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八十四話 本気で

「雷、か」

『先に攻撃を命中させたのはライナー選手!』


イフリートのステータスでは今のライナーの魔法、『雷弾』を視認できなかった。それはつまり、おそらくこれ以上下がらないであろう魔法の速度に、この先今のままでは対応できないことを意味している。


(今のは多分様子見。ってことはこれ以上速度は下がらない。もう直列思考使うか?)


思考を巡らせて、イフリートが次の行動を決めるまでの間に、ライナーは動き出した。


(ゆっくりしてるようなら、こっちから行かせてもらうぞ)


ライナーの体はまだ子供。

 だが、ライナーは自分の特殊属性の、雷魔法を行使して、その体に似合わない速度での挙動を可能にした。

 ライナーのステータスは、イフリートよりも上。さらに速度が上がれば、イフリートに視認することは不可能。


「ちょっ、早!」

「おっらぁ!」

『そのままライナー選手、追撃! イフリート選手、もろに喰らうぅ!』


顎に速い一撃を喰らう。

 本来ならば軽い攻撃だったが、速度が上がったことで威力は上がっている。

 イフリートの頭が揺れる。まともに立てなくなっている一瞬に、もう一撃、今度は腹に喰らう。


「いったぁ………」

「お前、本気でやってんのか?」


呆れたように言うライナー。

 確かに、今の所イフリートがいいようにやられているだけ。本気で戦っているような所は微塵もない。


(とりあえず技能使おう。このままだと何もできずに負ける。約束も果たせないしな)


そう考えると、イフリートは『血への渇望』を発動させる。

 そして、一気にライナーに近づく。

 が、ライナーはその接近を許さず、合わせて距離を取る。

 それを見て、イフリートはさらに地面を蹴って加速し、接近する。


『イフリート選手、加速! 接近します!』


(さらに接近してくるか、なら………)


イフリートがライナーの目前まで迫ると、ライナーは手のひらから魔法を放つ。


「『雷弾』」


先ほどと同じ魔法でイフリートを攻撃する。

 未だ直列思考を使用していないイフリートでは『雷弾』を見ることはできない。

 胸に直撃し、イフリートは仰け反る。

 焼けるような激痛が走るが、気にせずイフリートは手を前に突き出し、魔術を放つ。


「『炎槍』!」

「!」


攻撃をしたはずなのに、それを物ともせずに攻撃してくることに驚きつつ、ライナーは魔術を回避した。

 が、回避後、ライナーはイフリートを見失った。


『イフリート選手、今大会初めて魔法を使用!』


(どこに行った?)


周囲を見回し、イフリートを探すが、どこにも見つからない。

 ほとんどの観客が、イフリートの行方を探している中。

 今ちょうど、ライナーの真後ろに移動していた。


「『風華』」


ライナーが風の蕾に包まれる。

 そして、イフリートの意思に合わせて、蕾が開く。衝撃が弾ける。


『直撃ぃ! し、しかしライナー選手………』


はずなのだが、ライナーにダメージが見られない。


「悪いな」

「今、絶対当たっただろ」

「相殺した」


そう、ライナーは『風華』の衝撃のタイミングに合わせ、内側から魔法を放ち、『風華』の衝撃を相殺した。

 もちろん一瞬のことだったため、イフリートは認識できなかった。

 イフリートが混乱している隙に、ライナーが接近。一撃叩き込む、という直前にイフリートが対応する。

 手の平から放たれそうになる魔法を止めるために、イフリートは自分の腕を風の魔術で加速させ、魔法の発射元である腕を横に叩き、軌道をずらす。

 そのまま、今度は風の魔術を先ほどとは逆方向に使い、接近しているライナーの鳩尾めがけて拳を振るう。


(…………避けられた?)

(あっぶな。もうこれ使わされるのかよ)


イフリートの攻撃は、確実にライナーの虚をついていた。

 だというのに、その攻撃は回避された。

 その理由は、ライナーが奥の手の一つを使ったからだ。


「『纏雷』。俺の奥の手の一つだ。さあ、破ってみせろよ!?」


『纏雷』、文字通りその身に雷を纏うことで体に似合わない速度、攻撃の重さを可能にする魔法。

 ライナーはイフリートの戦闘でほぼ常時雷魔法で身体能力を強化していたが、今までのものは局所的に雷魔法で強化していただけ。『纏雷』では全身を今までよりもさらに強く強化している。

 よって速度は桁違いに速くなる。

 先ほどと変わらず、イフリートには反応することはできない。


(さっきまでと違う。やべ、こっちももう出し惜しみしてる場合じゃね…)


