八十七話 VS『暴食』の魔王
『魔王種』とは、序列3位の種族であり、国を王族と共に統べる存在である。
故に、そうそう国外に出ることはないし、出たとしても他の国が入れることはない。
ならば何故、オムニヴァーが『強欲』の魔王が統べる国に入っているのか、と聞かれれば、『強欲』『暴食』、その二人の魔王が似た者同士だったから、としか言えない。
オムニヴァーは、いわゆる戦闘狂である。国に入ってきた情報から、『強欲』の国でトーナメントをするということを突き止め、国をすっぽかしてやってきたのだ。
『強欲』の魔王は、国にやってきたオムニヴァーの目的を聞いて、それが面白そうだったから、と言う理由で秘書の意見すら聞かずに勝手に入国させた。
なんとなく分かっただろう。
二人して自分勝手なのである。今回のことは性格が見事に合致していたことで、できた奇跡的な事例なのだ。
もちろんそんなこと知らない民衆は、大いにどよめく。
「なんで他の魔王が!?」
「逃げろぉ!」
「俺たちも龍人に加勢して、あの魔王を倒すぞ!」
「もう終わりだぁ!」
等々。
色々な言葉が飛び交う中、その辺りの知識がないイフリートは、
(なんでこんなざわついてるんだ?)
別に焦ってなどいなかった。
転生してから、ここまでなかなかの時間があったが、そのほとんどを自分の気にあることや家の建設などに費やしたイフリートだが、その『気になること』に『魔王種』が国を統べている系統の知識は入っていなかったようだ。
そのため、イフリートは特に気にしていないが、オムニヴァーは観客のどよめきを気にしたらしい。
「もちろん俺はお前らの魔王に話つけてここにいるからな。勘違いするなよ?」
内容を補足して、観客の不安を少しでも軽減しようとする。
さすがは一国の王である。
が、残念ながら戦闘狂なのである。
「さあ、イフリート。ここからの俺は、『魔王種』としての力を使って戦わせてもらう。俺が勝って、魔人技能を持っているのかを吐いてもらおうか」
「つまりさっきまでは本気じゃなかったと?」
「ああ、もちろん。たかが龍人なんかにこいつ使うことになると思わなかったよ」
そう言ってオムニヴァーは、盾を叩いた。
未だ大盾の能力は分かっていない。しかし、オムニヴァーが『魔王種』としての力を使って、と言ったことから、厄介な力であることは容易に想像がつく。
まずは距離をとって………そう考えていたイフリートは反応が遅れた。
「主様、前!」
その言葉で、前を向くと、目の前に赤黒い禍々しい色が広がっていた。
本能的に横へ魔術を使い、大きく逸れる。
だが、さすがに避けきることはできなかった。右に避けたイフリートの左腕が何かによって無くなった。激痛とともに血が盛大に流れ落ちる。
(いっっった! 何された、俺!?)
事態を確認するために危険ではあるが、『自己再生』の再生速度を極限まで落とし、その傷口を見た。
すると、傷口の形状はまごう事なき、噛まれた痕だった。
「ちっ、避けられたか。隠しててもすぐバレるだろうしもう言っちまうか」
そう言って、イフリートの方へ盾を向けると、
「この盾は、俺が、俺の武器として認めた事で『暴食』の力が備わったもんだ」
『魔王種』は自分の武器を一つ決め、その武器に自分の技能である魔王技能の力を与える事ができる。
その力は、魔王の使い方に応じて変質し、別物となる事もある。
イフリートはオムニヴァーの今の発言で、大盾の能力を大体把握した。
(さっきの傷からして、大盾の前面の周囲を喰う能力だな)
つまり、オムニヴァーの盾は、攻撃への防御を行うのではなく、攻撃の捕食を行うのである。
その特性上、突進すればその直線上にいれば者、物問わず喰われて消えるのだ。
恐ろしい能力。だが、イフリートは何かしらの制限があると考えた。
まず魔術を放ってみる。魔力は喰えないのかもしれない。
喰われた。
次に魔術の威力を上げてみる。威力が高い魔法、魔術なら喰われないかもしれない。
喰われた。
最後に魔術で接近すると、『身体硬化』を施し、魔術で速度もあげた右腕を叩き込んだ。一定以上の速度か硬度、もしくはその両方を持っているなら喰われないのかもしれない。
喰われた。
その両方が無意味だったということは、現状イフリートに、あの大盾をどうにかする方法はない。
それが判明すると、イフリートは即座に思考を切り替えた。
(避けるしかないな。オムニヴァーのステータスも相まってとんでもなく難易度高いけど仕方ない)
今までのステータスでも十分化け物級だったオムニヴァーだが、先の大盾での突進を見るにステータスはさらに上昇している。
おそらく、相当の質量を誇るあの大盾でも難なくぶん回すだろう。
それだけでも十分凶器だというのに、さらに大盾の厄介な能力についても頭に入れて動かなくてはならない。
一度深呼吸。落ち着いてから、『操風』発動と同時に加速。
大盾を可能な限り避けて、オムニヴァーの懐に潜り込もうとする。
が、当たり前のようにオムニヴァーには見えていた。
「ビビらず突っ込んでこいやっ!」
大盾を持っていない方の腕で、イフリートをぶっ叩いた。
イフリートは縦に回転する。
「この盾の能力を聞いたやつはだいたいそうやって、盾をビビって大回りに避ける。それじゃあ俺には勝てねぇよ」
「分かってるよ!」
オムニヴァーの言う通り、最小限で回避しなければ、オムニヴァーに捉えられる。
