺のお仲間?仲間と呼べる奴なんて本名も知らないゲーム仲間くらいなんだけど。
自分で言ってみたけど、虚しくなるばかりだ。
気にしない!断じて気にしない!気にしたら負けだ!
『それでは…ここまでだ。また会える日を…楽しみに待つとするよ、何年でも』
意識が遠のいていく。それに応じて見えるものも遠のいていく。
「あ、あああぁ!」
「ひう!」
あれ?なんか声が聞こえる。
なんかー、子供の声に聞こえる。
目を開ける。すると今日、二回目の見知らぬ天井が視界に入る。
うっそー、どこここぉ。
何?倒れたところを発見されて、どっかの商人にでも捕まった?
あ、でも、子供の声がしたから違う?俺の聞き間違いという可能性は?
ないわけじゃない。奴隷商人か?手足を安否を確認する必要がありそうだ。
手足が自由かを確認する。鎖で繋がれている感じはない。
「本当にどこだ、ここ?」
「あら、目覚めしたか?イフリートさん」
「んん?この声は…ミーヤさん、か。ということは、ここは猫人の村か。なんだ、捕まったわけじゃないのか。そうか」
とりあえず拘束されてることはなくなった。
大丈夫だ。安心しろ、ここならとりあえずは安全だ。
あいつのせいだ。夢で見た神種。声しか聞いてないけど、言葉にし難い何かがあった。あいつに俺はあったことがある?何か既視感、というか…何というか。
「クッソ、やるせねぇ。何が何なんだよ。お仲間?誰だよ、それ?」
「どうしたんですか?イフリートさん」
「いや、ちょっと…変な夢見たんだ。でも、大丈夫だ。何となくだけど…確証もないけど」
下をうつむいた。掛け布団の上にムーヤがいた。
こいつにもなんか心配かけたみたいだな。疲れて寝てるし。
家庭があった。守りたい、と引きこもりの俺が思える絆があった。好き嫌いなんて、できないよな。
子供相手に心配されるようじゃ情けない。俺にできることをしっかりと把握する必要がある。
こいつらを心配させないために何ができる?何ができて何ができない?絶対にこいつらを守ると決めた。今、ここで決めた。
俺は欲張りだ。ちょうどさっき発覚した。だからこそ、俺が守りたいと思ったものは全部守る。そのためにも…
「さーて、異世界転生のお決まり、ステータス検証といこうか」