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八十八話 意外な決着

「理屈は分からねぇが、お前衝撃を喰ったな?」

「その通り」


オムニヴァーのしたことは、大盾に付与した、変質した『暴食』の力を許可を得て自分に戻し、それを自分の体に均一に纏わせた。


「咄嗟だったせいで、本来の性能じゃないけどな」


言葉通り、イフリートの拳での一撃の衝撃を喰ったのだが、本来ならそれ以上の性能である。

 全身に均一に大盾の『暴食』の力を纏わせることで、初めて本当の力を使えるので、なんとか上半身だけは間に合わせたあの状態では、一定以上の硬度以下の物体、魔力を喰う、という本当の力ではなく、衝撃を喰うという効果のランクの下がった性能になってしまっていた。


「あれでかよ」


分かってはいたが、想像を超えるチートっぷりである。

 先ほどの渾身の一撃、その二段構えを完璧に対処仕切られるとは思っていなかったイフリートは、まさしくなす術なし、と言った感じだ。

 観客席でも、このままではオムニヴァーが勝つのではないか、という考えが広がっている。


「あれを止められた。イフリート、厳しい」

「だな。さすがの主様も諦めるか………」

「諦めないと思います」

「理由は?」

「なんとなくです」

「まあ、主様は何を考えているのか分からない時があるからな。これといった理由もないのは仕方がないな。が、言われてみれば確かに、何となく諦めない気はする」

「同じく」


ルナ達がそう話している間の、イフリートの思考はというと、


(切れるだけの手札は切った。それでも届かない。っていうか強すぎだろ。シンプルに強い上に切り札まで強力ってもう打つ手ないだろ。いや、やるけど。

 でも、正直これ以上打つ手は………………あっ、考えてみりゃ使ってないのがいくつかあるな。でも、使えるのかって聞かれたら使えないのもちらほらある。その中で使えそうなのは……あれか)


少ない時間の中で次の戦闘への思考をまとめる。

 とんでもない力を宿した大盾と、それを難なく使いこなし、なおかつ大盾がなくとも十分に強いオムニヴァーへ攻撃を入れるためには、大盾を逸らすしかないと考え、工夫し、渾身の一撃を放ったというのに、イフリートに致命的な落胆は見受けられない。

 行うのは精神の切り替えではない。いわゆるリセットだ。

 戦闘直前の心持ちに戻り、なおかつ冷静さも取り戻したイフリートがとった次の行動は…………、


「『強欲』」


オムニヴァーに所持しているかを問われ、はぐらかした魔人技能の使用だった。


(さっきの衝撃を喰った技が、オムニヴァー自身の能力なのか、それとも別のものなのかは分かんないけど、とりあえず大盾というでかい障害をどかすべきだ)


会場が光に包まれる。

 それはあるものにとっては、ただ眩しいだけの閃光で、

 それはあるものにとっては、直感を裏付ける証拠で、

 それはあるものにとっては、とんでもなく意味を持つ激しい光だった。


「やっぱりか!?」


オムニヴァーがそう叫ぶ中、光が収まった時、イフリートの手にはつい今しがたまでオムニヴァーが持っていた大盾があった。


「お前、やっぱり魔人技能持ってるじゃねぇか!」

「はい、そうです」

「先に言えよ! そしてどうやって獲得したかを言え!」

「嫌だね」

「早くしろ、馬鹿! よりによって一番面倒臭い魔人技能、獲得しやがって!」

「一番面倒臭い?」

「とにかく急げって言ってんだ! あとその盾離せ!」

「これ返したら、また戦いづらくなるだろうが!」

「危ねぇから言ってんだよ!」

「は?」


その瞬間、イフリートの奥で、何かが動いた。



   ↓



 黒い、ひたすら黒い空間。

 その中に人が二人。

 一人は、イフリートの自称相棒。

 もう一人は、七つの大罪を冠する『魔王種』の力、それが意思を持った存在。いわば『魔王種』の相棒。

 『暴食』の力の人型は、男の姿を取っており、見た目から荒々しい性格であることが読み取れる。

 しかし、状況は掴めていない様子だ。


「よう、グラトニー。久しぶりだな」


そう言われて、グラトニーと呼ばれた『暴食』の力は、目を見開く。

 何故なら、二度と会うことはないだろうと思っていて、一番会いたくない存在と会ってしまったから。


「ど、どうして…………どうしてお前が、まだ存在している?」

「んなもん、頼んだからだよ」

「頼んだ? 一体誰に………………いや、そういうことか! 消滅したと思っていたが、まだ生きているとは………しかしお前ならこんな空間にわざわざ呼ばなくても、俺如き殺せるはずだ。なぜ殺さない?」