これでは勝つことはできない。
魔術で姿勢を制御し、着地すると、
(まず、あの盾の効果範囲を調べねぇといけない。じゃあ、もう……突っ込む)
魔術で突っ込む。オムニヴァーではなく大盾に。
常人なら絶対にしない行動。『自己再生』を持つイフリートだからできること。
その狂った行動を見て、オムニヴァーは目を見開く。
「おいおい、そりゃ正気の沙汰じゃねぇだろ」
「正気じゃないのは分かってる、さ」
魔力を体とほぼ密着させるようにして広げ、魔力が盾に喰われる、その瞬間を逃さないように直列思考で集中する。
そして魔力を喰われた瞬間に、体が喰われないように後ろへ下がる。
そうしたはずだったが、一瞬反応が遅れたようで鼻の先端がなくなっていた。
(なるほど、25センチくらいか)
おおよその見当をつけると、次は25センチをギリギリ避けるようにしてオムニヴァーに接近する。
盾と間を25センチを空けて、そして盾の真横に行くと、斜めに切り込む。
肩を掴まれ、片腕で投げ飛ばされる。
空中で魔術を使い、姿勢を制御する。
「ハッハッハァ! ここまで早くこいつに対応してきたやつは久しぶりだぞ!」
「それはどうも。次は攻撃当てる」
「ほぉ、やってみろ」
地面に足をつける前に、魔術で前方に加速。
盾でイフリートの道を塞ごうとするオムニヴァーだが、それを読まれていた。
イフリートは盾を、魔術を使い右に回避する。そのまま右拳を構え、殴ろうとする。
が、何かに頭がぶつかり、そこを起点に一回転する。
「おおっらぁ!」
その隙に、オムニヴァーは蹴りで一撃。
イフリートは吹き飛ばされてたまるか、と風のクッションを後ろに作り、はね返ろうとするが、少し後ろに飛ばされ跳ね返る、その一瞬でオムニヴァーは盾をイフリートの方へ構えた。
「いいぃっ!」
咄嗟に右に魔術を使い、左に逸れる。
しかし、やはり反応が遅れてしまい、右肩から下は盾に喰われる。
「くっそ……」
苦し紛れに左腕で攻撃しようとするが、オムニヴァーに避けられ、反撃をもらう。
その勢いを利用して、オムニヴァーと距離をとる。
(さっきのは、魔力か?)
魔力感知を体の周りに纏わせているイフリートが、頭に何かぶつかった時に、魔力が伝えてきたのは、イフリートの魔力と限りなく近く、だというのに何か違う感覚だった。
これには身に覚えがあった。魔力を街のあたりまで広げた時に、まるで逆探知のようなことをされた時の感覚と変わらなかった。
正規の辿り着き方とは違う気がするが、イフリートはオムニヴァーが魔力を操れるということを知った。
(これからはあれのことも頭に入れて戦わないとな)
イフリートは今度は魔力を広範囲に広げ、オムニヴァーが配置するかもしれない魔力の位置も探ろうとした。
並列思考で、その動向も気にしつつもう一度攻撃を仕掛ける。
(ステータスで勝てないんだから、無理はしないとな)
もはやイフリートに大盾に突っ込むことへの恐怖はなかった。
まだ右腕は完全に治っていないが、それでも突っ込む。
風の魔術で、自分の姿勢などを完全に制御し、狙った場所へ正確に攻撃を打ち込む。
もちろん避けられるが、一瞬で攻撃を変え、オムニヴァーの動きに対応する。
不恰好な正拳突きから、裏拳に。そうして放った攻撃はオムニヴァーに命中した。
「がっ!」
後頭部に直撃した裏拳によって、オムニヴァーが屈み込む。
イフリートはそれを見て、魔術をひたすら叩き込む。
ここでオムニヴァーに、致命傷と言わずとも確実に消耗させなければ勝ち目がないと判断したからだ。
魔術のあまりの多さに土煙が上がり、オムニヴァーの姿が見えなくなるが、構わずイフリートは攻撃を続けた。
1分ほど経った頃に、ようやくイフリートが手を止めた。
土煙が収まり、オムニヴァーの姿が見えてくる。
そこにはイフリートの魔術に倒れたオムニヴァーの姿はなく、大盾でイフリートの魔術を喰らい尽くし無傷のオムニヴァーの姿があった。
「ふぅー、危なかった危なかった。咄嗟にこいつ構えなかったら流石に負けてたぜ。間一髪、って奴だ」
「マジかよ」
「マジマジ。次はこっちだ」
気づけば、イフリートの腹をオムニヴァーの手刀が貫いていた。
直列思考、並列思考を使っているにも関わらず、捉えられなかった。
ライナーの『雷神化』の比ではない。先ほどまでの数倍上の速度だった。
「種を教えて欲しいか?」
「た、頼むよ………」
「これが俺の魔王技能『暴食』の能力だ。喰ったものをステータスに変換する。お前の腕ももちろん、魔法もステータスに変換してある。まあ、元の2、3倍ってとこか」
「くっそ」
「正直ずっと再生できるお前とは相性がとんでもなく良い。お前が再生したら、実質俺のステータスの強化だからな」
イフリートが犯していた危険は、オムニヴァーのステータス強化に繋がっていたのだ。
即座にイフリートは理解する。
長期戦は圧倒的に自分が不利になる、と。
オムニヴァーの手が引き抜かれ、イフリートが膝から崩れ落ちる。
が、すぐに立ち上がり、距離をとる。
「これで終わらせるくらいの気持ちでいかないと仕留めきれない」
小声でそう自分に言い聞かせると、『身体硬化』に回す魔力を少し増やし、そして魔術を足に発動させる。
今までよりも上がった速度でオムニヴァーに接近する。
(今までのが最高速度じゃないのかよ!)