「おっらぁぁ!」

「えうぁ!」

『も、もはや私には何が起きているのか…………実況が追いつきません!』


まだ声変わりしていない少年の咆哮が会場に響いた。

 イフリートは派手に吹っ飛び、地面に転がる。

 想像以上の威力に悶絶しつつ、立ち上がる。『身体硬化』を使っておいたことを自分で自分を褒める。そして、今の攻撃で完全に吹っ切れ、イフリートは直列思考を使うことを決める。

 一瞬にして脳への負担は跳ね上がり、鼻から血が出る。

 その代わりに思考は一瞬でクリアになり、ライナーの動きが今までよりも把握できるようになる。


(これで少しはあいつのあの状態とも戦えるだろ)


そのイフリートの思考を読んだか、読んでいないのか、ほぼ直感に近い形でライナーが魔法で攻撃する。

 が、その全てがイフリートに届く前に、イフリートの魔術によって迎撃され、無駄になった。

 つい先ほどまでとの違いに驚きつつ、それでもこのままにしておくことはできないと本能で察知し、ライナーは攻撃を続けた。


(あいつ、空気が変わった。ステータスで勝ってるとはいえ近づけるのはまずい、気がする)


そう考えた直後、ライナーはイフリートに接近された。

 警戒した直後に接近された理由はただ一つ。イフリートがライナーの認識する速度よりも速く動いたからだ。

 紙一重で攻撃を躱すと、ライナーがイフリートに問うた。


「何した?」

「お前みたいに奥の手使っただけだよ」


そう、イフリートは直列思考を解禁し、ライナーの攻撃を迎撃したのとほぼ同時に、並列思考も解禁。並列思考で増やした架空の脳に直列思考をさせ、奥の手の一つである『操風』を行使したのだ。

 元から出ていた鼻血によって、直列思考に加え、並列思考も使ったということを悟らせずに行使することに成功したため、奇襲を完璧に成功させることができた。

 ほぼ想定通り。唯一の想定外はライナーの野生の勘が思っていたよりも働いてしまっているということ。こればかりはどうしようもない。

 よってイフリートは、野生の勘を自分なりに想定し、それに応じて動くようにする。

 『操風』によって格段に上がった機動力で、ライナーの後ろに一瞬で回り込むと、魔術を使用し自分の腕を動かし、ライナーの腹を狙う。もちろん『纏雷』と野生の勘も考慮して。

 結果、イフリートの拳はライナーに全く反応させずに腹に綺麗に入り、ライナーを吹っ飛ばすことに成功した。


「さっきのお返しだ」

『今度はイフリート選手の攻撃が入ったぁー! 強烈ー!』


イフリートと違い、『身体硬化』のような、自分の耐久力を上げる技能を持っていないライナーには、加速させ威力を上げ、さらに『身体硬化』によって拳の硬度を上げてあるイフリートの一撃は相当に効いた。まして、イフリートよりもまだ幼い体にはまず間違いなく致命傷だ。

 だというのに、ライナーは立ち上がった。会場全体が驚きに包まれる。


『立ち上がったぁ! フラフラです! もはや立つことさえ難しく見えます! だというのに、あの子どもを突き動かすものは何なんだぁー!?』

「ただの……意地だよ」


実況の言うように、無理をすれば気絶、最悪死に至るという極めて危険な状況だった。

 そんな状況から立ち上がった理由は至極単純。意地だという。

 会場が年に見合わないその言動に唖然となる中、イフリートだけが、


(まあ、中身たぶん俺より上だからな。男気あること言うわな)


という感想を持っていた。

 実況がもう止めたほうがいいのか、計り兼ねているこの状況でイフリートは迷わず聞いた。


「まだやるか?」


一瞬の静寂。

 会場の誰もが固唾を飲んで見守る中、ライナーはニヤッと歯を見せて笑い、


「当然!」

『戦闘再開です! まだ戦うようです!』


戦闘続行を宣言した。

 それを聞いたイフリートは、即座に戦闘を再開。

 再び、『操風』によって接近する。

 が、先ほどの攻撃によって移動スピードを把握されたのか、次は反応されてしまう。

 しかし、反応できるだけで迎撃はできない。


(体がついていかないなら、反応できる限界を上げるだけだ)


ライナーは自分の体がどれだけ危険な状態かを把握している。

 イフリートに対抗するためにこれ以上の無理をすれば、下手をすれば死に至る。

 だが、それでも、今全力で自分と戦っているイフリートに、『痛いからこれ以上は嫌だ』なんて泣き言は言えない。

 だからこそ、ライナーは限界を超えて、叫ぶ。


「『雷神化』!」


叫ぶと同時にライナーに向かって大きな落雷が落ちてくる。

 そしてライナーを包み込み、ライナーはその全てを吸収し、文字通り雷神と化す。

 『神種』になるということは、本来ありえないことだ。それこそ、『森人』のように元々『神種』であったが、その力を一人に集中させ、『神種』ではなくなった、というような特例以外ではあり得ることでも、あり得ていいことでもない。