「そりゃあ、今味方になってるやつがお前が宿ってる物に触れたからな。ついでだから、ちょいと昔の友人と話そうかと思ってね」

「友人だと? 馬鹿なことを。だが、これで分かったぞ。お前、弱っているな。あの時の溢れ出ていた力を感じない。今なら俺でも殺せそうだ」

「弱っている? 溢れ出ていた力を感じない? 何言ってんだお前?」

「お前はここで死ねぇ!」


自称相棒を殺そうと、駆け寄ったグラトニーは、すぐに自分の愚かさを呪うことになる。


「あの時と違って、アホみたいに垂れ流した魔力で殺す必要がないから、抑えてたんだよ。そんなことも分かんねぇとは………随分と堕ちたなぁ、お前も」


溢れ出てきたどす黒く、死を連想させる魔力をその身に浴びて、グラトニーは全力で後悔した。

 何も変わっていなかった。あの時と。弱ったわけでも、丸くなったわけでも、改心したわけでも何でもなかった。

 目の前にあるのは、あの時と一切変わらない具現化され、凝縮された死……否、それすら超越した『何か』だった。


「どうやら今の俺には必要ないみたいだが、あいつには使えそうだ」


気づけば、頭を掴まれていた。

 掴まれて悟った。本来ならまずありえない自分の死を。人ではないにも関わらず、走馬灯なんて何度も見た。

 そして思わず口からこぼれ落ちたのは、


「助けて……助けてくれ」


みっともない命乞いだった。


「大人しく力だけ寄越せ」


グラトニーは、黒に飲み込まれる。



   ↓



 イフリートの視界が黒で覆われる。

 その黒が、自分から出ているものだと気づくまでに時間を要した。

 激痛を感じるのは、大盾を掴んだ右腕。視線を向けると、赤黒かった大盾は、自分から出ている黒と同じ色に染まり、右腕も肩の付け根あたりまで黒く染まっていた。


(な、んだ……………これ)


得体が知れない。だが、確実に分かったのは、このまま持っていたらまずい、ということだった。

 反射的に大盾を手離す。

 その時、頭に声が響いた。


『この力はいらないのか?』


即答する。


「いらない!」


出ていた黒は収まり、大盾も元の赤黒い色に戻っていた。もちろん右腕も、目の痛くなるような鮮やかな赤色に戻っている。

 しかし、右腕はまるで先ほどまで異物が入っていたかのように上手く動かせなかった。


「はぁ、はぁ………っはぁ」


オムニヴァーが大盾を取り戻し、そして殺気を出した。

 盾を取り戻した瞬間に、グラトニーとの繋がりは戻った。そしてグラトニーから聞いた話はにわかには信じがたいものだった。

 が、それを信じさせる証拠はいくつかあった。


「まさかあれだけの化け物に、一生に二度も会うとはな。どんな経緯かは知らないが、お前は危険だ。ここで潰す」


オムニヴァーが目にも留まらぬ速さで接近し、右拳に魔力を集中させ、そしてイフリートを殴る。

 魔力を纏わせたオムニヴァーの拳の破壊力は言わずもがな。イフリートの後頭部へ衝撃が突き抜ける。

 絶妙な力加減で、イフリートの顔を潰し、意識を一時的に刈り取った。

 そして今度は、観客、実況、その他もろもろに視認できないスピードで手を伸ばし、心臓をえぐり取りに行く。


「それはさせられないな」

「!」


リルファーが腕を掴んで止めた。

 リルファーを見て、席にいたルナがリルファーが座っていた席を確認するも、姿はなかった。


「いつの間に……!」


唐突に現れたリルファーに、戸惑う観客が多かったが、会場にいた二人は特に気にせず、


「お前、何者だ?」

「何、主様の従魔だよ」

「人型の魔獣……………お前、最近消えた極狼か!?」

「ご想像にお任せする。主様を殺そうとしてみろ、いくら『魔王種』とて容赦はしない」


同時に向けられた殺気で、オムニヴァーは身の危険を感じ、一度下がる。

 極狼と戦ったことはないが、まず間違いなく自分が重傷を負うことは避けられないと直感した。

 が、引き下がるわけにもいかない。


「そこをどけ、お前が今庇っているのが、世界に害を為す存在だとはお前だって分かっているはずだ」

「もちろん、分かった上での行動だ」

「お前……!」


このまま戦闘に………というところで制止の声が響いた。


「そこまでで止めておけ」

「なっ、お前まで止めるのか!? この国の大事だろうが!」

「他の国の『魔王種』に心配される筋合いはない」

「結果的に、俺の国にも被害があるかもしれないから言ってるんだ! どうして分からない、『強欲』!」


待ったをかけたのは、この国を統べる『強欲』の魔王。

 現れた場所はというと、ルナ達がいる席のすぐ隣り。イフリートに隣りに座っていいかと聞いてきた、あの老人がいた場所。

 つまり『強欲』の魔王とは、その老人本人。『魔人』のように角が生えるなど、『人種』の姿からは多少変化しているが、それでも面影は十分に残っていた。

 リルファーたちのいる場所に降り立つと、笑顔で、無言の圧力をかけてくる。


「私の国での不祥事は許さない」

「黙れ、若造が」

「私を忘れてもらっては困るのだが」


圧倒的強者が三人。

 三つ巴の状態でバチバチと火花を散らしあっている、そんな状況で割と前から目を覚ましていたイフリートが、どうしたらいいのか迷っていた。


(この場に何事もなかったかのように出て行ったら、さらに話がややこしくなるよなぁ………でも出て行かなかったら出て行かなかったで面倒臭くなる気がするし………よし、もう出ちゃえ)