今まで単発で発動していた魔術を、何度も発動させることで速度を上げているのだ。
そして盾の効果範囲に入るギリギリのところで、右に視線を移動させつつ、左に重心を傾け、オムニヴァーにどちらへ行くのか悟らせないようにした状態で、魔術を使用。
消えた。
「なっ!」
予想しなかった事態に、さすがのオムニヴァーも驚きの声を上げる。
周囲を見回し、イフリートを探すが、どこにもいない。
一体どこに行ったのか?
いつの間にやら観客席に戻ったリルファーに、ルナが問うた。
「イフリート、どこに行ったの?」
「なんだ、見えなかったのか? 上だ」
ルナが視線を上へ向けると、そこには遥か上空に、点にしか見えないイフリートが見えた。
ルナは直感的にイフリートの行動の意図を汲み取る。
「なるほど」
「分かったか? あれはとんでもないぞ」
イフリートは一回の魔術で飛べるだけ上に飛び、落下するというところで、上に両手の平を向け、全力で魔術を使用。自由落下のスピードに加え、魔術によってさらに速度を上げる。
イフリートは現在、右足を地面と水平に前へ伸ばし、左足を曲げている。全身に『身体硬化』を施し、右足にはさらに『身体硬化』を使うことで、落下の衝撃に耐えられるようにする。
魔術で体をそのまま維持。
上へ放っている魔術の威力をさらに上げ、下へ落ちる速度をひたすら上げる。
その魔力を感じ取ったのか、ようやくオムニヴァーが上を向く。そして本能的に大盾を上へ構える。
速度も威力も上げに上げた、イフリートの渾身の踵落としが大盾に直撃した。
が、大盾はそれすらも喰らった。
イフリートは足の付け根あたりまで大盾に喰われ、欠損した。しかも落下する速度は変わっていないため、とんでもない衝撃を地面に伝えて、着地する。
『身体硬化』を全力で施しておいたが、それでも足が痺れるほどだった。
(危ねぇ、間一髪! 今のは流石の俺も喰らったら倒れてた!)
渾身の一撃を完璧に防御したオムニヴァーは、視線はイフリートに向けたまま、大盾は降ろさなかった。
オムニヴァーは気づかなかった。
イフリートの右足が、『自己再生』の治癒速度を最大にしたことで、もう治っていることに。
魔術も使って瞬時に踏切を行い、右腕で、オムニヴァーの左脇腹に打撃を放つ。
『身体硬化』も残っており、魔術で加速もさせたイフリートの拳は、致命傷になり得る一撃だった。
(完璧に入っただろ!)
イフリートも手応えを感じていた。
が、すぐに違和感に気付く。
それほどの一撃だったにも関わらず、オムニヴァーが吹き飛んでいない。
(いや、そもそも手応えを感じなかった? さっきのは…………俺の錯覚?)
「いやぁ、危ねぇ危ねぇ。まさか二段構えだったとは。あと一瞬対応が遅れてたら、負けてたな」
そう話すオムニヴァーに、ダメージは全くなかった。
すぐに距離をとってからイフリートは、
「なっ、今のは絶対入ったろ!」
抗議するが、オムニヴァーは至って普通に答えた。
「奥の手だよ、奥の手。『魔王種』としての俺の切り札を使わされるとは思わなかったけどな」
そう言うオムニヴァーを見て、イフリートは理解した。
「理屈は分からねぇが、お前衝撃を喰ったな?」
解説の人は、あまりの展開の速さに実況を放棄しています。
別に実況を入れ忘れたとか、入れるのが面倒臭かったわけではありません。
あと明日も投稿します。