 だが、考えて欲しい。ライナーは転生者。転生者といえば、お決まりがあるだろう。

 そう、女神から渡される、いわゆるチート能力。

 それがライナーにとっての『雷神化』。転生の際に『神種』である『雷神』直々に渡された。その瞬間、ライナーは『雷神』のほぼ最上位に位置する眷属になったのである。

 詳しく言えば、『雷神』という技能で、特殊属性である雷魔法を全て達人級に扱うことができ、なおかつ、効果終了時に相当な疲労と一定時間の魔法使用不可が設けられる代わりに『雷神化』という『神種』である『雷神』と同等になることができる、というものだ。

 よって、今のライナーは『神種』と同義。

 例え、『操風』を使っていたとしても勝利はできない。

 イフリートの『操風』による移動はあくまでも移動。

 だが、ライナーの『雷神化』した時の移動は、まさしく瞬間移動だ。


「!?」

「おおぉっらぁ!」


直列思考によって、スローモーションに近い知覚速度を再現し、そしてライナーが攻撃する場所に防御する構えを取ろうとするが、スローモーションにしたところで速すぎた。

 風の魔術で腕を動かすが、それを超える速度で迫ってくるライナーの拳は容易にイフリートの顔面まで到達し、完璧に捉えた。

 イフリートが吹っ飛ぶ。

 そう誰もが思った。だが、イフリートは吹っ飛ばなかった。

 間に合わないと判断した瞬間に、腕は動かしつつ防御を捨て、後ろへ吹き飛ばないことを選んだからだ。

 直列思考、並列思考をフルに行使した結果、イフリートの後ろに風でできたクッションが生まれ、それによってイフリートは体がのけぞる程度で済んだ。

 さらに、風のクッションは高反発に設定されていたため、反動が逆の方向へ進む力に変わる。

 考えもしなかった挙動を見せたイフリートに驚きつつ、ライナーは落ち着いて迎撃しようとする。

 が、伸ばした腕に何かが当たる感覚。思わず手を引っ込める。そして気付いた。

 防御を捨てて構築していたものが一つではないことを。

 目を凝らしてようやく分かるほど、視認性の悪い、ほぼ透明の風の刃がライナーの周りにいくつも張り巡らされていた。当たれば負ける。避けて通ることも不可能。だからと言って、このままイフリートの攻撃を喰らえば負けてしまう。

 奥歯を噛み締め、そして周囲を落雷で薙ぎ払う。これでイフリートも少しは怯むだろうと考えたのだが、『自己再生』を持つイフリートが、『自己再生』の速度を全開まで上げることで落雷によるダメージを余裕でチャラに。

 そしてそのままお返しとばかりにライナーの顔面を殴ろうとする。が、それは避けられる。

 両者一旦距離をとる。


「じゃあ」

「ああ、それじゃあ」

「「決着をつけようか!」」


ライナーに長期戦は不可能。

 それを分かっているイフリートは、ライナーと同様、全力の一撃を以って終わらせることを決めた。

 もはやあるのは戦略ではなく、男同士の意地だけだ。


(『操風』の奥の手、『紫風』は個じゃなく群を相手するときに向いている。だから今一対一での戦闘で使うべきは、『操炎』の『蒼炎』だ)


イフリートが纏っていた風が消え、代わりに炎を纏う。

 そしてその炎全てを右手の平に集中させる。炎を色は、赤から鮮やかな青に変わる。

 それを見て、ライナーはイフリートが準備している攻撃の威力を悟る。


(元から手加減するつもりなんて欠片もなかったが、あれは今残ってる全てを絞り出して魔法を構築しねぇと俺が負けるな。いいぜ、イフリート。文字通り全身全霊だ)


ライナーは右手の平に、イフリートと違い魔力を集める。

 魔法に必要なのは、魔術と同じくイメージ。しかし、魔術と決定的に違うのは、イメージが魔術のそれよりも何倍も弱くても成功するということ。

 それ故に、イメージの精度を上げれば威力は格段に上がる。

 今ライナーが行っているイメージは、確実に魔術に必要なイメージと同等かそれ以上のもの。

 威力はそれだけ上がっている。


『す、凄まじい魔力です! ライナー選手についてはさすが神童と言うほかありませんが、イフリート選手に関しては一体どういうことなのでしょうか!? 私の記憶違いでなければイフリート選手の種族は序列最下位『龍人』であるはずです!』