目を開き、そして起き上がる、というところで、


「まあ、今この場で争うつもりはない。用があるのはそこで寝ている龍人だ」


(やっべ)


タイミングを失うどころか、こちらに条件までつけて注目が集まってきたので、ほんの少し浮いていた上半身を戻し、目を閉じる。龍人とは思えないスピードで行った。

 全員の視線が自分に向けられることを感じながら、イフリートはまだ気絶したフリをする。


「起きてるのだろう?」

「…………………………………………」

「…………起きてるのだろう?」

「…………………………………………」

「……………起きているよな?」

「…………………………………………」

「待ってくれ、まだ起きていないのか?」

「…………………………………………」

「ブッハハハハっ! 恥ずかしいぞ、これは!」


(思わず黙っちゃったけど、これまずかったよね! まずかったよね!?)


リルファーがイフリートのそばまで寄ってきて、イフリートにしか聞こえないほど小さな声で、


「主様、起きてますよね。今ならまだ多分そこまで怒られないと思いますよ」

「起きてました、ゴメンなさい!」


起き上がると同時に土下座して、イフリートが謝る。

 『強欲』の魔王は、コホンとわざとらしく咳払いをしてから、何事もなかったかのように、イフリートがすぐに起きた場合に考えていた言葉を言った。


「君には幾つか話がある。来てもらいたい」

「はぁ」

「だが、今はそれより先に言っておかなくてはいけないことがある」

「どうぞ」

「この勝負、『龍人』の戦闘不能により、『魔王種』の勝利とする」


勝負の結果だった。

 放っておけば、イフリートはまた立ち上がったのだが、まあ、それを言ってじゃあ再戦となっても決め手に欠ける状況だったイフリートは何も言わなかった。

 それより大切なことがあったからだ。


「そんなことより魔王様。ああ、『暴食』の方ね。言ってて厨二臭くて恥ずかしくなるのは、一旦置いておいて。あの契約書の内容は守ったんだから、ちゃんと約束守ってもらおうか」

「ああ、分かってるよ」


オムニヴァーは、昨日書いた契約書を取り出し、それに印を押した。完了を示す印で、契約が終了することを表す。

 イフリートはすぐさまリエルの方へ視線を向ける。首にあった模様が消えていた。


「ちゃんと消えてるだろ」

「本当に解除したんだよな? 偽装したとかじゃなくて」

「したよ、ちゃんと」


嘘を言っていないことを確認して、視線をオムニヴァーたちの方へ戻す。

 『強欲』の魔王は、話があると言っていたが、面倒臭いことが起きる予感しかしないイフリートは、話を聞くのが嫌だった。


「さて、ここで話すのは秘匿面で安全ではない。場所を変えたいのだが、いいな」

「………どうぞ」

「それでは、失礼する」


渋々といった表情で承諾したイフリートを、にこりと笑いかけた『強欲』の魔王が、いわゆるお姫様抱っこで抱き上げた。

 イフリートは驚愕の表情を浮かべ、すぐに苦情を入れる。


「おい、この運び方はどうかと思うんだが!」

「喋らないほうがいい。舌を噛むぞ」

「なんで噛、ゔ!」


イフリートが喋っている最中に『強欲』の魔王が跳躍し、イフリートは舌を噛んだ。正確には噛み切ってしまった。ボタボタと血が流れ出るが、『強欲』の魔王は特に気にした様子もなかった。

 イフリートが抗議の目で睨んだおかげで、何かが起きたことに気づいたようで、


「どうかしたか?」


と問うてきた。

 『自己再生』ですぐに舌を治し、イフリートが喋る。


「忠告通り舌を噛みました。なんか合図して欲しかったです」

「それは悪いことをした」

「主様を連れてどこに行くつもりだ!」

「俺もその話聞かせてもらうぞ!」


後ろには、リルファーとオムニヴァーも向かってきていた。

 気づけばもうトーナメントの会場が遠ざかってきている。

 イフリートは叫んだ。


「ルナぁぁぁ! 勝てよぉ! 痛った」


三度目のいらない応援だが、しないよりはいいと思った。

 ちなみに叫ぶ最中に舌を噛んだ。先ほどよりは軽症だが。


「これからどこ行くんですか」

「何、安心するといい。何も取って食おうというわけではない」

「何一つ安心できない」


不安を一切拭い去れないまま、イフリートは連れて行かれるのだった。

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