研ぎ澄まし、研ぎ澄まし、限界ギリギリまで研ぎ澄ましたその魔法をライナーが放つ。


「『雷神之天雷』ッッ!!」


それに反応したイフリートが、構築した魔術を放つ。


「『蒼炎』」


黄色の雷と蒼の炎が激しく衝突した。

 余波は凄まじく、観客に被害が出ないようにと張ってある強力な結界を突き破って衝撃が伝わってくるほどだった。

 威力は同等。均衡を保っている。

 が、このまま均衡が続けばどちらかが先に力尽きるのかは会場にいる全員が理解していた。

 今までの戦闘で体力を減らしに減らしていたライナーだ。『自己再生』を持つイフリートに体力の限界はない。

 まずい、と感じたのはイフリートだった。決着がつく前にライナーの体力が尽きてしまうと分かったからだ。

 だが、だからと言ってそれに他する解決策は見つからなかった。手加減をしてライナーに勝利を送って早期決着、はライナーにバレてしまう。だからと言ってこちらがさらに魔術の威力を上げれば確実に対抗して、あちらも魔法の威力を上げてくる。


(どうすれば……………!)


そう考えていると、魔法を使うだけで辛いはずのライナーが叫んだ。


「イフリート、迷うな!」

「………………ああ」


イフリートが魔術の威力をさらに上げる。

 雷が炎に負けだす。だんだんと押されていく。

 イフリートは一瞬でも早い決着を望んだ。


(この速度じゃダメだ……さらに威力を上げて……)


イフリートがさらに『蒼炎』の威力を上げる。

 雷はさらに押される。


(そうだ、それでいい。俺も最後の一絞りだ!)


ライナーが出せるはずのない魔力を振り絞って、魔法の威力を上げる。

 今度はイフリートの魔術が押され出す。

 そして『雷神之天雷』が消えた。

 『蒼炎』は今まで押さえつけていたものがなくなったことで、そのまま直進。結界にぶつかり、壊したところで霧散した。

 イフリートが事態を理解するまでに数瞬の時間を要した。

 倒れたライナーを見て、脳の理解が追いついてくる。


『決着ぅぅぅ! 壮絶な魔法の激突の末、またもやどんでん返し! 『龍人』イフリート選手が勝利したぁぁっ!』


解説が何やら叫んでいるが、イフリートの耳には届かなかった。

 そんなことよりもライナーが心配だった。

 『操炎』で加速すると、ライナーのすぐそばまで寄った。

 そして見えたのは、元の金髪から色が抜け白髪になり、今にも死にそうなライナーの姿だった。

 イフリートが咄嗟に思ったのは、


(まだ生きてる!)


少なくとも呼吸があることを確認したイフリートは、自分の体に傷をつけると、流れ出る血をライナーの口に流し込む。


「嫌だとは思うが、とりあえず飲め!」


聞こえたのか、ライナーは素直に、ゆっくりとだが口に入った血を飲んだ。

 すぐに頭の中に声が響き、『譲渡』を発動させるかを問う。

 食い気味にOKを出すと、効果が出ることを祈る。

 すると、ライナーの顔から辛さは消え、髪は元の金髪に戻った。


「あれ、俺何で………」

「良かったぁぁ」


どうにか治療に成功したイフリートは胸をなでおろした。

 周りの音も聞こえるようになってきて、観客から歓声が上がっていることに気づいた。

 「いい試合だったぞ!」とか、

 「よくやった!」とか、

 「本当に『龍人』か!?」とか、そんな声が聞こえてきた。

 視線をライナーに戻すと、ライナーは笑いながら、


「負けちまったな。しかも助けられた」

「無茶しないでくださいよ」

「イフリートが本気出してるのに俺が無茶しないわけにはいかないだろう」

「そうですか、やめてほしいもんです」


寿命が縮むかと思ったイフリートは率直に感想を述べた。

 それに苦笑しつつ、ライナーは言う。


「次は勝つぜ」

「もう戦いたくないです」

「次も戦わせる。でもまあ、とりあえず今はお前の勝ちだ」

「一応俺の勝ちっていうことにしておきます」


こうしてトーナメント第2回戦、第一試合が終了。

 勝者は『龍人』。



   ↓



「あいつ、強いな。種族だけ見て弱いと思ってたが、外れたな」


そう話すのは、フードを深めに被り、顔の見えない何者か。

 歓声の上がる会場を、観客席の端から見ている。

 視線の先にはイフリート。


「まあ、あいつがわざわざトーナメントに参加させたんだ。弱いはずがねぇか。そして何より、これは宣戦布告だな」


意味深に独り言を呟く何者かの表情はとても楽しそうだ。

 まるで久しぶりに遊べそうなおもちゃが出てきた時の子供のような、楽しそうな笑みを浮かべている。


『さあ、続いては………………!』

「次当たれるのが楽しみだよ。頼むから楽しませてくれよ」


その正体は、四人いる種族代表、最後の一人。

 未だ正体の掴めない何者かは、変わらず楽しそうな笑みを浮かべるのだった。

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